第6話 魔女の杯

 払い落とされた木製マグは、そのまま床に転がった。

 いきなりすぎたから、わたしはキョトンとした顔をしていたと思う。


「……これを食いなさい。解毒作用がある」


 小麦粉を練って団子状にかためたような……っていうかお団子よねそれ。そんな感じのを差し出しながら、ヒゲさんはとんでもない事を言いだした。

 げどく。げどくって、毒!?


「え、え!? 噛んで食べるの? 飲み込むの!?」

「慌てんで良い、普通に食え。さっきのは少量でも危険だが、遅効性だでな」


 毒なんか飲まされたの?

 でもなんで、すぐに薬?

 もう訳がわからなかったけれど、言われるままにそのお団子を食べる。中に何か餡が入っていたようだけれど、それはぴりぴりと苦くて、多分これが薬効のある何かなんだろう。

 ――それが更に毒かもしれない、なんてことはこの時は思いもしなかった。


「おまえさん、一体何者だね」


 ヒゲさんは困りきったような皺を眉間に寄せて、そんなことを言い出した。

 何者、って。


「そう言われても……」


 わたしも困ってしまう。

 30分前までならともかく、今のわたしには迷いがある。

 たぶん、この場所でわたしが、自分のことをどう説明しても、それは伝わらない。

 ……それを確かめることになるのが、怖い。


「さっきも言ったように、28の、女よ。多分、それ以上でも以下でもない」

「魔女、でもなさそうだの」


 まじょ。聞き返しかけたわたしを放って、ヒゲさんはまた他の部屋に行くとこれも木製のポットと、マグをふたつ持って戻ってきた。ポットの中身をマグに入れて、わたしと、彼自身の前に置く。

 さっきの今で、ぎょっとするわたしに苦笑しながら、ヒゲさんは自分の分のマグを傾けた。


「今度のは安全だ。

 ……さっきのは、魔女避けの薬だで。このあたりの者なら、子供でも知ってる」

「魔女」


 至って当たり前に出てくるその単語を、わたしは発音してみる。

 どう考えても、今ヒゲさんが話しているのはハロウィンの衣装打ち合わせではないだろうから。


「そう、魔女だ。さっき若い連中が倒しに行ったオークもそうだが、魔物は魔女が地に振りまいた災悪の種だといわれとる。

 さっきの薬は、人には毒、魔女には猛毒。触れた途端に苦しみだすとも言われとる」

「……人が飲んだらどうなるの」

「その日一日はなんともない。その後三日三晩は苦しんで、死ぬ。

 魔女なら三日三晩苦しんで、身体の中から溶けていく」


 最後にはなーんも残らん。と、手を開いて言うヒゲさん。なんてもの飲ませようとしたのよ。


「まさか飲むとは思わなんだでな。さっきも言ったとおり、このあたりなら子供でも知っとる」


 で、お前さんは何者だ? と。

 ヒゲさんはもう一度、そう繰り返した。

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