「う、うん」


 二人走って矢の中へと戻り、エオンは太刀を振るって兵たちを斬っていく。片腕でもそれくらいならば問題なかった。キュアも敵を相手にしているが、動きがわずかにおかしい。そばから離れないように先端へと向かっていく。


「戻ったな」


 たどり着けばバルトロが声を掛けてきた。そばにはやはりアルコがいる。矢の先端は激戦区となっており、仲間たちも血みどろになりながら戦っていた。そしてオーロ兵の向こう側にある、大きく厚みのありそうな門がロムスへの侵入を阻んでいた。


「ははは、人外でもこの門を越えることはできまい!」

「そうだ。我々の兵器を持ってしてでも壊すことの難しい門だ!」

「これが科学ッ! 科学帝国オーロの破れぬ合金ッ!」


 片腕だけで器用に煙草を携帯灰皿で処理し、バルトロは長く息を吐いた。


「よし、オマエラ前に立つなよ」


 エオンが戻ってくることを待っていたようだ。彼はそう言うと長ドスを構えたままにどんどんと力を込めていく。すると彼を中心にびりびりと空気が震え始め、地鳴りが起こる。

 異常を察知して兵たちが襲い掛かるも、アルコが軽く全員を斬っていた。

 そして十分な力が堪る。


「ずりゃあッ!!」


 バルトロがくるりと長ドスを回した後、その切っ先をオーロ兵たちの向こう側にある門に向けて突いた。するとまばゆい閃光が走り、その光が周りの空気と兵を巻き込みながら一直線に門へと進み、あっさりと向こう側、ロムスへと続く大穴を開けた。

 バルトロから門までの間の地面もすべてえぐられてしまっていて、そしてオーロ兵の身体や兵器がばらばらになって散乱していた。

 威力のすさまじさを示す光景に、エオンは驚きを隠せなかった。


「これが……バルトロさんの本気……」

「へっ、こんなので本気だと思われるのは癪だな」


 しかしガクンと膝が落ちかけて長ドスを杖のようにし、身体を支えるようになった。ぽたぽたとひどく汗を流し、息を壊してしまっている様子は、明らかに消耗していることをわからせた。


「ワシはここに残る。さっさと行け」

「はい、博士公討ってきます」


 エオンとキュアが穴の向こうへと向かって走り出した。


 

「父様」


 アルコが心配そうに父親に寄り添う。しかし彼はそんな娘を離れさせ、目線の高さを合わせて瞳を真っ直ぐに見て言う。


「あのアノマロカリス、アルツェロが中で待っているはずだ。ワシの代わりにアルコ、お前が戦うんだ」

「でも、父様が……」


 ぴんと娘の額にでこぴんをする。幼い頃、まだ東の島国にいた頃によくやっていたものだ。大きくなっても痛いものは痛いらしく、娘は驚いた表情のままに手で押さえていた。


「エオンが博士公を殺せなきゃワシは帰れねーの。だからアルツェロを抑えてみせるんだ」


 次はぽんぽんと頭を撫でる。


「アルコはもう十三歳なんだろ? 父さんと一緒に寝なくたって大丈夫な子なんだろ?」


 こくりと小さなあごを引いてうなずく。


「なら行け。そして強くなったところを見せてくれ」


 アルコは瞳に力を宿し、エオンたちを追ってロムスへと向かっていった。

 弱ったとみてバルトロは兵に囲まれる。そして一斉に攻撃を加えられるが、一瞬にして全員に血を流れさせ、寝ころんだまま動けなくさせた。ふらふらとしつつも、まだ彼はやれる。


「エオンがロムスへ入ったぞーッ!」


 彼が叫べば、仲間たちはその内容のおかげで士気を上げた。そして一気にバルトロの突きの跡が残る部分を進み、穴の開いた門の近くへと立つ。今度は兵たちの追撃を阻止することを第一とするようになった。矢は壁となったのだ。


「うおおおおおおおおッ!」


 雄叫びが上がる。獣の咆哮が響く。

 博士公を討たせまいとオーロ兵の攻撃はより激しいものとなり、しかし超越者たちも博士公を討つために必死で耐え続ける。

 その中にはリュオルをはじめとする、子供たちの姿もあった。臆することなく立ち向かっている。そしてその周りを大人たちが囲っていて、子供たちの戦いを補助しながらも死なせるわけにはいかないと奮戦していた。


「くそったれッ」


 長ドスを振り回しながら、ときどき手を膝に置いてバルトロは息を整えていた。そしてまた自らを奮い立たせて得物を持って近づく敵を斬るのだった。


 

