第六話:空戦騎『零』(前編)

四日後。


有本 僚は現在、着ている真新しい制服の袖を捲った状態で、試作三号機の機体を下ろし立ての綺麗な雑巾で拭いている。

この場にもし深雪が居たら「上着くらい脱ぎなさいよ」とでも言われそうだが、彼女は現在ここには居らず、彼自身もその辺をあまり気にしないタイプだった為そのまま作業をしていた。

「君、ちょっといいかしら?」

「あ、はい。

何でしょうか?」

そんな彼に誰かから声がかかり、僚は反応した。あの戦闘からもう四日経ち、既に艦内にいた人達には粗方挨拶を済ませていたのだが、先程の声は初めて聞いた気がしたので彼は声の方を振り向いてみる。案の定知らない女性だった。

二十代前半くらいの「お姉さん」的な雰囲気を漂わせているその女性は見た限り僚よりかは歳上だろう。

信濃ここの航空隊の隊長に御挨拶にと思って。

この辺りに居ることが多いと艦長から伺って……」

言いかけた女性は何かに気付いた様子で中断し、

「あら……?」

僚のことを見つめる。より正確に言うと彼女は、僚の顔から少しずれた辺りを見つめていた。

「あの……どうか、されましたか……?」

聞き返した直後、

「貴官が有本隊長でありましたか」

「え───あぁ……」

いきなり敬語になった所で、ようやく僚は視線の先が自身の襟元だと気付き、そこに手を触れた。

やはりというか、彼女の視線は襟元の階級章に行っていた様だ。

僚の階級は現在 准尉だ。これがどの位置かというと曹長の一個上で少尉の一個下。

こないだの戦闘で所属不明機を単騎で多数撃墜したことを評価されたというのもそうだが、隊長に任命されただけあり曹長以上の者をも指揮することになる為にこの階級となったのだ。

目の前の女性は階級章を見たところ曹長だったので彼女にとって僚は上官ということになる。

「制服が真新しいので、新人の方かと思ってしまいました。

ご無礼を───」

「気にしていないので大丈夫ですよ。

僕自身似たようなものですし」

彼女が詫びを入れるのに対して、僚は愛想良く返した。

「フフッ」

軽く微笑み、

「岩川航空基地より転属して参りました、桃山ももやま ゆかりと申します。

階級は曹長。

以後、宜しくお願い致します」

そう言って彼女、桃山 縁は僚に敬礼を返す。

僚も、彼女に返した。

「えっと……信濃航空隊隊長となります、有本 僚 准尉です。

こちらこそ、よろしくお願いします」


ちなみに余談だが、集会前に挨拶に来た隊員は彼女だけだった。



時刻、〇九〇〇。

信濃に新しい搭乗員達がやって来た。

新任艦長である神山 絆像の挨拶から始まった全体ブリーフィングも終わりを告げ、役職別ブリーフィングが始まる。


艦載機格納庫にて。

ここでは現在、航空隊と整備科、応急修理班がブリーフィングを行っていた。

「艦載機整備科主任、吹野 深雪です」

「応急修理班、班長の香坂 狼牙だ。

よろしく頼むぜ」

「応急修理班副班長の獅子谷 聖だ。

皆、良い面構えだ。

これからよろしく頼む」


その一角である航空隊員の集まりでは、真新しい航空隊制服を身に纏った僚がその場を仕切っていた。

「本日付で信濃航空隊隊長を務めます、有本 僚です。

よろしくお願いします」

平気そうにしながらも、僚は場の空気に押されていた。

見回してみただけでもかなり個性的な隊員達だった。

(なんかこの人数、思ってた以上に多いな……)

