第8話、再会は突然に

 多忙な業務、煩雑な日程。 加えて、杉村の訃報・・・

 色んな要因が重なったとは言え、来社した八代に対し、雑な対応をしてしまった美緒。 今回の新案件においては、八代は極めて重要な関係者となろう。

( まずかったなぁ・・・! 立場上、あたしが現地に行って、今回の仕事についての挨拶や、撮影日程の打ち合わせをしなくちゃならないのに・・・ )

 会って気まずいのは、目に見えている。

 もし、八代と美緒との立場が逆だったら、間違いなく美緒は、撮影業務に対して協力的な態度はとらないだろう。 役場からの依頼で、渋々であり、嫌味の1つでも言いたくなるところだ。

 ・・もしかしたら八代は、今回の事について役場の担当者から聞き、わざわざ挨拶をする為に、何度も来社したのかもしれない。 確率的には、その方が大きい。

 だとしたら美緒は、最悪の対応をした事になる。


( はあぁ~・・ 参ったなぁ・・・ )


 自己嫌悪に陥る、美緒。

 照れくさそうな表情をして帰って行った八代の顔が、美緒の脳裏を過ぎる。

 

 ・・幼い頃、明らかに美緒は、八代と言う男性とは『 幼馴染 』だったのだろう。

 だが、どうしても思い出せない。 数人の面影が思い起こされては来るのだが、八代とは顔形が違うのだ。

( 会う限り、当時の話も出るだろうな・・・ ナニも思い出せないわ。 あたし、東京育ちのようなもんだもん )

 それ以上に、はたして撮影の協力は得られるのだろうか・・・

 下り博多行きの新幹線に乗り込んだ美緒は、終始、車窓から見える景色をぼんやりと眺めながら、どうやって八代に切り出そうか悩んでいた。


 京都駅で、湖西線に乗り換える。

 山科を越え、大津へ。

 仰木口辺りを過ぎた小さな湖西の駅、武儀篠で列車を降りると、バスに乗り換えた。

 国道367号線を北上する市営バス。

 乗客は少なく、バスは川沿いの国道をひた走る。

 やがて山間の小さな町、葛川に到着した。

 このバスは、琵琶湖の西を更に北上する。 箕尾町へは、国道を外れた山道を、西へ向かう路線の違うバスに乗り換えるのだ。

( 確か、本数が少ないって言っていたわね、役場の人 )

 バスから降りた美緒は、乗り場を探した。


 ・・・見渡す限り、山しか見えない。


 意外と標高が高いようだ。 空気が澄んでいるように感じられる。

 周りの木立からは、数羽の野鳥のさえずりが聞こえていた。


 山間の、バスの発着場・・・

 国道脇から続く敷地は、砂利を敷き詰めただけの簡易的なものである。 観光バスが数台ほど停められるくらいの広さだ。

 道路脇には、何も表示看板が無い。 発着場なのだから、バスストップの標柱くらいあっても良さそうなのだが、全く、何も無い。


 左手の手首裏にはめた腕時計を見ると、11時40分だった。

( 朝イチで新幹線に乗って来たから、割と早く着いたわね。 ここから、約1時間か・・・ )

 まずは、1時頃、役場の担当者に会う予定だが、今から向かうとなると、約束の時間には早過ぎるようだ。

 辺りを見渡すと、敷地の隅に木造の小屋が建っていた。 待合室のようで、食堂らしき看板も見える。

 美緒は、ここで昼食を取っておく事にした。

 発車時間になったのか、先程、美緒が乗って来たバスが、停留所の駐車場を発車して行く。

 ディーゼルエンジンの音が山間の景色の中に吸い込まれて行き、やがて再び、辺りは静寂に包まれた。


( ・・メッチャ、静か。 誰も、いないなぁ・・ )


 食堂の方へ歩き出す、美緒。

 いつも、騒然とした都会で暮らしている・・・ 自宅に戻れば1人だが、部屋の窓から見える都会の景色には、夜中でも誰かの人影を見付ける事が出来る。 平日とは言え、昼間、こんなに人がいない場所へ来たのは久し振りだ。

( たまには良いわね・・ )

 肩に掛けたトートバックを掛け直し、美緒は食堂へ向かった。

 

