25話 にゃにゃにゃ、にゃー!

 夕日がやがて完全に沈みそうになった頃、ようやくぼくは城へ到着した。ガルートさんは今頃ゼロガミと戦闘中だろうか。いや、ガルートさんだけではない。他にも何百人もの兵士達が命を懸けて戦っている。それなのにノコノコと一人城へ戻っている無力な自分が憎たらしい。せめて、ぼくが魔法だけでも使える事が出来れば少しは力になれたはずなのに。


 そう自分で自分を攻めながら城の入り口のアーチをくぐり、見れば見るほど大きいお城だなと周りをキョロキョロしながら長い廊下を歩いていると、いきなり正面からすごい勢いで何かがぶつかってきた。


「なな、なんだーー!?」


 びっくりしてぼくは自分の胸元を見ると両腕で強くぼくの体をがっちりと抱いている見た事の無い女の子の姿があった。その姿を見てぼくはさらに驚愕した。


 なんと、頭部に猫の耳のような突起部が付いており、さらに尻部にはくねくねと不規則な動きをしている猫のような尻尾まで付いている。しかし、体格はきちんと人間の形をしているのだ。


「ふにゃ~……これがご主人さミャの匂いかぁ~。なんだかすごく安心するにゃ……」


 少女はそんな意味不明な言葉を発するととても気持ちよさそうな顔でぼくの体にスリスリしてきた。行動も猫とまるっきり同じだ。


「コラコラ、そんな猪突猛進にいくとヒロさんに迷惑ですよ」


 少女の走ってきた方向から聞き慣れた声が聞こえた。視線を上げると、そこにはいつもの白いドレスではなく、黒のジャケットに黒のスカートを着て毛皮のブーツを履いているラミレイさんがいた。こんな姿は、女帝様としてはあまり似つかわしくない感じがする。……が、とても似合っているのでそれはそれで結果オーライだ。いや、それよりもこの子はいったい……?


「ラミレイさん! この女の子、なんなんですか!? いきなり突っ込んできて……しかも、尻尾とか……」


「そんなに焦らないで下さい。別にあなたに危害を加える訳ではありませんわ。彼女はブルーレイン北部に住んでいるミールド族の一人です。ミールド族の特徴は、もうお気づきかもしれませんが猫のような耳と尻尾ですね」


「は、はあ。……でも、どうしてこんなにぼくに懐いているんですか?」


「ミールド族は十五歳を迎えると北部からこの中央部の方に自分の雇い主を探して移民してくるんです。それでこの子はたまたまヒロさんを選んだんですよ」


「ええ!? ぼ、ぼくがこの子の……雇い主……? ちょっと、ラミレイさん! もう少し詳細を教えて下さいよ! ぼくだって、いきなりこんなのは困りますって…………」


「詳しく事は、直接その子に聞くのが一番です。これからの事についてはきちんとお話はしてあるので」


 そう言われ、再び視線を猫の子に戻すと、こちらを茶色の透き通った可愛い瞳で見ていた。その光景に思わずぼくは口をあんぐりとさせた。このまま見続けているといつか萌え殺されてしまいそうだ。


「えと、……ぼくはヒロって言うんだけど、君は?」


「ミャーはミャイド! さっきラミレイさミャがご主人を紹介してくれてすぐに飛んできたのニャ!」


「え…………ちょ、ラミレイさん! 話が違うじゃないですか!」


「おほほ……では私は部屋に戻って本の続きを読んできますね~」


 なんてこった。他人事だと思って見ず知らずの猫を押し付けられてしまった。


「あ、言い忘れてました。午後十時頃、また私の部屋へ来てもらえませんか? 雨魔水晶の使い方をお教えしますので」


 そう言い残すとラミレイさんは背を向けてスタスタと歩き、奥の玉座の間へと消えていった。そういえば、雨魔水晶の存在をすっかり忘れていた。ジーパンのポケットを漁ってみたが、無い。どこへしまったか考えて、ふと胸ポケットへ手をやると、河川敷などによく落ちているゴツゴツした石の感触がした。無くしていない事が分かったので少し安心した。


「ご主人? どうかしたのニャ?」


「あ、いや。別にどうもしてないよ…………そういえばさっきの話だけど、ラミレイがぼくを紹介したって言ってたけど、ラミレイさんはどうしてぼくを選んだのか聞いてるかな?」


「うーん。確か、ミャーがラミレイさミャに誰かミャーを雇ってくれる人がいないか尋ねたら、『それなら、ヒロさんというとてもお人好しで優しくてルックスがカッコいい人がいますよ。臆病なのが玉にきずですけどね』って言ってたニャ」


 なんだか、嬉しい気持ちと一言余計という気持ちが僕の中で生じた。


「さっきご主人を初めて見た時そのカッコ良さにすぐに惹かれたのニャ。でもミャーは見た目より性格を重視する方ニャんですが、ご主人を見た瞬間、もうオーラだけでも良い人だと感じたのニャ! 少しくらい臆病なのも、ストライクゾーンなのニャ!!」


 すごく褒められているように感じるが、ぼくの本当の臆病さを知ったらさぞかしびっくりする事だろう。


「だから、どうかミャーを雇ってくれないかニャ?」


「……ぼくは頼まれたら断れない主義でね。しかも、もう既にご主人って言われちゃってるし、こんなぼくで良いのならもちろん雇うよ」


「本当?」


「男に二言は無いぜ」


「ありがニャーーーー!!!!!! 一生ついていくニャ!!」


 調子に乗ってついOKしてしまったが、雇うと言っても具体的には何をすればいいのか。ご飯とかをあげたり世話をするだけ? 疑問だらけだが、夜中ラミレイさんに聞けばいいか。


「じゃあぼくはちょっとやる事があるから先にぼくの部屋に戻っててくれないかな? 場所はそこの階段を一番まで上った所にいる受付のお姉さんに聞くといいよ」


「了解ニャ!」


 ミャイドは元気良くそう答えると走って階段を登っていった。


 今ミャイドに言ったやる事とは、風呂の事だ。昨日も入れてないし、しかも今日はプールに入ったので次亜塩素酸ナトリウムの嫌な臭いがする。ミャイドはぼくの服の匂いに夢中で気づかなかっただろうが、さっきぼくが彼女を拒んだのはこのせいでもあった。


 ふと壁の大きな窓を見ると、外はすっかり暗くなっていて、明るい少し欠けた月も昇っている。あまり遅くならない内に風呂に入りたかったので、ぼくは小走りで浴場へ向かうことにした。

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