革命のレヴォルディオン

成葉弐なる

プロローグ

第1革 革命機構ヴァランシュナイル

 彼らにとってそれは思いもよらぬ出来事であった。

 現在は朝八時。官邸を出てからおよそ30分、少々の渋滞を経て平和島PA(パーキングエリア)が右手にあり、野鳥公園が左手に見える位置。

 あと少しで空港に到着するかという場所でそれは起こった。


 高速道路を列を成して走る黒い車両の一団。

 唐突に、小さな耳鳴りが鳴り響いたのを一団の全員が知覚し、それとほぼ時を同じくして、列の2番めを走る防弾リムジンが一瞬にして爆炎に飲み込まれた。


 だがしかし音は一切しない。

 炎に飲み込まれたリムジンが高速道路を横転し道を阻むように転がる。

 地面に物凄い勢いでぶつかりながら轟音をたてているはずなのだが、それでも、その周囲は静寂に包まれていた。


「?」


 横転したリムジンの直ぐ後続を行くセダンを運転していた警護官の佐伯(さえき)は、それを一瞬呆然として眺めてから疑問符を口にし、そして即座に我に返り、全力でブレーキペダルを踏み抜いた。


 彼にはセダンのタイヤが地面と擦り合い焼け焦げ、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が作動し振動する感触こそブレーキを踏む足に得られていた。にも関わらず、タイヤが地面と擦れて悲鳴を上げている音も、ABSが作動してセダンのシャーシが唸る音すらも彼の耳には届いていなかった。

 横転炎上している前方のリムジンがブレーキを踏んでいるセダンの目前に迫ったところで、ようやくセダンは完全に停車した。


 決して、佐伯が十分な車間距離を空けていなかったというわけでも、護送任務中にかかわらず不注意な運転を行っていたということでもない。

 ただ爆炎に飲み込まれるその寸前から、一切の音がしなかったというあり得ない違和感が、彼がブレーキを踏むのを一瞬、躊躇わせたのだ。

 そして、車が急ブレーキの反作用で後ろ側に揺れる。


 ガタガタン!


 ここで佐伯の聴覚はセダンの軋む音を捕まえた。

 後方と、横たわったリムジンの更に前方から急ブレーキの音が聞こえ、セダンの目の前で炎上したリムジンからは小規模な爆発音が響く。


「どうなっている……?」


 彼がそう呟いたのが合図であるかのように、無線から現状確認と警護責任者である指揮官からの激が飛ぶのを彼は聞いた。


「周囲を警戒しろっ! デイワン応答しろ! おい生きてるのか! 返事をしろ!

 道は抜けられるか? よし行けるな。

 デイツーは追い越して高速を降り目的地に向かえ!

 ダブリューワンとダブリューツーはデイツーの護送を続けろ。

 おい聞いてるのかダブリューツー。おい! 佐伯!!」


 横たわったリムジンの一台後ろを走っていたもう片方のリムジンが、逃げるように事故現場の脇を抜けて行った。

 事故車への追突を寸前で回避した佐伯は、困惑しながらも指揮官の罵声を浴びて、脇を抜けていったもう一つの警護車両に続いた。



   ∬



「2051年5月11日、テロ事件発生から4時間が経過しました。

 こちらは首都高速湾岸線、東海ジャンクション付近です。

 上空のヘリコプターの映像からは、首相の乗っていた車両が横転しており、あれは消火作業に使われた化学薬品でしょうか、粉か泡のようにも見える液体が高速道路上に散乱しています。

 また、これは車両の爆発によって生じたものなのか、あるいはなんらかの爆発物によって生じたものなのか現時点では、はっきりしたことはわかりませんが、道路には1箇所大きなクレーターのようなくぼみが空いており、現場は以前として多数の警察官、及び一部が自衛軍の陸上部隊に囲われています。

 今も首都高速湾岸線は大井パーキングエリアから羽田空港までの間が封鎖され、この空域一帯への侵入も自衛軍によって規制されており、選ばれた報道ヘリが数機侵入を許されるのみとなっていて、現在お伝えした映像はそのヘリからの現場の映像です。一端お返しします」


 女性記者がヘリに乗りながら、プロペラの風圧に揺れる髪を原稿を持った手で抑えながら伝えている。

 映像からは緊迫とした状況が事細かに伝えられた。


「高田記者ありがとうございました。

 現場上空の報道ヘリからの映像をお伝えしました。

 繰り返しお伝えしております。

 今朝八時三十分頃、首都高速湾岸線、東海ジャンクション付近にて内閣総理大臣、鳥山とりやま佳人よしひと首相を乗せた車が突如爆発、炎上しました。

 これにより鳥山首相は病院に運ばれましたが死亡が確認されました。

 また首相の護衛にあたっていたSPも3名が死亡したという情報が入ってきています。

 幸運にもと言ってもいいのでしょうか、高速道路は首相の通行により、車両侵入が一部規制されていた影響で、一般市民への被害はないという情報が警視庁の会見で明らかになっています。

