第二章:ソマリア編

2-1:第一遊撃部隊

第八話:蒼海の航路は波に消え(Ep:1)


次の日、〇五〇〇。

信濃以下、榛名、摩耶、三笠はインド洋へと向うべく、横須賀港を出港した。

ソマリアに派遣されていた第一遊撃部隊と合流の為だ。

第一遊撃部隊も、アフリカ北東部にあるソマリアからフィリピンへと移動しているらしい。

それで、インド洋で合流することになっていた。

護衛艦は峰風型軽巡 磯風を旗艦とし、睦月型駆逐艦 弥生、皐月、長月を随伴艦とする『第十二水雷戦隊』と、同じく峰風型軽巡 疾風を旗艦とし、白露型駆逐艦 夕立、時雨、春雨を随伴艦とする『第十五水雷戦隊』。この二つの部隊は、どちらも第一遊撃部隊所属の水雷戦隊だ。

信濃以下、戦艦四隻が『単縦陣』を組み、その周囲を『輪形陣』の要領で二個水雷戦隊が囲んでいた。

その状態で東シナ海を南下、フィリピンのマラッカ海峡を抜ける予定だった。



横須賀を出港し、三日後。

時刻 一三三〇

太平洋 フィリピン・マラッカ海峡沖8.0km


ここは現在、台風の影響によるスコールで大時化だった。

信濃 CIC。

「こちら信濃。

那智、応答願います」

桂木 優里は、高雄型戦艦 那智に通信しようとしていた。

那智は、第一遊撃部隊の仮旗艦として現在部隊を率いている。

金剛型の摩耶が旗艦だったが、修復兼改修の為に横須賀に帰還し、准金剛型である高雄型のこの艦が仮の旗艦を務めることになっていたのだ。

ちなみに那智からはマラッカ海峡を通過する前には通信を入れる様にと言われていた為、こうして通信を入れている。

のだが、

「那智、応答願います」

この台風のせいもあってか、全く返ってくる気配がない。

不安になりながらも、十二隻の艦は海峡に踏み入る。

津波と称しても過言ではない規模の大波に正面から突っ込む。全長300mを超える超巨大な戦艦が揺れる。揺れるだけで済んだ程度、と称するべきか、超巨大戦艦が揺れる程、と称するべきか。

「いかんせん、天候が悪いな……。

海賊にでも襲われないか心配だな……」

艦長の神山 絆像も、顔をしかめる。

「こんな天気じゃ、さすがの海賊とて商売にならんでしょう。

視界も悪いし、レーダーやソナーの効きも悪い。

舵の担い手としては、さすがに肝が冷えますな……」

航海長の門谷 航も滅入っていた。

砲雷長の棚田 進も

「これじゃ、使用できる火器は副砲と対潜兵装くらいか」

と愚痴を溢した。

それに対し、VLS砲手の日沖 統花は「くぅっ!!」と言って悔しがり、副砲砲手の菊地 武彦は両手でガッツポーズを取っていた。その様子を見て、対潜長の米倉 孝は「やれやれ」といった態度を示す。

その頃、

「主砲も……これだけ湿度が高いと……出力も、収束率も……安定しにくくなる、でしょう……」

主砲砲手補佐のクラリッサ・能美・ドラグノフに至っては、若干顔色が悪かった。元陸軍だったからか、艦の揺れにあまり耐性ができていない様だ。すぐ隣にいる主砲砲手 織原 駆が「大丈夫?」と聞くが、

