最終章

月下の宴 一

 時照寺で行われる、ぐっちぃとさわちゃんの結婚祝いの日。食材と食器が相当の量になるからって、卓ちゃんは迫田さんに車を出してもらった。


「なあ卓ちゃん、寺にも食器はあるんだけどよ」

「うん。でも迫田さんに見せてもらった限りじゃあ、大きい食器しかなかったから。ちょっと今回の趣向には合わねーんすよ」

「趣向?」

「そう。普通の祝い膳じゃ、オレが作る意味がねーもん」


 車は高台へ至る細いくねくね道を、すいすいと上がっていく。迫田さんは、ハンドルを器用に操りながら含み笑いした。


「卓ちゃん、ナンか企んでるんだろ?」

「そりゃそうすよ。フツーの宴席じゃつまんねーでしょ?」


 わたしは、卓ちゃんの計画の一部は知ってる。でも、全部は教えてもらえてない。当日までヒミツなんだって。


 寺の勝手口近くに車を止めて、中から段ボール箱をいくつか運び出した。重そうなのと、そうでもないのと。中身、なんだろ?


「よっしゃ! がんがん行くぜ!」


 お寺の厨房に食材を広げた卓ちゃんから、何枚かのメモ紙を手渡された。そこには、食材の下ごしらえの方法と量がびっしり書かれていた。


「手間かかる分はオレがやるから、それ以外のは頼むわ」

「分かったー」


 そうだよね。これは単なる宴席の手伝いじゃない。わたしと卓ちゃんにとっては、貴重なシミュレーションの機会だ。卓ちゃん一人じゃなくてわたしも手伝うことで、どこまで客扱い出来るかをテストする。もう本番は近いんだ。がんばらなきゃ。


 迫田さんは、わたしと卓ちゃんが黙々と食材に向かい合うのを目を細めて見ていた。えーん。見てないで手伝ってよー、迫田さーん。


◇ ◇ ◇


 夕刻。日が翳ってきた。


 迫田さんは十畳ほどの広さの講話室に、卓ちゃんに指定されるまま長机ちょうきを三つ運んだ。そして、座った時に目線が庭の方を向くような形の細長ーい宴席を作った。それを見て、わたしは卓ちゃんのコンセプトを理解した。

 うん。さすが卓ちゃん。お父さんが型にはまるなって言ってたけど、卓ちゃんはもともと型になんか絶対にはまらない。すっごいなあ。


 夕方六時ちょっと前に、主賓の二人を乗せたタクシーが到着した。迫田さんが平服で来いって言ったんだろなー。二人とも、華やかなところがないスーツ姿。彩りはさわちゃんが胸につけてるコサージュくらい。さっそく迫田さんと何やら会話を交わしてる。


 さあ、宴席を仕上げよう。おっと、その前に……。

 卓ちゃんもわたしも隣室で別の服に着替えた。そして、塗り盆に料理を乗せて講話室に入った。わたしたちを見てびっくりする三人。卓ちゃん、してやったりって感じで思いっきりにやにやしてる。


「やっぱ、これっきゃないでしょ?」


 わたしはバーテンのコスチューム。卓ちゃんはTシャツ、ジーンズに前掛け。そう、半月でのわたしたちの姿。これがわたしたちの日常だったの。


 そして、わたしたちが運んだ塗り盆の上には、これでもかと小鉢が並んでいる。全部違う料理だ。その中には、半月で出したものも、そのあと卓ちゃんが編み出したものもある。でも、全部小鉢。そして、小振りのお握りを盛った皿が一つ。


 迫田さんが、自分のアタマをかっぽーんと叩いてげらげら笑った。


「あたた。やられたー。さすが卓ちゃん、一本取られたわ。わははははっ!」


 ぐっちぃもさわちゃんもくすくす笑ってる。

 卓ちゃんが、みんなを見回しながらコンセプトを説明した。


「まあ、結婚した後どっちがメシを作るにしたって、どうせ毎日凝ったモンなんか作れねーんだから、気に入ったのだけ作り方覚えてってくださいよ。オレはね。どんなに旨くても一度食って忘れられちまう大仰なもんよりは、明日もまた食いてーなと思ってもらえるもんを作りたいンでね」


 ああ……わたしはその言葉を生涯忘れないだろう。それが卓ちゃんであり、卓ちゃんの料理なのだから。


 迫田さんが、席のアレンジを見て首を傾げた。


「なあ、卓ちゃん。なんで席を向かい合いにセットしないんだい?」


 卓ちゃんが、にやにやしながらそれに答えた。


「オレたちの格好を見りゃ分かるでしょ?」


 ぐっちぃがくっくっくっと忍び笑いしてる。そして、迫田さんを小突いた。


「迫田さん、この席はね、半月のカウンターですよ。俺たちがいっぱい世話になった」

「あー! そういうことか。すんなり気が回らんくなったなんて、俺もトシだなあ」


 きっちり突っ込もう。どうせ後でいじられるんだしさぁ。


「迫田さん、違うでしょ? さわちゃんたちやわたしたちをヘンにいじろうとして、そのことばあっか考えてるからですよ!」

「ひえー、主婦はつえーのー!」

「全くぅ!」


 みんなが一斉にどっと笑った。卓ちゃんが、一升瓶をぐいっと持ち上げて祝い酒を紹介する。


「せっかくあさみがバーテンのコスプレをしてくれてるんですが、立ち回りが面倒なんで酒はこれ一本で行きましょ。めでたい席なんで、福島の寿月っていうお酒を用意しました。調子に乗ってハメはずさないようにね」


 酒瓶を置いた卓ちゃんが、迫田さんに開会を促した。


「じゃあ、始めようか。最初に、簡単に挨拶しよう」


 のそっと立ち上がった迫田さんが、わたしたちの方を向いて相好を崩した。


「まずは、ぐっちぃ、さわちゃん、結婚おめでとう。まあ、仲良くやってくれ。それと、卓ちゃん、あさみちゃん。遅ればせながら、おめでとう。こっちはもう仲良くやってるみたいだから、余計なことは言わん」

 

 どっと笑いが沸く。


「そうか。もう一年……経っちまったんだな」


 迫田さんは低い声で、そう呟いた。すうっと場が静まる。


「半月は。美月さんはみんなの幸福の形を考えてくれた。だからこれからの長い道程で、それを裏切らないように心がけて、しっかり歩いていって欲しい」


 そうして。美月さんがいつもそうしていたように、顔を少し上げて、そこに月があるかのように目を細めた。今度は、四人ともしんみりとその視線の先を追った。


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