 防衛省や警視庁から正式な発表はまだですが、テロであるとの見方が強く、前代未聞のテロ事件によって、首相が暗殺されるという日本史上最悪の事態となっています。

 再度、繰り返しお伝えいたします――」


 初老の男性名物ニュースキャスターがあらためて起こった事件の内容を伝えている。

 彼の手元には次々とニュース原稿が届くものの、彼はほとんどそれを見ている様子を見せない。

 壁に設置された超薄型ディスプレイには、L字に情報バーが挿入されたニュース映像が映しだされていて、画面上部にも情報バーと同じような内容のテロップがスクロールしていた。


「専門家入りまーす」


 画面右側から発せられた小さな女性の声が聞こえると、ニュースを自らの知見をときおり挟みながら繰り返していた男性キャスターが、画面左端へと視線を移して、何度か頷き、左手を伸ばして女性スタッフから原稿をさっと受け取った。


「ここでテロ対策専門家の先生にお越し頂きました。

 東王大学、海外情勢研究所、森川智美(もりかわ さとみ)特任教授です。

 森川先生、よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」


 特任教授と紹介された女性が椅子に座り直しつつ書類を手早くまとめ会釈をする。

 三十中頃だろうか、生真面目そうな雰囲気を纏っているが、すっと斜めに通った眉が印象的な知的美人といった女性だ。


 起き抜けに急いでスタジオに駆けつけたのだろうか、肩ほどまでの長さの黒髪は飾りゴムで簡単に一纏めにされているのみである。

 キャスターが現時点で分かっている現場の状況を元にいくつかの質問を投げると、資料を確認すること無く、左手の親指と人差し指でぱらぱらと資料の端で手遊びをしながらではあるが、的確な受け答えをしている。

 三十半ばでの特任教授といえば、いまの日本でも異例の若さではあるが、その才能は確かであるようだった。


「――えぇ、ですから本来であれば、これだけの爆発痕が残る武器を用いた場合、相当大きな兵器が必要になるはずです」

「どうやら自衛軍では、未だ犯行に用いられた武器というのは判明はしていないようですね」

「それが何故なのか、わたしにも分からないところです。

 自走戦車や大型爆弾、航空機からの射撃兵器、考えられうる攻撃の種類は多いですが、いずれにせよ用いられた兵器は巨大なはずなので……」


 智美は眉を寄せて訝しがる様子を見せる。

 それを見た男性キャスターが自身の右側のテーブルに重ねてあった資料をたぐり寄せると、不思議そうに首を傾けながらも喋り出した。


「うーん、一応なんですが、ない、とは思うのですが。

 現地へ向かった我々の取材班が拾った情報の一つに、大きな『ロボット』が空を飛んでいた、という目撃情報が複数件入っていたのですが」

「ロボットが、空を……ですか」

「それも人の形をした、15メートルから20メートルくらいのものだという……」


「隣にあったそれ位の高さのビルと同じくらいだったそうです」とキャスターが付け加える。

 大きく目を瞬いて智美が一瞬考えるようなしぐさを見せたが、すぐに小さな笑みを浮かべて答えた。


「ロボット、というだけならば考えられますが、そらを飛んで、それも人型となると」

「そうですよね。とてつもない大事件に出くわした事で、目撃した方々も気が動転していたんでしょうかね?」


 キャスターが気まずそうに苦笑し、原稿をあった場所に戻しているときに大きな声が響く。


「せいぇーい。セイメー! 声明っ!!」


 衣擦れや紙の擦れる音だろうか、がさごさとしたノイズが混じり走る音がマイクに乗って、右側から先ほどとは違う男性のスタッフが、智美の背後を大声をあげながら駆け抜けてキャスターへと原稿を渡す。


「えー、たった今入った情報によりますと、どうやら犯行声明が出た、ようです……」


 原稿を読んでいた男性キャスターが顔を上げて画面手前側を何度か確認し、映像? 映像? と小声を上げる。

 そうして、「どうやら犯行声明の映像が入ってきたようです」と向き直って言った。


『日本国の皆さん、この場を少しの時間お借りすることをお許し頂きたい。

 我々はヴァランシュナイル。

 ニュースでも話題となっていることと存じますが……。

 内閣総理大臣、鳥山佳人首相を粛清したのは、我ら《革命機構ヴァランシュナイル》が所有する機動兵器、《レヴォルディオン》であることをお伝え致します』

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