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 ※




 寄合所の暗がりに、二台の篝火かがりびが燃える。

 その中に、梟のような落ち窪んだ眼に光を灯す男、上松祐がいる。

 墓石のような端末を前に、祈りを捧げるような形で、屈みこんで何やら操作している。閉め切った部屋はいささか暑苦しく、男の額に薄っすらと汗が浮かぶ。それにも気付かずに、彼は祈祷を行う。悪しきものを排するために。この桃源郷を、守り抜くために。


 落とされた管狐クダたちは十二分にデータを齧っていてくれた。そこから破傷風のように侵入するコンピュータ・ウィルス。次々と書き換えられていく二ツ山村のデータを見て、ほくそ笑まずにはいられない。天罰である。お前たちは、太陽の花に、近付きすぎたのだ。その黒く汚い羽根を溶かし、地に堕ちるがいい。


「む……」


 ――外が何やらうるさい。さっきから何をしているのか。村で催事など行われていないはずだ。ひまわりの國に登記されない行事など存在しない。況してや、いまは侵入者の対応で上松自身がとりわけ忙しい。理由を繕って、外出禁止令を出していたというのに。


 堪りかねて飛び出していこうと立ち上がった上松の前で、寄合所の戸が勢いよく開け放たれる。ガヤガヤと雪崩れ込んできたのは、ひまわりの國の信徒たちであった。


「お前たち、何故来た? 今は精進潔斎の時期である。決して入るなと――」


 厳しく窘めると、最前列の老翁が気弱そうに弁解する。


「はぁ、でも私ら、今日これから御詞があるつう連絡を貰たんです。なあ」

「そうじゃ、そうじゃ。何でも大事な話があるっちゅうことで」

「誰だ、誰がそんな事を言った」


 慌てふためく上松を見て、へらへらと笑う信徒たち。何かがおかしい。


「そりゃ、導師様やって。何を云うちゃって、まぁ」

「ほいじゃ、ど忘れもあろうて。しゃあないわ」


 またどっと笑う老人たち。どういうことか、と深く問い詰めようと距離を縮めた際、彼らの後方から上がる一筋の紫煙に気付く。

 ――なんだ、煙草か?


「誰だ、ここで煙草など、世俗の物を持ち込んで! ここは禁煙であるぞ!」

「堅いこと云うなよ。若いんだから」


 老人の間から進み出てきた男に、上松は見覚えがあった。


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