二章③ 何のために戦うのか


 トニを送ってからしばらく。ミカをスノーモービルに乗せ、彼女の家まで送る。

 玄関の前に乗り付け、フロストはそのままミカが降りるのを待つ。家を出てからここまで、ほとんど口を開かなかった彼女に言葉をかける。


「何だよ、その顔。そんなに心配する必要はねぇって」

「でも……」


 今にも泣き出しそうな顔で、俯くその頭を軽く叩くように撫でてやる。


「俺が信用出来ないか?」

「そ、そんなことないよ!」

「なら、とっとと帰って寝とけ。お子様は早く寝ねぇと、背が伸びねぇぞ」

「ぬぁっ、なんですってぇ!?」


 子供扱いしないでよねっ、フロストのばか! 口の中に胡桃をたらふく溜め込んだリスのように、頬をパンパンにさせて家の中に飛び込む後ろ姿を見送る。蝶番が軋む、甲高い金属音。

 扉が閉まるのを確認して、スノーモービルのハンドルをきり向きを反転させる。

 ふと、視界に入る金。締め切られた家々から漏れる僅かな明かりでも、波打つ髪は艶やかに煌めく。


「おや、フロスト? 家に居ないと思ったら、彼女の家の前で堂々と不純異性交遊かい?」

「……そんな言葉、久し振りに聞いた」


 幌を張ったからトラックから降りるアンナを見て、胸中でそう呟いてみる。実際、彼女とは長い上に濃い付き合いだが、本当の年齢はわからない。


「聞いたかい? スピネルの話」

「ああ。粉々に砕け散ってたって?」

「そ。だから、私とあんたで今夜はオールよ」


 久し振りだから腕が鳴るわぁ! ガチャガチャと騒がしく、の助手席部分をアンナが探る。そこには、フロストの見た覚えのない銃器の数々が見え隠れしている。

 ショットガンにマシンガン。グレネードランチャーに狙撃用スコープのついたライフル。何に使うのか、固定式のプラスチック爆弾まで荷台の片隅で居心地悪そうに埋もれている。


「……一人で戦争でもする気か?」

「うふふ、最近手に入れた彼氏達よ? 丁度良い機会だから、まとめて試し撃ちしようかと思ってね」


 アンナが楽しそうに笑いながら自動小銃を背中に担ぎ、次いでライフルを手に取りスコープを覗き調節する。村長の屋敷であるこの丘からならば村が一望出来、暗視スコープの付いたライフルならばかなりの範囲の狙撃が出来るだろう。

 そう、解釈しておくことにした。


「あんたもどう? たまにはほら、機関銃とか。新たな快感に目覚めるかもよ?」

「いや……遠慮する」

「あらそう? やっぱり一途ねぇ、お姉さん妬けちゃうわ。あれ、でもそうすると……あんたって常に二股かけてることになるのよね?」


 やだ、とんだアバズレだわ。彼氏、もとい銃器で思う存分遊べるという高揚感からか、いつも以上に饒舌で鬱陶しい。

 いくら威力があるとわかっていても、使い慣れない武器を試す気にはなれない。ここは広大な雪原ではなく、家や店が並ぶ村の中なのだ。いつも通り、太腿と背中に吊った二丁で充分だろう。


「まあ、好きにすれば良いけど。夢中になりすぎて、火事とか起こすなよ」

「この私がそんな間抜けなこと、するわけないでしょ? ところで、作戦どうする?」

「作戦?」

「二人一緒に張り込むか、バラけるかってことよ」


 二人で待機するなら、お互いに相手をフォローすることが出来る。しかし効率が良いのは圧倒的に二手に分かれる方だ。


「バラけた方が良いだろ。敵がどこから仕掛けてくるかわからねぇし、スノーモービルとジープがあるんなら移動にそんな時間かかんねぇだろ」

「決まりだね。ま、あんたならそう言うと思ってたよ」


 苦い笑みで口元を飾ると、アンナが再び助手席に詰め込んだ銃器の山を漁る。そして、フロストに背を向けたまま何かを此方に投げてよこした。

 緩やかな弧を描き、難なくフロストの手に納まる。手の平ですっぽり覆えてしまう程小さなそれは、くすんだ銀色の小型リヴォルヴァーだ。銃身は短く、どちらかというと護身用だろう。


「何だ、これ」

「花火さ」

「花火?」

「信号弾ってやつ。どっちかがヤバくなった時、相手に知らせるような合図が必要だろ?」


 なる程、ちゃんと役立ちそうなものも用意していたらしい。フロストのコートならば袖にも仕込めそうだが、面倒なので腰のベルトに引っ掛けておくことにした。

 多分、自分は使わないだろうけど。


「そういえば、聞いたわよ? フロスト、あんた村長に戦士失格って言われたんだって?」

「げ、何でテメェが知ってるんだよ」

「さっき、丁度会ったからさ。……ふふっ、あんたさぁ。なんで失格、なんて言われたかわかってるの?」


 長い髪を一つに纏め、高く結い上げながらアンナが問う。今更になって思い出した。


「はあ? んなこと知るかよ」


 どうせ、まだ未成年のガキだからとか、世間知らずだからとかくだらない理由だろう。知ったことではない。

 そう、大人達の言い分なんか、どうでも良いし関係ない。


「あらあら。反抗期かい?」

「違ぇよ。子供扱いすんな」

「ねぇフロスト。あんた……何で戦士になったの?」


 突拍子も無いその問い掛けに、思わず戸惑ってしまう。何を、今になって。


「決まってんだろ。虚無を殺すため、あいつらを滅ぼすためだ」


 親父の、ヒョウの敵討ちとかそういう大儀な理由ではない。ただ、この胸の奥から噴き上がる灼熱の憎悪を一瞬でも癒やしてくれるのは、虚無が塵に還る時だけ。

 この両手が虚無を殺した、その証だけなのだ。


「復讐、ってやつかい?」

「そんなんじゃねぇよ」

「私がとやかく説教する筋合いは無いんだけど……あのさぁ、フロスト」


 赤茶色の瞳が真っ直ぐフロストを見据える。珍しく、真面目な様子のアンナに思わず狼狽えてしまう。


「な、なんだよ?」

「あんたは確かに強いよ。もう私が教えられることなんか何もないし、軍人だろうが

同世代であんた程戦えるヤツなんか居ないと思う。でも、それだけじゃダメなんだ」


 いいかい? アンナが続ける。


「腕が一流でも、銃が名品でもダメなんだ。それだけじゃ、今のままじゃ長くは保たない」

「はあ? 一体、何が言いてぇんだよ」

「大事なのは、気がつくことさ。私はあんたを高く買っているよ、だから銃を教えてやった。……今言えるのは、これくらいだね」


 意味がわからなかった。気がつくこととは、一体何だろうか。銃があれば、力があれば虚無になんか負けやしない。

 それが絶対なのに、どうして大人達は自分を肯定しないのか。今では虚無や結界を破壊した何者かより、意味のわからないことばかり言って抑えつける村の大人の方が、フロストにとって煩わしい対象となっていた。


「……意味わかんねぇし。とにかく、この辺りは任せたから」


 声を荒げて拒絶する程、フロストは幼稚ではないが。自分の憤りを押し隠して話を続けられる程、大人でもない。アンナの返事を待たずに、フロストはスノーモービルに乗って、そのまま村の中心部へと下って行った。

 ふと、思う。もし今、自分の傍にヒョウが居たら? この苛立ちを理解して、フロストに必要な答えをくれるだろうか。もしくは、村の大人達と一緒で意味不明な説教しかしないだろうか。


「戦士……か」

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