第二章プロローグ:出港



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-Information-

今回は時系列的には第七話と第八話の間にあたる回です。

最新話公開時に本メッセージを削除後、あるべき配置に置き換えさせていただきます。

それではどうぞご覧下さい。

                  OH-


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 それは、出港前夜のこと。

「…………?」

 消灯時間よりはまだ時間があり、かといって特にやることがなかった為に、有本 僚は艦内を見て回っていた。

 その時、神山 絆像が誰かと話していたのを目の当たりにしたのだ。だが、問題はその話し相手の服装にある。

「陸軍……?」

 別にやましいことなど特には無かったが、通路の角に隠れてその様子を見ている。

 話し相手となっている屈強そう男は陸軍の制服を着ていたのだ。しかもその服装は結構な泥汚れが染み付いている様に見える。

「……屯田兵……?」

 自身がかつて通っていた高校国防大附属にも屯田兵科があり、皆そんな成りになる学生達を見てきた為に、僚はそう判断できた。

「なんでこんなところに……」

 思っていると、視線に気づいたのか絆像がこちらを振り向く。

「ほぅ……こんな時間に出歩くのが趣味なのは俺だけじゃなかったか」

「艦長……」

 気付かれ、僚は姿を現した。

「そちらの方、陸軍の方ですよね?」

「ん?

あぁ、そうだぞ」

 言いながら、絆像は陸軍兵士に「紹介しておいた方がいいか?」と問うと、その兵士は短く答え、僚に敬礼をする。

「田畑 耕一、階級は曹長であります」

「信濃航空兵科所属、有本 僚准尉です」

 対して僚も敬礼を返した。

 ここで、ふと。

「そういえば、僚は聞いていないのか……」

 本当にふとしたことなのだろう。絆像はそんなことを口にした。

「何をです?」

「せっかくだし、来てみるか?」

「……へ?」



 しばらく艦内を歩き、途中エレベーターを利用してまた少し歩いた末、その扉の前にたどり着いた。

「これを見たら、驚くだろうな」

 悪戯好きな子供の様な目をしながら、絆像は身分証をパスに翳すと、その扉が開く。

 その光景を目の当たりにした僚は、

「───ふぁぁ……」

 ただただ感嘆の声を漏らしていた。


 そこには、農地が拡がっていた。

 決して広いわけではないが、とても艦内とは思えず、十分な光量すら得られている。

「ここは信濃 最重要防御区画 最奥部の一角───」

 共に入室した二人のうち、絆像が口を開いた。

「───『農業ブロック』だ」

「農業、ブロック……?」

 言っていることがあまりに信じられず、思わず聞き返してしまうが、絆像はただ「あぁ」とだけ返した。

最重要防御区画バイタルパートなだけあって、ここは動力ブロックのすぐ上にある」

 説明を耳に入れつつ、僚はその中の隅々まで隈無く見渡した。水田、麦畑、根菜、豆類、南瓜。一つ一つは小規模だが様々な作物が育てられている。

「核融合炉の冷却で得られた蒸留水を一定温度下まで冷却する、その比較的早い段階の温水を用いて育てられているそうだ」

 絆像がそこまでいうと、横にいた田畑曹長が「普通に冷水を使うのがほとんどですよ」と付け加えた。

「むしろ温水で育てるのはバナナくらいです」

「バナナも育ててるんですか!!?」

「五株だけですけどね」

 指されて僚がそちらを見やると、角の方に確かにバナナの木が植わっている区画があった。


「凄いな……」

 農業ブロックを後にしてもなお、僚は見せられた光景への興奮の余韻に浸っていた。

 そんな彼に、絆像は、

?」

 何か含みを与える様に、僚に問いかける。

「……まぁ、確かに……」

 言われてみれば、そうだ。

 これだけの設備を艦艇に造る必要性は本来、。それも、海の戦場の最前線を駆けることになる戦艦ともなればなおさらだ。

「改二大和型の十隻にはどれも同じ様な構造をしている。

それらも共通して、居住区も艦艇としては広大だ」

 それについても、僚は把握している。

 航空隊と艦載機整備科、及び応急修理科はそれぞれのメンバーの意向により例外だが、それらを除く乗組員クルーのほぼ全員に、個室に近いプライベートルームが設けられていた。それでいて、例外的と言えた三科にも専用のレクリエートルームを設けられている。


 米国アメリカのアイオワⅡ級 六隻

 東独東ドイツ帝国のビスマルクⅡ世級 四隻

 西独西ドイツ共和国のヴィルベルヴィント級 二隻

 東ロシアのポチョムキン・タヴリーチェスキー級 三隻

 英国のウーサー・ペンドラゴン級 二隻


 その他にも様々な超戦艦級が存在する中、まるで改二大和型は、特に異質といえていた。

「何故、日本はこんな艦艇を産み出したのか……君は、興味ないか?」

 やはり悪戯好きそうな表情をしながら───だがそれでいて全くの真面目そのものな眼差しを向けて───絆像は僚へと問う。

「…………」

 少し間を開けることになったが、少しだけ考えると僚はその質問に答えた。

「無くは、ないですね……ですが、あまり細かいことを気にしすぎるのは良くないと思いますよ?」

「…………ほぅ」

 驚いたのとは違う、どこか納得した表情を見せると、

「君は結構単純な者だと思っていたよ」

 含みを持たせる様に、絆像はそう言った。

「……どうゆうことです?」

「細かいことを気にしすぎるのは良くないんじゃなかったかな?」

「まぁ、そうでしたね」

 余りのことに問い返すがはぐらかされてしまった。それ以上は特に気にすることもなく、絆像と別れた僚は試作三号機の元へと向かうことにした。



 そして、次の日


 いよいよ出港の時は訪れた。



 横須賀港周辺はつい二週間ほど前は騒乱があったのが嘘であるかの様に、出港する様を見に来た一般の方々で賑わっていた。

「ったーく、隊長遅いわー」

 航空隊の隊員達は皆、甲板に出ていた。航空隊だけではない。艦載機整備科、応急修理科、その他操艦と関係の無い部署の隊員は皆甲板上に出て帽振れの準備をしていた。

 その中の一人として並んでいる火野 龍弥は呆れる様な態度で、一人だけいない僚の姿をその場で探していた。

「なぁにやってんや……」

「隊長ならあそこで取材受けてるぞ」

 隣に立つ青雲 幸助に言われ、その方を見やる。その方向とは甲板のほぼ下、港の埠頭だ。

 すると確かに彼はそこで記者達に囲まれていた。

「はぁ、呑気やなぁ……」

 妬み半分で言ってやると、

「逆に張ってるんじゃないか?」

 少し離れたところから突っ込まれた。すると苦笑いを浮かべながら龍弥はその声の主へと「違いねぇわな」と返す。

「ただでさえ非常事態に活躍したからって半ば無理矢理入隊したもんだろ。

頭と心の整理追い付いてるか心配だけどな」

 先程の声の主───城ヶ崎 小太郎はそう続けた。

 話が終わったらしく、僚がラッタルへと駆けてくる。


 そして、彼が甲板に上がったところで、一際膨大な汽笛の音色が鳴り響いた。


「総員、敬礼!」


 スピーカーから響く絆像の指揮の元、甲板の一員は一斉に敬礼を捧げる。


 それが音頭となる様に、四隻の紅い戦艦達は太平洋へと赴いていった。


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