などと思いながらも辛うじて意識を保っている状態の僚。

その時、隊員の一人が「隊長さん、ちぃと質問良いか?」と尋ねてきた。

隊員の名は確か、火野 龍弥、だったはず。

彼に対し「はい、何でしょうか?」と返すと、龍弥が一人続けて言う。

「あんたがこないだの戦闘で零に乗っとった、言うんはホンマか?」

彼の質問に対し一瞬考えた僚は、

「……その情報、どこから?」

思わず聞き返す。すると龍弥は淡々と述べた。

「俺の親父、情報屋やから。

どっかの誰かさんが機体の宣伝に戦闘ん時のデータ使ってた、ゆうて」

「え?そうなの吹野さん?」

整備科の班長で、近い位置に居た吹野 深雪に話を振ると、彼女はこっちを一瞬見たあと、目を逸らして「うぐぅ」と気まずそうに唸っていた。

本当なんだ……。そう思った直後、

「て、いうんは半分冗談」

龍弥がそう付け加えた。

「……半分?」

「うちの親父が情報屋で、それ聞いた、言うんはホンマのことや。

けどな───」

少し間を開ける龍弥。

「見とったんや、九六式艦戦そらのうえから。

アンタが信濃この艦に着艦した零から降りんのを」

それを聞き、そういえば、と思い出した。あの日、確かに九六式艦戦の編隊が飛んでいたのを頭の片隅程度になら覚えている。どうやら彼はその内の一機に乗っていた様だ。

「あんた、凄いな。

新型機単機で敵戦闘機と騎甲戦車を多数撃墜したんやてな」

彼は一度、僚を称える。だが「でもな」と一度話を区切り、

「隊長としての程度はどうなんやろか?」

と続けた。

「……」

僚が何も言うことも無いまま、龍弥はさらに続ける。

「親父が情報屋って言ったろ?

あんたが防大附属の工兵科専攻だったのも知っとるんや。

そん時の履修科目もその成績もな」

「……あまり、輝かしい成績は無かったでしょ?

良くも悪くも、平均かそれ以下」

「せや。だから納得いかんのや。

なんでそないな坊主が隊長として俺達を従えることになったんか」

「まぁ、そうですね……」

年齢的にはあまり変わらないはずなんだけどな、というのはこの際どうでもいい。

段々と話が良くない方向に進んでいってる気がした。

少なくともそれは僚だけでなく、火野 龍弥という男を今ここにいる中で一番良く知る三人組も同じだった。


「なぁ、何であいつあそこまで躍起になってんだ?」

「さぁ……本人に聞いてみれば?」

青雲 幸助、菅野 花梨がこそこそと話す。

龍弥あいつ、手柄一人占めされてイラついてるだけだろ」

そこに、城ヶ崎 小太郎がボソッと呟く。さらにそこから「あと、俺らが全員 信濃ここに配属されるついでに一緒に連れてこられて大層ご立腹なんだろうな」と続けるから、二人は納得して吹き出してしまう。

「しかも隊長、准尉だってよ」

「准尉?

