巨人、現る。

 金曜日。帰宅しようと玄関に向かう途中、誰かに名前を呼ばれた気がして立ち止まった。振り返ると、快斗が廊下のはるか遠くから手を振っている。そして、猛ダッシュして来た。

 速っ‼︎ と驚きの余り、後ずさろうとすると、彼の背後から巨人がマッハで走ってくるのが見えた。

 ……逃げよう。

 私は回れ右をして玄関に向かおうとしたが、快斗に捕まってしまった。

「今から帰るの?」

「え……いや、あの、後ろから巨人が……」

「は? 巨人?」

「あ。間違えたみたい。望先輩だ」

 そう。走って来たのは、バスケ部部長の佐藤望先輩だった。身長デカすぎてマジで巨人かと思った。

「心優ちゃん、今帰り?」

 何も知らない先輩は無邪気に話しかけてきた。

「はい」

 頷いた時、あれ、と疑問が湧いた。

「……部活は?」

 快斗も、先輩も、ジャージでもユニフォームでもなく、制服だった。

「今日は部活無いんだ。さっき先輩とバッタリ会ったから一緒に帰ろうとしてたとこ」

「心優ちゃん、3人で帰ろう?」

「あ……。い、良いですねぇ……」

 ここで断る理由など一欠片もないので首を縦に振ることしかできなかったが、一体こんなリア充御二方とどんな話をするべきなのだ。絶対この2人にアニメの話って言ったら、君○名は。とか、黒子○バスケくらいしか通じないだろうからなぁ……。ダメだ。自ら話を振るのではなく、答える又は聞く側に立つしか無い。

「へー。心優ちゃんと快斗って、シェアハウスしてるんだー。面白そうだね、」

 気付くと、玄関を出ていた。校門まであと2〜3メートルほどのところまで来ている。恐るべし、私の集中力。

「あ、先輩、今日うち来ます?」

 なにをっ⁉︎

「えっ⁉︎ 良いの? じゃあ行こーっと。あ、心優ちゃんは良い?」

「へ⁉︎ あ、良いと思いますっ」

 しまったー! 言ってしまったー!

「じゃあ3人でバスケすっか」

「えっ、わ、私は勉強したいので……」

 勉強じゃなくて執筆だけど。締め切り近いんだよ。担当の編集者さんがここ最近毎日電話かけてくるんだよ。

「そっか……。じゃあ、快斗、2人でやろう」

「そうですね」

「で、ちょっとバスケしたらみんなで勉強しよう」

「良いですね! 心優、今日の課題教えてな!」

「快斗、まず自分の力でやれ」

「はい……」

 電車に乗ると、帰宅途中の学生が半分を占めていた。イケメン2人に騒つく女子グループは、一緒に乗ってきた私を見ると、ヒソヒソと話し始めた。

 その1人の片手には私の書いた小説が。

 チクショー、と思いつつ、あざーっす、と思う。

 私は1人分のスペースを空けて先輩の隣に立った。

「心優ちゃん、」

 いつもの調子で顔を上げると、そこに顔はなく、そういえばこの人デカイんだった、と思い出し視線を更に上へ向けた。

「心優ちゃんって、学年1位なんでしょ? 3年の内容って解る?」

「いえ、私そんなに優秀じゃないですよ。……どうして?」

 まさか、まさかとは思うけどっ……!

「いや、俺さ、勉強あんまり得意じゃなくて……。神尾だって推薦で入ったから……」

 やっぱりかー! てか、その図体で、その笑顔は無いだろっ! ギャップ萌え……(?)


「心優ちゃん、こっちの席空いたよ。どうぞ。座って」

 紳士的。イケメン対応。爽やか笑顔。

 そこら辺の女子なら鼻血……いや、失神ものかもな。悪いが私には想いを寄せる(2次元の)お方が居るからそれは無いのだが。

「あ、ありがとうございます……」

 頑張って笑った方だから。快斗、その変な顔やめてくれるかな。

 3駅目に止まったあたりから、快斗と先輩はバスケの話に花を咲かせた。

 私には全くの無知の世界なので、少し寝ることにした。


 ***


「心優ちゃん、寝てる」

 先輩が突然、柔らかな笑顔を浮かべて彼女を見つめて言った。

「……ほんとだ。心優ってよく電車で寝てるんですよね。この前なんか寝言言ってましたよ」

「そうなの? ははっ」

 そう言った後、俺にもギリギリ聞こえる程度の声で、可愛いなぁ、と呟いていた。

「……そういえば、先輩は心優のどこに惹かれたんですか?」

 ずっと疑問に思っていた事を、先輩に顔を近づけ、周りに聞き取られないように聞いてみた。

「……好きになる理由って、いるのか?」

 出ました、名言。

「いや、強いて言うなら、で、無いですか?」

「オーラ」

 はいっ⁉︎

「なんか、他の女子とは全く違うオーラで、すごく惹かれた」

 先輩が凄く遠い目をしている。この人にこんなところがあったのか、と心底驚く。

 俺の中で、先輩のイメージはこうだった。

 身長185センチ、ルックス良し、スタイル良し、バスケの才能良し。そして何より、とてつもなく厳しい。他人にも厳しいが、その2倍も3倍も自分に厳しい。1年の時は先輩が怖かった。しかし、練習が終わると一変して、とてもフレンドリーであった。モテるのもよくわかる。しかし、彼に彼女ができたなどの話は聞かなかった。

 そんな彼が、今、自分のハウスメイトに恋をして、こんなに真っ直ぐであることに、ホッコリとする。

「おーい、心優ちゃん、もう少しで降りる駅だよ。おーい」

 先輩は柔らかな笑顔で彼女の寝顔を覗き込んでいた。


 ***


「……い、おーい。……心優ちゃん、」

 ふ、と先輩の声がして目を覚ました。目を開けると、すぐ近くに彼の顔があったので、悲鳴をあげそうになった。

「やっと起きた。ほら、もう降りる駅だよ」

 電車はゆっくりとスピードを落とし、駅のホームに入るところだった。

「わ、すみません」

 先輩はニッコリと笑って手を差し伸べてくれた。だが、流石にハードルが高すぎるので丁重にお断りした。

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