「……ごめんなさい。

あまり、大丈夫では……ない、です……」

と返している。

コンディションは最悪と見れた。

このまま、何事も無ければ良いのだが。


信濃 艦載機格納庫にて。

有本 僚は吹野 深雪と零式艦上空戦騎 試作型三号機の調整の一環として機体のソフトウェアを更新していた。

機体ハードウェアの調整がようやく完了し後は起動テストだけが、艦の揺れなどで危険な為に後回しとなっていた。

「にしても、酷い天気ね……。

……起動テストも後回しか」

「しょうがないよ。こんな天気じゃさすがに翔べないから」

愚痴る深雪の側、コクピットのシートに座っていた僚は、同じくコクピット内に置かれていた芳香剤の入れ物をつつきながら返していた。

余談だがこの芳香剤は、どういう訳かコクピット内が少々臭っていたらしく僚が出航前に買ってきたものである。

しばらく黙々と作業し、ある程度済んだ頃、

「そういえば吹野さ───」

呼びかけたところで「深雪、で良いわよ」と遮られた。唐突なことに思わず「え?」と反応してしまう僚だったが、

「私、堅っ苦しいのがあんまり好きじゃないからよ。

勘違いしないで」

そうぶっきらぼうそうな口調で深雪は付け加えた。

「あ、うん」

ワンクッション置き、僚は

「……みゆ、き、さん?」

凄くぎこちなく彼女の名を呼んだ。

「さん付けしなくていい、ってか何でカタコト染みた呼び方なのよ……」

「ごめん……あまり慣れてなくて」

「え、なにが?」

「……女の子を下の名前で呼ぶの」

そう聞いた瞬間、深雪は思いっきり吹き出した。

「そういうとこ変よね、僚って……フフっ!!」

「……あまり女子と話してた覚えもないんですよ。

強いて例を挙げても、昔幼馴染みの女の子と仲良かったのと、中学ん時に雷華さんや電子さん達とよく一緒にいたくらいだし」

そこまで聞いていた深雪は「へぇ、そうなの……」とどこか儚げに返した。

というか、思い耽っているかの様な……?

「……吹野さん?」

その様子が気に懸かって、僚は聞き返す。するとハッとした様子をした深雪は少し間を置いてから答えた。

「……いや、私の友人子がさ。

……よく、幼馴染みの男子の話をしてたのを思い出してね」

その言葉に僚は「へぇ……」と反応しかけたとき、彼女が付け足すように言った。

「その子の名前、少し私に似てたのよね」

それを聞き「え……?」と反応した。

一瞬、ひょっとしたらその娘がかつて別れた幼馴染みかもしれない、と思ったからである。

「その娘って……今どうし───?」

どうしてる?と聞きかけたところで、

「亡くなったわよ」

深雪がそれを遮る様に言った。

「───え……?」

「……とある事故で、犠牲者の一人として亡くなったわ。

……今は、もういないの」

「……そう、なんだ」

それを聞いた僚は、何とも言えなくなっていた。まだその子の名前を聞いていなかった為、幼馴染みと確定した訳ではないが、もしそれが彼女だったらと思うと怖くて聞けない。何より、「友人が亡くなった」という話自体、聞いてて心地が良い話題ではない。

