38話 ~回想~ ルミナの過去 弐

「どうして学校をサボったりしたの!? こんなんじゃあ、立派な看護師になれないわよ!」


 私は家に帰ってくるなり、すぐにお母さんに呼び出されて食卓の椅子に座らされた。まるで、何かの面接のような感じだが、雰囲気は全然別のものだった。

 私のお母さんは看護師で、「母さんみたいな人を助ける仕事に就きなさい」とやたら看護師を薦めてくる。別に看護師を目指すのはいいのだが、こうしつこいくらいに推してきて、人の将来を勝手に決める母さんは正直嫌いだ。だから、なれるとしても絶対看護師にはならないと決めた。


「黙ってたら話が進まないわよ! 何か言いなさい!」


「もう! お母さんしつこい!!」


 私は生まれて初めてのお母さんへの反抗を起こした後、家から飛び出してどこへ向かうのかも考えないままただひたすら突っ走った。家を出た瞬間、お母さんが私を呼び止めたが、それを無視して私は無我夢中で路地を曲がった。


「…………ここまで来れば、もう追いかけてこれないかな……」


 気分を落ち着かせて私はその場に座り込んだ。ここは道幅が狭く、あまり通行人もいないから邪魔にはならないはず。


 ふぅ…………と、ため息をついた途端、何かがものすごい勢いで駆けてくる音がした。まさかと思いきや、私はサッと立ち上がって逃げる準備をすると、その瞬間に曲がり角から鬼のような形相をしたお母さんが姿を現した。


「ルミナ!! お母さんから逃げられるとでも思っているの!?」


 その迫力に、私は声も出なかった。こんなお母さん……今までに見たことない。……なんで? どうして? 一度だけ、気分転換に欠課しただけじゃない……。


 もう諦めて降参しようかと思い始めた頃、後ろの壁から声がした。


「ルミナ! 掴まれ!」


「……!? シェルド!?」


 私は、その名前を言い放ってから後ろを振り向いた。そこには、私の身長より少しばかし高い位置にある窓から右手を差し伸べている見慣れた幼なじみがいた。


「早くしろ! もうそこまで来てるぞ!!」


 まるでシェルドのその言葉が引き金だったかのように私は反射的にジャンプしてシェルドの手をしっかりと掴んだ。


「よし。引っ張るぞ!! 絶対に離すな!」


 私は絶対に離すまいと腕全体に思いっきり力を入れて踏ん張った。焦っているのか、シェルドの手は汗をかいていた。


 もう少しで窓の向こうへ渡れるというところで、お母さんは思いも寄らぬ行動をとった。なんと、シェルドをめがけて雷の魔法を放ってきたのだ。


「くっ……ふざけんなよ!!」


 もう終わりかと思っていると、シェルドは本気で私を引っ張り上げた後、飛んでくる雷の光線と向き合った。


「うおぉぉりゃああああ!!!!」


 私の手を掴んでいる手とは反対の左拳で雷をアッパーで空へ跳ね返すと、雷はまるで花火のように破裂して散った。その光景に呆気に取られていると、シェルドは私の手を離して素早く窓を閉め、鍵をかけた。


「はあ…………これで分かっただろ……あんな奴のところで暮らすんじゃねーよ。所詮義理の親ってのはああいうもんなんだよ」


「…………」


 ひと月前くらいに、シェルドに私のお母さんが義理の親で、しかも怒らせるとかなり凶悪な奴になるという出鱈目な事を聞いたが、その時私はどうせ冗談だと信じなかった。しかし、こんな状況に陥っている今ならその言葉を信じられる。


 もしかして、私が今日授業を抜け出したのは信じないと思っているだけで、心のどこかでその言葉を信じていたからなのかもしれない。


「……お前が辛いのは分かってる。けど、もうアイツの元には戻れないだろ。もし仮にこの件が丸く収まったとしても、ぼくはお前が義理の母親の裏の顔を知った今、精神的にやられるという未来しか浮かんでこない」


「…………」


 言葉もなかった。シェルドの言っていることが、あまりにも正論すぎて。


「だけど、そうするとお前の居所がなくなっちまう。だからこうしようと考えた。……ぼくの家に住めばいい」


「……!!」


 シェルドって、こんな思いやりがすごいやつだったっけ……。そう思えるほどに私は感動した。他の人から見たらただのナンパでしかないと思うが、私からすればこれは神の救いに近い。少し間をおいて、私は小さく頷いた。


「じゃあ決まりだな。そうと決まれば早速…………痛っ」


「……シェルド? もしかして、さっきの……」


 シェルドの左手を見ると、まるで何かが焦げたかのように茶色く変色していた。あの雷が、どれほどの電圧だったのかがひと目でわかる。


「大丈夫だよ。こんくらい何ともない」


「シェルドが大丈夫でも、私が心配なの! 手当てくらいはしないとダメじゃない!」


「あーもう。またいつものルミナに戻りやがって。助けてやったんだから今回くらいぼくの言う事聞いてろ」


 反論できない。あの時ここからシェルドが手を差し伸べなければ、私は今頃この世にいなかったかもしれない。ここは大人しく引き下がることにした。


「…………もう、分かったわよ。……じゃあ、一つだけ質問いい?」


「ん? なんだ?」


「なんで私がここにいるって分かったの?」


 さすがにこんな人気のないところに突然ヒーローの如く現れるのはおかしい。一体どうやって……。


「この場所は元々ぼくの気に入ってる場所なんだよ。偶然だ」


「…………そう」


 ちょっと半信半疑だが、あんな事があった後にこんな冗談を言うとも思えないので、少し信じる方に寄った。


「まあ、話は後にしてとりあえず帰るとす────」


 シェルドの言葉が、ガラスの割れる音にかき消された。


「……なるほど。そう簡単には帰らせないってか」


「ルミナ、私から逃げようたってそうはいかないよ! アンタは…………私がお金を得るために必要な人材なのよ……」


「…………!!!!」


 私はその最後の一言に、吹っ切れた。


「やっぱり、あなたは私のお母さんじゃない! あなたは、……ただの悪魔よ!!」


「ようし、よく言ったなルミナ。コイツはぼくが殺るから、下がってろ」


 言われた通り私は後ろの壁まで下がり、見守る事にした。


「さて、ショータイムかな♪」

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