零の翔者~チートな彼女と教団づくり~

おへそに茶釜(書立憧志)

第一部 学園祭編(プロローグ)

第1話 前日 

「水晶。忘れてた!」


 椅子に座って縫い物をしていた浅間 麻衣まいが突然立ち上がると、その拍子にライトブルーに白いラインの入ったスカートがめくりあがる。


「何、水晶?」


 床に座って板に釘を打ちつけていた俺は、作業を中断して顔を上げて聞いた。

 斜め前の机で筆記作業していた椎名 ひとみも振り返る。


「麻衣が当てがあるって言ってたけど。それを忘れたの?」


 俺は疑問を口にした。


「水晶なきゃ、イメージダウン確実だな」


 椎名の隣でポスターに色を塗っている佐野 雅治まさはるも口を挟んできた。


「明日なのよ。大丈夫なの?」

「はははっ。……やばいかも」


 少し焦りながら、ゆるくふわふわした髪をかく麻衣。


「いいよ。なければないで、それでいいさ」


 水晶はどうでもいいが、恋愛を占うのは気がめいる。

 実際、占い師役などやりたくないが、麻衣のご指名なので自分本位な態度をとるわけにいかない。

 約束もあるし……。


「それはどうかしら」

「そうだぜ、俺が描いてる宣伝ポスターは、“水晶であなたの恋人占います”だし」


 椎名、雅治が否定の意見を出してきた。


「別になくていいじゃん。他のグループもいい加減だし」

「まあ、スニーカー占いや瓦占いとか、いかがなものかと思うグループもあるけどな」

「他がいい加減だからって、私たちのグループまで真似することないわ」

「そうだが……」


 俺は麻衣を見る。


「ごめーん。そうよね。何とかしとく」


 彼女はそう言うと、髪に手を当てて考えるポーズをする。


「浅間ちゃんなら、何とかするでしょう」

「あはははっ」


 雅治の言葉に麻衣は笑いながら、俺をちらりと盗み見する。

 ……面倒な予感がしてくるのは気のせいだろう。


「その件は任せたから……で、時間だから帰らしてもらうわ」


 椎名は道具を片付けると、肩にかかったボブスタイルの髪をかきあげ立ち上がる。

 父親と二人暮らしで夕食の準備をしなければいけないとの話で、彼女のタイムリミットである。


「瞳、ご苦労様」

「ああっ、椎名。ご苦労さん」

「ごめんね。じゃあ、お先に」


 椎名は緩めていたりボンと襟を直して、鞄を持って教室から出て行った。


「おっと、俺もポスター終わったから上がるぞ」


 雅治もいつの間にか、道具を片付けて立ち上がった。


「おいおい、終わったんなら、こっち手伝ってくれよ」

「駄目なんだ、家の門限七時までで」


「えーっ」


 それを聞いた麻衣が調子っぱずれな声を上げ、俺も抗議の声を出す。


「よくそんなあからさまな嘘がつけるもんだな」

「ふん、悪いなワトソン君、今日の俺の難事件は終ったんだよ」


 マッシュ髪の雅治があごに手を当てて言った。


「ポスターの仕事がだろ!?」


 この探偵おたくが。


「いいよ、雅治君やることはやったから」


 麻衣は雅治の仕上げたポスターを見て言った。


「そっちも貼り付けるだけだろ? 二人入れば十分。じゃな」


 そう言って急いで出て行った。

 逃げたな。


「よし、じゃあ俺も家の門限七時までだから、帰るぞ」


しのぶ。あによぉ!!」


 麻衣の鋭い声と威嚇した目にたじろぐ。


「冗談です。はい」






 俺は打ちつけた板を立ち上げて、周りを見渡す。

 いつもの教室の風景ではなく、明日の学園祭に向けた想定に変わっていた。

 クラスの催しものが占いの館で、いくつもの占いグループで行い、それぞれが手法をこらしていた。

 テントを張って星占いの店舗。

 長机を持ってきただけの易者店舗。

 廃棄された瓦を持ってきて何に使って占うのか疑問な店舗。

 机の上にスニーカーが置いてあるだけの店舗。

 他はもっとわからないものもある。

