第七話:蒼を染める桜(前編)

時刻、一三〇〇。

横須賀に停泊していた航空母艦 雲龍を経由して、零式艦上空戦騎の簡易量産型機種『二一型』二十機が信濃に配備された。

灰色の機体色をした二十機のうち、パイロットの数に合った十機。それらが前日配備されてきた試作七号機、試作十一号機と共に飛行甲板の上に鎮座している。

それらを背にして、僚が集合した航空隊員達の前でブリーフィングを始めた。

「それでは、これから機体の分配と、ある程度のチーム分けをしようと思います」

ちなみに昨日散々殴られていた僚の顔の腫れは完全に治っている。その為復帰しても特に違和感もなく進められていた。

「さすがに僕一人で全体指揮は無理があると言われたので、僕が所属して直接指揮を取るのが一班で、それ以外では一個班あたり四人と計算して一班から三班までの計四班としましょう」

そこまで言うと、「隊長、質問よろしいですか?」と隊員の一人が言った。

声だけで、その人物の名前と容姿が脳裏に浮かぶ。双里 真尋、という名前の、やけに中性的な見た目の人物。名前だけでなく声質も口調も割と中性的。

余談だが、なぜ僚がこの人物について印象に残っていたのか。それは僚自身も驚いたことなのだが、この双里 真尋という人物、瓜二つと言っていいほど僚に良く似た容姿をしていたのだ。

「隊長はどうやって班を決めるのですか?

さすがに適当に自分達で決めろ、という訳ではないですよね」

僚は「当然です」と言って、続ける。

「今から一度飛行訓練を行い、ある程度操縦に慣れて貰ったら、次に模擬戦をしていただきます。

まぁ、昨日みたいに実弾使ったりはしませんけどね……」

少し間を置き、軽く後頭部を掻きながら僚は続ける。

「その訓練自体は今日に限った話ではありません。

横須賀港を出港する前日まで行いますが、今日の訓練では仮組み程度ですが、残りの期間で連携とかの応用的な訓練を行える様に班分けをしておきたいと思っていたのです」

そう言って、僚は「質問は以上ですか?」と確認を取る。

「構いません」

「では機体を受け取って貰いますが、まぁ機体はどれも一緒なので順番は名簿順でいいですよね」

一区切り付き、一人ずつ機体を受け取らせた。


早速配当された二一型に乗り込んだ龍弥は、コクピットの仕様を見て真っ先に「うわ、ちゃっちぃ」と漏らしてしまう。

一度乗った試作九号機と違い、メインモニターが全周囲型ではなかった。

というか、試作型でいうサブモニターがメインモニターということになっており、それでいてメインモニターにあたる部分が最早液晶画面でなくただの強化ガラス製のキャノピーだった。当然ながら前・上・左右しか視界は確保できていない。

それでいて、シートも完全固定式である。可動式アームで支えられていてハッチが開くと伸びるタイプだった試作型とは偉い違い。

さらに言うと試作型には、肩、肘、背部、腰部、膝、脛、脹脛に、それぞれ何らかの連結部ジョイントに見える凹凸が施された装甲が備わっているのだが、二一型の場合、連結部どころか装甲すら無い。

そして極めつけ、主翼が普通の翼だった。

試作型には『空挺機動翼』という特殊な機構が施された翼が採用されていた筈なのにこれである。

若干話が逸れるが、空挺機動翼について簡単に説明するなら推進器と一体化した翼だ。試作型のそれはそんな芸術品の様に細かな作りになっておきながら廃品からできているのだから彼女達の技術力はレベルも努力の方向性ベクトルもおかしいのだが。

量産の為に無駄を省いたのだろうか、にしてもこれは省きすぎだろうと言える。

「さすが、急ごしらえなだけあるわ……」

コクピットに入り、一人ぼやく龍弥だった。


艦載機格納庫にて。

僚から『ダメ元で聞くけど、試作三号機って今出せる?』という連絡が入っていた。

それに対し、深雪が応える。

「無理に決まってんじゃない。

右腕もげてんのよ?

