第22話 俺、今、爆弾投下中

 さて、今は下北沢花奈である俺をここに呼び出したのは、


 ———いったい何をするためなのかな?


 俺は、なるべく重々しい様子で言ったつもりだっったが、所詮ステルス花奈ちゃんの口から出る言葉。正直重々しさのかけらもない。


「「「…………」」」」


 なので、どうも、深刻そうなリアクションをするつもりだったらしい三人とも、なんとも微妙な様子で表情が固まる。

「もう夏コミの作品は完成したはずでしょ。もうみんなで集まる用事はないでしょ? それとも、——ここで打ち上げでもするの?」

「それは……」

 俺のさら問いにも、少し口がモニョって、黙ってしまう代々木お姉さま。

 決心がつかないというか、「それ」を言う決心がまだつかないというか、

「……次回作の企画会議かな? 一つ書き上げたばかりで、さすがに僕はまだそんな元気でないけど」

「そうじゃないけど……」

「じゃあ、どうして僕をここに呼んだの? なんで?」

「まあ、まあ、花奈さん少し落ち着こうか……」

 まだ余ってるアイスコーヒーをコップに注ぐと、俺に差し出す喜多見美亜あいつ

「美亜さんもね」

「……!」

 あいつは、もうひとつコップを出すと、下北沢花奈が中にいる喜多見美亜じぶんにもコーヒーを出す。

 何が起こるのかと不安になって、テンパりかけてた下北沢花奈はそれをゴクリと飲んでちょっと落ち着いた顔になる。

 ——そうだな。

 俺は、さっさとことを終わらせてしまいたいと、一気呵成いっきかせいに話を進めてしまったのだが、下北沢花奈がそれについてこれないとなんにもならない。彼女の気持ちが盛り上がって、俺らの仕掛けにはまってこないと、結局今日の企みは失敗になってしまう。

 リア充の会話の中に入って倒れてしまった下北沢花奈だ。一気に彼女を追い詰めたりしたら、倒れはしないまでも、パニクって何を言っても頭に入らなくなってしまうかもしれない。それじゃまずい。

「ふう……」

 俺もおちついて、深呼吸してから、改めてみんなの顔を見つめる。

 そして、

「わかってるよ。夏コミの原稿のことだよね。今ので良いのかってことだよね」

 なるべくゆっくりと、落ち着いた顔で話す。

 ——頷く、お姉さまがた二人。 

「……それってもう結論でたと思うのだけど。印刷所の本当の本当の締め切りまで、まだ少し時間はあるけれど、僕はもう思いつかないんだよ。そりゃあ、この物語の数ある可能性の中から、ベスト中のベストを僕が選んだんだって風には思わないけれど、——今の描き上げた作品は、これはこれでまとまっていて、そこからどう変えて良いかなんて僕は今思いつかないよ」

「そうね。今の話も悪くはないわよね」

「そうだね。斉藤フラメンコの新作として——彼女の作品としていかにも望まれていたものとしてこれは受け入れられる……て思うわ」

「なら……」

 俺は喜多見美亜=下北沢花奈のことをちらりと見る。俺が何を言い出すのかと神妙な顔つきで、——でもあせって前後不覚というわけでなさそう。

 ちゃんと俺(自分の)顔をしっかりと見て、その言い出す言葉に注目してくれている。

 うん、あいつが一呼吸置いてくれたおかげで、

「このまま、印刷に回してしまおうよ。僕は、それで良いと思うよ。だって、あなたたちは、そういう風に、——今回の物語みたいに、『斉藤フラメンコ』から逃げ出したんでしょ」

 下北沢花奈は、俺の投下した爆弾をそのまま真っ正面から受け取ったのだった。


   *


 彼女らの昔話。それは、今からほぼ三年前、その年のお盆の、夏コミの時のことになる。

 当時はまだ同人活動をしてなかった下北沢花奈がはじめてコミケに行き、何もわからずに殺人的な人混みと蒸し暑さにヘトヘトになって、朦朧とした様子でビックサイト内をさまよっていた時のことだった。

 あの、人と接するのが苦手な彼女だ。忙しくて殺気立っていたり、逆に閑散としていて物欲しげだったり、そんな売り子達に話しかけることできず、ただ見本をさっとみては逃げるように次のブースに移る。

 そんな落ち着かなく、疲れる彼女のコミケデビューは、もう午後も三時を回る頃になれば疲労も限界。水分も塩分をちゃんと補充しなきゃという知識もなく、熱射病直前の危険な状態でたどり着いたのは、

「あっ、そこの子、うちの本見てかない……ってちょとあんた大丈夫!」

「てっか、まずいまずい……水ってかポカリ……」

「いや、麺つゆよ麺つゆ……」

 代々木公子、赤坂律のお姉様がやってるサークルのブースにそのまま入れてもらうと、奥にあったアウトドア用のリクライニングする椅子に腰かけされて、アイスボックスから出した水やら、ポカリやら、

