嘘発見器
「は……八人?」
「ええ、そうよ。事件が起きた時間、アリバイがなかったのは八人いたわ」
放課後の一年六組の教室。伊賀先輩の報告に間違いではないかと聞き直したが、先輩の困った表情に事実であると悟る。
「りっちゃんからそっちの事を聞いていたけど、二、三年生は一年と違って一人で行動してたみたい。だから、アリバイが曖昧な人がこれだけ出たのよ。ドラマやアニメなんかじゃ三~五人程度だけど、現実じゃそうもいかないわね」
「そんな……」
私はガクッ、と肩を落とす。
八人という人数……はっきり言って多い。その中からたった一人の犯人を見つけるというのは至難の技のように思えた。犯人とされるのはその内の一。だが、八分の一という確率とはわけが違う。慰めと言えるのは、候補人数が二桁にならなかったことぐらいだろうか。
私が落ち込んでいる中、りっちゃんが質問する。しかし、伊賀先輩は残念そうに頭を横に振った。
「そ、その中で特に怪しいという人はいなかったのですか?」
「ええ、いなかったわ。八人全員が一人で行動、そして事件についても知っていた。まあ、文化祭実行委員だから知ってて当たり前かな。それに、ほぼ状況が一致していて違いらしい違いはないの」
「そ、そうですか」
期待した返答がなく、落ち込むりっちゃん。ヘタをしたら私よりも落ち込んでいるかもしれない。
「それで、その八人は誰なんだ? 全員三年なのか?」
「あっ、言ってなかったね。え~と……あったあった」
蜷川が尋ねると先輩はポケットから手帳を取り出し、そこに記されている内容を次のように読み上げた。
二年三組、
二年四組、
二年六組、
三年二組、
三年二組、
三年四組、
三年五組、
三年六組、
「男女比がほぼ均等だな」
「ええ。犯人の性別が分かればそれから半数まで絞り込めるけど、今はなんとも言えないわ」
「あれ? ちょっと待って。たしか犯人を追った人がいなかったっけ? その人の話を聞ければどっちか分かるんじゃない?」
明里の提案は妙案とも言えるが、すでにそれは意味を成さない。
「ごめん、それが無理なのよ明里。警察もその人達から話を聞いたらしいけど、カボチャの被り物に目がいきすぎて服装は覚えていないんだって。だから、男か女かも分からない」
「服を覚えていない? カボチャなんか見るなよ。使えないわねそいつら」
ボッチャンという愛称を付けていた者の台詞とはとても思えないが、今の明里の台詞は私の心境そのままだった。
私、捕まっちゃうのかな……。
半ば諦めかけ落ち込む私に明里が心配そうに寄り添ってくる。
「全く、もう少し絞り込めよ。使えないな」
「しょうがないでしょ。頑張ってこの人数まで減らしたのよ。その努力を称えなさいよ」
「ここで二、三人とかだったら素直にできたが、八人じゃあ誉めようがない。ただ面倒くさいだけだ」
「で、でも、伊賀先輩は一人で二年生と三年生を請け負ったんですよ? わ、私は凄いと思います。先輩、お疲れさまです」
「いやん、もうりっちゃんありがとう~!」
「きゃ!」
この状況にありながら、セイタン部の三人はなぜこうも明るくしていられるのだろうか。伊賀先輩はりっちゃんを抱き締め、蜷川はそれを鬱陶しそうに眺めている。こう、焦りというか不安な雰囲気が一切ないのだ。まさか、諦めたとかそんなことではないだろうな。
「随分元気ですね」
「ん? 逆に由衣ちゃんは元気ないね。どしたの?」
「だって八人ですよ、八人。ここからどう絞りこめばいいんですか? 何か手掛かりはないんですか?」
「手掛かりはないけど、方法ならあるよ」
「だったら、その方法をや、りま……しょ?」
「えっ、あるんですか?」
「あるよ」
さらっと打開策があると告げる伊賀先輩。
「でも、どうやって?」
「こいつを使う」
そう言って指を差す。その先には蜷川がいた。
「使う、ってなんだ。人を道具扱いするな。そして指を差すな」
「道具に近いでしょ。使い勝手抜群なんだから」
「ふざけるな。八人なんて人数面倒くさいだろ。一人一人話を聞くなんてしたくない。大体、俺がそんな簡単に受け入れると思って――」
「そっか~。久し振りに伊藤静の声を出してあげようと思ったんだけどな~」
「八人がなんだぁぁぁ! ドンと来いぃぃぃ!」
天井に向かって声高々と叫び、腕をあげて気合いを見せる蜷川。その手前で伊賀先輩がしてやったりという顔で親指を立てている。
単純バカだな。本当に道具と変わりない使い勝手さ。
「いや、でも蜷川を使うって、何をするんですか?」
「ん? 祐一に今言った八人に話を聞いてもらうのよ」
「それはもう伊賀先輩がやったじゃないですか。またこいつに同じことさせて何か変わるんですか?」
「たぶんね。祐一の特技というか得意技というか、それを利用すれば」
「特技?」
まさか声優がどうたらとかを持ち出すのか? それがどう利用できるというんだ。
「特技って、何ですか?」
「嘘発見器」
「嘘発見器?」
「テレビとかで見たことあるでしょ? 指とかにコードを付けて質問して、それに対して嘘を言うと針が左右に動く、あれ」
「うぉぉぉ! 静お姉さま、凛々しい声をぉぉぉ!」
たしかに見たことがあるが、それが蜷川とどう関係があるのか。嘘だと身体が左右に揺れるのか? 気持ち悪っ! というか、蜷川うるさい!