 ・・・舗装されていない駐車場。

 緩やかにカーブし、わずかに傾斜した国道。

 路肩に生える草、遠くに霞む山陰・・・


 静かな所だ。


 外気は少し寒いようだが、日が差している為、あまり肌に感じる事はない。

 淡い初冬の日差しが、やけに懐かしく感じられる・・・


 食堂に近付くと、中からAMラジオの音が聞こえて来た。 地元の放送らしい。 聞いた事の無いCMが流れている。

 入り口は、引き戸のガラス戸。 清涼飲料水などのステッカーが貼ってあり、木造の古い軒先からは、錆びて朽ちかけた公衆電話の金属プレートが下がっていた。


 『 めし 』と染め抜かれた、藍の色合いが抜けかかった暖簾をくぐると、コンクリートむき出しの床に、2つの簡易テーブルと数脚のパイプイスが目に映った。 使い込まれてきた物らしく、いずれも年季が感じられる。 客は、誰もいない。


 ノスタルジックなウインドウケースの中に鎮座する煙草や菓子折り。

 ビン入りの炭酸飲料や、清涼飲料水の入ったガラス扉のクーラーボックス・・・


 やけに、懐かしく感じる。

 ありきたりの薄皮饅頭がウインドウケースの中に陳列してあるが、なぜか、とても美味しそうに見えて来るから不思議だ。

 天井近くに吊ってあった振り子時計が、ボォ~ンと1つ、鉦を鳴らした。

( ・・え? 12時半・・・? 今、12時前なんだけど )

 再び、腕時計の針を確かめる美緒に、店の女将さんらしい老婆が、これまた年季の入った木製カウンター越しに尋ねた。

「 昼ご飯かい? お客さん 」

 白い手拭いを頭に巻き、ベージュのブラウスの上に割烹着を着ている。

 美緒は答えた。

「 ええ。 メニュー、あるかしら? 」

 見たところ、簡易テーブル上には、数点の調味料が置いてあるだけで何も無い。 それどころか、壁にも品書きなどの類は、何も掲示していなかった。

 女将は、ニコニコしながら言った。

「 今日は、山菜の天ぷらに、田楽じゃよ。 ホウレン草の御浸し、付けようか? 」

 ・・何ともアバウトな店だ。 つまるところ、日替わりのメニューらしい。

「 じゃ、それ頂こうかしら 」

 金額が気にはなったが、店構えから推察しても、法外な料金を取るとは思えない。

 美緒は、近くにあったパイプイスに腰掛けた。

 女将が、カウンターの上に膳を用意し始める。 どうやら、1人で営業しているらしい。

 美緒の方を見ると、店内の隅を指差しながら言った。

「 お茶は、そこに機械があっから、好きなだけ飲みな 」

 見ると、これもまた使い込まれた呈茶機があった。

 近寄って見てみると、傍らに置いてある湯飲みは、全て、形も柄も違う。 中には、フチが少し欠けたものもあるようだ。 だが、不衛生なイメージはしない。

 美緒は、縦長の湯飲みを取ると呈茶機ボタンを押し、茶を注いだ。

 湯飲みを持ってテーブルに戻った美緒に、女将は、膳に盛り付けをしながら尋ねた。

「 志賀行きのバスに乗らなかったという事は、箕尾へ行くんかね? 」

「 はい。 高桑まで 」

「 ふ~ん・・ バスは、1時間に1本だよ。 今度は30分に出るから。 ・・あ、その時計、壊れてるからね? 」

「 あ、はい。 ご親切にどうも 」

 湯飲みの茶を、ひと口飲む。


「 ・・・・・ 」


 実に、美味しい。

 ただの緑茶だろうが、何とも香りが良く、わずかな渋みが心地良い。

 ふと美緒は、女将が盛り付けをしているカウンターの脇に、あの満川茶が置いてあるのに気が付いた。 企画書のあった写真と同じパッケージである。 もしかして、この茶が・・・

「 あの、女将さ・・ 」

 その時、入り口横の『 トイレ 』と貼り紙がしてある小さな扉を開けて、1人の男性が、水洗の音と共に出て来た。

 その男性の顔を見た美緒は、小さな声を上げた。

「 ・・あ・・! 」

 男性は、美緒の声に気付かなかったのか、一度、美緒を確認するように見たが、すぐ視線を反らした。 だが、自分を凝視している美緒の視線を感じたらしく、何となく美緒の方を向いた。


