第10話 探し人



うえーん うえーん




暗闇の中で、泣き声が響く。


暗い

寒い

寂しい


膝を抱えて、顔を埋める。


誰も助けてくれない

誰も見つけてくれない



―――こっちだよ こっち



ずっと、長い間ずっと一人っぼっちだったが、やっと誰かの声が聞こえた。

声がする方へ振り向いたが、何も見えない闇のまま。

その声のする方へ、ゆっくりと歩を進めた。






パチッ






「―――やっと起きたの」



ドアップの美女の顔。

たっぷり3秒ほど見つめ合った後、俺は情けない悲鳴を上げ、後退すると同時に後頭部をぶつけた。

どうやら此処は家の玄関のままのようだ。



「情けない男ね、ほんと」



目の前の美女は、中腰の状態で自身の膝に頬杖をつきながら俺を見ていた。

寝起きで頭が混乱しているので、反射的に手は自身の胸のお守りを探すが―――ない。



「嗚呼、これはもらったわ 地味に痛いのよね」



今朝、何故か俺の家の前に立っていた美女。

先日会った時の服のまま、さも当然のようににっこり微笑んでいたのに恐怖した俺は、ドアを閉めることを決断したが、呆気なく看破。

何故か宮司さんの万能お守りも効かずに、気付かないうちに気絶をしていたらしい。

美女の手には宮司さんからもらったお守りが握られている。



「っ、返せ!」


「あら、そんな口聞けるの」



取り返そうと手を伸ばしたが、身体を反らして避けられた。

逆に伸ばした手を掴まれ、反射的に手を引っ込めようとしたが、女性と思えないほどの力でびくともしない。



「 ―――約束。覚えているでしょう? 」



そう言われて出てきたのは、気を失う前の記憶。

無理矢理家に入ってきて、俺を床に叩きつけ、戦意を喪失させた後に口にした言葉


―――今お時間いただいてもいいかしら?