っていうと、アレ……小太郎さんって曹長だよな……」

「あぁ。

あと、俺以外にも曹長がもう一人居る」

「ってことは隊長、小太郎さんの一個上の階級なんだね」

「そういうことだ」

花梨の確認に答えながら、小太郎は未だに龍弥に喰って掛かられる僚を瞳の中で捉えていた。

「隊長も隊長で、まだ若い……ってか、幼い」

「まぁ、年下だし」

「お前アホか。

そういうことじゃなくてだな……あーいう性格なんだろうが、他人に強く言えない、って感じにみえる」

「あんだけ喧嘩腰でボロクソ言われちゃ強く言えないでしょ?」

「そんな態度だと隊長として部下に舐められんぞ、っていう話だ」


三人組がこそこそと話していたその頃、こちらの方でも話は進んでいた。

「僕も正直、納得できていません。

正直なことを言うと、なぜ吹野さんが隊長に僕を選んだのかも、本心までは分かりません」

口を開く僚。

言おうかどうか迷った様に見せたが、言った。

「ですが、選ばれたからには最善を尽くすつもりです。それが、選ばれた者としての義務であり、責任だから。

少なくとも僕はそう思っています」

そう言ったら彼は「ほぅ」と反応した後、「吹野整備士長」と深雪を呼び、「出せる機体あるやろか?」と彼女に聞いた。

「あなた達が乗る簡易量産型機二一型は今頃製造中よ。

それに試作型は大体配付されてるか未完成か搬入されてないかで、艦内にある機体では試作九号機以外に空席で使える機体は無いわね」

一度溜め息を吐いた深雪はそう伝える。すると、龍弥は「一機ありゃ十分」と返した後、僚に一つ提案した。

「有本隊長、俺と模擬戦しあいせんか?」

直後に深雪は驚愕し「はぁ!!?」と叫び声を上げた。

ちなみに航空隊または応急修理要員班からは「良いぞ!やれやれ!」とか煽ったり「ふん、くだらん」と呆れたり。

それに対し、

「……いいですよ、構いません」

僚はそう返した。「ちょっと、僚!!?」と反応する深雪。それを他所に「ただし、条件を二つ程、付けさせて貰います」と続けた。「なんだ?」と龍弥が返すと、僚が条件を提案した。

「まず一つ。模擬戦中は交戦規定【特一条】を発令、武装の弾を全弾実弾で行う。

二つ。戦闘中は規定に則り、迦楼羅ガルーダの使用を許可する。

ってことでよろしいですか?」

これには、格納庫に居たすべての搭乗員が驚愕する。

交戦規定【特一条】───自軍の機体を奪取された、または機体のパイロットが敵に寝返った時などに発令する規定だ。

味方機識別システムをカットし、FFSFriendly Fire Safety(味方誤射防止用安全装置)を強制解除する。それでいて目標の撃破を最優先事項とする為、誤射率の高い広範囲攻撃兵器の使用やそれを含む特攻が許可される。

迦楼羅とは、零に装備されている自爆装置だ。

これには深雪や龍弥だけでなく、他の者達も唖然としてしまうのに無理はない。

「おいおい、正気なん?

そんなこって、コクピットに電磁投射砲レールガンで『ズドンッ!』なんてことやってもええんか?」

そう言ってきた龍弥に対し、

「その時は───お互い『その程度の奴だった』ってことでいいんじゃないですか?」

僚はそう、煽り口調で言葉を続けた。

「……えぇで、気に入ったわ」

しばし黙った龍弥が、

「やったるわッ!!」

中指立てながら絶叫したことにより、現時刻一〇〇〇、模擬戦と言う名のデスマッチが始まった。


「ねぇ、僚……」

機体に乗り込む直前、深雪に止められる。

「はい?」

「あまり、無茶しないでよね?

試作三号機その機体、まだ全快じゃないのよ」

言いながらも、僚に試作三号機の起動キーを渡す深雪。

「特に右腕。

反動が強いロシア製の銃なんて使ったせいで、間接部の消耗も酷いわ」

「……ありがとう、心配してくれて」

そう返したら深雪は、「え゛っ!?」と反応し、その直後に、

「べ、別に……アンタのことじゃないんだからっ……かっ、勘違いしないでよね!!?」

慌てる様な素振りでそう返してきた。

「機体のことでしょう?分かってますよ」

「そ、そうよ!!!

……分かってるなら、良いわよ!!?」

そう言って、会話が切れる。


僚が試作三号機のコクピットに入り込み、機体を起動する。

あの日の如く、機体の起動シークエンスが始まる。

その時、

「あれ……?」

画面に映った表示に違和感を感じ、

「……あっ」

それの正体───画面に表示された機体名の違い───に気が付いた。


『A6M01-X03

《零式艦上空戦騎 試作型三号機》

ZERO Type Transfer-Of-Knight-Machine Ship Carried Fighter PT Model 03rd


SISTEM GREEN ZONE


TAKE OFF STANDBY』


「空戦、騎……」

英語表記こそそのままだったが、漢字表記名が改まっている。

「へぇ……かっこいいな」

素直に感想を述べる僚だった。


戦艦 信濃の飛行甲板に敷設された、この一週間でちゃっかり改修を受けていた空戦騎専用 超電磁リニアカタパルト『天之梯子アマノハシゴ』二基より、二機の零式TOKM艦上戦闘機───改め、『零式艦上空戦騎』───試作三号機と試作九号機が飛び立った。

