四枚の写真

 サキに渡された四枚の内の一枚が、凄惨な現場を写したものであり、それを目の当たりにしたボクは、思わずぎょっと目を剥きながら、他の写真にも目を向けてみた。

 そこにも、細切れにされた肉片やら、手足というのがやっとで判別できるくらいにずたずたに切り裂かれた身体の一部も映っていた。もちろん、人間の死体。それがバラバラにされたもの。

 そして、その内の一枚には、長い平板を逆十字の形に組まれて床に立てられたものに、胸に鋭利なナイフを突き立てられ、血を流しながら逆さまの状態で、人間の死体が磔にされているものまであった。

 明らかに、四年前、ここで殺人鬼に惨殺されたとされている、沖本レイナのファンだった二人――。

 その、憐れな亡骸――。

 はっとして、それらを写した写真と一緒に渡されていた、銀製のチェーンネックレスのトップを見る。

 そのトップは、一見、十字架を象っているように見えて、実は、逆さ十字になっていた。

 その猟奇的な惨殺に及んだとされる、連続殺人鬼が、その殺害現場に必ず残すという、インバーテッド・クロス――。

 その殺人鬼に与えられた二つ名の由来となったとされる、禍々しい逆さ十字――。

事件が起こった当時は、猟奇的で、一人が逆さ十字に磔にされてはいたけれど、実際に、その殺人鬼の犯行によるものなのか、それとも、それ以後行方をくらまし続けている沖本レイナが、その殺人鬼に容疑を着せるために、その犯行手口を模倣したのかどうかは分からずじまいだった。

 それが、この写真によって、その殺人鬼の犯行であったという可能性が高まったということじゃないだろうか。

 そして、今になって、その殺害現場だった病室のチェストの中から、これらの写真や逆十字を象ったネックレスがここで見つかったということは、その殺人鬼が、事件から四年が経ち、そして、肝試しスポットとしての盛り上がりも冷めて来た今になって、古巣へと戻るように、ここに舞い戻って来たという可能性が高いことにもつながる。

「どうしたの、怖い顔して?」

 はっと横を向くと、横にココナが立っていた。いつのまにか顔を険しくしてしまっていたらしく、怪訝にのぞき込むようにしている。

「それ、写真?」

 と手元に握った四枚の写真を見ながら尋ねてきた。

「いや、何か手がかりになるかと思ったけど、ただの風景を写しただけの写真だったよ」

 とそこに写る凄惨な殺害現場を見られない内にと、すぐにジーンズのポケットに押しこむようにして仕舞う。

「なんだ、そうなの」

 ココナは疑うこともなく、風景写真と聞いて興味を失ったようで、必死でロケット花火を打ち出して、助けを呼ぼうとするマキトたちの方へと戻って行った。


 ボクはココナが離れた後、サキに、言葉では伝えずに、目で訴えた。

「写真と逆さ十字のネックレスのことは、他の皆には黙っておいてくれ」――

 そういう思いをこめながら。

 サキは、それを汲みとってくれたらしく、無言のまま、こくりと小さく頷きを返した。

 ボクはさっき、マキトに対してああ言いはしたけれど、それは、他の皆をこれ以上不安にさせることがないようにと考えてのことで、実際は、マキトと同じように、殺人鬼の存在を疑っていた。

 そして、この四枚の写真と、逆さ十字のネックレスが見つかったことで、その疑いはより強まってしまった。

 だとすると、さきほど勝手に下りて閉じたように思えた防火シャッターは、その殺人鬼がそうしたのかもしれない。防火シャッターは、通路の両脇から少し突き出た部分に挟まれるようにして設置されている。なので、殺人鬼は、その突き出たでっぱりの裏に身を隠していて、そこに埋め込まれている手動開閉装置を動かしてそうしたのかもしれない。

 その殺人鬼が、今どうしているかだけれど、防火シャッターでボクたちを閉じこめた後、それが開く音も聞いていないし、先程色々と探し回りもしたから、とりあえず、この閉ざされた中に隠れている心配はなさそうだ。

 だけど、それも今の内だけかもしれない。

 この後、どんな凶手が及んでくることか――。


「もうあの車、どこにも見えないな……」

 ロケット花火で必死に訴えかけていたマキトが、落ちこんだように呟く。まだ半分以上の本数が残ってはいるけれど、諦めたらしく、もうそれ以上続けようとはしない。

 せっかくシュンが良い打開策を打ち出してくれたと思ったけど、上手くはいかなかった。

 打つ手なしの、八方塞がり。

 一度抱かされた希望を打ち砕かれたため、落胆も大きい。

 しかも、マキトたちはまだ知らないでいるけれど、この廃病院のどこかにいるかもしれない殺人鬼が、ボクたちをその凶手にかけようと、いつ現れるかもわからない。

 そのことを、皆に告げたほうがいいんだろうか。

 不安を煽るような真似はしたくないけれど、なにも知らせずにいるよりは、殺人鬼の存在を伝えて、警戒を強めさえておいた方が良いのかもしれない。

 でも――。


 どうしようか逡巡していると、その場から、いつの間にかヒロタがいなくなっていることに気がついた。

 あいつ、どこへ……?

 トイレにでも行ったんだろうか。だけど、この殺人鬼に命を狙われているかもしれない危険な状況下で、単独行動をするのは控えておいた方がいい。

 そう考えて、ヒロタを探しに行こうとしたところ、


 カコン……。


 廊下の方から、何か小さく物音が届いてきた。

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