いやいやいや。

そこまで散々暴力と脅しをかけておいて、ほぼ強制的に結ばれたモノを約束とはいえないと思うのだが。

そう心の中では思うのに、あの衝撃と痛みと思い出すと、断り逃げる勇気は俺にはなかった。



「……俺に何か用ですか」



この神社は何百年も続いている古い歴史のある邪気祓い専門の神社だ。

此処の神主というだけで、「此の世ならざるモノ」に狙われて襲われるものも多い。

そう祿郷さんに聞いたのが、ふと頭を過った。



「やっと本題に入れたわね。嬉しいわ」


「……俺なんかにできることは少ないと思いますけど」


「そんなに怯えなくても大丈夫よ。あなたを殺すつもりはないわ」



そう言いつつ笑いながら俺の手をゆっくり離す。

どうやら、虚勢を張っていたのがバレているらしい。

いや、それでいい。縋るように命乞いはしたくない。

心の中で自信を奮い立たせ、無理矢理虚勢を張り続ける。



「 ―――人探しをしてほしいの 」



すっと女性の瞳が細くなり、真剣な目が俺を見据える。

同時にすっと空気も冷えたような気がして、緊張が体を支配しているようだった。

「人」ということは、人間なのだろうか。生者なのか、『此の世ならざるモノ』なのかもわからない。



「……どんな人ですか?」


「私と同じくらいの年齢の女、私とよく似ているわ」



すごく曖昧な記憶だな。

この女性の風貌は、一言でいうと現代風の美人。

じっくりと見れば、茶髪のポニーテールに、白い肌、ぱっちり二重瞼、赤い薄い唇。

ポニーテールは緩いウェーブがかかっていて、肩の下ほどまで長さがある。

年齢は25歳と俺とあまり変わらないように見える。



「……ちなみに今おいくつですか?」


「嗚呼、きちんと数えてないけど、200歳……くらいかしら」


「え?!」



一瞬驚きで開いた口が塞がらなかったが、すぐに理解し、納得できた。

この女性は「此の世ならざるモノ」なのだ。

生ける者ではあり得ないほど長い時間を過ごしているモノなんだろう。



「では、やっぱり貴女は『此の世ならざるモノ』……なんですね」



恐る恐る聞いてみる。

なるべく言葉は間違えないように、どのように表現をしたらいいか考えた結果がこの言葉だった。

恐ろしく長く感じた3秒の沈黙後、薄い唇がゆっくり横に広がった。



「―――そうね。私は怪異であり、化け物、幽霊、神とも呼ばれる存在よ。その中でも、『此の世ならざるモノ』という言葉は嫌いじゃないわ」


「探している人も?」


「ええ。おそらくね。とりあえず、外に出ましょう。 勿論逃げたら――わかってるわよね 」



にっこりと口元は綺麗な笑みだが、目は笑っていない。

目を合わせるとやはり普通の人と違い、捕食者に睨まれているような怖さを感じるのだ。

勿論逃げられると思っていないが、隙を見て神社に逃げ込めないかとは思っている。

とりあえず、外に出たら誰かに出会えるかもしれない。希望を持って俺は外出することに決めた。



「はい、お守りは返してあげるわ」


「……いいんですか?」


「ええ。私にはあまり効かないもの」



気付けば時刻は10時すぎ。

天気はどんよりの曇り空、まるで俺の心の中のようだ。

どこに向かったらいいのかもわからなかったので、市街地の方に向かうことにした。

出発とほぼ同時に、お守りは手渡しで返してもらった。

先程「痛い」とは言っていたが、確かにあまり効力のない物みたいだ。


「この女性に効かないのか」、それほどに「力を持った『此の世ならざるモノ』」なのか。


俺の勘では―――後者だ。何故なら、1回目の時に確かにバチッと反応したからだ。

御守りは反応しているが、この女性には効力がない。そう考えている。

俺はちゃんと生きて帰れるのだろうか、考えれば考えるほど憂鬱になりそうだった。

でも、しっかりと探し出せたら無事に帰してもらえそうだから、なんとか探し人を見つけ出したい。



「えっと……名前を聞いてもいいですか」


「ああ、そうね。名乗ってなかったわね。んー……『うさぎ』と呼んで」


「……うさぎさんですか?」



兎さん。

呼んで少し恥ずかしくなった。子どもみたいだ。

顔に似合わず可愛い。いや、顔は可愛いから、存在に似合わず可愛いというべきか。



「なによ。言っておくけど、ふざけてないからね」


「いや、思ってないですよ!」



兎さんの頬がほんのりと赤い。

別にふざけているのかとは思っていないんだが、まるでツンデレみたいじゃないか。

少しだけ、ほんの少しだけ、ヒトの女性と喋っているような親近感が持てた気がした。



「ちなみに何で『兎』さん、なんですか?兎と関わりがあるからですか?」


「ええ。素性は言えないけどね。ほら、兎みたいでしょ?」



効果音をつけるなら、キャピッというような顎の下に両拳をつけて右膝を後ろに曲げるぶりっこポーズを見せた兎さん。

まあ、顔は可愛いので似合ってはいるのだが、あの衝撃的な出逢いをした後では、とてもじゃないが「寂しくて死んじゃう」というキャラには見えない。

むしろ「女傑」と言っても過言ではない。



「………そうですね」


「なによ、その間は」


「とりあえず、兎さんと呼ばせていただきます」



まあ、いいや。

とりあえず兎に関係している「此の世ならざるモノ」のお姉さんということで。

そう自己解決して、見えた十字路を左に曲がった。



「兎さん、もう一度探している人のことを聞いてもいいですか?」


「私みたいな人」


「……ざっくりしすぎてて本当にわからないんですけど」



私みたいな人ってなんだ。

おそらく探偵でも首を傾げてしまうのではないかという大雑把な情報だ。

しかし、私みたいな人というのなら、当て嵌まる関係性は1つだろう。



「私みたいな人って、もしかして家族とか?」


「………」



恐る恐るそう尋ねたら返事がなかった。

ちらっと横を見ると、横顔だけじゃわからないが、少しだけ悲しそうな表情に見えた。



「そうね。探してもらうのだから、言わないとね」



一瞬俯いたかと思ったら、ゆっくりと顔を上げ、足を止めて俺に向き直る。

同じように、俺も足を止めた。

兎さんの体の回転に合わせてふわっと結んだ髪が靡く様が、綺麗に見えた。



「―――妹を探してほしいの」


「……いもうと?」



首を傾げながら復唱する俺に、兎さんは「ええ」と頷く。

そして心がもやもやするのを感じつつ、再度ゆっくりと足を進めた。



「顔は私とよく似ているわ。年は3つ下だった」



兎さんの話を聞きながら十字路を右に曲がる。



「一緒に山火事で死んだんだけど、そこからはぐれちゃって、ずっと探しているの」


「200年、ですか」


「そうね。それくらい経っちゃったわね。私は生前から神力があったみたいで、力のあるモノとして存在しているわ。100年程いろいろと縛られて探しに来られなかったけど、やっと此処まで来たの」



