真也は自分のことを知っていたらしい友希の言葉に驚いたが、彼女の苗字と特寮が特別たる理由から一つの確信に至った。

「そうです。もしかして、特寮の方なんですか?」

「そうなんです。良かった。お昼頃メールで顔写真も確認していたのですが、もし間違っていたら恥ずかしいな、と思って言い出すか迷っていたんです」

 恥じらいながら頷く友希に真也は納得した。

 特寮の特寮の部分を正式にいうと特別学生寮となる。それは特寮が特殊な事情を持った生徒専用の寮であることを示しているのだ。そして、「柊」の名を持つ者はその特別に当てはまる。柊家の人間は、皇族の外戚の末裔であり、強い能力と権力を有している。真也もそういった事情を抱える生徒が府高、そして付属中学校、付中に在籍する間は特寮に入るという話を聞いたことがあった。

 特寮とは、本来なら魔術師としての才能がずば抜けているとはいえども、一般人である真也が入れる場所ではないのだ。

「それにしても当日になって寮の部屋が二重契約になっていたことが発覚するなんて……。でも、特寮もいいところなので、きっと気に入られると思いますよ」

 友希は間違いはどこにでもあるものですね、と微笑む。真也が一般人にもかかわらず特寮に入ることになったのはそういう事情があったからだった。

 特殊な事情で孤児院に入った真也は、現在、行政上の分担として、真也の保護者には地区府が該当する。そのため、真也が高校生となり、孤児院を卒業する時、地区府が契約したマンションで一人暮らしを始めるはずだったのだ。

 因みに、地区府とは通常よりは中央集権制に近い、連邦制国家である日本皇国の各、連邦に当たる地区の政府のことだ。天神地区は皇都であるため、地区府の上に天神理事会という組織が存在するが、それを省けば他の地区と変わらない。