今は別の機体使いなさい」

『……予備機ってあったっけ?』

「…………」

黙りながら後ろを見やる深雪。そこには、僚が大破させ今や残骸と成り果てた試作九号機と、ちゃっかり回収しておいたクラリッサのT-34が置かれている。

試作九号機はというと、両翼がもげていた為に人型形態にされた状態だったが、人型の姿で置けるスペースが無かったこともありうつ伏せの状態で倒されていた。艦載機整備科所属の杉野谷 玲香が「痛かったねーよしよし、治してあげるからー」と慰める様に言いながらその頭部を撫でている。

「ないわね……ってか、アンタが自分で壊したんじゃない!!」

思いっきり怒鳴り付ける深雪。栗林中将の近くにいたあの士官並みかそれ以上の怒気をその一言の中に含んでいた。

『その件は本当にすみませんでした』

「全く……あっ!」

深雪はあることに気付く。僚が「どうかしたの?」と聞くので、

「そういえば試作四号機があるわね」

そう返した。直後、

「え゛っ!!?

桜ちゃん出すの!!?」

「桜ちゃん言うな!!」

後ろにいる玲香が驚愕の声を上げ、それに対して深雪が突っ込んだ。

『え、もう一機あるの?』

「えぇ、私の機体よ」

『あー、そういえば……』

ほとんど忘れていたことだったが、たしかに彼女がもう一機に乗っていたのを思い出した。

「一応聞くけど……使う?」

『ありがとう、借りていい?』

即答で返ってきた。その返答に、深雪は一瞬「え゛っ!?」と反応してしまうが、

「え、えぇ。別に、構わないけれど」

と、何とか取り繕おうとする。

『えぇっと……もしかして、何か不都合とかあったりするかな?』

察されていたようなので「……あのさぁ」と小声で応える。

「機体の色とか、あまり気にしない?」

そう聞くと『うーん、あまりに変な色でもなければ大丈夫かな?多分』と、僚が返してきた。

「本当に?」

聞き返すと、『まぁね』と返してきた。

「それじゃ、格納庫に来てくれる?

機体を渡すから」

『了解』

上機嫌になりながらそう言って通信を切った。


言われた通りに格納庫に来た僚。

その目の前に、試作四号機が存在する。

それが視界に入った僚は「えぇ……」と気まずそうな声を洩らしながら一度それを凝視し、直後、

「……は、ハハ……」

額に汗を滲ませながら、若干苦笑いした。

ついでに玲香が「桜ちゃん」と呼んでいた意味も理解した。


一四〇〇。

火野 龍弥の先導の下で、零式艦上空戦騎 二一型 十機と試作型 二機による飛行訓練が行われていた。

その龍弥機にて。

『火野さん、お待たせしました』

僚から通信が入る。

「おぉ、隊長。いよいよお出───」

お出ましか、と言いかけ、一瞬思考停止した直後に吹き出す龍弥。彼の機体の隣をピンク、もとい桜色の零式艦上空戦騎 試作型四号機が駆けていく。

「おま、っ!

機体の色ピンクって!

メルヘンな趣味しとるなぁハハハ!!」

キャノピーから見える機体に指差し『プギャー』とかいう顔文字アスキーアートの様な笑顔で笑う龍弥。

そうそう、


( ° ∀ °)σ


↑こんな感じである

『……吹野さんの機体借りてるだけですよ。

三号機がまだ修理中なので……』

「いや、まぁ、そうだろうけどな。

そうだろうけど……!

……ぷフフ……!ハハハ……!」

なおも爆笑する龍弥。対する僚が赤面しながら『何がおかしいんですか?』と問うと、こう返した。

「吹野嬢、やけにメルヘン趣味やな~」

『……彼女だって女の子なんですよ。

笑わないであげてください』

そんなこんなで、飛行訓練が始まった。


その頃、もう一ヶ所混沌としていた部署があった。

信濃 CICにて。

急拵えの為かブカブカな日本海軍制服に身を包んだクラリッサ・能美・ドラグノフが入室すると、

「ひぇっ!!?」

桂木 優里と、航海長兼操舵士の門谷 航の二人が見守る中、副砲砲手の菊地 武彦と新しく来たVLS砲手の日沖 統花が何らかの言い合いをしているのが確認できた。

「どうかしましたか?」

クラリッサは一応優里に声を掛けてみる。

すると、「……兵装について色々語り合っているのよ、二人共……」と返ってきた。

耳を傾けてみる。

「分かってない!あなたは全っ然、分かってないな!

