青の娘

矢口 水晶

第1話

 骨まで腐ってしまいそうな蒸し暑さだった。人も、鳥も、大地も、その島ではすべてが生きながらにして腐敗していた。

 ぬかるんだ路上に並び立つ露店に、ひしめき合う真っ黒に汚れた人々。男たちは生きたまま仔牛を解体し、軒先で女が黒い乳を露わにして赤ん坊に授乳している。素っ裸の子どもらが走り回るその足元で、打ち捨てられた犬の死骸に乳白色の蛆が群がっていた。

 生まれて初めて降り立つ赤道間際の島国は、異様な臭気が漲っていた。

 大鍋でぐつぐつと音を立てる肉や魚の臭い、男や女が垂れ流す汗や吐息の臭い、そして何かが腐っていく、熟れた果実のような、甘ったるい臭い――それらが混然一体となって、脳幹まで痺れるような、今まで体験したことのない臭気を生み出していた。

 そして、それらは私の肌や、髪や、あらゆる部位に染み込んで、私を離すまいとしているようだった。まるでねっとりと湿度を持った臭いが一体の人間となって、私を背後から抱きしめているような――そんな幻想を、私は抱いた。

「ナイトウ、ミスターナイトウ」

 不意に肩を叩かれ、私ははっとして振り返った。真っ赤なポロシャツを着た褐色肌の男が、にっかりと黒ずんだ歯を見せた。

「どうです、N島は? 賑やかでいいでしょう?」

 男の問いに、私は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。この腐臭に満ちた島に何か月も滞在しなければならないのかと思うと、目まいがした。

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