犯人の背中

 二年生最後の人物は二年六組の渡邉篤。黒縁眼鏡を掛けた小柄な体格で、どこか独特の雰囲気を纏っている。白衣でも身に付けたらさぞかし似合いそうだ。


「僕に何の用だい?」

「ごめんね、すぐ終わるから」


 見た目とは裏腹に少し高めのキーで、まだ声変わりがしていない少年のような声質で渡邉先輩が聞いてきた。絡めた腕に指をトントン、と叩き、目線もこちらに向けない。不機嫌さを前面に出している。


 大丈夫だろうか? こんな最初からイライラしている人に聞いて。伊賀先輩もこの姿を見たら、さすがにストレートには――。


「実は、この前文化祭中に事件があったでしょ? その事件の犯人としてあなたが候補になってるの」


 言っちゃった!


 間違いなく怒鳴られる、と思った私は身を構える。しかし、怒号が飛ぶことはなかった。


「……」

「渡邉君?」

「……えっ?」

「聞いてる?」


 全く反応がなかった渡邉先輩だが、伊賀先輩の声掛けでビクッ、と身体を震わせ我に還る。ショックで呆けてもいたのだろうか。


「あ、ああ。それで、何で僕が?」

「事件があった時間、あなたのアリバイがないからよ」

「ふ~ん」


 あれ? イライラしてそうな割には随分と大人しいな。


「それで、何で僕が候補に上がったんだい? ちゃんと理由があるんだろ?」

「ええ。でも、言う必要あるかしら?」

「それぐらいは教えてくれてもいいだろ。理由なく疑われるのはさすがに不愉快だ」

「でもな~、あんまり情報を表に出したくないんだけど……」

「それは自分勝手過ぎないか? こっちから話は聞きたいくせに、自分達の事は何も話さないというのは不公平と思わないのか?」

「不公平? それはまた別の話じゃない?」

「別なもんか。なぜあの事件を調べているのかは知らないが、君は警察じゃない。立場としては僕達は同等だろう? だったら、お互いの持つ情報を出し合うべきじゃないのか? こちらが一方的に洗いざらい話す義務もない」


 なんか……気に入らないな。言っていることは間違いではないだろう。たしかに、私達は警察じゃない。情報提供しろと言われてそれに従う必要もないだろう。あくまで任意である。しかし、ここまででかい態度で対応され、しかも渋る理由が分からない。


 心から納得はしていないだろうが、話をしてもらわなくては次に進まない。伊賀先輩は渡邉先輩の要求に応えようとする。


「……わかったわ。実は――」

「待て」


 しかし、伊賀先輩が話そうとした時、蜷川が横から割り込んだ。


「何でそんなに話したがらない?」

「君は?」

「蜷川祐一」


 自己紹介をした蜷川に、渡邉先輩は目を細めて睨みを効かせる。一瞬、チラッと伊賀先輩を見て、また蜷川に戻った。


「何だ? 何か言いたそうだな」

「いや、別に」

「まあいい。それより、何であんたは話をしたがらないんだ?」

「別にしたくないわけじゃない。不公平だと言ったんだ」

「不公平の意味が分からないな。仮に、俺達の持つ情報を与えてあんたに何の特がある?」

「損得じゃない。ただ一方的に聞かれるのが嫌だと言っているんだ。せめて、僕が疑われている理由ぐらい教えてくれてもいいだろう?」


 蜷川と話ながらも、チラチラと渡邉先輩は伊賀先輩を何度も見ていた。


 何だ? 何で伊賀先輩をそんなに気にしているんだ?


「それに、今僕は伊賀さんと話しているんだ。君は下がってくれないか?」

「変わらねぇよ。俺でも静でも、どっちも話を聞きに来たんだからな」

「し、静?」


 すると、渡邉先輩の声が震えた。まるで信じられないと言わんばかりの震え方だ。

 