しばらくして、僚のもとに通信が入る───試作九号機からだ。

通信を繋ぐと、龍弥の顔がウインドウに現れる。僚は出会い頭に煽ってみた。

「意外でした。

僕以外でも飛べるんですね」

『まともに航空機乗ったことないド素人にも操れるんや。

安心して乗れるわ』

煽り返される。

平行して飛翔していた二機の機体が、左右二手に別れた。

そして互いに離れていき、別れた位置から直線で8kmは離れたであろう辺りで、二機は方向転換して正面に向き合った。

『『交戦規定【特一条】発令。

FFS、解除。

各戦闘員は味方への誤射に注意して下さい』』

各々のサブモニターからアナウンスが鳴り、直後に互いのレーダー画面に映る互いの反応から友軍機を意味する表示アイコンが消えた。

『……ほな───』

「───戦闘開始です」

そう言い合って互いに通信を遮断し、互いに前進した。


互いに衝突コース。

だが、互いに撃たない。互いに回避をしようともしない。

この場合の定石は『先手必勝』か、はたまた『先に出る者が敗れる』か。二つに一つ。

だが、互いに出ない。

いや、片方は既に『先手必勝』に賭けていたのかもしれない。


試作九号機のコクピットにて。

龍弥は僚が撃つまでは撃たないつもりだった───勿論、彼の戦法を見極める為に。

隊長あいつ、まだ火器使わないんか!?

もう機関砲の有効射程内やぞ!!?」

だが、もう距離が1000mを切っていた。

電磁投射砲の有効射程は2000m、最大射程は3500m。回転銃身機関砲の有効射程は1100mで、もう撃たれてもおかしくない距離だった。それだと言うのに、僚は撃ってこない。

電磁投射砲レールガンどころか回転機銃ガトリングすら使わんとはな!」

500、400、300。

段々と近づいていく。

100を切った。50、40、30、20。

そして、残り10mになった。

避けようとする龍弥。その時───試作三号機が“兵士形態”に変形し、右腕で殴ってきた。それも、避けようとした先を狙って。

「ファッ!!?」

慌てて回避しようとするが、ギリギリで間に合わず若干掠った。機体そのものには大したダメージにならなかったが、バランスを崩すには丁度良く、霧揉み状態になり落下しかける。

「いきなり変形して近接格闘やと!!?

やりおって……ッ!!」

そう言いながら、逆噴射で体勢を戻す。しかし、変形はまだ使わない。

彼の脅威───本来想定されていない“兵士形態”から“戦闘機形態”への変形を行えるということ───を知っているから、龍弥はすぐさま攻撃して速攻で決着をつけようとした。攻撃し続け、変形する暇を与えなければいい。そう考えたが故に、彼は電磁投射砲と回転銃身機関砲を斉射した。


蒼穹を縦横無尽に駆け巡り、試作九号機の弾幕を回避する試作三号機。機体がステップを踏む様に移動する度、様々な方向からくる圧力で「ふっ」「はっ」と息が漏れる。

龍弥の弾幕から「変形させないつもり」という意図が丸見えだった。

「なら───これで!」

そう言って僚は操縦桿を操作し、頭部近接防御機関砲を放つ。

自動照準だが狙いはコクピットへ、フルオート射撃。

簡単に回避されるが目標を止めるには十分、攻撃が止んだその隙に後転宙返りバック宙の要領で変形する。

「甘かったですね」

そう言って、後ろに付いた僚はレールガンを最大出力で撃った。


電流が迸るかの様な感覚を感じる。

「くぅっ!」

後ろから来た電磁投射砲の弾丸を回避した試作九号機。

そして、回避行動に合わせて試作三号機の後ろに付いた。

「これで終わりやぁっ!」

龍弥が吠えながら撃とうとしたその時、警告が鳴った。

「───なっ……!!」

R 〇/三二 , L 〇/三二 。

電磁投射砲の残弾が尽きた。先程、躍起になって撃ち過ぎた為だ。

一度冷静になって、変形して頭部機関砲を撃てば良いと考えた頃には遅かった。

試作三号機の電磁投射砲が後ろ、つまり試作九号機の方を向いていた。

電磁投射砲は可動式の為、後ろに向けて撃てる。

「んなアホな───」

次の瞬間、最大出力で加速された70.0mmの鉛弾が、試作九号機の電磁投射砲を主翼ごと根刮ぎ穿っていき、その衝撃で彼は意識を失った。

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