正体判明

 放課後。


 いつも通り、私達の教室にセイタン部のメンバーが集まった。ずっとここで集まっていたからか、机には当然の様にジュースとお菓子が乗せられ、慣れた感じで各自椅子に座っている。まるで部室だ。いつからこの教室が部室になったのだろうか。


「モグモグ……さて、由衣ちゃん。聞き取りの内容を聞かせて」


 お菓子でお腹が落ち着いた頃、伊賀先輩が口を開いた。それを聞いた私は、今日一日の内容を伝える。


「ふ~ん、緑川京子さんと田城三貴さんは除外できるんだ」


 聞き取りの結果、三年生五人の内、今挙げた緑川先輩と田城先輩は犯人候補から外して問題なかった。その詳細を今から話す。


「はい。この二人も事件時刻は休憩中だったんですが、緑川先輩は屋上に、田城先輩は迷子になった女の子を連れて、その子のお母さんを探していたと証言しました」

「証人がいたの?」

「いや、証人はいませんでしたが……」


 ここで私が蜷川にチラッと目線を向けると、彼が後を継いだ。


「二人の話に嘘はなかった。それは間違いない」

「なるほど。祐一がそう言うならそうなんだろうね」


 この二人に話を聞いた後、蜷川は偽りなしと判断したのだ。田城先輩に至ってはものの五分で終わったぐらいである。


「緑川先輩は違ったの?」

「最初、彼女は嘘をついたんで」

「へ~、どんな?」

「屋上には一人でいたと言っていたんですが、実は違ったんです」


 その時のやり取りはざっとこんな感じだった――。


****


『屋上に一人で行ったわ。人混みに紛れるのは好きじゃないから』

『嘘だな』

『……は?』

『一人じゃないだろ。。違うか?』

『な、何を……』

『そりゃあ、あんな男と会うんじゃ人目を避けるわな』

『ま、まさかあんた見てた――あっ!』

『ほらな。嘘が下手だなあんた』

『カマかけたわね』

『男かどうかはな。だが、一人でという所は既に嘘だと分かってた』

『どうして分かったの?』

『さあな。だが、これで俺達に無闇に嘘をつけないことは分かっただろ。正直に話すんだな。でないと、ろくでもない噂流してやるぞ』


****


「うわ、脅迫じゃん」

「み、蜷川君……そ、それはちょっと……」

「祐一、あんたえげつないわね」

「こらこら、お前ら何だその目は。ちゃんと聞き取りしてきた人間に対する態度じゃねえぞ」


 三人が軽い軽蔑の眼差しを蜷川に向ける。そりゃそうだ。一緒にいた私でさえ同じ気持ちなんだから。


「んで、その話からすると緑川さんは男といたって事?」

「ああ、そうだ」

「相手は?」

黒部創一くろべそういち、という奴らしい。付き合っているようだ」

「黒部――って、まさかあの黒部!?」


 心底驚いた表情で伊賀先輩が声を荒げた。明里に「知ってる?」と目を向けるが、彼女も知らないらしく首を横に振る。


「だ、誰ですか? そのく、黒部という人は? ゆ、有名な人ですか?」


 同じように気になったのだろう、りっちゃんが質問した。


「あ~、まあ、有名っちゃ有名かな?」

「ど、どんな人なんですか?」

「簡単に言えば、メッッッッッッッチャ……」

「メ、メッッッッッッッチャ?」

「ブサイク」

「……」

「……」

「……」


 先輩、えらい溜めましたね。もしかして、そんなにブサイクなんですか?


