11話 訪問者

 「ハァハァ……」


 息を切らせながら何も無い暗闇を走る。後ろから何かが追ってきている。何故こんな事になっているのかは分からない。ただ、後ろから迫り来る者に捕まると殺される。それは確信している。

 なぜなら、先程ソイツに殺された人を見たからだ。顔は赤色のフードを被っていて分からなかった。そのフードからは赤い雫が垂れていた。恐らくあのフードは血塗られているのだろう。

 コートの方は背中だけ白かった。故に、あの血は全て殺された人達の返り血という事だ。


 何者かも分からない者に追われるのはとても恐怖だ。今もそれは追いかけてきている。


 走り過ぎて横腹が痛くなってきた頃、目の前に一つの朽ち果てた木の扉が現れた。出口かと思い、そのままタックルして扉をぶち破った。

 そこには、見た事のある光景が広がっていた。扉と同じで室内も朽ち果てて腐敗臭がしているが、ここは間違いなくぼくの部屋だ。


 窓からはいつもと同じ街の景色が見えたが、闇に包まれていて空は紫色になっている。異常気象にしてはおかしすぎるので、ここは地球に見せかけた別の世界だと思える。

 後ろにいた殺人鬼の気配が消えた。しかし、この部屋から出るとまた襲ってきそうな気がする。とりあえず、ここにいて脱出方法を考えよう。


 ぼくはその辺をウロウロしながらあれこれ思考した。だが、結果的にはやはりこの部屋から出ないといけなくなる。さすがに作戦のネタが底をついてきたので、その場に座って深呼吸をして気分をリラックスさせようとした。


 残念ながら、殺人鬼に追われているという事があるので、ちっとも気分は優れなかった。なにより、この嫌な臭いがとても気になる。木が腐ってもこのような鼻を刺すような臭いは発さない。


 押し入れに目が留まった。近づいてみると、臭いが強くなった。同時に、これは腐敗した臭いではない事が分かった。鉄。明らかに血の臭いだ。腐敗臭だと感じたのは、臭いが薄かった為だ。

 押し入れの取っ手に手をかける。一瞬開けるのを止めようかと思ったが、この先には何があるのかという気持ちが抑えきれなかった。


 少しだけ開けてみる。が、奥は暗くて何も見えない。ぼくは一旦押し入れから離れ、もう一度深呼吸した。そしてまた手をかけ、今度は一気に開けた。


 血まみれの人が倒れてきた。接触しそうになったので、それを避けた。ドサッという音を立て地面に倒れた。

 少し間があって、恐る恐る顔を覗いた。


 「う、うああああああ!!!」


 ぼくはその場に尻もちをついた。水色の長い髪。独特の戦闘衣装。紛れもなくそれは……ルミナさんだった。


 「……ど、どうして?…………なんで、ルミナさんが……?」


 困惑のあまり、表情がひきつる。

 しばらくして、部屋が揺れ始めた。元々ボロボロだった部屋にヒビが入る。そして、そのまま景色がガラスのように割れた。


 ぼくが座っている場所は、先程と同じ闇。ルミナさんがそこに横たわっている。それ以外、何も見えない。

 完全に放心状態になっているぼくの元に、足音が近づいてくる。それは、ぼくの目の前に立った。


 無心でその者の顔を見上げる。そこには、闇に紛れるアレガミの姿があった。


 「え」


 アレガミは血でびついた鎌を振り下ろした。


 ――――――――


 「うわあああああぁぁぁ!」


 ベッドから激しく上半身を起こした。息が荒く、汗もびっしょりとかいている。


 「ハァ……ハァ…………夢?」


 「あ~、やっと起きたねー。ヒヒヒ……夢は楽しかったかい?」


 横でどこかで聞いた事のある声がした。声のトーンも喋り方にも特徴があるので、覚えている。ぼくはゆっくりと横を向いた。


 「よぉ、ガキ。昼はどうも。窓に鍵がかかってなかったんで、入らせてもらったよ」


 「あ、アレガミ!?」


 死んだはずのアレガミが、そこにはいた。さらに汗が出てくる。さっきの悪夢といい、アレガミといい、一体どういういじめだろうか。


 「どうして生きてる?何故ここにいる?お前の目的はなんだ!?」


 「おいおい、会っていきなり質問攻めかよ。襲ったりしねーって。それに、オレの名前はフルムーン。アレガミとか言うと、そこら辺のアレガミのヤツの事もまとめて言ってるみたいじゃねーか。オレをその辺のアレガミと一緒にしないでくれ」


 「今はお前の事はどーでもいい。質問に答えろ!」


 襲ってこないと言っていたのでつい、強気になってしまった。もし、襲ってこないというのが嘘ならば、瞬殺される。頭の中に後悔という文字が回り始めた。


 「わーったよ。言うよ」怒っていない。助かった。


 「オレがあの青髪の女に攻撃された時、音響声おんきょうせいを発したんだが、覚えてねぇか?」


 「……声?あの、耳が痛くなった声の事か?」


 「それだよ。あの声はな、雨魔水晶輪あますいしょうりんを所持していないヤツが聞くと心臓が止まって死んじまうんだがな、お前はそれを身に着けていないのにも関わらず、生きてる。それに少し興味が湧いたんだよ」


