一章③ 平和な日々

 しかし、彼等は想像以上に厄介だった。


「なに、すぐ終わるって。おれ達に残された寿命みてぇにさ」

「ぎゃはは! おまえ、上手いこと言うなぁ?」


 もう一人の痩せた酔っ払いが大声で笑う。どうしよう、全然笑えない。

 苦笑しか出来ない上に、完全に振り切るタイミングを無くしたシャナイア達に二人が訊ねる。


「セイロン陛下がさー、そろそろお歳だろ? 噂じゃあ、近いうちに王座を譲るって話じゃねぇか」

「ほら、誰だっけ? 名前が……あれ、名前なんだっけ?」


 大声で喋る内容は相当無礼である。しかし辺りに兵士は居らず、祭りの中で騒ぐ酔っ払いの戯言など特に咎められることもない。

 それでも、さっさと切り上げるべきなのだろう。


「レイール様ですよ。レイール・セレナイト王子」

「おっ、そうだった」

「ルイ王子の印象が強くてさー? 兄貴の方はどうも、忘れちまうよなぁ。これと言って特徴もなくて平凡っていうか」

「そうそう。何でも気が弱くて、人が良いお方なんだって?」


 全く反省した素振りを見せない酔っ払い達に堪え切れず、溜め息が漏れる。

 現セレナイト国王、セイロン・セレナイトは既に齢七十を超える。高齢ではあるものの、長らく子宝に恵まれなかったこともあり十代後半に王となって以来、未だに玉座を護り続けている。

 五十を超えた頃にようやく授かったのが、ルイ王子の兄であり、第一子であるレイール王子だ。彼は今年で二十三歳になる。

 年齢的にも、玉座を譲られてもおかしくはない。だが、国民達の評判は正直イマイチらしい。


「戦場に出ていたルイ王子とは違い、レイール王子はお城で大事に大事に育てられたんだろ? 世間知らずっていうか……そんな人に、国王陛下が勤まるのかねぇ」

「ルイ王子が健在でいらっしゃったらなぁ、あの方なら安心して国を任せられるのに」

「うわぁ……お父さんと同じこと言ってるよ。でも、アタシもちょっとそう思ってたりするんだよねぇ」

「おおっ、お譲ちゃんもわかってるねぇ?」


 いつのまにかアイリまで加わってしまっている。若くして活躍したルイ王子に対して、レイール王子はあまりに頼りなく思われているようで。


「シャナイアは、どう思う?」

「俺は……レイール王子こそが、次の国王陛下に相応しいと思うよ」


 それは紛れもなく、本心だ。


「これからは戦争の無い時代になるんだから。戦争を知らないレイール様が、玉座に着くべきなんだ。まだお若いんだから、頼りなくて当たり前だし。ルイ王子の分も、きっと頑張ってくれると思いますよ」


