第八話:蒼海の航路は波に消え(Ep:3)


艦載機格納庫にて。

「深雪さん!出せる機体はありますか?」

クラリッサ・能美・ドラグノフが走りながら入室し、いきなりのことですっとんきょうな反応をしてしまう吹野 深雪。

「この辺りの海賊は騎甲戦車も使うと艦長から聞いてます!

もしそうなら危険です!」

「そうは言っても……」

実際出せる機体が無かった。

一機を予備機とし、それ以外はパイロットが決まっていた。だが、その予備機は訳あって動けない、と前以て深雪から聞かされていたのを覚えている。

だが、───

「一機だけ」

「え?」

「一機だけ、使える機体があるわ」

そう、深雪は返した。

「本当ですか!乗せてください!」

「乗せるも何も、貴女の機体よ」

「え……?

……まさか───!?」

そのまさかだった。

整備されていたT-34。上から擬態として紺色に塗り直されていた塗装は剥がされ、銀色の装甲を露にしている。両肩にチェーンガンの様なものを装備され二対の翼が装備されている等、部分的な変化は見られるが、紛れもない自分の愛機であることは変わらない。

「一応、一機だけ余ってた二一型の動力を積んでおいたから機動性・出力共に大幅に向上したわ」

「……ありがとうございます、深雪さん。

これで、私も戦えます!」

そう言ったクラリッサは、慣れた感覚で機体のコクピットに乗り込んだ。


乗り込んでみると、コクピットが改装されていることに気がついた。

機体コンディションを示す中央部モニター、

頭部カメラからの映像を映す右舷・左舷・上部モニター、

レーダーの画面となる下部モニター、

いつものと変わらない配置だが、モニターそのものは新しくなっていた。

シートと操縦桿は相変わらずT-34のものだったのはありがたかった。

慣れた動きで操縦桿を動かす。

いつも通りに機体が起動した。

感動、とも、興奮、とも言える感覚が体内で満ち、自分の中にある何かのスイッチが切り替わる。

『どう、気に入った?』

深雪から通信が入る。それに対し、

「Хорошо(素晴らしい)……実に気に入った!」

クラリッサは、強気な口調でそう返す。

その瞳も、いつものおっとりとした様が無くなり、獲物に飢えた餓狼の様に鋭くなっていた。

『“東ロシアの銀狼”……機体に乗ると性格変わるって噂、本当だったのね』

「あぁ、この癖については認めよう。

だが、一つ追加で言わせて貰う」

『何?』

「その渾名は好きじゃない」

『……なるほど。

それじゃ、何て呼べばいい?』


「──────」


『え?』

「部隊で私が呼ばれていた名だ。

由来は、前大戦後に日本から送られてきた駆逐艦の名前だ。

母方の祖父が、その艦の搭乗員だったから名付けられた。

日本語に訳すなら『信頼できる』という意味だな」

『……へぇ、良いじゃない。

了解よ』

そう答えた深雪は、タブレットを操作し、それが終わると同時に、

『《T-34改 ソルダット・ヴェールヌイ》

所属:信濃

登録パイロット:クラリッサ・能美・ドラグノフ

登録完了』

の文字が画面に浮かぶ。苦笑しながら「機体名にしたのか」と反応した。

『まぁ、流石にロシア語表記は分からなかったからカタカナで入れさせてもらったわ』

「あぁ、問題ない」

『《信濃》のネットワークへの設定、完了。

これでFFSFriendly Fire Safetyにより、誤射から守られるわ。

あと手持ち火器として狙撃銃型の携行式レールガンモジュールを装備させておいたわ……ってまぁ、これは雷花が提案した装備の試製品なんだけどね』

「Принято(承知した)!」

言いながら、クラリッサは機体を緊急出撃用エレベーターと書かれていた台に機体を載せる。

『それじゃ、忍者之門シノビノミカドから出撃よ』

「シノビノミカド?」

聞き慣れない単語を出されたクラリッサが聞き返す。

『スーパーキャビテーションを応用した水中からの艦載機発進口よ』

「水中だと!!?