 「雨魔水晶輪?」


 「……お前、何も教えてもらっていないのか。本当にここの連中はアホばかりだぜ。雨魔水晶輪は、自分の気を魔力化できる道具の事だよ。お前の仲間も人差し指につけてたろ」


 ルミナさんがアレガミを攻撃した時に光った指輪の事か。

 確か、ルヴィーさんは槍を召喚する時、サイレンさんはぼくの脚を治してくれた時に使っていたはず。ガルートさんは指輪をしていないが、あの時はゾンビの足止めをしていたからその場にいなくて声は聞こえてなかったんだ。


 「それで、これからぼくをどうするつもり?」


 「本当は殺して解剖でもしようかと思ってたが、止めた。お前はオレ達のボスを殺す為に召喚されたんだよな」


 「な、なぜそれを知ってる?」


 「軽々しく言うものでもないが、オレの能力は夢を操れる能力だ。さっきお前が見た悪夢もオレが創った。そして、その夢の中の記憶を頂戴したって訳よ」


 軽々しく言うものじゃないと言っておきながら、なかなか詳細に話してくれてる。


 「それで、一つ提案がある。オレと手を組まないか?」


 「……は?」


 言ってる事がさっぱり分からない。昼ぼくを殺そうとしたヤツが、夜いきなり部屋に現れて手を組めだって?冗談ではない。


 「ぼくと手を組んで、一体何をしようとしてるんだ?」


 「…………はっきり言って、オレはもうボスにうんざりしてんだよ。いっつも命令ばっかり。自分は何もしないでただドでかい椅子に座って偉そうにしてやがって。つまりは、一緒にボスを殺さねぇかって事だよ」


 「……Zを倒すのに協力してくれるのは嬉しいが、それがお前にどんなメリットがある?」


 アレガミ……いや、フルムーンはニヤッと笑った。白い歯がキラリと光る。


 「決まってるだろ。ストレス発散だ!!アイツを拘束して首引きちぎって心臓をえぐりとって手足もげさして滅却する!飛び散る真紅の血。鉄の臭い!想像するだけで、もう……ヒヒヒヒヒヒ……ヒャーーーッハッハーーー!!」


 やはりこいつは基地外キチガイか。


 「ヒヒヒヒ……はぁー。……だが、もし手を組む事にしても、お前の仲間らがそれを絶対に認めないはずだ。内密にしておけ」


 「まだ組むとは言ってないけど」


 「まあ、どっちにするかはお前次第だ。手を組まないなら、……やっぱり殺しちゃおうか?」


 「なっ!?お前、それじゃほとんど強制じゃないか!」


 「ははっ……冗談冗談」


 目がマジだ。とても冗談には思えない。


 「それで、どうする――」


 とアレガミが言った瞬間、部屋の扉が吹き飛ばされた。何事かと思い、入口を見遣みやる。


 「ヒロ!無事か!?城内にいきなりアレガミの気が現れたから、まさかと思い来てみたが、案の定か」ガルートさんだ。


 「あっちゃー、やっぱバレちったかー。今日は引き返すとするか」


 アレガミは入ってきた時の窓の縁に立った。風でスーツと髪がはためいている。乱れた髪をかきあげ、ぼくに一言、こう残した。


 「明日、また来るからな」


 「アレガミ!待て!」ガルートさんが叫んだが、アレガミはもう消えてしまっていた。


 「くそ!逃がした!ヒロ、奴は昼にルミナに倒されたはずのアレガミじゃなかったか?なぜここにいるんだ?」


 「……分かりません」


 ぼくは知らんぷりをした。敵なのに、庇ってしまうとは情けない。


 「今度見つけたら確実に仕留めてやる!」


 「あの、ガルートさん。熱くなってるところすみませんが、眠ってもよろしいでしょうか?」


 色々と今の状況があまり理解出来てないので、少し頭が痛くなってきた。顔も熱い。


 「おっと、これはすまなかった。じゃ、おやすみ。また何かあったら、すぐに駆けつけてくるからな」


 「ありがとうございます」


 ガルートさんは吹き飛ばした扉を元の位置に戻し、帰っていった。

 ぼくは上半身を倒し、再び眠りの体制に入った。アレガミは、また明日来ると言っていた。それまでに、出来ればルミナさんに相談しておきたい。それでアレガミと手を組む事が承認されなければ、やはり断るしかない。だがそうなればアレガミは全力でぼくを殺しにくるだろう。


 考えれば考えるほど混乱してくる。今日はもう眠って明日また考え直そう。ぼくは目を閉じた。

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