「……そうらしくて、少しの間よろしくお願いします」

「これからよろしくお願いしますね」

 二人はお互いに妥当だと思っている挨拶を交わして席に着こうとした。しかし、その直前で自分たちの言葉に矛盾が生じていることに気づく。

「……!?」

「……?」

 二人は顔を見合わせて一緒に首をかしげた。

「えっと、特寮に正式に入寮されるんですよね? 高校卒業時までの期間と聞いていますけど?」

「……え!? あれ?」

 真也はそれを聞いて驚き、朝の電話の内容を反復する。

 言われてみれば、特寮に滞在する期間や、次に契約を進めている寮の話は出ていなかった。どうやら、一時滞在だと思っていたのは真也だけだったようだ。

 彼は、一般人である自分が特寮に入ることになったという異常事態から、勝手な思い込みをしていたらしい。

「マジですか……?」

「……マジです。もしかしてご存知なかったんですか?」

「いえ……、多分僕の勘違いです」

 友希は再び首を傾げてそのあと真也に向かって右手を差し出した。

「では、とにかく、これからよろしくお願いしますね?」

「です。よろしくお願いします。今更ですし、ご存知でしょうけど、僕は天神真也です。年は十五なので敬語は結構ですよ」

 友希の声は真也の驚きように少し自信をなくしたのか、肯定文が疑問文風のイントネーションになっている。真也は差し出された手を軽く握った。

「それなら天神さんも敬語は結構ですよ。私も十六です。付中に通っていたので特寮では先輩ですけど。あと、ですます口調なのは癖なので気にしないで下さい」

「わかりました、……柊さん。僕のことは真也と呼んでください。呼び捨てでもなんでも構いま……、なんでもいいです」

「わかりました。真也さん。私のことも下の名前で呼んで下さい。苗字で呼ばれるのは……、その……。とにかく、呼び名は友希で、……にして下さい」

「? ……わかりました」

 友希と真也は改めて自己紹介をした。握ったままになっていた手をどちらからともなく放す。

「ところで、真也さんはどうして図書館にいらしたんですか? 真也さんがきた時に時計を見て気付きましたが、もうけっこう遅い時間ですよね?」

「実は、明日までのレポートが終わっていなくて、それを終わらせに来たんです。ここはすぐに資料を出せるから。でも、本当はもっと早く来る予定だったんですよ……」

「寝坊したとかですか?」

 真也はどう説明したものか、と頭を抱える。

「いや、話せば長いからなぁ……。もしよければ帰り、特寮まで一緒に行けないかな? まだ道を覚えていないし、遅くなった理由は道中に教えるよ」

 流れるように二人で帰る約束を取り付ける真也。彼に他意はない。

「わかりました。私もレポートを仕上げに来ているんです。今はレポートに集中しましょうか!」

「ですね」

 友希は真也の申し出に頷いた。そして二人は席に着き、真也は自分のタブレット端末を取り出した。

「あっ……」

「どうしました?」

 席に着いた友希が自分のパソコンを見て声を上げた。真也は取り出したタブレットの電源を入れながら尋ねる。

「あの、そういえば先ほど私のレポート書き終わったんでした……」

「…………」

 まさかの答えに絶句する真也。時間はすでに七時をまわっているので、春の空は真っ暗だろう。天神地区は比較的治安のいい地区だが、危険はどこにでもある。女子を一人で帰すのもよろしくないだろうと真也は考えた。

 さりとて、レポートを書き始めたばかりの自分に付き合わせるのもそれはそれで図々しい気がする。

「あの、私は待っていますから気にしないで下さいね」

 どう声をかけるべきか悩む真也に友希が言った。真也は頷いて立ち上がったタブレットから、文章制作アプリを立ち上げる。友希は真也が罪悪感を抱かないように気遣ったのか、話を続けた。

「真也さんが遅くなった理由も気になりますし、それにこう見えても私、魔導科の新入生次席ですから、レポートのお役に立てますよ! わからないことがあれば聞いてくださいね」

「……あ、ありがとう…………?」

 真也のお礼は語尾が上がってしまっていた。友希はそれに違和感を感じたのか首を傾ける。真也は魔導に関しては国内屈指の名家である柊家の息女が次席であることに気まずさを感じていたのだ。

 友希が主席になれなかったことへの気遣いではない。真也は主席の人物に心当たりがあったのだ。というか、主席は真也だった。

「……実は、僕、魔導科の主席なんです。ごめんなさい」

「え!? …………、いえ、こちらこそ調子に乗ってすみません……」

 真也は隠していてもさらに気まずくなるだけだと思って告白した。友希は真っ赤になって両手で目を覆い、指の隙間から薄く目を開いて真也を見て謝罪した。

 お互いの謝罪がいたたまれない空気を生み出す。

「では、急いでレポートを書きます。あの、主席と言っても理論方面は苦手なので、是非ご教授願います」 

 真也は勇気を出してそう言い、タブレット端末を操作してレポートを書き始めた。

「真也さんはどの学部に入ったんですか?」

 自分の荷物を持って真也のとなりに移動してきた友希が真也に尋ねる。

「魔導総合学部です」

「私もです。では、明日から同じクラスなんですね」

 友希の言葉に真也は頷く。

 付高は魔導科だけでも一学年の人数が二千人前後で、魔導総合、魔導工学、魔術総合、魔導科学の四つの学部がある。真也と友希は魔導総合学部だが、この学部も、一番クラス数が少ない学部とはいえ、四クラスある。

 それでも、二人が自分たちが同クラスであることを疑っていないのは、運命を感じているからなどというロマンチックな理由ではなく、付高のクラス分けが各学部ごとの入試成績順に決まるからだった。

「じゃあ、私と同じ内容のレポートですね。それほど難しくもないテーマでしたし、早めに終わらせましょう!」

「お〜?」

 力なく拳を突き上げてから真也は作業に取り掛かった。



 一時間後、真也はレポートを友希のサポートを受けながら書き終えた。

「お疲れ様です。では、帰りましょうか」

 真也は課題レポートをクラウドに保存して、タブレット端末の電源を落とす。そして、自分の片付けを終えてドアのところで自分を待っている友希に応じた。

「エスコート宜しく頼む、お嬢様」

「茶化さないで下さい……、案内はしますけど。それに、真也さんのここに来るまでのお話の件、忘れないで下さいね? おもしろいお話を期待していますから」

 友希は美しい笑顔でそう返してくる。

「プレッシャーですね」

「お返しです」

 真也は今度は固まらずに返事を返すことができた。

 二人はミーティングルームから出て、順番に図書カードを入り口のパネルにタップし、退室手続きを行う。

 そして、他愛のない会話をしながら図書館を後にした。

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