22話 なかなか任務にありつけない


「あっ……熱! あっつ!!」


 地面が太陽でとても熱くなっていたので足を着けた瞬間に飛び上がってしまった。


「落ち着いて下さい。何をそんなに暴れているのですか」


「だって、太陽でアスファルトが熱されてフライパンの上みたいになってる! どうしてルミナさんは平気なんですか」


「このくらいへっちゃらです」


 やはりルミナさんは強い。この異常な熱さももろともしないなんて。それに比べてぼくは…………せめて靴下くらい履いておけばよかった。

 地に足を着ける度に飛び上がりながらも、なんとかルミナさんについていく。周りを見てみたが、ぼくのようにアホらしくぴょんぴょんしている人なんていなかった。ここでぼくはやっと確信した。ルミナさんや周りの人々が地面の熱さに強いのではなく、ぼくがただ単に貧弱である事を。


 周囲からの凍てつくような視線にメンタルブレイクしそうだったが、それでもぴょんぴょんは止められなかった。

 今ぼく達が歩いているコンクリートの道の周りは木が生い茂っている広い野原があり、そこを歩こうかと思ったがそうすればかえって目立ってしまう。仕方なくプールまで我慢する事にした。


 それから数十秒直進すると夏の海を連想させるような澄んだ水色の大きなアーチの向こう側に子供や大人達が楽しそうに遊んでいるのが見えた。その快楽の場を優しい包み込むように周りに煉瓦の柵が立てられている。


「野外なんですね。てっきり泳ぎの練習というくらいですから一般的な25mか50mのプールかと思ってました」


「え、そんなのあるんですか?」


「あれ? この世界には無いんですか?」


「そんなのは聞いたことないですね」


「地球のぼくが住んでいる所の近くのプールは50mの一直線でしてね。学校は大体25mです」


「なるほど。今度そのようなプールを作るようラミレイ様に要望してみます」


 そこまでする必要があるのか。ぼくは苦笑いで返した。


「あっ、今少しバカにしましたね!」


「してませんしてません!!」


 やがてルミナさんに軽蔑されそうになった頃、大きなアーチの目の前まで来た。


「ほら! 着きましたよ! 早く泳ぎましょう!!」なんとか言い訳を作れた。


 アーチを通り越すとさっきまでの地面の熱さが嘘のように無くなった。どうやらここいらの地面は断熱材が使われているようだ。これでやっと連続ジャンプの刑から逃れられる。

 ジャンプを止めて普通に立つと右脚のふくらはぎに軽い痛みを感じ、転びそうになった。どうやら飛び跳ねていた事でアレガミにやられたまだ未完治の脚に負担をかけてしまったらしい。


「大丈夫ですか!? まさか、アレガミにやられた所が? まだ痛むなら、今日は止めておきましょうか?」


「いやいやいや! 全然大丈夫ですよ! ジャンプしすぎて少し平衡感覚がおかしくなっちゃっただけです」


 脚を曲げたり伸ばしたりして元気をアピールした。これは任務だし、せっかくルミナさんと泳げるというのにここで帰る訳にはいかない。……八割方ルミナさんと泳ぐのが目的だけど。


「そんなに元気そうなら大丈夫ですね! でも万が一という事がありますから痛みを感じたら言ったて下さいよ」


「分かりました。心配して下さってありがとうございます」


 ルミナさんのこういった小さな事でも心配してくれる所は未来希の面影を感じられる。


「じゃあ泳ぎますか! ちゃんと教えて下さいよ」ルミナさんはものすごく明るい声で言うと、奥に向かって走っていった。


 ぼくはルミナさんに見られてもいないのに今度は作り笑いではなく、本当の笑顔で「もちろん」と言い、その背中についていった。上手く教えられるかは不安だが実際にやれば出来るだろう。

 しばらくついていくとルミナさんはあるプールの前で足を止めた。ぼくは彼女の目線の先を見ると思わず「え」と声を出した。


「流れるプール……ですか? しかもこのプール、水深1.6mでぼくの首くらいの深さじゃないですか。いきなりここで泳ぐのはちょっとキツいんじゃ……」


 隣に『1.6』とでかでかと看板に書かれているのに、気付かなかったのだろうか? 他の文字は読めないので本当にこの数字は水深を表しているのかは分からないが、プールで少数で表記されている数字は水深としか思えない。


「初めっからこれだけ厳しくしておくのがちょうどいいんです! 何事もまずはチャレンジです!」


 今のセリフはぼくにとってものすごく心を揺るがせるような一言に思えた。ものすごい名言じゃないか。

 ぼくがそう感動しているといきなりプールの方から大量の冷たい水が顔面に襲いかかってきた。


「ぶわ!? なっ、なんだ!?」


「あーっはっは!! 魔法ぶっかけ作戦大成功だぜ! こんな所でイチャイチャすんなよ!」


「ルヴィーさん!? 別にイチャイチャなんかしてな……それより魔法の無駄遣いはしないで!!」


「おー? ルミナ。照れ隠しとはらしくないぞ?」


「照れ隠しなんかじゃないです!!」そう言っている割には顔が赤くなっている。


 ルヴィーさんがいるとまずい。これは場所を変えるしかない。ぼくはルヴィーにからかわれて切羽詰まっているルミナさんに耳打ちをした。


「場所を変えましょう。ここでもしルヴィーさんを論破する事が出来てもここにルヴィーさんがいると意味がないので」


「た、確かにそうですね……」少し焦った声で言う。


「どうした? 何も言えないのか?」


「今は私急いでるのでまたお城でお願いします!」


 ルミナさんはそう言い放つと優雅にプールに浮かんでいる赤髪の少女に人差し指をかざした。


「え、何するつも…………」


 ルヴィーさんがそう言ったと同時にルミナさんの指輪が白い光を放ち、爆風を起こした。するとものすごい水しぶきが舞い上がり、一瞬だけ目の前に水のカーテンが出来た。その隙にルミナさんはぼくを担いですぐそこの曲がり角に隠れた。


 「くっそぉぉぉーー!! 覚えてろよ!」なんていうでかい声が聞こえた。


 ルミナさんはぼくを下ろすと両手を膝につけるような体勢で息切れし始めた。


「る、ルミナさん!? どうしたんですか?」


「い、いえ。さっきの魔法は……はぁ、体内の酸素をたくさん使う事で放てる魔法でしたので……少し心拍数が上がってしまって…………」


「この魔法以外に何か思いつかなかったんですか?」


「すみません……とっさに思いついたものだったので……」かわいい顔で申し訳なさそうに呟く。さすがにこれ以上この顔を拝むのは色々とまずいのでぼくは目線を逸らした。


「おおヒロ! ルミナも一緒か!」


「げ」


 この場所で一番会ってはいけない人だ。ここはどうにかぼくが話をつけ――――ようと思ったが、いきなりぼくの隣を爆風が掠めた。ガルートさんはその風圧に耐えきれず、吹き飛ばされてしまった。

 ルミナさんはまたぼくを担いで近くの大きな木の陰に下ろした。さっきよりも息切れが激しくなっている。これはいくらなんでもまずい。


「無茶しないで下さい! とりあえず座って少し休んで下さい!」


「ゼェ……あ、ありがとう……ゼェ……ございます…………」過呼吸並の酷さだ。


 ルミナさんはゆっくりと木にもたれて座った。……どうして今日はこんなに運が悪いの……。

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