 そして、俺たちは仕切り板で囲った、恋の水晶占い店舗である。


「静かになったね」


 麻衣が縫った生地を並べた机の上にかぶせて言った。

 この教室には、もう俺と彼女の二人だけである。


「クラスで俺たちのグループが最後だってことだな」

「他のグループ手際が良かったわね」

「そうか? 手抜きだらけだぜ。うちのグループは、誰かさんが力入ってるからな」

「瞳がいたから、しっかりした店舗になりそうね」


 彼女は俺の言葉の意味を友人にとらえてほめた。


「だから、明日は人来るといいね」

「そうだな」


 俺としては、来ないで欲しいんだが……憂鬱。


「そっちは終わりそうなの? 私の縫い物は終わったよ」

「ああっ、この板と棒を瞬間接着剤でくっつければ終りだ」


 俺が作業しながら話していると、麻衣が近寄ってきた。


「ねーっ、水晶どうしよう」

「うん? 当てがあるんじゃなかったのか」

「んっ……当てって言うか、手のひらサイズの地球儀があるから銀紙に包んで……」

「工作かよ!?」


 彼女の話に、思わず突っ込んでしまった。


「あによ。水晶なんて高いから買うわけにいかないでしょ? 知り合いに持っていないか聞いてたけど、持っている人いなかったのよ。それとも別の案でもあるの?」


 俺は肩をすくめると、さらに聞いてきた。


「じゃあ、誰か持っている知り合いとかは?」

「知り合いか……あっ」


 すぐ白咲しろさきのことを思い出す。

 彼女なら持っていそうだ。


「いるの?」


 麻衣が期待の声を上げる。


「向かいにある道場なら……あるいは」

「忍のマンションの向かい? 怪しい宗教道場あるけど……あっ」


 麻衣は何かに気づいて、顔をのぞくと表情を渋くしだす。


「こらこら、怪しい言うな。たしか希教道ききょうどうとか言って……占いもやっているようなこと聞いてる」


 ……でも借りるとなると白咲に迷惑かな。

 そう考えながら麻衣を見ると、腕を組んで下を向いて唸っている。


「やっぱ、止めとこ。彼女に迷惑かかるかもしれない」


 俺が自ら否定したら、麻衣は目を丸くして顔をもっと渋くしだす。


「ふーん、ふーんっ、優しいんだ!!」

「あっ。いや、そう言うわけじゃ」

「いいわよ、自分で何とかするから。私、終わったから帰る」


 そう言って鞄に手をつける。

 げっ、この教室に一人になるなんて勘弁。


「おおい。俺ももうすぐ終わるから、一緒に出ようぜ」

「まだ終わらないの? どこが?」


 麻衣が俺の持った畳一枚分のベニヤ板に、粗雑に手をかける。


「おおいっ、手出すなって、接着剤使って」


 言っている間に麻衣の持ったベニヤ板が倒れてきたので、俺が抑えようと手をだす。

 塗りかけの接着剤が手にかかり、そこに彼女の手とぶつかる。


「えっ」

「あっ」


 二人同時に声を上げる。

 麻衣の手のひらが、俺の手のひらに広範囲にべったりドッキングしていた。


「やったかな?」


 俺と対峙する麻衣が上目づかいでにらむので、すぐ手のひらを振ってみる。


「いっ痛い、振らないでよ」

「完全にくっついちゃった」

「もうーっ、取ってよ」

「超強力が宣伝文句の瞬間接着剤だものな」

「やだぁ、取れないの?」

「超強力接着剤の威力試すか」


 もう一度、腕を振ってみる。


「いっ、いたぁーっ」

「つつっ、やっぱり駄目かな……でも、もうちょっと」


 そこに後頭部が痛んで耳鳴りが始まる。

 あっ、これはやばい。


「は、外れろ」


 俺は焦って、激しく腕を振ってしまう。


「いっ、痛いって言ってるでしょ!!」


 麻衣の空いてる右手が、俺の左頬を直撃。


「いてっ! ……平手は人の顔を引っ叩くものじゃない」

「痛かったんだもん」

「俺は二重に痛かったわい」


 あっ。

 耳鳴りが止まっている。

 平手のおかげか?