この機体水中で使える様になったのか!!?」

『一応使える様にはしたわ。

あんまりおすすめはしないけどね』

「そうなのか……了解した」

問答中にも、下層まで降りた機体が段々と注がれている水の中に沈んでいく。

そして水面が頭を追い抜いて少し経ったその時、機体が泡に包まれていく。

『もう出撃して大丈夫よ』

「Да(了解)!」

大分包まれてきた頃、深雪からのゴーサインに答えたクラリッサが吠える。

「クラリッサ・能美・ドラグノフ───T-34ソルダット、出る!」

そうして、水泡に包まれたT-34が高速で射出された。


「うおぉぉぉっ!」

凄まじい力で振り回される試作九号機の中で、龍弥は叫んでいた。

やって来た魚雷三本を辛うじて避けたが、その後もさらに大量の爆雷の様なものが降り注いだ。

何発かが軽く爆ぜて、辺りに何かキラキラしたものが漂い始める。直後、機体のレーダーが狂い始め、大量の敵の反応が表れた。

「これ……水中用チャフか!」

チャフとはレーダーを妨害する為にバラ撒かれる金属箔のことだ。レーダーが発する電波がこれらに対して乱反射することで妨害される。

自身の周りに撒くことでステルスに使うこともできるが、代償として自分達もレーダーが使用できなくなる。

それが撒かれたということは、これはAHT爆雷だろう、と想像できた。

そこまで考え切ったところで、レーダーを映していた画面が暗くなった。情報を処理しきれず、ダウンしたのだろう。

「レーダー……お陀仏になったな……しゃあない……」

独り言を言いながら眼を閉じ、精神を集中する。全方位、見えない敵を見つけることだけに集中。

数分した様な、数時間は経った様な、数秒もしなかった様な、その時───。

「見っけ!」

龍弥は通常ホーミング魚雷二発を紛れ込ませビデオ魚雷を三発放った。

放たれた魚雷のうちビデオ魚雷は龍弥の操作によって、それぞれ別々の軌道を描き、狙った先へと向かっていく。

そして、それらが先程の魚雷が炸裂していた位置を行こうとした時、

「───!!!」

電流にも似た感覚を受け、龍弥はビデオ魚雷を操作する。

二発のホーミング魚雷が炸裂する中、の反応を三発のビデオ魚雷は回避した。そしてそれらは、さらにその遠くで全弾炸裂し、一際大きな音を立てた。

「よぉうし!」

ガッツポーズをとる龍弥。だが直後、後ろから嫌な感覚を感じた。

「───!!?」

後ろを振り向きながら回避───直後、腕の様なものが機体の頭部の脇をすり抜けていった。

「騎甲戦車───なんか!?」

まさか、と思ったらそれだった。

騎甲戦車、らしきもの。

零を含む空戦騎がそうである様に、人型の兵器全てが騎甲戦車である訳ではないし単に武装した人型重機ワークローダーの可能性もあるが、外套の様に被っていたのだけは確認できた程度だ。

AHT爆雷が散布した水中用チャフによる影響でレーダーがお陀仏になっていたこともあり目の前の機体が何なのかがわからない。

だが分かることは一つ。

「これ、海賊のか!!?」

もしかしてだが、今まで当たらなかったのはこいつらが迎撃したせいなのか?

そう思ったのも束の間、そのまま海中で接撃戦となる。頭部機関砲も肩部ガトリング砲も海中では使用できない。その一方で相手は、水中戦に特化した装備をしていた上で、近接武器を持っていた。明らかに部が悪い。

「ぐぅっ!」

対物ナイフによる斬撃を左手で受け止め、装甲が傷付く。

もう一本のナイフでコクピットを狙われたが、回避。だが、右肩の間接部に運悪く当たり、右腕が使用不能になる。

「まずっ!!」

だが、次の瞬間───電流が走るのに似た感覚を感じ、龍弥は上を見た。

「───あれは!!」

上数メートル先を何か小さいもの、それも小型のグレネードに似た形状のものが漂ってるのを確認した。


海面から射出された何かが、信濃の飛行甲板に着地する。

改造されたT-34だ。

「この機体……クラリッサ……?」

通信が入る。案の定クラリッサだった。だが、彼女が『僚』と呼んだ声は、彼の知っている彼女とは明らかに別人に近い口調だった。

強いていうなら、出会ったときの口調。

『戦線に加わる。指揮は任せた』

「……了解です」

若干、雰囲気に押される僚。

「その銃で狙撃、は遠慮した方がいいかもしれません。

グレネードか何か、ありませんか?」

『一応あるぞ』

言うなり、かなり遠くの洋上にミサイルが数発上がった。

「あ、一個訂正」

それを確認した僚が、

「あれ撃ち落として」

そう命じると、

『Да』

即答したクラリッサが、持っていた狙撃銃型の火器を構え一発撃った。そのたった一射で複数のミサイル全てを撃ち落とす。

それと同時に、ミサイルが撃ち上がった辺りの方向に雷跡が五本向かっていく。

龍弥が放ったものだろうか、と察した直後、ミサイルが上がった辺りで一際巨大な水飛沫が上がった。

『敵艦、撃沈を確認』

浮き輪など艦船に常備されている様なものがすぐに浮いてきていたこともあり、真尋がそう判断していた。

「終わったのか……───」

言いかけた直後、

『まだ騎甲戦車が残っている筈だ!』

クラリッサの言葉が遮った。

「───え!?」

その時、後部甲板右舷から騎甲戦車の様な機体が壁を登って現れた。

襤褸布を被った機体が三機ほど。

そのうちの一機がナイフの様な武装を片手に物部機へ突貫する。

『物部機が───!』

クラリッサが狙撃銃を、僚が電磁投射砲を構える。

だが

「間に合わ───!」

だが、

「───え……?」

『───何……?』

その機体は数発の弾丸で穿たれる。

撃ったのは、

『景浦機……?』

識別番号 A6M2/S01-4 YK───景浦 幽だった。しかも、いつの間にか三連装荷電粒子砲第五砲塔の付近で陣取り、狙撃の体勢をとっていた。そこは丁度、穿たれた敵機の編隊から死角になっている。

