第3話マルメの別れ

○あなたはもう忘れたかもしれないが


私は全財産をはたいてリューベックで中古のワーゲンを買いました。

それがコペン間近でクランクシャフトが折れて、どうしたものか?


修理屋に預けてヒッチでベラホイにやっとの思いでたどり着きました。

掲示板の『青タオルへ、私は東京館にいます、マメタン』

を見たときには正直うれしかったです。


〇あなたはもう忘れたかもしれないが?

今でも感謝しています、驚いています。あの時よくお金を貸してくれました。

「私は仕事が見つかったし、いいから使って」

そういってトラベラーズチェックにサインしてくれましたね。


憶えてますか?ずいぶん時間がかかりました。

あなたの手元を見つめながら、

『絶対に早く返すぞ!』そう誓いました。


○あなたはもう忘れたかもしれないが


借りたお金でワーゲンを修理してベラホイで1ヶ月働きました。本格的に稼ぐ

ために西ドイツへ、私は絵描きのおじさんと出発しました。


ワーゲンにはペイント、前に弁慶後ろに助六、ど派手ジャパンポップアート。

楕円形のツーリストナンバープレート。


みんなが見送りに。あなたは運転席のシートを何回も動かして固定してくれました。今でもよく憶えています。本当によく人のために一生懸命尽くす人だと。


借金のプレッシャーが強くこの時期ほとんど会ってませんでしたよね。

あなたは日本人社会の中でぐんぐんと目立ってきました。


はちきれんばかりのマメタン全開でしたね。

ジュードーのS氏とのうわさは耳にしていましたが・・・・・。


○あなたはもう忘れたかもしれないが


私はミュンヘンで半年働いてお金をためてコペンへ戻ってきました。

この時でしたかコペンの中央駅で出会えなかったのは。


今でも不思議で仕様がないのですが申し訳ありませんでした。

一旦お金はお返ししましたが、どういうわけかあなたにはいろいろあったみたいで


小曽根と私の二人に加わって3人で北上することになりましたね。

憶えてますか?オゾネ。カナダの庭師。前歯の抜けるのそっとした男の子。


フェリーでチュルク、ヘルシンキまで行きましたね。憶えてますか

あのフェリー?帰りは雑魚寝でしたね。何年か前に沈没したんですよー!


ヘルシンキ、サウナのプール。佐藤栄作ジャンプ台。マツダの車ばかり。

ディスコで食事中の女の子を誘ってあなたにたしなめられましたね。


○あなたはもう忘れたかもしれないが


10円玉の裏をスタンプにして学生証を作りましたね。

職安で必要だったからです。オゾネは疑われてだめでした。


この年トルコ系が解禁になってまったく仕事は見つかりませんでした。

ストックの町をさ迷い歩きましたね。憶えてますか?


駅前のブルーハウス。ガムラスタンのディスコ、ブラックシープ。

長い長い夜のエスカレーター。お金を使い果たし途方にくれました。

ほんとにすみませんでした。


○あなたはもう忘れたかもしれないが


憶えてますか?ストックで借りた部屋で朝まで話してて。

幽霊が座ってた?白く光ってた?白夜のころでしたね。

北欧ではどの部屋の窓にもブラインドと分厚いカーテン。

真夜中でも夜明けの明るさでしたね。


○あなたはもう忘れたかもしれないが


マルメを目指してヒッチハイクのとき、老夫婦の家に泊めてもらいましたね。

一生忘れません。マッサージをしたり歌を歌ったり新聞に載ったり。


失意のどん底なのに勇気付けられました。ログハウスの引き出しベッド、

憶えてますか?大きな窓に美しい星空でしたね。


○あなたはもう忘れたかもしれないが


マルメの別れ。脳裏に焼きついています。あなたはコペンへ私はストックへ。

かもめの鳴き声がかくも悲しいものだとはこの時初めて知りました。

船が見えなくなるまでずっと見送ってたんですよ。

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