想像した光景に鳥肌が立つが、伊賀先輩の説明はもっと信じがたい内容だった。
「祐一はその人の話す声を聞くだけで、それが本心なのかどうかを判断できるのよ。例えば、女の子が男の子と遊びに行って『私、今日楽しかった!』という台詞が本当なのか嘘なのかを聞き取れる」
分かりやすい。とてつもなく分かりやすいけど、例えが重くないですか先輩!?
「それって、読心術とは違うんですか?」
「まあ、似たような感じかな。でも、読心術は表情や目の動き、身体を揺するとかそういう動作を見て判断したりするでしょ? 祐一の場合はただ声を聞くだけでいいの」
「わあ! それって、さらにハイスペックじゃないですか? なんかすごい! 蜷川君ってそんな力あるんだ!」
まるで尊敬するかのように、隣で明里が目を輝かせている。明里は信じているようだが、私はいまいちピンと来ない。
「からかっているわけではないですよね?」
「ないない、そんなことしないよ。まあ、いきなり信じろとは言っても無理があるよね」
伊賀先輩の様子から嘘ではないと理解できた。だが、やはり正直眉唾ものだ。どうも納得できない。
「明日になれば分かるよ。今言った八人を順にもう一度話を聞いて、それを祐一に判断してもらう。犯人なら間違いなく嘘を付いているからね。これで犯人を見つけたも当然ね」
「だったら、最初からこいつ一人にやらせればよかったじゃないですか。別に私達がやらなくても……」
「由衣ちゃん、それはダメだよ。たしかに私達はあなたの依頼を受けた側だけど、だからといってあなたが何もしなくていい理由にはならないわよ。これはあくまであなたの問題。肝心のあなたが動かなくてどうするの?」
軽く叱咤されてしまったが、正論すぎて何も言えなかった。どうみても私の発言は軽率だ。伊賀先輩の言う通り、これは私の問題なのだ。
「すいません。今のは取り消します」
「そこまで気にしなくてもいいけど、反省することは悪くないよ」
「伊賀先輩って、先輩なんですね」
「ごめん由衣ちゃん、それ意味が分からない! どういうこと? 私って年上に見えない!?」
そういう意味ではないが、こういうちょっと狼狽えた姿を見るとたまに先輩であることを忘れる。たまにですよ、たまに。
「それじゃあ、明日からまた捜査を開始しますか。祐一、任せたわよ」
「やはり伊藤静なら厳しい上司役か? いや、ここはボーイッシュな女の子パターンでいくか? たしか今のコレクションは……」
「あ、ダメだ。もう自分の世界に入ってる。置いて帰りましょ」
伊賀先輩の一声で私達は帰宅の準備を始める。
よし、今なら引き留められずに帰れるぞ! 早く出よう!
急いで鞄を持ちドアへと歩き出そうとしたが、私は襟を、伊賀先輩はポニーテールの髪を掴まれた。
「ぐえっ!」
「いたっ!」
「おいこら、何処へ行く?」
しかし、甘かった。気配を察したのか、蜷川が現実に戻って私達を引き留める。
「何勝手に帰ろうとしてるんだ。いつも通り、今日も録音させろ」
「た、たまにはいいじゃない! というか、手を離せ! 首が苦しい!」
「痛い痛い、抜ける! 髪が抜ける! 何で私まで!?」
「さっき言ったこともう忘れたのか、静。伊藤静の声を出すと言ったろ」
「えっ? 前払い!?」
「当然だ。以前に後で、とか言ってしなかったことがあるだろ」
「……ちっ、祐一のくせに学習してた」
悔しそうに伊賀先輩が舌打ちをした。なんか小悪党な表情をしていて、ちょっと怖い。
「さあ、今日も張り切っていくぞ!」
一人だけやたら気合いが入っている。助けを求めようと目線を前に向けたが、そこには誰もいなかった。
あ、明里ぃぃぃ! 薄情者ぉぉぉ!
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