 2人の視線が合う。


「 八代・・ 良幸さん・・・! 」

 自分の名前を呼ぶ美緒に、びっくりした様子の男性。 だが、すぐに女性が美緒である事が分かったのか、顔をほころばせながら、美緒に近付いて来た。

「 美緒ちゃん・・・? 美緒ちゃんじゃないか・・! ええ~? どうしてこんなトコに? 」

 その理由を説明するには、仕事の話をしなくてはならない。

 まずは、役場の担当者と会ってから・・・ その後、担当者と共に、八代の自宅へ行く事になろう。 役場の人間が一緒にいれば、早々、八代も邪険に出来ないはずである。 美緒には、そんな 『 画策 』があった。


 ・・だが、こんな所で直接会っては、『 もくろみ 』が外れてしまう。


 美緒は、口ごもりながら答えた。

「 ・・ち、ちょっと仕事で・・・ あの・・ 昨日は、失礼致しました 」

「 仕事って? 」

「 いや、あの・・ 満川市の依頼で・・・ ホント、昨日は・・ 気が動転してしまっていて・・・ 」

「 満川市の仕事? へええぇ~、よくこんな田舎の町の仕事を請けたね~! 」

「 あの、私・・・ 」

 八代は、美緒が詫びを入れようとしている事に、全く気付かない様子である。

 女将が、八代に言った。

「 何だい? 良幸さァの知り合いかね? 」

「 ああ。 幼馴染だよ。 東京で、デザイン会社をしてるんだ。 すっげえ、立派なビルなんだぞ? 玄関には、ガラス張りのでけえ自働扉があってよ。 15階建てだぞ、15階! 」

( あの・・ 全館が、ウチの会社じゃないんですけど・・・ しかも、あたしが会社を経営しているような言い方を・・・ )

「 ほうかね! そりゃまた豪勢なこった。 あたしも、最初見かけた時、この辺のヒトじゃないな、とは思ったんだけどね。 ふ~ん、ほうかね 」

 八代が女将に、自慢げに言った。

「 16年振りに、東京で再会したんだ。 さすが東京で暮らしている人は、見た目も華やかだろ? オレも最初、見間違えちまってさぁ・・! まさか、こんなトコでまた会えるとはなぁ・・・! 」

 八代は、美緒との再会を、心から喜んでいるようである。 昨日の対応について、憤慨してはいないのだろうか。

 美緒は、改めて八代に言った。

「 八代さん、昨日は、わざわざ来社して頂き、有難うございました。 ただ、私は業務が立て込んでいまして・・ 加えて、知人の訃報も知らされたばかりだったんです。 八代さんへの応対が、非常にぶっきらぼうになってしまい、申し訳ありませんでした 」

 イスから立ち上がり、深々と頭を下げる美緒。

( こうなったら直接、ダイレクトな気持ちで正直に誤るしかないわ。 あたしが悪いんだもん・・・ )

 遅かれ早かれ、いずれ詫びは、入れなくてはならない。 役場担当者の立会い云々よりも、八代が会ってくれれば、こうして直接に詫びるつもりだった美緒。 逆に考えれば、このようなシチュエーションで再開出来たのは、良かったのかもしれない。 偽り無く、心意で詫びる事が出来るからである。


 はたして八代は、きょとんとした顔をすると苦笑いをし、頭をかきながら答えた。

「 いやぁ~、僕も、突然に行ったりして悪かったね。 何せ、田舎モンだからさ。 美緒ちゃんの仕事の、邪魔になっちゃったね。 ごめんね? 」


 ・・・意外な言葉だった。


 どうやら八代は、美緒の応対に関しては、何も怒ってはいないようだ。 おそらく、初めて行った『 デザイン会社 』に緊張して、何も聞こえていなかったのかもしれない。

 美緒は、八代という男性の純情さに、親近感を覚えた。

( もしかしたら、八代さん・・ 満川茶のパッケージデザインの仕事を、あたしが担当している事も知らないのかも・・・ )

 純粋に、美緒に会いに来ただけなのかもしれないのだ。


 ・・・思い立って、幼馴染に会いに来た八代。

 彼の住む地域の特産『 満川茶 』の仕事をする事になった美緒。

 そのお茶を栽培し、役場の担当者から、撮影協力を頼まれている八代・・・


 勝手な想像とシチェーションではあるが、どうやら、その通りのようである。

( まさか、そんな事は・・・ でも、ホントなら、まさに奇遇だわ・・! )

 巡り合わせは別として、とりあえず気持ち良く、八代と向かい会える事が出来た美緒。 安堵した途端、軽く空腹感が感じられて来た。

 女将が言った。

「 はい、お待ちぃ~! 山菜天ぷら定食~! 」

 いつの間にか、膳には、ホウレン草の御浸しに加え、ご飯と味噌汁が付いていた・・・

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