第8話

 ガタガタと不規則に揺れる薄暗い装甲車の内部。ブラックメイルを装着したアスカとユウは、両脇のベンチシートに少しずれるようにして座っていた。

『それで、どうして作戦指揮があんたに変更されたのか、そろそろ聞かせてもらおうか』

 電波越しに聞こえるユウの声は、相変わらず無感情なものに聞こえた。対して、それに答えるドクター米良野の声は、子供のような無邪気さに満ちあふれていた。

『そりゃあ、お前がラボの関係者以外とまともに接するレアケースだからな! 調査しない手は無いだろう?』

 答えを聞いたユウは、呆れてものも言えないという気持ちを凝縮して『はぁ』とため息をつく。

 本気で呆れているせいか、向かいに座ったアスカが物珍しそうに見ていることにも気付く様子はなかった。


 事は今から数十分前。部屋でアスカと簡単な打ち合わせをしていたユウが、急に動きを止めて書類の一点を凝視した。釣られて覗き込んだアスカが見たのは、「作戦指揮は米良野めらの望深のぞみ氏に委任する」という一文だった。

 ユウが電話越しにドクター米良野に問いただそうとするも、「いいから早く任務に向かえ」の一点張り。アスカとユウは解決されないもやもやを抱えたまま戦闘準備をして出撃し、そして今に至るというわけであった。


   ◆   ◆   ◆


 ユウの無表情が崩れた瞬間を驚き半分同情半分で眺めながら、アスカは心の中で一人呟く。

(興味本位だって言われてるようなものだし、ため息つきたくなる気持ちも分かるけどなぁ)

 そんなアスカのことなど忘れているのか、表情を戻さないままユウは続けて問う。

『どんなろくでもない手を使ったら指揮権の強奪なんてのが可能なのか、教えてもらいたいがな』

『やれやれ、強奪だなんて人聞きが悪いなまったく。単にあっち――司令棟が協定違反したから奪還しただけだぞ? まあ、結構前から握ってたカードではあるんだがな』

 そう言ってくっくっと喉を鳴らして笑う様は、今日初めて会ったアスカでさえ無線の向こうで趣味の悪そうな笑顔をしているのが浮かぶようだった。

『それで、今度は何を企んでる?』

『やだなぁ、調査だよ調査。改めてお前の戦闘データを収集しようと思っただけさ。一応他にも細々とした目的が無いわけじゃないが、メインはお前さ』

『そうか』

 そう言うと、それきりユウは黙り込んでしまった。そして、車内には唸りを上げるモーターの駆動音と、砂利などを踏み越える度に生じるガタゴトという騒音以外、何も聞こえなくなった。


「……」

 アスカは沈黙はそれほど苦手な質ではない。だが、この沈黙は普段のものとは違うような気がして、なんだか居心地が悪かった。

 もしかすると、アスカに聞きたいことがあったからこそ、そう感じただけなのかもしれないが。

「あの……米良野、ええと、ユウさんはドクターの研究対象なんですか?」

 すると、一瞬の間の後でドクター米良野が答えた。

『まあ、そうだな。研究に使えそうだったから、色々と手配してうちで保護したっていう面はある。色々と規格外だったしな。それなのに、最近じゃ司令棟の奴らばっかがいい思いをしててなぁ。アスカちゃんも気を付けろよ、奴ら自分達の利益しか考えてないぞ』

「あ、そうなんですか」

 すると、ユウがぼそりとツッコミを入れた。

『単なる同族嫌悪だろ』

『ああ、そうとも言うな!』

「え、えぇー……」

 ユウのツッコミか、はたまたアスカの反応か、何にせよ気をよくしたドクター米良野の笑い声が数秒間ヘルメット内に鳴り響いた後、おもむろに装甲車が減速し始めた。

『おっと、そろそろ目標地点だな。二人とも準備してくれ。任務開始だ』

『了解』「了解です」

 ユウに合わせて普段通りの返事をしながら、アスカの胸の内には次なる疑問が浮かびあがる。しかし、それはアスカの口から発せられることは無かった。

(いやいや、今は集中しなきゃだし)

 頭を軽く振って考えを切り替える。疑問も迷いも今は置いておく。

(何が起きてもいいように、いつでも動ける心構えでいないと!)

 アスカは小さく頷き、五指に力を入れて両の拳を握ろうとする。直後、僅かなタイムラグを置いてブラックメイルの五本の指が動き、ポリカーボネートの盾のグリップをぐぐっと握り込む。

 その力強い動きを自信にも似た安心感で見つめ、アスカはもう一度頷いた。


   ◆   ◆   ◆


 澄み渡るような晴天の下、片手に大剣を携えたユウが、こちらに背を向けたまま話し始める。

『では、もう一度確認だ』

 燦々と照り付ける日光を、装甲や布地の黒色は吸収し、外骨格の金色はキラキラと跳ね返す。相反する二つの色を纏ったその姿は、やはり不思議な美しさを持っているようにアスカには思えた。

 そんなアスカの思いなど知りもしないだろうユウは、既に臨戦態勢に入っている。

 数百メートルの先には『波打ち際』――『黄の海』の領域が広がっている。これまでの常識からしてここはまだ安全圏ではあるはずだが、だからと言って気を抜いていいというわけではない。彼の後ろ姿はそう言っているようにも見えた。

『俺が前進して一帯のアプサラスを駆除する間、お前はここで待機。異変があればすぐさま報告し、余力があれば装甲車を防衛すること。ただし、最優先は自分自身の安全だ。迷ったら後退するように。いいな?』

「はい、了解です」

 アスカの返事を聞き届けると、ユウは一つ頷いて前進を開始。瞬く間に遠く小さくなったブラックメイルを眺めながら、アスカは装甲車の屋根に腰を下ろした。

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