砲戦あってこそが艦隊戦だろ!」

と武彦が、

「いや!分かってないのはぁ菊っちゃんの方だぜ!

今は噴進弾の時代だぜ!」

と統花が、

それぞれ言い合っていた。

「あらら……」

「僕も、ちょっと怖くて入れないな……」

クラリッサの後ろからCICに入室した主砲砲手 織原 駆も、その光景を目の当たりにしてそう答えた。

そこへ、

「ほら。行ってやんな、主砲砲手補佐」

そう航に言われて背中を押される。クラリッサは「ふぇぇ」と反応しながらも、押された勢いで前のめりになり、それで二人の視界に入ってしまう。

「おぉ、クラリッサ。

丁度良いとこに来た。

なぁ、この人に砲戦のロマンを教えてやってくれよ!

この人まるで分かってくれねぇんだ!」

「なぁ、クラりん。こいつに噴進弾の良さを教えてくれよ!

こいつこそ分かっちゃいねぇんだ!」

「え、えぇっと……その……あの……」

困惑するクラリッサ。その後、コホンと咳をし、

「……どちらも、それぞれにはない良いところがあると思います。

例えば、噴進弾は砲弾にはない誘導機能があるので、目標への着弾率は砲弾と比べても飛躍的に伸びます。

一方で、砲弾は……噴進弾の誘導機能が無効化されている空間とかでも、真っ直ぐ目標へ飛んでいってくれます。

お互いに良いところはあるのです。

ですから……仲良くして、ください」

そう諭した。

その瞬間、全体が凍りつく。

(こいつ、天使や……)

統花が、

(神様……)

航が、

(女神か……)

武彦が、

(……結婚したい)

優里が、

それぞれ抱いただいたい似たような思考が、擦れ違いながらCIC内を交錯していた。


その頃、上空にて。

桜色の機体を先頭にして、計十機の零が飛翔していた。

「みんな付いて来れているかな?」

後ろに注意を向けながら、先頭で試作四号機を駆っている僚は、航空隊を率いていた。その時、龍弥から『隊長ー』と通信が入ってきた。

「どうしました?」

『最後尾の機体が一機遅れてるで?』

「え?」

言われてみると、確かに一機だけ隊列から遅れていた。

番号から割り当てたパイロットが脳裏に浮かぶ。物部 悠美。確か、航空隊員で予備隊員を除けば最年少の女性パイロット。

「了解。

僕が向かいますので、隊の指揮を任せます」

『ほな、了解。

……あー、あー、こちら『火野機』、これより隊長は先頭から外れるでー───』

龍弥が解放通信で全機にそう告げるのを確認した僚は隊列から外れ、物部機の元へと向かった。

視認し、向かおうとしたその時───

「───危なっ!!」

突然、物部機が失速したのか急にバランスを崩していく。

一度冷静になった僚は物部機と相対速度を合わせる為に機体を“兵士形態ソルジャーフォーム”に変形させて最後列の機体の元へと向かった。


一機だけ遅れていた機体がある。

そのパイロットは一人、コクピット内で物凄く慌てふためいていた。

「えぇっと、これをこうして……わぁぁっ!!」

バランスが崩れ失速し、機体が激しく揺れた、その時、

『物部さん、大丈夫?』

通信が入る。僚からだった。

「たっ、隊長さん!!?」

気付けば“兵士形態”に変形した状態で僚の駆る試作四号機が左隣を並列飛行していた。

ついでに言うなら試作四号機は右腕をこちらに伸ばし、自分の機体を支えてくれている。

『一人だけ遅れてたみたいだから心配になって、さ。

大丈夫?』

「え、あ、はい……心配は、大丈夫です!

ですが……」

『……?』

「初めて乗ったので……ちょっと、不安……ていうか……」

『……なるほど』

聞いた僚は、軽くアドバイスする様に応える。

『……あまり、緊張しなくて良いよ。

少しリラックスしてみたらどうかな?』

僚のその言葉に励まされ、

「あ……は、はい!

……ありがとうございます!」

ある程度緊張が和らいだ様であり、それを確認した僚も少しは肩の荷が軽くなった。


……が、手を放すとやっぱりガタついたのでしばらくは支えてあげることにした。

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