「いつの間……って───火野さん!!」

海面を見てみると、水中で何かが蠢いているのが分かる。水中でドッグファイトを繰り広げていた。

そこに向けて、

『……来るなといっても、もう遅いよな……』

クラリッサがグレネードを取り出し、

『龍弥、あとは任せた』

それを放り投げた。

あとの二機も、片方は真尋がマニュピレーターと頭部を破壊して幽が止めを刺し、もう片方も僚が電磁投射砲の一撃で上半身を吹き飛ばして仕留められた。

直後、一際大きな水飛沫が上がる。

「今度こそ、終わったよね……」

『あぁ。

どうやら、龍弥も無事そうだ』

「それはよかった……まぁ、結果的にだけど……」

確認した僚は、龍弥に通信を入れる。


グレネードの様なものをが迫ってくるのを確認した龍弥は、敵機に抱き付く様に迫り、

「うぉぉぉおおおあああああ!!!」

そのまま雄叫びを上げながらそれにぶつかった。

そして、

「……は?」

一瞬だけ間をあけた次の瞬間、閃光が迸り、

「───ファーッ!!?」

盛大に爆発が起き、機体が思いっきり揺さぶられた。

敵機を盾にする形になったのと、ワイヤーのお陰でなんとか耐えきったものの、最悪振り落とされて奈落の様な海底へと引きずり落とされかけたところだ。

「……かわいい見た目しておっそろしいな……」

直後、僚から『上がってください』と通信が入り、ワイヤーアンカーを巻き取る。

海面に出ると、雨は止んでいた。既に暴風圏だったマラッカ海峡を抜け、潜水艦達も撒いたらしい。

甲板上に上がってみるとそこには、狙撃銃型の携行火器を携えたT-34の改造機の姿があった。

違いといえば、全体的に銀色の配色になっていることと、背中に可動式の二対の翼が生えてることくらいだが。

通信を入れてみると、クラリッサの姿が画面に映った。

「あんたがやったんか?

助かったぜ」

そう礼を言うと、

『礼は入らん。

貴官が助かればそれで良い』

そう返ってきた。かなり凛々しい声音と口調で。それに対して思わず「へ?」と反応してしまう龍弥。

『それに、礼を言うなら僚と深雪に言え。

私は僚の指示に従い、深雪から渡された銃を扱ったまでだ』

それを他所に、クラリッサは続けた。

「お、おう……了解や。

隊長さんと整備士長にも礼言っとくわ……」

そう返し、龍弥はクラリッサとの通信を切り、僚に通信を入れた。

「なぁ、あれホンマにクラリッサか!?

なんか、前合うた時と全っ然性格ちゃうで!!?」

『さぁ……なんか、機体に乗ると性格が変わっちゃうみたいで……』

「ファーッ!

何やその漫画のキャラ見てぇなノリ!」

『さぁ?

乗るとハイになるのではないですかね?』

「でもまぁ……凛々しいクラリッサも良えなぁ……」

『ま、まぁ……』

「おぉ!

分かってくれるん?

お前、何か気の強い女好きそうやしな」

『ふぇ!!?

い……いや、そんなことは……』

「そうでもないんやったらなんで吹野は───」

『あーあーあー───!!』

などと話していたその時、優里から通信が入った。

『皆さん、見えました!

戦艦 那智、以下 足柄、他多数───』

言われ、前方を見やると、紅色をした艦達の姿が現れた。



高雄型高速戦艦三番艦 那智 四番艦 足柄


球磨型重巡洋艦 鈴谷 矢矧 夕張


祥鳳型軽空母 祥鳳 瑞鳳 龍鳳


強襲揚陸艦 信長 謙信 秀吉


軽巡 浜風 初風 天津風 太刀風


第一種駆逐艦 初霜 若葉 菊月 照月



『───第一遊撃部隊です!』



『これが……第一遊撃部隊……』

龍弥は、思わずいた。

としか表現できないくらいの勢いで、口から零れていた。


その、地獄の焔を具現化したかの如き猛々しい様は…………




「紅蓮の……艦隊……」

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