「麺つゆ……って本気で持ってきたんだ」

「ネットで、薄めて飲むと結構脱水症状に効くってかいてたのよ」

「そうかもしれないけど……なんだか……」

「いえ、美味しいです……」

 結局、水も、ポカリも、麺つゆもゴクゴク飲んで、横で必死にうちわであおいでくれた二人のおかげもあり、下北沢花奈の顔にはみるみる赤みがさしてきて、

「すみません……」

 救護室に行きになる寸前のところで二人に助けられて、そのまま三十分くらいもそうやって休んで、やっと一息ついたといった感じの彼女は、すごくすまなさそうな、表情で言うのだった。

「困った時はお互い様、——ってことよ。あんたふらふらだったじゃない」

「こんなかわいらしげな女の子が大変な顔してるのに、助けんないと女がすたるというおのだわ」

「いえ……」

「まあ、良かったらもうちょっと休んで行ってもらっても構わないからね」

「そうよ。いろいろ、見て回りたいかもしれないけど、——焦らないでちゃんと回復してから回ったほうがよいわよ……それとも念のため一旦救護室行ったら?」

「いえ……そうじゃなくて……」

 ——そうじゃない?

 なんだか会話がすれ違っているのに気づいて不思議そうな顔になるお姉様がたふたり。

「僕は、二人の……販売のじゃましちゃって……本当にすみません」

「「………………?」」

「僕なんかの世話をしたせいで、お二人の貴重なコミケの時間を奪ってしまって…………後ろで倒れてそうな人がいるブースなんかに誰も人なんて寄ってきませんよね……」

「……は?」

「ごめんなさい。今回の売り上げが落ちたなら僕のせいです……」

「……あらら」

「ごめんなさい。といくら謝罪しても取り返しがつくものではないですが……」

「あんたねえ……ちょっと見て見なさい……」

「はい?」

「ふふ、気を回しすぎて逆に失礼になってるわよ、——あなた」

 下北沢花奈が、代々木お姉さんの視線の方向に目を向ければ、茶色の紙に包まれて、封をあけていない同人誌の山と、

「今朝から出たの何冊かな?」

 長机の上にはあまり手に取られた様子のないサンプルと、その横の頒布用の本の平置きは、朝にきっちり積み上げたまま形も崩れていない。

 と言うことは、

「ぶっちゃけ、私たちの本って人気ないんだよね。手に取ってくれる人さえそんないないし」

 正直、二人の同人誌は、あんまり注目受けてないと言うか、ブースはずっと閑古鳥が鳴いていた様で、下北沢花奈が販売妨害になっていたといっても、大差なしというか、五十歩百歩というか、誤差範囲というか、——ほぼ影響は無かったというのが本当のところだった。

 そのことがわかって、

「僕、買います……」

 と、下北沢花奈は咄嗟に言ったのであったのだが、

「おいおい……」

「まずは見てからにしみたら……」

「す、すみません」

 渡されたサンプル本を開きながら、確かに見もしないうちに買うと言うのは、——救護の代償に買おうとしているかのようで、彼女らのプライドを傷つけてしまうような一言であったと恐縮。

 実際、確かに、それは、そんな秀逸な本では無かった。

 あとで聞けば、大学生になってバイトとかをし始めて、できた資金で高校時代の夢であった同人マンガのコミケ出店がやっとできたと言う。そんなビギナーの作品。

 内容も、彼女らオリジナルの恋愛漫画で、どこのだれとも知れぬ(当時はまだ)もっさりとした女二人組の作品に興味を持つもの者もそんないるわけもない。と、マーケッティング的にもいけてなく、——そもそも、肝心の画力が、クラスのマンガの上手い人レベルで、人に手に取ってもらうようなレベルに達していない。

 まあ、何から何まで、それは、売れない要素の揃い、——事実そうなってしまっている同人誌なのだった。

 しかし、

「……買います」

「えっ? そうなの? 無理しないで良いよ。自分たちの実力は自分たちが一番良くわかってるから」

「正直自分たちでも、これ、やらかちゃたかなって自覚あるから……同人活動は青春の思い出に胸にしまっておいて、夏休み明けに大学デビューのリア充目指そうかなって……二人でさっき話してたところなのよね」

「でも……」

「そうだね。実際、あたしは、高校の時やってたテニス続けたいって気持ちもあるんだよね。まあ、ガチ勢じゃなく、お遊びで、楽しくできればよいけど」

「私も、もっといろいろバイトして見たいとか思ってるし。おしゃれな店とかで働いてみたいなとか……」

 もう、同人活動はやめて、別の方向の大学ライフの充実に心が傾きかけていた二人を、

「いえ……」


 ——僕は本当にこの本欲しいんです。


 その一言が引きとどめ……。


 そしてその後、瞬く間に売れっ子同人作家となる斉藤フラメンコが誕生したのであった。

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