 たとえ玉座を預かる方であろうと、最初は頼りなく思われて当然だろう。なんて、正論を言ってみるが。

 本音はただ、ちょっとむかついただけである。


「そ、そっか……ええっと、引き止めて悪かったな」

「おう、兄ちゃんたち。デートの邪魔して悪かったな、今日という日を大事に楽しめよ?」


 若者に諭されたからか、急にバツの悪そうな顔をすると、酔っ払い達は足早に去って行った。


「で、デートじゃないですよ!」


 逃げる酔っ払いに、アイリが叫ぶ。こちらも顔が赤い。


「……アイリ、大丈夫?」

「だ、だだだいじょーぶ! ていうか、シャナイア……その、あの……」


 もじもじ。何やら言いたげに、アイリが見上げて来る。そういえば、まだ肩を抱いたままだった。

 年頃の女の子に、流石に失礼だったか。


「あ、ごめんね」

「い、いえその……ありがとう」


 手を離すと、ぼそぼそとお礼が返ってきた。顔を手で仰ぎながら、アイリが先に歩き出す。


「そういえば、さっきの兵士様ひどいよね。他人の秘密、ムリヤリ暴こうとするなんて」


 シャナイアがすぐに追いつくと、赤面したままアイリが言った。ロイドもそうだが、彼女も先程の兵士には思うところがあったらしい。

 それが、本当に嬉しい。


「大丈夫、ああいうのには慣れてるからさ。アイリは何も気にしなくて良いよ」

「でも、隻眼狩りの話はちょっと……気になるよね。シャナイア、気を付けてね? 夜とか、一人で出歩いちゃダメよ?」


 アイリの問い掛けに、シャナイアは苦笑しながら頷く。

 ルイ・セレナイト。神様が作ったと言われる美しい大陸、『ガーデン』は今やその全てをセレナイト帝国が統治している。ルイはセレナイト帝国の第二王子である。

 彼は幼少期からあらゆる面において秀でており、『神童』と謳われ聖霊にとっては希望の象徴だった、らしい。

 ぽんぽんと杖で肩を叩きながら、シャナイアが頷く。


「うん、気を付ける。ところで、お酒ってどれくらい買うの?」

「うーん、皆浴びるように飲むからなぁ……」


 アイリが小さく唸りながら悩む。ふとシャナイアが辺りを見渡すと、徐々に賑わいが大きくなってきた。

 背が高い建物が並び、人が多く行きかう。通りを歩くのは全て、同じ金髪に白い肌、蒼い瞳。もちろん個人差はあるが、皆同じ『聖霊』である。

 新鮮な魚介類を店先に並べ声を張り上げる中年の男も、色鮮やかな果物を手に客と笑う若い女も、皆聖霊なのだ。

 活気溢れる雰囲気に、視界に入る多くの笑顔。三年前までは、こうではなかった。戦争が終わったから、皆が笑顔で居られるのだ。

 そう考えれば、何とか納得出来る。


「……ア、シャナイアってば!」

「ん? ……何?」

「もうっ、またぼーっとしてたよ? シャナイアって、たまにそうやってぼーっとしてるよね」

 何か考えごと? と問われても、適当なことを言って誤魔化すしかなく。

「何でもないって。ちょっと、良い匂いがするなって思って」

「それは、確かに……あ、あのパン屋さん」


 ぱたぱたと、前方の店に駆けていくアイリ。店先に吊るされた青銅色の看板は、確かにパン屋のもの。

 言ってから改めて、甘く香ばしい匂いがふんわりと漂っている。


「うう、やっぱり美味しそう……」


 シャナイアが追いつくと、物欲しそうな表情でアイリが呟いた。サンドイッチや食パンだけではなく、クッキーやパイなどのお菓子も棚一杯に並んでいる。

 その中でも特に店が自信を持って売り出しているらしいものが、アイリが熱い視線を送っているものらしい。林檎や桃、オレンジなどの果物をふんだんに使った菓子パンだ。

 成る程、女の子が好きそうだ。


「でもなぁ、もうお金無いしなぁ。次来た時に……でも、桃は今が旬で一番美味しいし」

「それなら、俺が買おうか?」

「え?」


 何となく言った一言に、アイリが驚いたようにシャナイアを見上げる。旅人という身分ではあるものの、今は結構懐にも余裕がある。


「そ、それは流石に悪いよ!」

「良いって、さっきのお礼。ロイドにも買って行こうか、帰り道の途中で、休憩した時のおやつってことで」


 そう言って、半ば強引に店主を呼んでしまう。そこまでされては断ることも憚られるのだろう、アイリは戸惑いながらもふくよかな女主人に注文を始めた。

 その時だった。


「この、クソガキがあぁ!!」


 突如、周囲に響く怒声。シャナイアが振り向くと、騒ぎはすぐ近くで起こっていることがわかった。


「な、なに……あれって、悪魔?」

 アイリが不安そうにシャナイアの傍に寄る。彼女の言う通り、問題の中心は聖霊ではない。

 伸び放題の銀髪に、傷だらけの褐色の肌。石畳に蹲る姿はまだ幼い、子供のもの。

 少年だろうか。


「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい!」

「謝って済む話じゃねぇだろ! 汚ねぇ悪魔のガキが、よくもルイ王子の追悼式典を台無しにしやがったな!!」

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