 ロムスへと入ったエオンとキュア、途中でアルコも追いついて真っ直ぐにロムス宮へと駆けていく。オーロ兵はほとんどを外に出してしまっているようで、ちらほらと現れ襲い掛かってくる者を軽く突破していった。

 そうして特に大きなことはなく、ロムス宮の門前へとたどり着いた。古くも新しい、奇妙な建物は間違いなくテレビで見たことがあるロムス宮だった。広い庭には噴水があり、この状況でものんきに水を宙に散らせている。


 三人は門を飛び越えて侵入する。人の気配はなかったが、しかし銃弾が一向に向けて飛んできた。アルコが即座に対応し、長ドスで弾いた。さすが吸血鬼のなせる技。


「殺気がない。からくり兵か」


 庭にはセンサーに反応した者を銃撃するシステムが供えられていた。

 殺気がなく、センサーの位置も銃口の位置もわからないエオンとキュアでは反応が遅れて命中する可能性が高かった。アルコだけがそのずば抜けた反応速度と移動速度で発砲後でも対応できる。


「妾が銃弾をすべて落とします。二人は建物へと真っ直ぐに」

「わかった」

「うん」

「落とせないのもあるかもしれません。気を抜かないでください」


 建物の中を目指して三人一斉に全力で走り出す。無数のセンサーに反応し、銃弾があらゆる方向から飛んでくる。それをアルコはすべて弾いていく。

 上手く進んでいるかと思ったが、エオンがケガの影響で遅れてしまう。だからキュアは獣の姿になって乗るように言う。彼はその通りに彼女の背中へと跨って連れていってもらうことになった。

 噴水を越え、建物の扉へとすぐそこに迫る。しっかりとした鉄の扉だ。


「天鼠鬼覇動(てんそおにはどう)ッ!」


 アルコはさっきのバルトロの突きと似た技を繰り出し、比べてかなり小規模な閃光ながらに離れた扉を貫き壊した。これで中へと侵入できるようになり、三人は飛び込んだ。彼女の技に巻き込まれ、扉の後ろで控えていた者たちの亡骸が原形をとどめて散らばっていた。


「中にはないようですね。それで、博士公の場所は?」

「二階に普段居続ける場所があると、バルトロさんが」

「そうですか。念のために妾が……」


 長ドスの切っ先を床へと突き刺し、瞼を閉じて何かを念じている。しばらく静かな時が流れ、それから彼女は口角を上げて不敵に笑った。


「この状況でも逃げずにいつもの場所にいるとは、肝が据わっているのか能天気なのか」


 これも彼女の能力の一つか。博士公がエオンの言った場所にいることを察知したのだ。一行は正面の階段を上り、二階のフロアに立つ。目的の部屋までは、これまでの距離を考えればすぐそこであると言える。


「待っていたぞ……ッ、仇ぃぃぃぃぃぃッッ!!」


 爆発的な殺気とともに何かが襲い掛かってきた。狙いはエオンだったが、アルコがとっさに二人に体当たりをして移動させ、相手の攻撃を長ドスで受けた。あまりの力と勢いに足を踏ん張ってもずるずると廊下の床を壊しながら後退していってしまう。


「バルトロのッ……娘!?」

「機械獅子ッ!」


 アルツェロだ。アルツェロがここで控えていた。獅子の瞳は鈍い炎に燃えていて、ついにアルコは体勢を崩して転んでしまった。そんな彼女の頭を義手の拳が襲う。


「やらせるかッ!」


 隙と見てアルツェロに飛び掛かったエオンとキュアだったが、避けられてしまう。しかしそのおかげでアルコが体勢を整える時間を作ることに成功した。じいんと痺れてしまっている手に、彼女は眉根を寄せた。


「ここは妾が引き受けます。二人は博士公を」

「で、でも……」

「討てば戦いは終わるんでしょう? 早く。突破口は作ります」


 しかしアルツェロがそうはさせない。博士公の部屋へと走り出した二人の前に立ちはだかる。空気を裂くような拳を太刀で受けようとするも、わずかに間に合わないタイミングだった。