 今の痛みでアレが止まったようで一安心だが、彼女の前で醜態をさらしてしまった。

 俺って小さいな。

 とにかく、このまま出ないことを願う。


「張り付いちゃった、この手はどうすんのよーっ」


 うっ……そうだった。

 もう一方の手で、ゆっくりはがそうと力を入れてみる。

 皮膚が引っ張られ痛みが走る。


「待ってよ。無理にはがすのは止めて」


 同意だ。


「どうしよう」


 麻衣がうなだれる。


「水洗いで、ごしごし」


 俺が案とも言えない案をだす。


「絶対落ちない」


 と却下された。


「では保健室行って、消毒液ではがす」


 俺は第二案を提示する。


「はがれないわよ! それなら、化学室に置いてある化学液だわ」

「皮膚まで溶かされそうだぞ」

「そ、そうね」


 二人でくっついた手のひらを見て震え上がる。


「……そういえば、瞬間接着剤をはがすためのはがし液、売ってなかったか?」

「それよ! 早く買ってきて」


 麻衣が明るく言い放つ。

 たしかに、学校の向かいにある文具店なら売ってるだろう。


「よし! ――って、ちょっと待て。この状態じゃ」


 彼女と向かい合った状態で繋がっている腕を見る。


「あっ、そうだった」

「一緒に行くか。だがダンスして街中進むことになる。シャル・ウィ・ダンス?」

「ばっ、ばかぁ。私踊れないわよ」


 別なところで否定する彼女も、混乱しているようだ。


「しかたない、腕を曲げて並べば……歩ける」

「うっ、うん。それしかないね」


 二人三脚のごとく、ゆっくりとぎこちなく歩いて廊下に出る。


「これって、なんか」


 麻衣が小声で言ったので、俺があとを続ける。


「手を重ねてるが、遠くからだと手を握り合ったカップルに見える」

「う、うんっ」

「でも、手の貼りつき具合を見れば……バカップル」

「さっさと買いに行くわよ」


 お、俺のボケを流すのかよ。






 窓の外はもう真っ暗で、他のクラスの電気は消えて誰もいないようだ。


「二年の教室、みんな静かで暗いね」

「この階は、もう俺たちだけなのかもな」

「うん、他の生徒見えないね」

「そうだなっ」

「く、暗くなったね」

「同じこと言ってる」

「あっ、そっ、そう?」


 彼女と密着して歩くってのは嬉しいが、なんか焦る。

 それは彼女も同じようだ。

 真横になると腕がねじれて痛むので、カニ歩きのごとく斜めになってくる。

 向かい合っては、にっこり笑い合って横に戻るの繰り返しで歩く。

 階段を一階まで下りたときに、また始まった。

 後頭部に針を刺したような痛みが起きて、耳鳴りが聞こえだす。

 額の中央に熱を感じてきた。

 ああ。やばっ……。

 俺の中に、麻衣の記憶が進入して来る。

 やっばり駄目か……あれが始まった。


「……ど、どうしゅたの?」


 俺が立ち止まったせいで、彼女も止まる。


「いいや……麻衣こそ、言葉噛んでるぜ」

「やっ、やだーっ、気のせいよ」


 変に思われないように歩き出す。

 これは、俺の真意じゃないぞ。

 止めたつもりだったんだ。

 うん、事故だ! 

 事故だから。

 目の前に……ちょうど額の前、三十センチくらいの距離にスクリーン状の映像がいくつも現れる。


 ――フラメモが始まった。






 俺の変な異能のせいで、ひとつひとつのスクリーン映像には、麻衣の記憶の断片がおぼろげに浮かんでいた。

 これは喜怒哀楽で覚えている出来事の、視覚や聴覚の記憶が主なようだ。

 俺はそれを好きなように選んで、映画を鑑賞するように視れてしまう。

 音声も意識していると聞こえてくる。

 俺という意識を外に……会話していれば視ることもないし、すぐ消える。

 無視してればいいんだ。

 んっ。

 映像の一つに目が向く。

 部屋。

 麻衣の部屋かな。


 ――あっ! 


 無意識にその映像を視てしまった。

 こうなると明確に自分の額に映像が大きく表示され、はっきり視れるようになる。

 記憶者から手を離しても、浮かんだ映像は残る。

 そして、意に反して部屋のシーンが浮かんできた。


 あーっ、いかん、いかん。


 ……でも、彼女の部屋は見たい!

 麻衣が映ってる。

 姿見鏡の前に立つ彼女? 

 ブラウスがはだけて、制服スカートに手を回してる……わっ、着替え中のシーンなのか?

 まずい。

 俺、顔が火照ってきた? 

 本人を前にやばい、やばい。

 意識を変えるんだ。

 会話、会話!


