第3話 レム

 ネルの魔法はやっぱりすごいと思うよ。なにしろ粘土でこのおれをつくり、命を与えてくれたんだからな。おれはネルにレムと名づけられた。

 ただし、芸術のセンスはない。

 どうしておれの目は左右段違いなんだ。平行に作ればいいだけじゃないか。鼻は穴がふたつ開いているだけ。ふつうは突き出ているもんだろ。頭はデコボコで、できそこないの芋みたいだ。ネルは作り直してもいいと言ったが、おれは断った。間違いなく、整形は失敗する。

 ネルは人間の女で、16歳くらいだ。栗色の髪を背中に流し、つぶらな青い目をして、ひどくやせている。ネルがおれを作ったとき、森のずっと奥にあるエルフの村で暮らしていた。

 エルフは人間に似た種族で、目は細く切れ上がり、耳は大きく、先がとがっている。きゃしゃな体つきをして、容貌はおおむね美しい。ネルには、あいつらの顔を参考におれを作ってもらいたかった。結果は同じか。村には7人の長老がいて、そのなかのザンじいさんにネルは育てられた。

 エルフたちは村で魔法のまねごとをしていたようだが、その力はネルの足もとにもおよばないだろう。どうしてネルが、自分の魔法の力をひた隠しにするのか、おれには理解できなかった。

 ネルが村を追われた原因は、どうやらおれらしい。

 おれはいつもネルの腰ひもにぶらさがり、人形のふりをしている。おれの身長は、だいたい8インチ(約20センチ)ほどだ。

 その朝、ネルは馬に乗って、森の交易所を往復した。ここでは人間の作った商品とエルフの商品とが交換される。村に戻る道すがら、おれはついうたた寝をした。目覚めると、馬の尻の上だった。ネルは厩舎に馬をつないだあと、おれを置き忘れやがった。腰ひもがゆるんでいたんだ。

 おれは馬の尻から降りられず困り果てた。そこで馬の尻尾を伝いおりようと考えた。とたんにいななきがあがり、馬が暴れだした。おれは振り落とされまいと、必死で尻尾にしがみついた。

 それを厩舎に入って来たエルフに見られた。

 それから大変な騒ぎになった。そいつの知らせで村人が集まり、おれは村の会議所に連れて行かれた。おれを作ったのがネルなのは知られていて、その製作者も呼ばれた。保護者監督責任というわけだ。

 会議場には大きな丸いテーブルがあり、その中央に座ったおれは、注目のまとになった。テーブルを7人の長老が囲み、その周りに、村のお偉方が集まった。窓からは、無数の切れ長の目がのぞく。おれから離れたところで、ネルが体をすくめていた。おれは人形のふりを続けた。

 長老たちがおれを凝視する。緑がかった髪を背中まで伸ばし、眉もひげも長い。やつらの寿命は百年以上もあるらしく、相当の年齢に見える。7人とも、ちらちら光る白いマントをまとっていた。

 しだいに居心地が悪くなってきた。おれは、その場の空気を和ませようと、得意のダンスを披露する気になった。おれの体は硬いが、関節部分は粘土質で、かなり複雑な動きもできる。

 とたんに会場は騒然となった。

 長老たちから、すぐさま村からの追放を宣告された。ネルの育ての親のザンだけは反対してくれたが、決定はくつがえらなかった。

 おれのダンスのどこが不興をかったのだろう? かなり凝ったステップも入れたつもりだ。それだけは、いまも納得できない。

 その日の昼過ぎ、おれとネルは村を出た。これが見納めだと、おれは村の光景をしっかり目に焼きつけた。あとで絵に描くつもりだ。おれは絵画も得意で、いずれは画集を作りたいと思っている。

 村の出入口からのぞくエルフたちの目は、なんともいやな感じだった。不吉で恐ろしいものを見るようだ。

 とりあえず人間の都市に行くことになった。都市というのは、たくさんの人間が集まって暮らす、村の大きいやつなんだそうだ。

 そこには施療院せりょういんというものがあり、病人や怪我人の世話をしているという。困っている人は誰でも受け入れてくれるらしい。ネルはそこで薬草師の見習いになると言った。長老のザンは施療院の薬草師を知っていて、村を出る前に紹介状を書いて渡してくれたんだ。

 おれはネルの腰ひもにぶら下がり、広大な森を進んだ。うっそうと茂る葉むらが空をおおい、昼過ぎなのに薄暗い。ネルは出口を知っているようで、迷わず歩いている。では、おまかせしよう。

