第28話 水の大神と神代家長女 その六

「弟のためなら命を捨てるのか。それ程の愛を注いで得られる見返りは何だ?」

 見返りなんて求めはしない。自己満足と言われてもかまわない。己の生き様を決めるのは私自身だ。

 直接触れられれば、勝機はある。網目上に組まれた糸をイメージする。ピンと張った糸を緩めて、網目を広げる。

 メリクリウスが両手を合わせた。乾いた破裂音と同時に神殿全体が水に包まれた。海底神殿、そんな呼び方がお似合いの光景が眼前に広がっている。幻想的だけど、少しも心が躍らない。

 

 マーメイドやウンディーネが私を取り囲んでいる。

『きっと、こんな光景を目にしたら世の中の子供たちはトラウマを負うわね』

 マ―メイドって愛らしくて美しいってイメージがあるけれど、ここの人魚たちはそんな片鱗をみせようともしない。

 殺気を纏い、獰猛に笑う姿からは人食いザメを連想させられる。ウンディーネに至っては半透明な身体が水と同化して、目を凝らさないと認識できない。

 メリクリウスは玉座に座ったまま、こちらの様子を窺っている。一番近くにいる人魚が身体を錐揉みさせてこちらに突っこんでくる。人魚の遊泳速度ってヤバイわね。時速に換算したら百キロいくんじゃないかしら。そんなどうでも良いことを考えていると、人魚が私を通り越した。しばらくの間を置いて、今度は四方から人魚が弾丸のように突撃してくる。私はそれを他人事のように鑑賞している。そんな私の態度が気に食わないのか、大きく口を開けてギザギザの歯を剝き出しにしてきた。同じ女?として説教をしたくなる。人前ではしたない。


「「「「ブギャアッッ!」」」」

 人魚たちがぶつかって自滅した。もっとカワイく鳴きなさいよ。お次は、ウンディーネのターンか。

 半透明な腕が背後から私を掴もうとして失敗した。ここの人外どもには、学習能力がないのかしらね。


 しびれを切らしたのか、メルクリウスが玉座を降り、また両手を合わせた。一瞬で、神殿から水気が取り払われた。それと同時に人魚とウンディーネの姿が消えた。

「想像以上だ。自分を軸とした小規模な事象改変か。存在の濃淡を変化させることだけに限定されているようだが……やはりお前は美しいな」

「…………」

「極小の才能を極限まで研ぎ澄まし、神の領域にまで手を伸ばす。その研鑽は称賛に価する。俺っちには真似できない芸当だ」

 メルクリウスが朗らかに笑った。

 


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