「あっ、ああっと」

「へっ?」


 やべっ、変な声だしたら、目が合っちまった。

 だが、麻衣の頬が赤い。

 何度も向かい合ってるから、彼女も意識してきたようだ。


「もーっ、やだ」


 そう言ったと思ったら、突然走り出した。


「いたたっ。急に走るな」

「いたーっ!」


 麻衣も痛がって止まるが、俺とぶつかり足がもつれて一緒に倒れてしまう。

 おいしいシチュエーションで、彼女の上に重なるように倒れた。

 だが、廊下の奥に人が立っていてこちらを見ていた。


「ぷっ。何あの女? 男を抱き寄せて倒れたよ」

「おもしれーっ」


 昇降口付近に、たむろしてる女子グループに凝視されてる。

 まだ残ってる連中がいたのか。

 麻衣もすぐ気づいて嘆いた。


「えーっ、恥ずかしい! もう駄目ーっ」

「駄目って言われても」

「もーっ、この体勢何とかしてよ。重いし」

「あああっ、ごめん」


 立ち上がって彼女を引き起こすと、顔がトマトのように真っ赤になっていた。

 たぶん俺もそうなってる。


「いやだっ。も、戻ろう。来て」


 麻衣は走るように引き返すと、うしろから女子生徒たちの笑い声が聞こえてきた。


「んなこと言われても……おおいっ。退却するのか?」

「だってーっ、恥ずかしいじゃない」


 せっかく降りてきた階段をまた急いで上った。






 言葉もなく教室に戻って二人でため息をする。 


「で、振り出しに戻ったが?」

「誰かに頼んで買ってきてもらおうよ」

「誰かにって、この恥ずかしい事実を暴露するってことか?」

「しようがないでしょ」


 麻衣はアヒルぐちになって俺に言った。


「知り合いはみんな帰ってるしな」

「先生に」

「止せよ。何言われるか、わかったものじゃないだろ」

「……でも」

「それに買って来てくれると思うか?」

「じゃ、どうするのよ」


 彼女は空いてる腕を腰に当てて、不審の目を俺に向けてくる。


「もう一度やり直し」

「えーっ!!」

「俺と麻衣の歩調が合えば問題ないだろ」

「さっき転んだじゃん」

「初めてだったから、それは仕方なかったんだ」

「また転ぶかもしれないし……さっきのすごく恥ずかしかったんだから」


 また唇を尖らせたまま外方を向く。


「そ、それは悪いと思ってる。けど、麻衣の言うとおり誰かに頼むにしても、一緒に歩かないことにはな」


 なだめるように言うが、視線をそらしたままの麻衣。


「それとも、俺とくっついて歩くのが嫌なのか?」

「そ、そんなことないよ」


 麻衣は頬に片手を当てて言いよどむ。


「じゃあ、もう一度やって見るか?」

「わかった」

「恥ずかしくなったら、ひっ叩いていいから」


 余計な一言を言うと、麻衣は俺の顔をゆっくり見据えると微笑んだ。


「その言葉覚えておくよ」

「やっぱり前言撤回」

「いやよ♪」


 明るくなった麻衣の声に廊下から声がかかった。


「君たちどうしました? 怪我はない?」


 短髪の用務員おじさんが立っていた。


「廊下で変な倒れ方してたの見かけたもので、ちょっと気になりましてね」

「は、はがし液ありませんか!!」


 俺と麻衣が声を出してハモッた。



 ***



 学校を出て、夜の歩道をバス停まで麻衣と一緒に歩く。


「遅くなったな、七時回ってるぜ。腹が減るはずだ」

「ったく、誰のせいよ」

「俺かよ?」

「違うの?」

「ひでえな」

「へへっ、ごめん、私よね。いきなり帰るって言って忍を焦らせたから」

「そんなことはない」


 俺が水晶の話に協力する気がないから、苛立ったんじゃなかったかな? 