 きーん、と鈴に似た音がかすかに響く。ネルの血液にマナが反応しているのだろう。おれは大きく息を吸いこんだ。体中に力がみなぎる。この森はマナの濃度が高い。マナは魔法の源で、おれの体を動かす原動力でもある。ネルの血液中にも、それはふくまれているんだ。

 静まり返った森に、鈴に似た音だけが響く。鳥の声さえ聞こえない。村を出てから、生きているものに一度もお目にかからないのが不思議だった。おれは獣に襲われやしないかとハラハラしていた。マナどうしが共鳴しあう、この音が、生き物を遠ざけているのかもしれない。

 もっともおれの頭は石のように硬い。食おうとしても食えるもんじゃない。食べられるとしたらネルのほうだ。おれがそう言うと、消化を助けるために石をのみこむ動物もいると教わった。

 いやなことを言う女だ。

 森を抜けたとたん、視界が開けた。

 ネルの足もとは低い崖で、その下から白い砂が延び、広大な水たまりにつながっている。不思議な光景だった。水は青く、たえずうごめいている。あれは海だとネルに教わった。水とは違って、しょっぱいそうだ。

 崖にきざまれた階段を下り、ネルは砂の上に立った。いったりきたりする海に沿って歩きはじめる。海がもちあがり、白い泡とともにくずれて音をたてる。風の匂いが、やたら塩からかった。

 しだいに陽が傾いてきた。太陽が赤くにじみ、海の上で揺れるオレンジ色のラインが、おれたちに向かって延びる。

 砂浜がとぎれて岩場にぶつかった。海の向かい側に広がる森は、そのあたりで終わっている。ゆるやかに傾斜する岩場を登り、その上に立った。夕日に照らされ、島の内側がひとめで見晴らせた。

 低い丘が島を囲み、丘の両側に沿って森がえんえんと続く。丘の下には畑が広がっていた。人間が農具の片付けをしているようだ。畑の向こうには、森と森をつないで、石の壁が横たわっていた。

 ネルは畑のわきの道を進んで、石壁を目指した。目の前まで来ると、壁はネルの3倍ほどの高さがあった。ネルは、おれの8倍ぐらいの大きさだ。こうしておれたちは、人間たちの都市についた。

 市壁のまんなかに、両開きの重厚な木の扉が閉まっている。その両側に壁より1段高い塔が立っていた。手前に粗末な小屋がひとつある。

 ネルは小屋の横を通って、壁の扉に向かった。

「もう門は閉めちまったぜ」

 小屋から男が出てきた。ひげづらの中年男で、膝上たけの服をベルトで閉め、上から毛皮をはおっている。ベルトに短剣をぶらさげていた。

「見かけない顔だな。どこから来た? この都市のもんじゃないだろ。おれはたいがいの顔は覚えているんだ。市民以外が町に入るんなら通行税がいる。お嬢ちゃん、金は持っているか? 持っていないなら、親を連れて出直すんだな」

 小屋の番人が恐ろしげな顔でにらむ。

 ネルはそれを無視すると、壁に沿って歩きはじめた。

「お嬢ちゃん。門はここにしかないぜ」

 番人のだみ声が追いかけてくる。

 ほどなく市壁に接する塔があらわれ、壁はそこで曲がっている。都市全体を囲っているようだ。角を曲がると、川の湾曲部にぶつかった。川は都市にそって流れていて、川沿いでは壁がとぎれていた。

 ネルは川辺に出た。川幅はずいぶん広く、向こう岸では、うっそうとした森がおおいかぶさる。樹々が西日をさえぎり、巨大なシルエットになっていた。

 ネルは、なにか思いついたらしい。草を手折り、なにやら作りはじめた。ネルに創作は無理だと思いながら見ていると、草を折って、船を作りあげた。ちゃんと帆まである。おれは少し見直した。

 ネルが、両手に帆かけ舟をのせる。ふうっと息を吹きかけると、たちまち帆がふくらんだ。きーん、と甲高い音が響き、マナが満ちあふれるのを感じる。川向こうの森が共鳴しているんだ。

 ネルが川岸にしゃがみ、そっと船を浮かべた。船は舳先を川上に向け、川の流れに逆らって止まっている。

 ネルが、おもむろに右足を川面に置く。ひょいと軽やかな感じだ。左足も下ろして流れの上に立つと、帆かけ船が動きだした。航跡が水面に道をつくり、ネルはそれをたどって歩きはじめた。

