第2話 シュランケン対ショータイム!!

――時はジャンクガレージ事務所に小さな依頼人が訪れた頃に遡る。


「キミは、まさか!?」


 目深にかぶった外套のフードを自らはがしたの容貌に、ショーは思わず身を乗り出した。


 オリーブグリーンの髪、長く尖った耳、琥珀色の瞳。

 年の頃は小学校中学年程度であろうか。


 彼女は少女と幼女の中間あいだであり、ヒトと龍の中間あいだであった。


「お母さんの形見を取り返して欲しいんです。あの男に奪われてしまった、たいせつな、『龍仙瓢箪』を!」


「請けるかどうかの前に、ひとつ、いいかな?キミのお母さんというのは一体」

「お母さんは……龍神、でした。私を残していってしまったの……たった一つ遺してくれたのが、あの瓢箪だったのに」

「龍――『ミィ』ちゃん。するとキミは本当に”龍人”だと言うのかい」


 ミィと呼ばれた龍人の少女がこくりと肯く。揺れた髪の隙間に、左右一対の小さな角が見えた。 


 ショーは、背後に控えたクーにちらりと視線を送ってから、ミィへと向き直り。


「分かった。必ず、お母さんの形見をキミに届けよう。報酬は――キミの“思い出話”で。それでいいかい、クーさん?」


「――そうね、それでいいわ。わ」



「さて、予告状じゃあもうそろそろだが」


 夜の公園をカップ酒片手に徘徊する大五郎。中国カンフー服のポケットから件の予告状を取り出し再度確認する。

 腰には師から譲り受けた龍仙瓢箪『朱天怒雷芭しゅてんどらいば』が白磁の光を湛えて揺れている。


「やあ大五郎。今日は一人で呑んでるのかい」


 いつの間にか目の前に立っていたショーを黙って見つめ返す大五郎。


――まるで宵闇の中から染み出てきたかのような優男。酔拳の使い手は気配にも姿にも気付くことが出来なかった。


 黙ったままの大五郎に、ショーが切り出す。


「ある人がね、探し物をしている。肉親の形見だと言っていた」

「……へえ」

「僕達はその探し物を手伝うために来たんだ」


 ショーが懐に右手を差し入れると、大五郎は自らの爪先に僅かに体重をかけた。


「この子なんだけど、“龍の血をひいている”と言うんだよ。どう思う?――冥帝シュランケン」


 取り出した“依頼者の顔写真”を突きつけ、ショーは決定的な一言を放つ。

 白か黒かハッキリさせる意図をもって、標的ターゲットを見る。


「……なるほど、そういうコトか。知ってるよ、そいつ」


 白黒決着。


 不安のモヤが吹き飛んだか、大五郎はいっそ清々しいほどに。

 白い歯がのぞく口角を吊り上げて、笑みをつくっていた。


朱天怒雷芭しゅてんどらいば、その“ババァ”に渡すわけには行かないな。怪盗ショータイム!」


 宣言した大五郎を突風の如きとび蹴りが急襲!

 露わな殺気を感じて身を退けた大五郎の目の前に、襲撃者はした。


 地面を抉って着地したのは、赤いスーツに白いマント、シルクハットと対照的な黒いマスクで“美貌”を隠した女――ショータイム二号だ。

 不意打ち初撃をはずした二号が舌打ちと共に踏み込んでくる。


 猛烈な風切り音を伴って振るわれる拳、拳、拳!放たれる打撃の一撃ずつが大型トラック並みの破壊力を秘めている!

 まともに受ければ異世界にまで吹き飛ばされそうな猛襲を、大五郎は避けの一手で辛くも捌く。


「むぅっ!当たんないわ!このっ、このっ!」

「そんなヤバいの、喰らってたまるかよ!」

「おとなしくっ!しなさい!」


 苛立ちを込めたショータイム二号の蹴り上げを、バック転で距離をとりつつ回避。

 

素面シラフでどうにかなる相手じゃねェな!」


 腹を決めた大五郎。杯手を構え、上体を漂うように揺らす独特の構えをとる。

 只今の酒量、ワンカップ200mlなり。強敵と与するには心許ないが、背に腹はかえられない。


 襲い来るパンチは力任せながら、秘めたる単純な破壊力はそれだけで致命の一撃。たいを回転させてかわすと同時に裏拳を放つが、ショータイム二号はスウェーでこれをかわす。


 反撃の左フックに対し大五郎は唐突に後方へ倒れ込み、地面に仰向け寝そべった。

 追撃のストンピングの“アタマ”に対し、ブリッジ体勢からの蹴り上げで先手を打つ!