 だから接着剤で貼り付くことになった気がする。

 バス停のある路線に出て、歩道橋を上がりながら麻衣が話す。


「でも、お湯で取れて良かったね。あの用務員さん親切だったし」

「ちょっと時間かかったけど、お金かけずに済んで良かったよ」

「用務員室で、はがれたときはホットしちゃった」

「その発言、少し寂しい」

「はっ? ばっ、ばかっ、スケベ、変態。また人前で一緒に倒れたらって考えると、冷や汗出てくるんだから。ホント、男子って……」


 俺を横目で見ながら肩を怒らせる麻衣。


「わかった、わかったから……バスに乗る前に、夕飯どっかで食って行かない?」

「んっと、ごめん。お母さん夕飯作ってるから」

「そ、そうだよな」

「もしかして、一人暮らしが寂しくなった?」


 麻衣が破顔しながら俺の顔をのぞき込んできたので、ちょっと癪に障る。


「そんなこと……ねえよ」

「そおぉ? ふふっ。今度一緒に食べよ」

「ホントか?」


 歩道橋を下りかけると、俺の帰る路線じゃなく麻衣の帰る路線バスが停留所に近づいた。


「うん。じゃあ、先に来たから今日はここでね」

「あっ、麻衣。水晶だけど、聞いておくよ」

「えっ?」


 麻衣は足を止めて俺を眺める。


「水晶借りれるか、聞いておくよ」

「んんっ。わかった。あとで連絡頂戴」

「ああっ」

「じゃーね!!」


 彼女は小走りで止まっていたバスの前に行き、乗り込んだ。

 動いて走り去るバスを見送りながら、バス停に一人並ぶ。

 はあっ。

 今日は、うっかり問題の能力使ってしまったな。

 だが、彼女の着替えはもう少し見たかったが……あっ。

 いっ、いかん、他人の心をのぞいて痛い目見るのは俺なのだから。

 引っ越しのとき、誓ったはず。

 でも、問題は明日なんだよな。

 あ~あっ、麻衣の口車に乗ってしまった自分が不甲斐ない。






 三週間前のこと。

 クラスで学園祭の催し物の占いグループが決まり、その俺たちのグループで占い師役を誰がやるかを決めるときだった。


「私や雅治君、瞳じゃ駄目よ。忍の勘の良さを買って占い師をやってもらおうよ」


 麻衣がとんでもない事を言い出したので、すぐ反論する。


「俺より麻衣がやれよ。女子のほうが、神秘さ出せていいと思うが?」

「だめよ、忍の方が絶対似合うから」

「俺が似合うとか意味わからんし、それにお断りだ。恥ずかしい」


 両手を罰点にしてNOを表現する俺。


「忍クゥンは、すごくできる男子だよ。ねっ。お願い」


 両手を合わせて、麻衣の懇願ポーズ。

 んんっ、こいつ何か企んでるかも。


「占い師の真似事なんて……無理だって」

「してよ」


 そんな、占いなんて、あれを使うことになりかねん。

 俺はもうあの能力“フラメモ”は使わないと誓ったんだ。


「だあーっ。やらんぞ」


 もう一度表明。

 しばらくにらんでいた麻衣は、俺に近づき右手の人差し指を唇に当てて耳元で一言ささやく。


『チュウしてもいいよ』

「やる!!」


 その瞬間、俺の口から勝手に言葉が飛び出していた。


「早っ、じゃなくて。ホントーッ」


 彼女は意地の悪い顔で微笑んた。


「おおっ、麻衣ちゃんが何か魔法を発動したぞ」

「これは驚きだわ」


 雅治と椎名が驚く。

 しまった。

 なんて軽薄な。

 お、俺の誓いはこの程度だったのか。

 俺が好きなこと、麻衣は見越して手のひらの上で遊んでやがる。


 それでつい受けてしまったのである。

 やり方などは占い入門書を三冊もあてがわれたが、やる気がないので目次しか見ていない。


 ところでフラメモは何かというと、俺が名付けた記憶の断片フラグメント・オブ・メモリーの略語で超知覚能力のことだ。

 人の残留思念を読み取る異能の力の一種だと思う。

 物や人に触れることで発動するその能力は、すぐのときもあれば長く触れ続けなければならないときもある。

 記憶の断片で目の前にいくつもおぼろげに浮かんでくるが、周りの人たちには見えない。

 記憶映像は何も起こらないことより印象深いことやインパクトがあったことが多いようだ。

 画像は現実と変わらず、色つきで音声も聞こえる。


 ただ映像が鮮明に視れるようになると、相手に触れてなくても視れる。

 なぜだか知らん。

 それとぼやけてない映像は新しい記憶が多い。

 古い記憶もあるが、それは何度も繰り返し思い起こしたことで新しい記憶になっている気がする。

 断片はすぐ途切れるものや長く続くものがあったり、記憶からつながりのある事柄の記憶に移動して視ることもできる。

 初めは面白いと思っていたが、今は恐怖の代物。

 細心の注意か求められる。

 細心の注意を……。

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