 市壁が途切れたところにさしかかると、ネルの歩みは慎重になった。そこで立ち止まり、市内の様子をうかがう。

 川沿いに通りが延び、そこから直角に枝分かれして、街なかに続いている。川岸には倉庫が並び、すこし先は船着き場になっていた。

 ネルは川から上がり、都市の中心部に向かう道を歩きだした。

 通りの片側には、似たような3階建ての木造家屋が軒をつらねている。どの窓も板戸でおおわれ、静まりかえっている。日が落ちれば暗くてなにもできない。寝る前のひとときを過ごしているのだろう。道の反対側はずっと塀が続き、その途中に出入口が切られている。

 ネルは塀に沿って進み、入り口の前に立った。

 上に看板がかかり、葉っぱのマークが描かれている。なかに入ると、塀と平行に走る道をはさんで、2階建ての建物があった。これが施療院らしい。その先にも施設が並んでいて、道は敷地の奥へ続いていた。

 ネルが施療院に歩きだしたとき、おれはハッとした。

 建物の屋根の向こうにのぞく塔の上で、ひょろりとした影が動いた。背の高い男のようで、なんだか動きがおぼつかなかった。

 おれたちは軒下に入り、塔とその男は見えなくなった。

 施療院の建物は石造りで、なかなか立派だ。ネルが扉をノックすると、しばらくして、門番らしい初老の男があらわれた。男は、フードのついた丈の長い黒服を着て、手には松明を持っていた。

 ネルが紹介状を渡すと、門番は顔をしかめ、それでも招じ入れてくれた。

 なかは土間で、大かまどで火がたかれていた。中央にテーブルがあるだけの殺風景な部屋だ。出入口の左手に廊下が延び、正面の奥に階段がある。

「ガザロ先生は、もうお休みになった」

 門番が不機嫌そうに言う。ガザロというのが、施療院の薬草師なのだろう。

「2階が客用の宿舎になっている。今晩はここに泊るといい。明日になったら、先生にお引き合わせしよう。腹はすいていないか」

 ネルがすいていると答えると、門番はパンとミルクを持ってくるという。とにかくこれで寝る場所は確保できたわけだ。

 廊下で足音がして、女が土間に入ってきた。

 女は白い頭巾をかぶり、そこからのぞく顔が真っ青だった。頭巾の端は肩までとどき、その下に、たけの長い白服を着ている。

「エーリヒさんが、きゅうにお腹の痛みをうったえだしたんです」

 門番がうなずき、女の案内で廊下を進んだ。ネルもあとについて歩きだす。廊下の一番手前のドアから、門番と女が室内に入る。

 なかには6台のベッドが並び、小さな窓が開いた壁に頭を向けて、それぞれのベッドに男の患者が横になっていた。部屋の奥は白い布で仕切られていた。

 腹痛を起こした患者はすぐわかった。仕切り布に一番近いベッドで、腹を両手で抱え、体を丸めてしきりに痛がっている。

 そのかたわらで、門番と女が深刻そうな様子で話している。門番がなにか言い、足早に部屋を突っ切ると、ネルの横を抜けて出ていった。きっとガザロとかいう薬草師を呼びにいくのだろう。

 女はどうしたらいいのかわからないらしく、苦しむ患者を前におろおろしている。

 ネルが小走りに、そのベッドに向かった。

「ぬるま湯を用意して」

 ネルがきつい口調で命じた。

「あなたは?」女はとまどい顔だ。

「こんど新任してきた薬草師の見習いです。それより早くぬるま湯を」

 まだ採用が決まったわけじゃないが、女は誰にでもすがりたい心境だったらしく、すぐにネルの指示にしたがった。あわてて病室を出ていく。

 ほどなく、女が木のカップを持って戻ってきた。

 それを受け取ると、ネルは女に背中を向けてかがんだ。カップを床に置き、ふところから刺繍袋を取り出す。なかを手探りしながら、一瞬、顔をしかめた。カップの上で袋を逆さにし、なにかを注ぎこんでいるようだ。が、おれは見た。袋の陰で、ネルの人差し指から一滴の血がしたたるのを。

 そういうことか。

 ネルの血液にはマナがふくまれている。その力を密かにそそいだんだ。

 薬草の知識のないネルが、どうして見習いとふれこんだのか、これで理由がわかった。うまくいけば、ネルにとっていい宣伝になる。

 ネルがカップの湯を飲ませると、エーリヒとかいう患者の痛みは魔法のように消えた。本当に魔法の力なんだけどな。

 ガザロは年をとった男で、白い眉毛が濃く、あごからも白いひげを盛大に生やしていた。寝起きのようで、紫色の衣をひっかけ、不機嫌な顔つきで病室に入ってきた。エーリヒのおだやかな様子に、太い眉をつりあげる。

