二重の虹①

「ちょっ……! 快斗っ」

 私は彼の胸に手を当て、力を入れて押し剥がした。

 触れられたところが熱いが、風呂上がりだからだということにしておこう。

「ごめん……。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。……でも、」

 彼の透き通った瞳には光があり、吸い寄せられそうになってしまう。いつもより至近距離に彼の顔があるからか、余計に目が離せない。

「そろそろ、俺のこと男としてみて欲しいんだけど?」

 ……。……‼︎⁉︎

「キタ!」

「え?」

「PC! PCとってくる!」

 私は思わず彼を突き飛ばして和室を飛び出し、自室の机上のPCを抱えて和室に戻ると、彼には申し訳ないが、早速それを開き、キーを打ち始めた。

「え、心優? 何がキタの?」

「恋バナだよ! 今なら書ける気がする!」

 目の前の開かずの扉が、いくら手で押して開けようとしても開かなかった扉が、今、飛び蹴りしたら大きな音を立てて開いた。なんだこの喜びは……!

 夢中でキーを打ち続け、大体の構成を書き上げたところで手を止めた。

「快斗、私、恋愛小説書いてみることにする!」

「……お、おう! 俺でよかったらいくらでも協力するから! ……あ、それならさ、今度俺と2どっか行かない? 参考程度に!」

「ふ、2人で?」

「うん。ダメ……かな?」

 首を傾げて問うてくる彼の目には、『参考として』というよりは違うことを考えていそうだ。しかしそれは仔犬のように無邪気なピュアな目で、私にはNOと言えなかった。


 ***


「水澤さん、はい、OWLです。はい、あの……恋愛小説、書けるかもしれません!」

 俺がデートのお誘いをした直後、彼女は水澤さんに電話をかけていた。

 余程、恋愛小説が書けるかもしれない、ということが嬉しいのだろう。今までに無いくらい目に光がある。

「……はい。まだ構成の途中なので……はい、では、後程メールします。……え? 明日ですか? 多分、空いてます。はい、では失礼します」

 電話を切ると、彼女は緩み切った口元をスマホで隠し、頬を紅潮させて笑った。

「快斗、色々、話聞かせてね?」

「うん」

 ……あれ。これってもしかして。さっき俺が言ったこと、心優に伝わってないのでは……⁉︎

「あの、心優、」

「さーてと、そろそろ寝ますか! 早く寝て早く起きようっと!」

 彼女は伸びをすると、そのまま自室へ戻ってしまった。

「鈍感にも程があるだろ……」

 俺はそのままその場にしゃがみ込み、呟く。

「だよね〜、私もすごく思う。わざとかなって思うくらい」

「それな……って、え⁉︎ いつの間に⁉︎」

 顔を上げると、そこには咲がニヤケながら立っていた。

「快斗、今結構頑張ったのにねぇ……。あのね、心優のあの調子に押されたら一生伝わらないと思うよ? 望さんはきっと心優を望さんのペースに乗せてたんだと思うの」

 なんか、想像出来る。

「だからさ、快斗は快斗で波作っちゃいなよ」

「……そっか。ありがとう、咲」

「なんもなんも! その代わり上手くいったら1日私のパシリになってもらうから」

 彼女は北海道弁をこぼした後、サラッと笑顔で爆弾を投下して自室へ戻っていってしまった。よく考えれば、彼女もなかなかモテそうなのになぁ、と少し呆れながら、俺も自室へ戻ることにした。


 ***


 翌朝、私は朝食を作るため早起きをした。

 この夏休み、部活に入っていない私は小説の執筆ばかりで、昨日望先輩と出掛けたこと以外特に特別なイベントはなかった。しかし! 今日は何かありそうな気がするのだ。いや、割と真面目にそう思ってる。

「……あっ」

 チャーハンの野菜が焦げました。



「あれ心優? なんか今日雰囲気違うね」

 丁度皿を出しているところに咲っぺが降りてきた。彼女は私の姿を見るとそう言って近づくと耳元で囁く。

「恋する乙女……的なやつ?」

「え⁉︎ 何言ってるのさっきから! 私特に何も……」

 訂正を加えると彼女はニヤァッと笑い、包丁を洗い始めた。

「おはよー。あれ、心優? 今日どっか行くの?」

「さっきから咲っぺも歩も何⁉︎」

 何が何だかさっぱりわからず、聞くと2人は一瞬固まってしまった。

「「まさかの無意識⁉︎」」

 あまりにも変な反応だったので洗面所の鏡を覗き込むと、いつもとは違う自分が映っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る