フェイズ2:語る少女、語れぬ少女

 少女その2(高身長・少しギャルっぽい・高校生)が平らげたスイーツとドリンクの値段の合計は、すでに三千円を超過し、四千円突破も目前だった。余程旨いのか、瞳にハートマークつき。

 一方、少女その1(チビ・冴えない・中学生)は、一番安いケーキ(+紅茶のセット)を大事に大事に、削るように味わっている。


「美味しいですにゃー♪さすが名店、タカヤフルーツパーラー! スイーツ大賞!」

「フ、フヒヒ……うん。あ、甘すぎて、美味しすぎですね、ネコの人……」

「そりゃよかったな。じゃあ、ここに金は置いてくから、あとは好きにやれや」


 一万円札をテーブルに置き、墓守は立ち上がった。

 当初の礼金の三倍以上の出費だ。


「だ〜か〜ら! そういう態度が良くないですよ、お兄さん! お金だけ押し付けておけば相手は黙ると思ってるんですかにゃ〜? 親の顔が見たい大賞〜」

「へっ。生憎だがな、俺ァ、親のツラは見たことないンですよ、“ネコ”さンよ」


 事実だった。ひけらかすわけではないが、それでこのネコとかいう娘が気まずくなって少しは黙る……かと思ったが大間違い。


「おおっと、これは失礼。じゃあ、わりとウチらとも境遇近いんじゃ〜ん?」

「そ、そうなん……ですかね。そうかも……」

「ああン?」

「ウチら、施設で育ったんですにゃー。レネゲイド・ウォーで親をなくしちゃって。ま、昔のコトだし、お小遣いは少ないけど今の生活も好きだし、何よりこの子と会えたから結果オーライ?」

「て、照れます……!」


 ネコは、チビのボサ髪をわしゃわしゃと撫でた。まるで仲のいい姉妹のようだ。

 見ていると、不思議な気分になる。

 熱よりは穏やかで、苛立ちとは全く違う……墓守には“”だ。

 自分も、あのボサ髪を撫でれば、これの正体がわかるだろうか?


「ウチはお兄さんが財布落とすのに気づいて、この子が届けて、そしてお兄さんは、素っ気ない現金じゃなく、高級スイーツをウチらにおごる。そこが割とキレイな落とし所? お兄さんもスイーツに付き合ってくれれば、なおキレイ大賞ですかにゃ〜」

「い、一緒に食べると……お、美味しい、です。はい」

「……チッ。おぅい、店員さン。追加頼むわ。彩りフルーツパフェ、グランサイズで!」



 * * *



「今日はごちそうさま大賞♪」

「あり、ありがとうっ……ございました……」

「へいへい。そらよござンした。じゃあな」

「……あ、あの、ええと……こ、これ、どうぞ」

「あ? なンだこりゃ、角砂糖かよ」

「甘くて、おい、美味しいです……フヒッ」

「良かったですにゃ〜。角砂糖は、この子の宝物だよ。嬉しかったん?」

「は……い……。美味しくて、嬉しすぎました」

「ね♪ お兄さん、色々と失礼だけど、ウチらのこと『うわ、カワイソー』とか、そんな風に見なかったトコが、この子的に大賞みたいですにゃ〜」

「はン。いちいち、ンなこと考えてられっかい。ま、貰っとくわ」


 そう言って、別れた。

 変わった2人だったが、もう会うこともあるまい。

 そのはずだし、そのつもりだった。


「あっ。こ、こんにちは。この間は、ご、ごちそうさま、でした。か、角砂糖、いかがですか……? フヒッ」


 ―――なかなか、思い通りにはならない。そういうものだ。



 * * *



 それから何度か出会い、話をする程度の仲にはなった。


 ネコは、プロヒーローになりたいらしい。人々をヴィランから守りたいのだと。

 チビは、よくわからない。いつもおどおどしてる自分は、友達の後ろに隠れながら、生きていくことしかできないのだと。

 墓守は、前者には「ご立派なこった」と熱のない感心を、後者にはなぜか苛立ちめいたものを覚えた。


 いずれにしても、墓守は両者に深入りするつもりはない。

 それが“ハンター”に求められる表面的な社交であるし、何より、墓守の性格上、他人の個人的な事情に関わるのはまっぴらだった。何事もがいい。


 念の為、調査部に彼女らの身辺調査を依頼したが、結果はふたりとも白。

 オーヴァード検査の結果はいずれも陽性だが、その能力は共に微弱であり、定期的な再検査と指導のみに留まっている。


 なら、もう少しばかり、付き合ってやろう。

 行きつけの飯屋の親爺、図書館の司書、バイク屋の店員、繁華街の適度に気のいいチンピラ……そういった連中のリストに加える程度なら、問題ない。

 それに、ふたりを眺めると、例の“”を味わえるのだ。


 そう思っていた、ある日。

 「ネコの人が消えた」と、チビのお嬢さンから連絡があった。


「……それで、そ、それっきり帰ってこないんです。電話しても、は、反応が、全然なくて……」

「そうかい」


 なぜ、自分に泣きついてくるのか。自分は警察でもヒーローでもない。

 そもそも、オーヴァードだということすら、教えちゃいない。


「し、施設の人が、警察に届けたんですけど、全然わからないみたいで……も、目撃情報から、D.U.S.T地区に行ったんじゃ、ないか……って」

「そうかい」


 D.U.S.T。

 臨海地区一帯に広がるスラム。東京無法街。クズどもの楽園。

 あそこには警察も手を出せない。

 金もコネもない外のガキが踏み込んでも、2秒でカモられるか、ガーディアンギャングに叩き出されるのが関の山だ。


「こんな相談して、め、迷惑、でしたか……」

「かもな」


 大いに迷惑だった。

 そもそも、ジャーム絡みでなければ、自分は動けない。動くつもりもない。


「で、でも……!」


 言い募ろうとするも、言葉にならないらしい。

 もういい、ここらが切り時だ―――それがわかっているのに、墓守は去ろうとしない。眼の前にいる、ちっぽけな少女を、見捨てていない。

 いや、見捨てられない。どうしようもなく、苛立つのに。


 ややあって、少女はぺこりと頭を下げ、踵を返した。

 諦めた……ようには見えなかった。

 たとえ力弱くとも、あれはまだ、何かを――たとえ自分ひとりでも――しようとする強情者の瞳だった。

 ああいう瞳の持ち主は、UGNでよく見かけた。そしてだいたい、死ぬ。


「待てよ」

「フ、フヒッ?」

「……そういや、嬢ちゃンには、まだ借りがあったな」

「か、か……り……?」

「財布の礼。ネコは食いまくりやがったが、お前は千円かそこらしか食ってねぇだろ。だからまぁ……三千円からの差し引き二千円分、働いてやんよ」

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