話を聞きながら、更に右へ。

ふと横を見れば、歩道の手すりから街が見下せた。

俺の視線に気づき、兎さんも足を止めて街を見下し、ゆっくりと両手を耳の後ろに当てた。



「……この街にいるの。私を呼んでいる声が聞こえる。でも、どれだけ探しても会えないのよ」



俺は、なんて言葉をかけたらいいのだろう。

どんな言葉をかけても、この人にとっては同情の言葉にしかならない。

簡単な返事しかできずに、再度歩を進めようとした瞬間、腕を掴まれた。



「そっちはダメよ」



先程の哀愁の表情とはうって変わり、最初に出会った時のような強い瞳だった。

びくっと肩が跳ねたが、冷静になれと自身に言い聞かせる。

あともう少しなのだ。



「……な、なんのことですか?」


「ダメよ。神社はダメ。それ以上は進ませない」



あ、バレてる。

敢えて自宅から遠回りし、なるべく目立たない道から行こうとしたのだが、そうはいかなかった。

こうなったら説得するしかない。



「神社には『此の世ならざるモノ』の詳細が書かれたノートがあります。それがあれば妹さんが見つけやすくなるかもしれません!あと、俺なんかよりも優れた人たちがいっぱいいますし、依頼としてならきちんと受けますよ!」



咄嗟に早口になってしまった。必死感がバレバレだ。

俺自身、助けてもらいたいという気持ちもあるのだが、神社に行った方が、兎さんの妹が見つかる確率も上がるのだ。

間違ったことは言っているつもりはないのだが、拒否を主張するように俺の腕を握る手も強くなってきている。



「ダメよ。此処は私達を" 敵 "か" 道具 "にしか見ていない処よ」


「そんなことは……っ」


「ないと言いきれるかしら?だから、ここに頼るつもりはないわ。それに、低級は結界で除かれるけど、格が高いモノは飛ばされる結界がはってあるわ。不自由なの、嫌いなの」



そうなのか。

確かに、悪しきモノは結界で弾かれ、入って来られないと聞いた。

上級のモノは、どこかに飛ばされるのか。

俺達、人にとってはどこまでもあり難いのだが、『此の世ならざるモノ』にとってはどこまでも煩わしいものなのだろう。



「妹が見つかっても祓われない保証はない。私の存在も危ういのに、そんなところにお願いなんてできる?」


「……じゃあ、俺も同じじゃないんですか?」



最初に出逢った時、貴女の手を払った。

2度目は、玄関の前にいたことにびっくりしすぎて戸を無理矢理閉めたし、お守りで追い払おうとした。

俺だって、この桃華八幡宮の神主であり、邪気祓いに関わる者だ。

俺に祓われない保証なんて、どこにもないだろう。



「ええ、そうね。でも、貴方を選んだのは、選ばれたからよ」



――選ばれた?