「あなたの相手は妾です」


 閃光の突きがアルツェロめがけて放たれていた。初めて見る技に彼は驚きつつも、全神経を集中させてわずかに腕をかすめる程度で終わらせた。

 それで十分だった。エオンとキュアは横をすり抜けて壁となっていたアルツェロを越えた。そして追いかけようとする彼をアルコがけん制し、脚を止めさせた。


「妾を倒さねば追いかけることはできません」

「見た目は小さい女の子であろうが……すぐに噛み砕くッ!」


 獅子の姿となって荒れ狂う暴風のような突撃を繰り出す。そして機械の前脚の鋭い爪が飛び、アルコは後ろへ後退するものの二重回しを破られてしまう。


「母様のが……ッ」


 けれどやられるだけではなく、獅子の顔の横へ怒りを込めた蹴りを見舞う。あまり体重の乗っていないものだったが、彼は口から唾液を飛ばして廊下の壁へとぶつかった。

 前に戦った時よりもアルツェロは熱くなっていて、そして動きも荒くなっていた。破壊した義手を取り換えて、まだまだ慣れ切っていないのかもしれない。


「ササラだけでなく、閣下までやらせるわけには……ッ」


 ササラという名前は、あのエオンを襲った女性であることをアルコは知っていた。何かしら状態を知る方法があり、それで彼は彼女がエオンに殺されたことを把握したのだろう。だからひどく熱くなっているのだ。


「貴様ら人外なんかにッ!」

「勝てば生き、負ければ死ぬ。そこに種などありません」

「ああぁッ!?」

「父様との戦いで学ぶ姿勢があればッ」


 荒い、そして粗い。嵐のような攻撃をアルツェロは浴びせてくるが、その雨と風の間がアルコにははっきりと見えていた。もっと、父親を相手にしていた時のような強さを期待していたが、こうもされれば複雑な気持ちが膨れ上がる。

 彼は全力を出しているつもりだろうが、それは全力とは程遠いものだった。


「君子は豹変すッ!」

「なッ!?」


 圧倒的に攻めていた攻撃を弾かれて、アルツェロは目を大きく見開き、大きな隙を作った。アルコはぐっと奥歯を噛みしめて長ドスを、


「天鼠鬼窮奇風(てんそおにかまいたち)ッ!」


 それは不思議な、血の飛ばない無数の斬撃だった。アルツェロは義手義足の接続部、さらに生身の全身を切りつけられたが、辺りを己の血で染めることはなかった。義手義足を失った彼は人の姿で床へと倒れ、身体は無数の火傷を伴った斬撃の痕に包まれていた。

 それでもしばらくの間アルコは構えを解くことはなく、じいっと様子を伺っていた。


「ぐ……あ……ッ、腕ぇ……脚ぃ……閣下からいただいたぁ……ッ」


 彼のうめき声が廊下に響いた。四肢を失いながらももぞもぞと動き、まだ戦うことを諦めていない。


「なんで、なんで俺が……俺がここで……ッ」

「そういう物言いがあなたを死へと引っ張ったのです」

「死……死ッ?」

「天鼠鬼窮奇風(てんそおにかまいたち)は吸血の斬撃。血が出ていなくとも、大量出血と変わらぬ状態になっています。いくら物の怪のあなたでも、もって数分」


 ようやくアルツェロの身体が、動くのに必要不可欠な血液がないことに気づいたのだろう。一気に顔色が悪くなり、もぞもぞとした動きが小さくなっていった。


「普段ならばこの技、受けることはなかったでしょう。熱くなければ」


 ふうと息を整え、長ドスを鞘へ納める。


「閣下……閣下ぁ……ッ」


 ずっと博士公のことを心配するように声を振り絞っている。


「負けません……ッ、閣下からいただいた腕と脚があるかぎり……俺はッ、負けてなどいません……ッ」


 意識の混濁が強くなってきたようだ。苦しそうなうわ言が、本来なら流れ出るはずの血に代わるかのようにあふれ漏れていく。しかしその声が博士公に届くはずはなかった。喉を使えば使うほどに命が短くなっていく。

 人の姿と獣の姿、どちらとも安定せずにころころと姿が変わりだした。大柄な男、勇ましい獅子。そのどちらの姿でも変わらずに博士公への言葉をつぶやいていた。


 アルコは忠誠とはまた違ったものを感じた。彼は己の存在というものを手放し、すべて博士公へと渡してしまっているようだった。人によってはそれこそ素晴らしい形であると褒め称えるのだろうけれど、アルコにはどうしてもそのように思うことはできなかった。

 とうとうアルツェロは動くことがなくなり、声もなくなって、ひゅーひゅーと息が漏れる音だけになった。そしてそれもしばらくすれば徐々に消えていって、アルコの耳でも聞こえなくなった。


「そこまでの存在なのか、博士公というのは」


 父親に頼まれたのはここまでだ。言いつけ通り、アルツェロは抑えてみせた。あとはあの二人が博士公を討つだけだ。もし苦戦しているのだとしても、手助けをしようとは思わない。二人の相手だ。

 アルコは脱出をより楽にするため、ロムス宮の中を歩き始める。吸血したアルツェロの血は強く、彼女の身体を楽にさせていた。

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