「き、君……今、伊賀さんの下の名前を言ったかい?」

「それがどうした?」

「ま、まさか……君、伊賀さんの?」

「あん?」

「祐一が私の何?」

「ゆ、祐一!?」


 今度は身体がよろけた。どうしたのだろう。名前に何か驚く部分でもあるのだろうか。


「き、君らは、お互いを下の名前で呼び合っているのかい?」

「そうだけど、それが?」

「ま、まさか……こ、こい」

「まあ、幼馴染みだし」

「えっ? お、幼馴染み? そ、そうか。それなら……」


 幼馴染みと聞いてホッ、とする渡邉先輩。ますます意味が分からない。今のどこに安心する要素があるのだろうか。


「おい、話を反らすな。もう一度聞くぞ。俺達に話をするつもりはないのか?」

「あ、ああ。さっきも言ったが、伊賀さん達の持つ情報を教えてくれないと言うのならそうだ」

「分かった。話は終わりだ。行くぞ、静」

「えっ?」

「えっ?」


 蜷川が話を打ち切る。突然の終了に私達は驚くが、渡邉先輩はもっと驚いていた。


「こいつから話を聞く必要はない。時間の無駄だ。行くぞ」

「えっ、あ、うん。じゃあ渡邉君、ありがと――」

「ま、待ってくれ!」


 渡邉先輩が伊賀先輩の腕を掴んで引き留めた。そして、なぜかその自分の行動に驚き慌てて離す。


「あっ、ご、ごめん」

「いや、大丈夫だけど、どうしたの?」

「いや、その……」


 頭を掻いてモジモジし始める。


「……ごめん。ちょっと失礼だったね。は、話すよ」


 すると、ガラッと態度が一変し、渡邉先輩は申し訳なさそうに縮こまっていた。


 よく分からない人だな。あれだけ拒否していながら、帰ると言ったらそれを引き留めるなんて。


 そこで袖を引っ張られ、振り向くと明里が話し掛けてきた。


「ねぇ、由衣。あの人さ」

「うん?」

「たぶんだけど……伊賀先輩が好きなんじゃない?」

「えっ? そうなの?」

「だってさ、さっきから落ち着きがないのって伊賀先輩が見てる時だし、蜷川と話してる時もチラチラ先輩の方見てたし」


 なるほど。明里の指摘に私は納得した。最初イライラしていると思っていた動きはすべて緊張から来たものだったのだ。好きな人を目の前にして落ち着こうと言い聞かせ、口調がちょっと上からなのもそれを紛らわすため。話ながらも相手の様子が気になる。帰ろうとしたのを引き留めたのも、ただ好きな人とまだ話していたいという現れか。どれもそう考えれば一致する。


「そ、それで? 何を聞きたいんだい?」

「渡邉君は事件があったとされる時間、どこで何をしていたの?」

「それって、たしか十三時ぐらいだよね」

「正確には、十三時三十分だけど」

「その頃なら、校内を回っていたかな」

「それって、見回りをしていたってこと?」

「見回り? ああ、違うよ。僕は見回り担当じゃない。備品の運搬担当だよ」

「というと、四組の加奈子と一緒ね」

「加奈子? ああ、長谷川さんのことか。そうだよ、彼女も同じ担当だよ」

「渡邉君はどこへその備品の届けたか覚えてる?」


 少し思案して、渡邉先輩が告げた。


「う~ん、行ったのはたしか焼きそばをやってる教室にボーリング、あと展示教室にも行ったかな」

「展示教室? もしかして、私の教室?」

「ああ、そうだよ」

「なんかトラブルあったの? そんな話聞いてないけど」

「あ、いや、たまたまだよ。近くに寄ったから様子を見ただけ。何か起こりそうなら事前に対処した方がいいから」


 渡邉先輩が慌てて手を振る。これはどう見ても伊賀先輩を見に行ったのだろう。まあ、実際先輩は外でビラ配りをしていたんだが。


「じゃあ、その校内を回っている時に、何か見たりしなかった?」

「何かと言われても、特には……ああ、一つ気になることがあったよ」

「気になる?」

「実は、文化祭実行委員は全員腕に腕章を付けいたんだ。青いやつをね。みんな制服に付けていたはずなんだけど……」

「だけど?」

「それが一人変な実行委員がいたんだよ。腕に腕章を付けていたんだけど、格好がカボチャに扮していてさ」

「カ、カボチャ!」


 私は思わず反応してしまった。心臓がバクバクいっている。飛び掛かろうとする身体を抑え、次の言葉を待った。


「文化祭実行委員はみんな制服着用が義務付けられていたはずなんだけど、その人はカボチャのコスチュームに扮して学園内を回っていたよ」

「それ、何時頃?」

「たしか……昼ぐらいかな? 子供に囲まれて順に頭を撫でているのを見た」

「それはたしかな時間?」

「そうだね。伊賀さん、外でビラを地面にぶちまけた事があったでしょ?」

「あったけど、何で知ってるの?」

「カボチャを見たのがその直後だったからさ。伊賀さんのその姿を見て近付こうとしたんだけど、子供の奇声で目線をそっちに向けたんだ。そしたらそこに腕章を付けたカボチャがいて声を掛けようとしたんだけど、その前にどこかへ行っちゃった」

「そのカボチャ、どんな姿をしていたか分かる?」

「どんなと言われてもな~。身体は子供達で隠れてたし、頭のカボチャばかり目がいってたから」


 これは思わぬ収穫ではないだろうか。捜し求めていた犯人であるカボチャの目撃情報を手にすることが出来たのだ。できれば身体の衣装まで覚えててもらいたかったが、それでも貴重な情報だった。


「それ、誰か分かった?」


 伊賀先輩も少し興奮した口調で尋ねた。だが、渡邉先輩は首を横に振る。


「いや、分からない。僕も気になったから文化祭実行委員の人達に聞いてみたんだけど、誰もそんな格好していないと言うんだ」

「その腕章というのは、もしかして偽物の可能性はないのか? 例えば、誰かが似せて作ったとか」


 次に蜷川が問い掛けるが、同様に渡邉先輩は否定する。


「それはないと思うよ。実はその腕章は当日になって初めて先生から渡されるんだ。だから、それまで色も何も分からない」

「何でそんなやり方を?」

「なんでも、今君が言ったみたいに過去にその腕章を似せて作った生徒が文化祭実行委員と嘘をついて問題を起こしたらしい。実行委員という立場を利用してね。その再発防止のため、当日に渡されるようになったみたいだ」

「じゃあ、その腕章は毎年違うわけだ」

「そう。だから、カボチャの人が付けていた腕章は本物だよ。でも、それが誰なのかが分からないんだ」


 そのカボチャの人物が誰なのか……決まっている、犯人だ。文化祭実行委員でしかもカボチャ。どちらも犯人とされる条件に当てはまる。しかも、誰も一人自分だとは言わない。当然だ。言えば殺人犯と宣言するようなものだ。いくら待っても名乗り出る者はいないはず。


 いまだその姿は朧気にしか見えない。しかし、霧が晴れるように着実にその正体が見え始め、犯人の背中が見えたような気がした。

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