18.使えなければ、ただの棒 <1>

「え、何? シーギス、どういうこと?」

「ちょっと待って、レン君、ひょっとして……」

「ああ……どうやら、まだ正式なゴールドとして認められてない、というか使われてないらしい」


 勇者が来るのは久しぶりとか言ってたもんな。この村では、まだコインが棒に変わったことが広まってないんだろう。


「いや、違うんだ、おばさん。モンスターを倒したらこの棒を落としたんだ。つまり、これからはこの棒がコインに変わるゴールドになるんだよ。ほら、長いのが10G、短いのが1Gだよ」

「いやいや、こんなのもらっても困るんだよ」

 眉を下げて、目の前に見せた新ゴールドを押し返す。


「いや、信じてくれ! 本当にこれがゴールドなんだよ! 別に詐欺とかじゃないんだ!」

「信じてないわけじゃないんだよ」

 おばさんはゆっくりと首を振った。


「アンタの顔見れば、騙そうとしてる気はないってことくらい分かるさ。でも、アタシはさっきもコインで買い物してたんだ。この村では、まだコインのゴールドが普通なんだよ。だから、その棒をもらっても、アタシは何にも使えないのさ」

 ああ……そういうことか…………。


「シーギスさん、ここは一旦、コインで払いましょう。まだ多少は残ってますから」

「そ、そうだな」

「じゃあおばさん、こっちでお願いします」

 馴染みのあるゴールドで支払い、なんとか泊まる場所を確保することができた。



「困ったわね、これが使えないなんて」

 イルグレットが棒をポンポンと上に投げて遊ぶ。4人それぞれ、自分の部屋に荷物を置いた後、俺の部屋に集まった。


「コインしか使えないって言っても、もうモンスターはコイン落とさないんでしょ? じゃあどんどん使えるゴールドが減ってくってことじゃん」

 アンナリーナも棒を持ち、イルグレットと投げ合いを始めた。


 そう、コインには限度がある。このままだと、棒の形で1000G持っていても飢え死にだ。


「分かった! シーギス、他のパーティーに『棒あげるからコインちょうだい』って言って交換持ちかければいいんじゃない?」

「完全に詐欺じゃん!」

 そのパーティー、完全に路頭に迷いますけど!



「とにかく、アイツに相談だな」

 イルグレットが「そうね」と頷いた。


「ドラりんのシー君への罵倒、私も聞きたいし」

「お前もファンなの!」

 アンナリーナといい、連絡の目的履き違えてませんか!


「シーギスさん、繋ぎますよ」

 レンリッキが声霊石でドラフシェを呼び出す。


「ドラフシェ、聞こえるか? シーギスルンドだ」

「ああ、聞こえるが、今は疲れてるからお前と話す気分じゃないな」

「新しいパターン!」

 まさかの会話拒否ですか!


「そんなこと言ってる場合じゃないっての。大変なことになってんだ」

「そうか。それで、命に別状はないのか?」

「ケガなんかしてない! なんでいつも俺を不幸にさせたがるんだ!」

 そこの女子2人、拍手するな!


「あのな、少し前からモンスターのゴールドが……」

 ドラフシェに経緯を説明する。話が進むにつれ、彼女は口数少なくなっていった。


「そんなことが起こってるのか……」

「まだ他のパーティーから報告はなかったのか?」

「ああ、いつも連絡くれる勇者がいたが、この前のゴールド値上がりの騒動で借金を抱えたらしい。勇者を辞めて働くと言っていた」

 売って儲けるために、借金してまで何か買ったってことか……欲に目が眩むと恐ろしい。


「で、ドラフシェ。俺達はどうしたらいい?」

 俺の質問に、彼女は低く唸る。


「んん……それはさすがに……急に言われてもな…………」

 彼女がこんなに悩むのを初めて見た、否、聞いた気がする。


「シーギスルンド、それは宿屋以外の店でも使えないのか?」

「まだ行ってないから分からないな。ただ、宿屋のおばさんは今日コインで買い物したって言ってたから、棒が使えない店はまだ幾つかありそうだ」

 彼女は「そうか……」と呟き、石はその力のない声さえしっかりと拾う。


「あの、ドラフシェさん、レンリッキです。例えば、『ドラフシェさんが許可した』ってことで棒をゴールドとして使うことは出来ませんか?」

「ううん……お前達が言う分には、幾らでも私の名前を使って構わないけどな」

 重たい咳払いをして、彼女は続ける。


「相手が信じるかは別問題だ。結局ゴールドなんてものは『このコインにはそれだけの価値がある』と皆が信じてるから価値が出るもんだ。幾ら弁を重ねても、相手が『ただの棒じゃん』となったら、ゴールドとしては認めてもらえないだろう」

「そう……ですよね……」



 ドラフシェの言うことも尤もだ。もともとはコインだってモンスターを倒して手に入る。倒す手間を考えなければ、原価はタダだ。


 そのコインがここまでバートワイト王国に広まっているのは、それ自体に価値があると誰もが思っているから。

 そのコインを集めれば武器にも匹敵する価値があると、思っているから。



「それにしても困ったな。このままじゃ一文無しか……」

「あるいは勇者を諦めて、道具屋で薬草についた虫を払う仕事に就くかだな」

「アンナリーナ、声真似してもバレバレだぞ」

 またとんでもない仕事に就かせてくれたなっ。


「えっ! シーギス、何で分かったの!」

「石から声が出てないからだよ!」

 むしろ何で分からないと思ったの!


「ドラりん、イルグレットだけど。お城でコインは備蓄してないの? それを私達の棒と交換してもらうとか、出来ないかしら?」

「いや、ハクエン村だけなら出来るくらいの余剰分はあるかもしれないが、全部の村に対しては無理だな」


 冷静に答えるドラフシェだが、その声には明らかに苦悩や迷いが混じっている。そして、彼女は大きく深呼吸した後、俺達に告げた。


「まあ、実際にやることは1つしかなさそうだな」

「1つ……?」

「国からの命令で、ゴールドをコインから棒に変えるってことだ」


 魔王の魔法は、この国の中枢をも動かした。

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