20.1つじゃないのさ <1>

「このままだと、本当に半日で着けそうね」

 イルグレットが、おでこに左手をつけて、遥か遠く、微かに見えるイステニオ村を眺める。


 レンリッキによると、ハクエン村からイステニオ村までの道のりは、ちょうどこの辺りで半分らしい。


「今日は野宿しないでいいってことよ、やったわねイルちゃん!」

 アンナリーナもあと半分と分かり、俄然元気になってきた。


「ふっふっふ、シーギス、アタシが『精霊の首飾り』を買ってもらえそうな気配が強まってきたわね」

「待て待て、その賭けは俺が断ってるから不成立だろ。大体、お前はどっちに賭けるつもりだったんだよ」


「え? シーギスと同じ方に賭けるわよ。スライム煮が14Gで首飾りが680Gだもの、両方当たってもアタシの方がちょっと得でしょ?」

「ちょっとじゃないじゃん! 何十倍も差があるじゃん!」

 だからその賭けに俺が乗るメリットは何なんだよ!



「あっ、フレイムコング!」


 レンリッキが小さく叫ぶのとほぼ同時に、キィーキィーと鳴きながら1匹のサルが現れた。赤い体毛を逆立て、牙を剥いてこちらを威嚇している。


「気をつけて下さい。小さいですけど、炎吐いてきま――」

「シャアアアアッ!」

「うわっ!」

 突然フレイムコングが口を開け、轟音と共に炎を吐き出した。体に似合わない長い射程距離に、4人で後ろに倒れこむように避ける。


「あっぶねえ……」

「危うくシー君のこと、咄嗟に盾にしちゃうところだったわ。勇者だし」

「うんうん、アタシも。勇者だし」

「勇者の位置づけって何なの!」

 別に危険なことなんでもする人じゃないですから!


「よし、ここは私に任せて」

 イルグレットが杖で魔法陣を描き、その中心に代償となる棒のゴールドを置いてモンスターを召喚する。


「最近召喚獣になったモンスターのお披露目ね」

 煙と共に現れたのは、彼女の半分くらいの背丈のでっぷりとしたモンスター。

 マントと杖をつけており、なにか特殊能力を使うことが容易に想像できた。


「ウィザードープ、ハイドロソルジャーを召喚して!」


 彼女の命令で、そのモンスターは杖で魔法陣を描き始める。そして、陣の真ん中にゴールドを置き、全身も剣も水でできた戦士を出現させた。


 戦士は声を発することなく、フレイムコングに突進して攻撃していく。炎が効かないハイドロソルジャーに、敵は為す術無し。あっと言う間に体力を削り、トドメの一撃を突き刺した。


「…………え、イルグレット、アレなの? ソルジャーを召喚することができるのって、このウィザードープとかいうヤツだけなの?」

「ううん、私も召喚できるわよ」

「じゃあ何で2重召喚なんかしたんだよ!」

 2重召喚なんて言葉、今造りましたけどね!


「だって、新しい召喚獣、紹介したいじゃない」

「いや、でもお前が直接召喚すればゴールド少なくて済むだろ?」


「あのね、シー君。村の生活思い出してみて。子ども産まれたら、みんな他の人たちに見せてご挨拶してるでしょ? それと一緒よ」

「一緒なの!」

 何か違う気しませんか! ねえ、しませんか!



「あれ? イルさん、あの2体の召喚獣、まだいますけど……?」

 いつもは彼女が戻れと言うとすぐに消えていたのに、2体ともまだいる。魔法陣の真ん中でゴールドをジッと見て首を傾げていた。


「分かった! イルちゃん、あの子達、新しいゴールドになったの知らないのよ」

「あ、そっか。ありがと、アンナちゃん」


 イルグレットは駆け足で2体のもとに行く。


 彼らにどうやって教える気なんだろう。普段ヘンなところもあるけど、サモナーとしてはかなりの腕なんだろうし、モンスター語とか話せるのかな。


「こ・れ! あ・た・ら・し・い、ゴールド! コ・イ・ンじゃなくて、これ! 分かる?」

 コクコク ボヒュッ


「頷いて消えた!」

 え、今ので通じたの!


「すごい、イルちゃん! モンスターと会話できてる!」

「心が通じれば、あとは大体なんとかなるものよ」

「そんな原理なの!」

 俺にも出来そうな気がしてきたぞ!


「あ、シーギスさん、フレイムコングのゴールドが」

「そうだそうだ」

 危ない危ない。イルグレットにツッコみすぎて忘れるところだった。


「えっと、確かこの辺りで倒れたから……」

 探すけど、棒が見当たらない。あれ、おかしいな?


「シーギスさん、これ……」

 悲しさ、虚しさ、乾いた笑いみたいなものを全部混ぜたような複雑な表情で、隣にいたレンリッキが地面を指す。


「あったの――」


 陽光にかざすと輝く、銀色の丸い石。大きなものと、小さなものと、綺麗に分かれている。


 まるで、10Gと1Gを大きさで区別するかのように。


「……レンリッキ、俺は魔王に会ったら、この石をぶつけてやろうと思うんだが」

「…………僕も一緒に投げていいですか」


 この魔王は多分、今までのどんな魔王よりも厄介だ。

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