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「人事異動の件だが」

「え」


 年季の入った市役所の課長室に、ロボット掃除機の駆動音が響く。課長のつるっとした禿頭の後ろでは、ふんわりと揺れるカーテンが五分毎に色合いを変える。猪原いのはら許子もとこは視線を泳がせ、この部屋には仕組みのわからないものばかり置いてあるなぁ……と、頭は目先の問題から逃げようとしていた。


 課長は薄目を開けつつ、たっぷりと溜息を吐いた。


「君の伯父さんにはよくしてもらったよ。高校じゃ二人でバカしたもんだ」

「は、はあ、そうなんですか……」


 管理職の中年男性が昔を懐かしむには、部屋の内装がとんと似合っていない。あのカーテンはちゃんと取り外して洗えるのだろうか。


「だからね、君の椅子は――こんなこと、口に出すようなものでもないね」

「その節は、ありがとうございました」


 許子は勢いをつけて頭を下げる。彼女がそろそろと頭を上げるまでに、課長は掃除機とカーテンを止めた。いよいよ二人以外に誰もいなくなってしまった。


「いいんだ、コネだのなんだの悪いわけじゃない。でも、まさか君が、このご時世に〈検索補助システムSAS〉を使えないとは……」

「も、申し訳ございません……」


「君も辛いだろう。うちは機械に特別うるさい社員がおってね。彼の我流で組んでもらったからな」

「用語がまず、よくわからなくて……」


 えへへ、と必殺の苦笑いをしてみても、課長の仏頂面は剥がれそうにない。


 画面いっぱいに広がる記号。左下でにこやかに佇んでいる可愛らしい半身のキャラクターに声をかけたり質問したりしても、期待していた反応はない。先輩はおろか、同族だと勝手に踏んでいた同期の小野おのですら、初日から破竹の勢いで仕事を片付けていた。少なくとも許子にはそう見えた。


「一年だけだ。ここでコンピュータの何たるかを学んできなさい」


 許子が渡された書状――わざわざ紙媒体にして渡してくれるこの有難さ――には、「異動 サイバーテロ抑止課」とあった。


 眩暈がした。



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