「いや~、まさかあの黒部に近付く女の子がいるとは。しかも付き合ってるって。世界は広いね。度肝を抜かれたとはまさにこういう事を言うんだな~」

「そ、そんなに驚く程の事なんですか?」

「黒部を見れば納得すると思うよ。でもそうなれば、たしかに人目がない屋上で会うしかないわね。一緒にいる所を見られたら何て言われるか」


 酷い言われようである。しかし、緑川先輩が必死に口外しないよう懇願してきたので、何をそんなに? と思っていたが、これで納得できた。


「でも、蜷川君は何で緑川先輩だけにそんな脅迫みたいな事したの?」

「んなもん、恋人がいるリア充だからに決まってるだろ。そんなヤツに優しくする義理はない」

 

 ただの嫉妬じゃねーか。小せぇ男。


「まあ、それは置いといて、と。それで? 中村先輩と神谷先輩、それと羽山先輩はクロだったの?」

「ああ……まあ、そうだな」


 伊賀先輩に答える蜷川だが、返事が上の空だ。腕を組んで何やら考え事をしている。


「何、どうしたの祐一。何か気になる事でもあった?」

「ああ。実はずっと考えていた事があるんだが……」


 珍しく真剣な口調で話す蜷川に全員が黙り、私達は次の言葉を待つ。


「たしか、お前はカボチャのマスコットを着ていたんだよな?」

「ええ、そうよ。何を今さら」

「どんな格好だ?」

「どんなって、カボチャの被り物に衣装を」

「その衣装はどんなのだ?」

「紫のワンピースよ」

「紫……」


 そう言うと、蜷川はまた考え事に集中し始めた。


 何? 何に気付いたのよ?


「何か特徴ないのか?」

「特徴?」

「あ、ワンピースに切れ目を入れてたよ。こう、ズタズタに」


 隣の明里が手でナイフを表現しながら斜めに何回も振る。たしかに、お化けの雰囲気を出すために裂いたはずだ。


「切れ目――ああ!」


 突然大声を上げ、蜷川は答えを見つけたらしく目が大きく開かれていた。


「何!? 何か気付いたの!?」

「くそ、俺としたことが。なぜこんな大事なことを忘れていたんだ」


 悔しがるように唸る蜷川。


 え、なになに? 大事なこと? もしかして、犯人分かったの?


「おい、お前」


 ビシッ、と私に指を差す。人に指を向けるなど失礼にも程があるが、事態が事態だ。大目に見てやろう。


 何か確認かな? よし来い。事件解決のためなら何でも答えて――。


!」


 ……。

 

 ……あん?

 

「てめぇ、いきなり俺の腹蹴りやがって! どういうつもりだ!」

「ナンノコト?」

「とぼけるな! 俺ははっきり思い出したんだ! あの時俺を蹴ったのは紫の衣装で、あちこち破れてたヤツだってな!」

「シラナイ。ワタシハミニオボエナイ」

「嘘をつけ! 緑のシマシマのパンツ穿いてたくせに!」

「ちょっ! 人の下着の色と柄を口にしないでくれる!?」

「ほらみろ! やっぱりてめぇじゃねぇか!」


 というか、何で今それを言うのよ! 事件関係ないじゃない!


「ごめん、何の話?」

「ああ~、実はですね。由衣はカボチャに扮して回ってる最中に、蜷川君にパンツ見られたらしいんですよ」


 理解できていない伊賀先輩に明里が説明する。付け加えるなら、それにプラス体型の事まで言われたのだ。


「……何で?」

「そりゃあ……公認の仲だから?」


 誰がじゃ! そんなわけないだろ!


「……」


 ひぃぃぃ! りっちゃん、何でそんな睨んでるの!? 違うよ!? 全く勘違いしてるよ!?


「それで? それがどう関係してくるの?」

「関係?」

「由衣ちゃんの事件とよ。それがどう解決に繋がるの?」

「解決? 何の話だ?」

「いやいや……まさかとは思うけど、由衣ちゃんの事件と無関係なんてないわよね?」

「いや、無関係だが?」


 このやろうマジか。さっきまでずっと真剣に考えていたのは私の事件じゃないのかよ。いやまあ、これも私の事件と言えば事件だが。


「そっか~……祐一、ちょっと」

「何だよ静――イデデデデッ!」


 手招きして伊賀先輩が蜷川を呼ぶと、瞬時に耳を摘まみ耳元で大きく怒鳴り付けた。


「このタコ! 今はそんな事考えている場合じゃないでしょうが! 真面目にやれ!」

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