魔王は呪文を唱えた! モンスターの落とすゴールドが下がった! 経済は混乱した!

六畳のえる

Deflation ~デフレーション~

1.なぜか足りない、君のゴールド <1>

「無事に到着!」

 記念すべき日に相応しい晴天の日の朝。

 バートワイト王国の中心で、高らかに声を張り上げる。


「やっぱり発展してるなあ、この辺りは」

 国王が生活する城の前。周りには市場はもちろん、服屋や貸本屋なんて店も出ている。宿屋と武具屋と教会しかなかった俺の故郷とは大違いだ。


「で、これが城か。よし、じゃあ手続きに行きますか」

 腰に差した剣の柄をグーでトントンっと叩く。


「シーギス、いつもそれやってるね。健康法?」

「これで何がどう健康になるんだ!」

 腰の横から顔を覗かせたアンナリーナにツッコミで返す。


「まあ、何か動き出すときのクセっていうか、験担げんかつぎみたいなもんだな」

 これから、大冒険の幕開けだからな。



 300年以上の歴史を持つ、バートワイト王国。この王国には、100年ほど前から魔王が棲みついていた。また、魔王の力のせいか、恒常的にモンスターも棲みついており、民の安全を守るために古くから勇者という職業が誕生している。


 魔王は強大な魔力で王国に災厄をもたらそうとするが、勇者がパーティーを組んで立ち向かい、最後には必ず倒してきた。しかし、魔王も目覚めてすぐに、自分の子孫を国のどこかの地下に宿すため、5年に一度、次代の魔王が目覚めては勇者が倒し、また5年後に子孫の魔王がまた目覚め……という繰り返しの歴史が紡がれている。


 俺、シーギスルンドも、新たな魔王が目覚めたという話を聞いて、これから冒険に出る勇者の1人。今から他の3人のパーティーメンバーと一緒に、冒険出発の登録手続きをする。



「でもさ、なんで登録手続きなんか必要なんだろうね。しかも勇者だけじゃなくてアタシ達まで」

 城門の両脇にいる見張りに挨拶しながら、アンナリーナが首を傾げる。


「魔王討伐に向かうパーティーが何組もいるからなあ。途中で何かあったときのために、誰が冒険に行ってるかを国でも把握しときたいってことだろうな」

「何かって? 誕生日におめでとうの電報届けてくれるとか?」

「どんだけ暇な国なんだよ」

 毎日そんな雑務やってられないの!



 アンナリーナ。俺と同い年、17歳の魔法使い。彼女のトレードマーク、アップにしているオレンジ色の髪は、通りがかりの人も思わず振り返るほど鮮やかな色合い。割と可愛くて明るい顔立ちに摩訶不思議な発想で、パーティーのムードメーカー的な存在。

 生まれが隣村だから10年くらいの付き合いだけど、本格的に絡むようになったのは5年前くらい。魔王討伐を目標とする近隣の村の子どもが合同で修行し始めたときからだ。

 トンチンカンな発言も多いし、一人で突っ走っちゃうこともあるけど、炎から氷まで攻撃魔法はお手の物の頼れるメンバー。



「あの、シーギスさん、なんか足から血出てませんか?」

「ん、ああ、今朝の修行でちょっと切っちゃってね」


 俺の返事に、レンリッキは「わっ、それなら……」と言いながら背負っていた大きなリュックを漁り始めた。


「えっと、確かここに……あったあった! これ、煎じた薬草を使った貼り薬です。止血できると思いますよ」

「おおっ、助かる! ありがとな!」

「アイテムのことなら、任せて下さい」

 頼りになるなあ、ホント。



 レンリッキ。1つ下、16歳のアイテムマスター。茶髪のサラサラな髪を下ろしていて、黒髪をツンツンに立ててる俺に比べておとなしめな印象に見える。身長も俺より少し低いから、並んでいると「やんちゃな兄貴と真面目な弟」みたいな構図だ。

 バートワイト王国にも数人しかいないというアイテムマスター。剣や盾のような武具から薬草・火炎玉のような道具まで、ありとあらゆるアイテムに精通している。パーティーにいるだけで、「なんでも知ってるヤツがいる」という安心感が生まれる、貴重な要員。



 1階正面の重厚な扉を開け、いよいよ城の中へ。動きにくそうな鎧をつけた兵士が「受付は上です」と階段を案内してくれた。

 2階、上がった正面の扉に「登録はこちら」と書かれた紙が貼られている。


「よし、じゃあ中に入るぞ」

 扉に手をかけようとした俺の腕が、後ろからグイッと引かれた。


「ちょっと待って、シー君」

「なんだよイルグレット」

 振り向くと、彼女はさも当然という顔で質問する。


「登録するパーティーメンバーに召喚獣は入るんでしょ? だったら私も召喚の準備しないと」

「入るわけないだろ……」

 基本的には常時いる人間を指すんだと思うよ、パーティーって。


「えっ、そんなのおかしくない? エレクサタンだってサイレスドラゴンだって戦闘に参加してるし、私達の回復だってしてくれるじゃない。じゃあアレですか、シー君はもし私が普段別の場所にいて、呪文を唱えたときだけ『やれやれ、仕方ない』って顔覗かせたら、私をパーティーメンバーとは認めないってこと?」

「認めないよ!」

 大体、やれやれ仕方ない、なんて言われるなら呼びたくないよ!



 パーティー最後の1人、イルグレット。1つ年上、18歳のサモナー、即ち召喚士。白に近い金髪のミディアムストレートは、日中見ると眩しくすらある。アンナリーナと違って胸もしっかり発育している、大人のお姉さん(でもアンナリーナも最近成長してきたかな……)。

 魔法陣を描いて、仲間にした召喚獣を呼び寄せることで、攻撃や回復、移動に使うのが最大の特技。

 通常、サモナーは召喚の際に食料や本人の体力など、様々なものを対価にするけど、。本人曰く、このあたりは本人の適性で、彼女の場合はゴールドが一番相性が良かったらしい。

 大人のお姉さんと言ったものの、「召喚獣は家族」と言い張るタイプなので、仲間モンスターのことになると今みたいにゴネだしたりするのが可愛い。否、ちょっと面倒。



  勇者、シーギスルンド

  魔法使い、アンナリーナ

  アイテムマスター、レンリッキ

  サモナー、イルグレット

 よし、このパーティーで、魔王を倒すんだ。



 ……そう、このときはまだ、これから魔王が仕掛ける独特でかつてない恐怖なんて、知る由もなかった。

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