「……生きてるよ」

「───えっ……?」

「君が忘れない限り、君の心の中でずっと生き続けるよ。

……多分」

僚がそう言うと「……非科学的よ」と返した深雪だったが、直後に「でも……ありがと……」と返してきた。僚は「え?」と思わず返してしまうが、

「な……何でも、ないわよ……」

「……そう?」

暫し沈黙。

だが、それも、

「「───ッ!!」」

急に流れた敵襲警報アラートによって唐突に破られた。

「隊長さん!敵襲や!」

二人して顔を上げたその時、丁度やってきた火野 龍弥が走りながら叫ぶ。

「敵襲って、こんな悪天候の中!!?」

深雪が驚愕の声を上げる。それに対し、龍弥は「せや!ようわからんが、何か来る気配するで!」と続けた。

「何それ」

返したのとほぼ同時に試作三号機に通信が入る。CICからだ。

僚が出ると、画面に絆像の姿が映る。

『敵襲だ。

春雨と時雨が被雷した』

聞いた返答に何か思ったのか「被雷?」と聞き返す僚。

ちなみにその脇では、

「え……マジ?」

「ほらぁ言うたやん!」

と二人が反応していた。

「その二隻は無事なんですか?」

『二隻共大した被害は無かった様だ……が、策敵範囲内に敵が居らず、不意討ちを食らったことには変わりない』

そう聞いた僚は絆像に対し、

「敵は、潜水艦ですか?」

と聞き返した。二人して「潜水艦?」と聞き返す。

『あぁ……少なくとも俺はそう考えている。

海上に浮かぶ船舶は天候の影響をかなり受ける。現に今、こんな巨艦ですら揺れるほどだ。

だが、海面近くより深い海中なら影響はをほとんど受けない、何より目の前に居ない時点で海中以外では居ないだろうな。

こんな悪天候の中、空から襲おうとは思わんだろうし』

「日本海軍の潜水艦、綾波型や朝潮型でも、確かに砲や機銃、ミサイルは装備されていますが、それでも海中では魚雷かミサイルくらいしか使用できないですし。

むしろ水上艦艇だったら、この悪天候だと荒波のせいで着水間もなく信管が誤作動しかねませんから逆に魚雷は使えないはずです。

そう考えれば、敵は潜水艦の可能性が高いです」

そう言うと深雪が、

「……それじゃ、ソナー手はなんか言ってた?」

と絆像に尋ねたところ、

『いや、こんな悪天候じゃ海上艦艇の持つソナーはほとんど意味を成さない。

荒波のせいでほとんどの電波が攪拌されてしまうからな。

一応対潜警戒はしているが、索敵の時点でてこずっているのが現状だ』

こう返してきた。

「おいおい、まさか俺らなぶり殺されるんか……?」

『それはないだろうな。

所詮は海賊だ』

「……魚雷乗せた潜水艦使ってて海賊なんか?」

『どれだけハイテクぶった装備していたってトーシロの杜撰な整備じゃ沈められんさ。

……まぁ、互いにジリ貧になる可能性くらいならあるがな』

「それじゃ、どうすれば良いってのよ……」

そこまで聞いていた僚が、深雪に提案する。

「吹野さん、零って出しても大丈夫?」

「はぁ!?

こんな雨の中!!?」

「隊長、なんか思い付いたんか?」

龍弥に聞かれ、考えを打ち明ける。

「試作型には“兵士形態”の腰部にあたる部位にワイヤーアンカーが装備されています。それで機体を甲板に固定して予め魚雷を装備した状態で海中に潜り、敵の潜水艦に放ちます。

これなら飛行する必要はないので、飛行不能な『試作九号機』を使用できますから、最悪コクピットから脱出して機体は放棄すれば大丈夫です」

「予め魚雷を、って……零って魚雷装備できんの?」

機体を放棄することには突っ込まなかったが、その点に対して龍弥は突っ込んでいた。

このままだと魚雷をそのまま腕で抱えて海に飛び込む可能性すらあったからだ。

「……『雷撃手装備トゥルペイダー』」

だがその懸念も、深雪がそれに答えたことで霧散する。

「何やそれ」

「・・・まだ微調整とかほとんどやってないけど」

零式艦上空戦騎には『追加兵装パック』という、いくつかの外装式特定目的特化型兵装プランがある。

その1パターンにあたるのが『雷撃手装備トゥルペイダー』。

名前の通り重武装で魚雷発射管が大量に装備されるが、変形が封じられるという重大な欠点を抱えていた。“兵士形態”時と“戦闘機形態”時で配置が違い、変形する際に剥離パージしなければならない。そんな兵装だった。

「それとビデオ魚雷の使用許可もいただきたいです」

「ビデオ魚雷……」

ビデオ魚雷、もとい『映像通信機搭載型遠隔操縦式誘導弾頭ビデオ弾頭』とは、ある意味で特攻兵器を応用した兵器といえるものだ。

弾頭の先端部にビデオカメラが装備され、それから送られてくる情報を元に遠隔操作で操縦する兵器。人が操縦して、だが人は乗らない為倫理的にも綺麗な兵器。もちろんこれは魚雷だけでなく噴進弾にも使用されている。

「火野さん、確かビデオ弾頭を複数発同時に使用できるんでしたよね?」

「え?

あぁ、まぁな」

「その装備の試作九号機で出撃して貰えますか?

一班で護衛します。

それと、二班・三班は待機で」

「お、おう」

『了解。

二班、三班には俺から伝えておこう』

そこで絆像からの通信は切れた。

「それじゃ、吹野さん。

機体の準備を」

「……了解よ」

若干呆れながらも、深雪は了承する。


僚はそのまま試作三号機のコクピットに入り込み機体を起動させ、直後に通信を開いた。

「物部さん、双里さん、景浦さん!

緊急ですが出撃です。

準備して───」

言いかけたその時、景浦 幽が『対潜の護衛、でしたね?』と言ってきた。

彼は既に彼の機体二一型に乗っており、準備も整っているように見えた。

「え、いつの間に……?」

『さっき話していたのを聞いていたので』

「えー……」

と、

『双里 真尋、格納庫に到着しました』

『物部 悠美、同じく到着しました』

二人も到着したので、「よし」と一つ付き、

「第一班、出撃します!」

そう言って、その場で機体を変形させた。



ちなみにだが出航前、僚は演習の結果を元に仮組ではあるが班分けをしていた。


第一班

有本 僚 双里 真尋 景浦 幽 物部 悠美


第二班

城ヶ崎 小太郎 青雲 幸助 菅野 花梨 火野 龍弥


第三班

桃山 縁 陸駆 雷華 陸駆 電子


その他予備パイロット

吹野 深雪 杉野谷 玲香 クラリッサ・能美・ドラグノフ

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