選んだ理由が、選ばれたからって意味がわからない。

首を傾げる俺に、兎さんは強く握っていた俺の手をゆっくり離した。



「場所を変えてもいいかしら?」


「……わかりました」



てっきり神主であり、『此の世ならざるモノ』が見えるから話しかけられたのだと思ったいた。

そんな疑問を持ちながら、俺の一歩先を歩く兎さんについていく。


もう夕方なのか、陽が沈み始め、茜色の空が影を濃く描いていく。

衝撃的な出逢いから何も食べていなかったことに気づき、兎さんに提案したところ、途中にあったコンビニに寄ってくれた。

おにぎりを見たと同時にお腹が鳴った。そういえば、朝から何も食べていなかった。

俺は鳥五目と昆布のおにぎりを手に取り、レジでからあげの串のホットスナックをレジ定員に頼んだ。



「……なんですか?」


「い、いえ」


「ん?……うわ!?びっくりした」



若い男性のレジ定員の視線に気付き、後ろを見るとぴったりと兎さんが俺の横にくっつくようにして、ホットスナックを眺めていた。

そして、左手にはちゃっかりとカッププリンが握られている。

しかし、この人は鞄を持っていない。俺には手ぶらにしか見えないのだが、財布は持っているのだろうか。

むしろ、お金の概念すら怪しい気がするのだが。



「兎さん、お金持っているんですか?」


「……お金?」



きょとんと首を傾げたので、やはりかと納得した。



「そのカップを此処に置いてください。そのケースの中で欲しいものはありますか?」


「んー……じゃあ、コレ」


「以上で750円になります」



選んだモノに笑いそうになったが、なんとか堪えた。

兎さんの物珍しそうな視線と、レジ定員の不思議そうな視線になんとか耐えて、お金を払ってコンビニを出た。

やってきたのは、近くにある小さな公園だ。



「どうぞ」


「ありがとう」



公園の中のベンチに座り、先に購入したホットスナックを兎さんに渡す。


コンビニで兎さんが選んだのが、―――アメリカンホットドックなのだ。


子どもか!と突っ込みそうになるのを抑えた。

俺も時々食べたくなるので気持ちはわかるのだが、純粋に癒されたのだ。

定員も同じ気持ちだったのではないだろうか、と勝手に思う。

なんというか、これがギャップ萌えという奴なのか。

今度、オタクの片岡さんに聞いてみようか。


兎さんは、まるで子どもが玩具をもらえた時のようなキラキラとした瞳でホットスナックを眺めた後、上を一口齧った。

どうやら、ソーセージの部分には到達しなかったようで、もう一口食べた。



「どうですか?」


「ん、美味しい。知らない間にこんな食べ物ができていたなんて…!」


「それは良かったです。からあげも食べますか?」


「……からあげ?」



俺が購入したのは、からあげの串だ。

カリカリの衣で揚げた4個のからあげが一本の串に刺さった一般的なホットスナックだ。

俺が一個食べたのを見て、兎さんも一個食べる。

「美味しい!」と子どものようにはしゃぎ、幸せそうに笑みが広がるのを見て、俺も自然に頬が緩んだ。



「ヒューヒュー」


「おい、こら!」



突如後ろから声が聞こえて、思わず振り返った。

俺とばっちり目が合い「逃げろ」と走り出したのは2人組の青年だった。

学ランを着ていたので、どうやら男子高校生のようだ。

今この場には俺達しかいない。つまり、そういうことだろう。



「……ひゅーひゅー?」


「か、風の真似ですよ」



俺の顔に少しずつ熱が昇ってくるのを感じた。

そうだ。男と女のペアがいたら、それは恋人同士かと疑うのが先だ。

今思えば、コンビニ定員も「カップル」として見ていたのかもしれない。

カップルを「ヒュー」という擬音語ではやし立てるのはもう古い気がしてならないが、それでわかってしまう俺も世代の1人だ。

兎さんは、人に成りすましているが、本当は――此の世ならざるモノ。

あの衝撃的な出逢いがあったから、対象外どころか圏外レベルまでいくのだが、確かに美人ではある。スタイルも良い。



「どうしたの?」


「……いえ、あの!さっきの話の続きを聞かせてください!俺が選ばれた、という話」


「そうね」



これ以上、変な意識は持ちたくなかったので、無理矢理話題を変える。

アメリカンホットドックを全て食べ終えた兎さんは、プリンの食べ方に苦戦していた。

見かねた俺がプリンの蓋を開けながら、一緒に入っていたスプーンも手渡す。

どうやら、スプーンの使い方は知っていたようで、プリンを食べながら兎さんはゆっくり話し始めた。



「結論から言うと、貴方は私の妹に会ったことがあるわ」


「……え?」


「私が貴方を選んだ理由は、私の妹が残した跡があったから。だから、貴方に接触したの。見憶えないかしら?」



―――兎さんのその言葉に、確信が持てた。



" 探している妹 "


" 正体は『此の世ならざるモノ』 "


" この街にいる "


" 俺と出会ったことがある "



この4つから当て嵌まるモノを俺は1つしか知らない。

2週間で2回も襲われた「お姉ちゃん」と嘆く少女の霊だ。



「……俺、知っているかもしれないです」



最初は自信がなかった。

俺がこの街に来てまだ2週間ほどだ。

『此の世ならざるモノ』の情報なんて圧倒的に少ない。

安易に言ってしまって、違って怒りを買ったら後が怖い。

しかし、ここまで当て嵌まると、この霊しかいないと自信が持てた。



「本当!?」


「あの霊も貴女を探していました。暗くて顔ははっきり覚えていませんが、小さな女の子です」



背は、おそらく130cmくらいだろうか。

たぶん、このくらいと手で背丈を示す。

ベンチに座っている俺の高さくらいだろうか。

すると、一瞬期待に満ちた兎さんの表情が消え、―――緩く首を振った。



「いいえ、その子じゃないわ。だって、今でその背丈はありえない」



私でさえこれだけなのに、と呟く兎さんの外見年齢としては、俺の予想では20歳くらいだろうか。

背は160cmくらいで、すらっとしたスタイルに、大人の女性も主張するような胸の膨らみがある。

しかし、あの少女の霊は、確かに「少女」の霊だったのだ。



(……一体どういうことだろう)



自信があっただけに、俺のやした気持ちは晴れなかった。

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