 急を知らせた女は、ネルが粉薬らしきものをお湯にとかして飲ませたら痛みが治まった、と自分が見たと思っている説明をした。

 こんどは、その鋭い視線をネルに向けた。

 門番の男が、ザンからの紹介状を出し、ガザロに渡した。ガザロは手紙を読みながら、ときおり片眉を動かし、黒目だけでネルをうかがう。

「見習いとして採用する。院長には、明日、わしから話す。部屋に案内してやれ」

 ガザロが門番に指示をだし、病室を出ていった。

 ネルはまんまと施療院にもぐりこんだわけだ。おれたちは、門番の案内で2階の寝室に入り、さっそく疲れを癒した。

 門番がパンとミルクを運んできた。ネルは軽く食事をとり、おれはミルクを飲んだ。寝床は木箱に寝わらを入れたものだった。おれはネルの隣で、わらにうずもれて眠りについた。

 夜明けとともに、きのうとは別の男が入ってきた。男は用務員らしく、修道院長が呼んでいるから来るようにという。

 敷地内には修道施設もあって、施療院はそこが運営しているそうだ。なにかうるさいことを言われるんじゃないか、とおれは心配になった。

 ネルは身支度を整えて1階の土間に下りた。かまどの横の水瓶で顔を洗いはじめる。おれは床に降り、水瓶を観察した。材質がおれと似ている。おれはネルの足首を蹴飛ばし、これはどうやって作ったのか、と聞いた。ネルは面倒くさそうに、作り方じたいは、おれと同じだと答えた。

 芸術は、主観をまじえず、客観的に評価するのが大事だ。おれは優れた審美眼で鑑定した。結論はすぐに出た。この水瓶はおれよりできがいい。

 おれがへこんでいると、ひょいと持ち上げられた。ネルの腰にひもでぶら下げられる。人前で口を利いたり、動いたりするなと注意された。

 ――ふん。

 外では用務員が待っていて、おれたちを敷地内にある院長館に案内した。女性の院長はずいぶん年配に見えた。白い頭巾をかぶり、丈の長い白服を着ている。たるんだまぶたの下から、厳格そうな目で凝視する。

「わたしはシスターアンジェラです」

 院長が重々しく口を開き、

「ここは四つ葉の会といいます。あなたは薬草師の見習いだそうですね。ガザロ先生が許可したのなら、わたしもうるさくは言いません。ただし、ここで働く以上、修道院の3つの誓いは守っていただきます。清貧。貞潔。そして従順です。私物は必要最低限に限ります。むやみに欲望を抱いてはいけません。規則には素直に従わなければなりません。むやみなおしゃべりは禁物です」

 うるせえな、とおれはうんざりした。

「とくに嘘はいけません。ネルさん?」

 おれの頭に水滴が落ちてきた。

 首をねじ上げると、ネルがこぶしを目にあてて泣いている様子だ。曲げた小指から、白い布が見えた。水はそこからしたたっている。

「わたし、ひとりぼっちなんです。両親に捨てられ、ひきとってくれた叔母も亡くなりました。この施療院は、その叔母が死のまぎわに教えてくれたんです」

 大嘘つきだ!

 ネルの体が震えだす。ますます水がしたたり、おれの頭はびしょぬれになった。

 修道院長のしわを刻んだ厳しい顔がゆるむ。おれの目の前に白い服がかぶさってきて、ネルを抱擁したようだ。

「あなたはひとりぼっちではありません。きょうから四つ葉の会の全員が、あなたの家族であり、仲間であり、お友達なのですよ」

 おれは、ネルに俳優の才能があるとは思わなかった。

 そのとき女が飛び込んできた。

 心臓麻痺を起こした人が運ばれて来たという。院長の顔が緊張した。ネルに励ましの声をかけ、部屋を出ていった。

 ネルはすぐいつもの表情に戻った。足音が遠ざかるのを聞きすまし、院長館の外に出る。施療院の正面にまわり、壁に並んだ窓から病室をのぞいた。

 中年の男がベッドに寝かされ、心臓マッサージを受けているところだった。何人もの女が黙々と動きまわっている。院長のそばには屈強な男がいて、患者が運ばれた経緯を話しているようだ。

「こいつがおかしなことを言うから、おれはまた酔っているなと疑った。夜警の退屈しのぎに酒を飲んでいるのは、公然の秘密なんだ。まじめな顔で川を歩いてみせると宣言し、葉っぱを千切って船を作った。それに足をのせたもんだから、あっというまに川に流されやがった」

 おれは、はっとした。

 間違いない。塔の男だ。あいつは、ネルのあれを見ていたんだ。

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