 先の跳び蹴りに対する意趣返しともいえる意表突いた蹴りを起点に、ブレイクダンスじみた連続蹴りでショータイム二号の足元や下腹部を刈り取りにかかる。


 逞しい体躯に恵まれた大五郎が放つ連続蹴りを、ショータイム二号は細腕二つですべて受け止め跳ね返す!

 二号から背を向ける恰好で立ち上がった大五郎、いきなり上体を大きく反らした逆エビ反り体勢から杯手の連撃!

 二号が鞭のようにしなるローキックを放つと、大五郎は短く跳躍して回避したあと片足立ちで着地した。


「もう、やりにくいわ!何よあのヘンな動き!?」

「気をつけろ二号!彼の拳術わざは力を補って余りある――よって、援護する!」


 ショータイム二号の後方に立つ男は、もはや酒場で共に呑んだショー=カンダではない。シルクハットに仮面とマントの怪盗ショータイム一号である。

 怪盗紳士が素早い手さばきで腕時計型コントローラのタッチパネルを操作すれば、周囲にたちまち異変発生。


「何ィ!?」


 四方に配された公園のベンチが、飛び跳ねながら大五郎に躍りかかってきた!よく見ればベンチの脚は関節を有した機械脚メカレッグであり、足元には平行移動用のローラーまで装備されている。


 これぞショータイム一号自慢の異能『デウスエクスマキナ』。あらゆるガジェットを思うがままに造り出すニュータント能力だ。


「かのカンフースターの椅子を使った攻防は天下逸品だったそうだよ!」

「それよぉ、こういう意味じゃあ、ない、だろッ!」


 ベンチ前蹴り!ベンチ後ろ回し蹴り!ベンチ連環腿!

 ベンチたちは巧みな足技を、ときにフェントを織り交ぜて次々と大五郎に見舞う。

 無論、酔拳を極めた男への刺客にしては役者不足である。四方八方からの足技も、360度全方向に対して変幻自在の迎撃を可能とする大五郎の拳は捌き切っている。


 大五郎に飛び込んだ改造ベンチは、次々と叩き落とされ機能を停止していく。全滅までの所要時間はおそらく2分程度。

 だが、ショータイム一号の目論見を成し遂げるにはで充分だった。


「今だ二号ッ!」


 合図と共に、ショータイム二号が左右の五指から紫電を迸らせる。電撃は周囲に点在する街灯に吸い込まれるや、烈しく閃光フラッシュ。一号の『神・X・機』により、街灯も超強力なストロボに改造してあったのだ。


「し、しまった……!」


 数秒して白んだ視界がもとに戻る。立ち回りを演じたショータイム二号、そして一号の姿は忽然跡形なし。


「龍仙瓢箪『朱天怒雷芭しゅてんどらいば』、確かに頂戴した!」


 勝利宣言・フロム・頭上!


 どこからともなく飛来した翼つきの乗用車が宵闇を翔けてゆく。その後部座席から伸びた縄梯子ロープラダーに、二つの人影がぶら下がっていた。たなびく黒と白のマントは当然、紛れもなく異能怪盗ショータイムの二人である。


「……ち、一本先取やられたか」


 あっという間に夜空の彼方へ飛び去ったショータイム一号の言葉通り、腰に提げていた瓢箪が消えている。

 その代わりに、名刺サイズの紙片メモが中国服の帯に挿し込まれていた。


 摘み上げた紙片――それはショータイム一号の名刺であった――に目を走らせて、大五郎はひとり呟く。


までこうキザだと、感心するしかねェな……」

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