7話 緊急事態

 風が強く、ぼくの足首程度の長さの草がなびく。長ズボンなので直接肌には触れてない。半ズボンだったらくすぐったそうだな。


「少し待ってて下さい」


 ルミナさんが風で靡いている長い髪を束ねながら言う。口にはアメピンが咥えられており、左手首には可愛らしいデザインのピンク色のシュシュが付けられている。

 ルミナさんは慣れた手つきでどんどん髪を結んでいく。初めはポニーテールだったものが、お団子の形になってきた。そしてそれを咥えていたアメピンで止め、最後にシュシュを付けた。腰より少し上まであった髪が、キレイにお団子になった。異世界にもお団子とかあるのか。


 この髪型のルミナさんも、なかなか可愛い。いつもは髪結んでなかったから。


「お待たせしました。早速始めてもいいですか?」


「あ、ああ。オーケーです」


 さて、今はルミナさんに見とれている場合じゃない。これからの戦いに必要な自己防衛術を学ぶんだ。一つでも聞き逃したら、いざと言う時に困るかもしれない。


「まずは、相手の動きを見極める練習をします」


「は、はあ」


 ルミナさんが何かに取り憑かれたように話始めた。


「攻撃が来る際には、必ず相手は素振りを見せます。それを一瞬で見極めるのがポイントです。例えば、相手が拳を振る時、振る手とは反対側の脚を一歩踏み出します。体を固定したまま強い打撃は出ませんよね。」


「なるほど。相手が蹴りの時はどうするんですか?」


「それも大体同じです。蹴る側の脚とは反対側の脚を一歩踏み出します。蹴りはバランスを崩しやすいし、隙も大きいので、あまり使ってくることはないですが……とりあえず、実践してみますか」


「へ? 実践?」


 嫌な予感がする。まさか、ルミナさんが攻撃を仕掛けてくるっていう魂胆じゃあ……

 

「私が攻撃しますので、それを避けてください」ニコッと笑って言った。


 終わったー! もし避けられなかったら重症じゃないか? これはヤバイ。


「では、いきますね」両手に黒いレザーグローブを着けた。ルミナさんはもうやる気満々だ。


「あーもう! どうにでもなれ!」


 心臓の鼓動が速くなる。とりあえず、今は避ける事だけに集中しよう。



 ザッ



 ルミナさんの足元の草が舞った。右脚が出されている。左ストレートがくる! ぼく咄嗟とっさに左へ避けた。

 その瞬間、耳元で空を切る音がした。何とか避けきれたみたいだ。っていうかルミナさん、めちゃくちゃ本気じゃん!


「その調子です。どんどんいきますよ」


 次は左脚が出されたが、拳を振る気配が無い。という事は、右ハイキックがくる! ぼくはその場でかがんだ。またしてもギリギリ避けきれた。髪に少しだけ擦れて、チッという音が鳴った。


「上達が早いですね。私でも一発で避けきれた事はありませんでした」


「え? という事はルミナさんはこういう打撃を食らってたんですか?」


「もう体の色んな所打撲してて大変でしたよ。しかもその時まだ十五歳でしたし」


 十五!? 確か、今は十七と言ってたはず。という事は、中学生の時から訓練してるのか。……それってただの児童虐待じゃ……。


「皆! 緊急事態だ!」突然、息をきらせた兵士が訓練所に入ってきた。


 その声で、訓練所にいた人達が一斉にその声の主に視線を向けた。


「国の南東部で『アレガミ』が出現! 出陣可能な兵は、今すぐ加勢してくれ!」


 アレガミ……? 何だそれは。


「こんな時にアレガミ? ……まだ訓練中なのに」ルミナさんが参ったような口調で言う。


「あの、アレガミって何ですか?」


「Zの手下の事です。Zの手下には、大きく分けて三つあります。一番下の『セキガミ』、真ん中がアレガミ、一番上が『ゼロガミ』といいます。」


「へえ、そんな事まで分かってるのか。すごいな。……って関心してる場合じゃない!」


「ヒロくんも行きますか。敵を知る良い機会ですし」


 ぼくもついていく? いやいや、行って速攻死んだらどうすんの……。


「私が守ってあげますから」


「行かせてもらいます!」


 守りがあるなら心配ないか。女の子に守られるのはちょっとカッコ悪いが、ここは異世界だ。喜んで守らされてもらう! …………やっぱりぼくは最低だな。


「では、少し急ぎますよ」


 ルミナさんはせっせとお団子を解いた。もう少しお団子髪姿を拝んでいたかったがこの際仕方が無い。


「僕も行かせてもらいます。最近アレガミの魂が不足しているのでね」


 側で訓練していた一人が言った。科学服を着ていて、黒ぶちのメガネ、そして紫色のぼさついた髪。いかにも理系って感じの人だ。


「サイレン! 助かるわ!」この男の人はサイレンさんというらしい。


「では、僕は先に」


 サイレンさんは走っていった。


「私達も行きましょう!」


 ルミナさんが走り出した。ぼくもそれに必死でついていこうとしたが、あまりにもルミナさんは速く、あっという間に置いていかれた。


「ハァハァ……嘘だろ。ぼくは足の速さでも女の子に勝てないのかよ……」


 息切れをおさめようと、その場で少し立ち止まる。すると、いきなり体が宙に浮き始めた。


「どうしたヒロ! 男にしては、体力が無さすぎじゃないか?」


 ガルートさんがぼくを担ぎながら言った。


「ほ、ほっといて下さい!」


 景色があっという間に過ぎていく。脚が地面に着いていない。たまに靴が地面に擦れてザッという音が鳴る。ものすごいスピードで、前からの空気抵抗が凄い。正直、恐怖感があった。


「あばばばばばばば」自然にそんな声が出る。


 ガルートさんは見た目は貫禄たっぷりだが、行動が化け物すぎる。


「さあ、もう少しで着くぜ!」ぼくの方を見て言う。


「ガルートさん! 前! 前!」


「おっ?」


 目の前に大きな樽を運んでいる人がいた。ガルートさんは止まろうとしたが、あんな凄いスピードで走っていたため間に合わず、樽を蹴散らしてしまった。中から沢山のりんごが出てきた。


「なんて事してくれるんだ! この樽一つで5Sもするんだぞ!」


「おっと! そりゃあ失礼!」


 ガルートさんはぼくを降ろして腰に巻いてあったポーチから銀色のコインを五枚取り出した。


「これ、5Sだ!そのりんご後で全部取りにくるから、置いといてくれ!」


 深く頭を下げ、またぼくを担いで走り出した。


「お買い上げありがとうございました!」


 なんていう声が後から聞こえた。お買い上げ、という事は、あのりんごをさっきのコインで全部買ったって事か.ガルートさん、なかなか几帳面ではないか。


「ほら、着いたぜ」


 さっきの果物屋から少し走った所でぼくを降ろした。そこにはルミナさんとサイレンさんもいた。他にも、色んな兵士達が集まっていた。


「ヒロ、あれがアレガミだ」ガルートさんがある家の屋根を指差した。


「あれが……アレガミ……?」

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