『ウラガモン』

ひゅう

第1話 日向旱和

○過去 実家の室内 夜

無造作に横たわる二人の大人と一人の青年。その中で返り血を浴びて恐怖に眼を震わす少年目の前には鬼の悍ましい形相に、上下に鋭く伸びた瞳孔が、これまでかという程に開いたモノ。

幼い日向「……。」

冷や汗を浮かべ、赤く染まったブレスレットを握り締める。

喰鬼「俺の力を貸してやる。だから」

日向の背後で二つの指輪が血に埋もれている。

喰鬼「奴を殺せ。」


○都内某大学内 “日向旱和の部屋” 朝

不意に動いた足が、高く積み重ねられた資料の束に当たり、バサバサと崩れ落ちる。(眼鏡やボールペンも落下してくる。)

日向「.........。」

机付近の床に、白衣を下敷きにして眠っていた日向旱和は、状況を飲み込めていない。

コトン

降ってくる資料の合間から、一つの小瓶が胸の上に落ちてきた。中には黒い靄のような、しかし液体のように揺れる。

日向「......何も表立った事は起こりゃしないじゃないか。」

暫く小瓶を揺らすと、むくりと上体を起こし、首を鳴らして立ち上がる。カーテンを開けると、青々とした空が広がっていた。

欠伸をしながら、奥の扉へと入っていく。シャワー音が暫らくすると、髪を濡らした日向が出て来、コンセントに差さったままのドライヤーを手に取る。テレビをつけながら、いつ焼いたのかも知れない、冷えた食パンを齧る。

テレビからニュースが流れる。

NC(ニュースキャスター)『...昨夜、◯◯町の公園付近で、一人の女性の遺体が発見されました。遺体で発見されたのは、◯◯町に住む女子高生、十八歳。体の至る所に無数の怪我や打撲痕があり...』

ドライヤーを止め、ニュースを凝視する

日向「......。」

NC『彼女の高校の友人に話を聴いた所、“耳鳴りが酷かった”と、話していたそうです。こういった証言により、発見された女性の遺体は、今回で二人目となります。』

日向「...物騒だねぇ。」

眼鏡を掛け、ブレスレットを付ける。パーカーの上から白衣を羽織り乍ら、指輪の二つ通ったネックレスに小瓶を通し、首に掛ける。テレビを消した。

ブレスレットを軽く撫でる。

日向「...今日も何も無い平凡な一日でありますように。」

小瓶の中身が揺れる。


○大学内 “日向旱和の部屋”前廊下

扉を開けると、ガヤガヤと多くの学生が行き交っていた。

津田「おっ、日向ちゃんおはよ!!」

村木「おはよー日向ちゃん!」

日向「おー、おはよう。」

三木「日向ちゃん、今日一限よろしくね!楽しみにしてる〜!!」

日向「お前変わってるよな。」

沢田「あれ?日向せんせ、イイ匂いしない?風呂上がり?」

日向「え?何、誘ってる?」

沢田「キャー、セクハラ!!」

朝の少し冷たい廊下に、笑い声が響き渡る。

日向の出てきた扉の横には『物理化学 特別招聘教授』と書かれていた。そして扉には、遊んだ様な筆跡で『日向旱和の部屋』と書かれた(恐らく自筆の)プレートが斜めに掛かっていた。


○大学内入口付近 同時刻

ふらふらとした足取りで歩く小豆沢絢。彼女に向かって手を振り近づいてくる詩緒と三人の友人。

詩緒「絢おはよ。どうしたの、ふらふらして...。」

晃晶「体調悪いのか?」

絢「いや、最近特に耳鳴りって言うか...耳変でさ。何だろ。」

右耳に手を当てがう。

詩緒「えっ」

瀬戸「えー、大丈夫かよ?」

詩緒「病院行った?」

絢「いや...」

斗々「もし酷いようなら、一度病院に行って診て貰った方がいいんじゃない?」

絢「あ、うん...。今日行ってみる、ありが...」

瀬戸「おお、日向ちゃん!おはよー!!」

絢が言い終わる前に、瀬戸が少し遠くに日向を見つけ、手を振り駆けていく。

日向「ん...?お、瀬戸か〜。おはよ。俺の課題ちゃんとやって来たか?」

瀬戸「おう!珍しくやって来たぜ。これで単位大丈夫なんでしょ?」

日向「さぁな〜❪笑❫」

瀬戸「えっ、話違うってちょっと!」

日向「いやいや、お前俺の講義だけ狙って休み過ぎなんだよ。」

持っていたファイルで瀬戸の頭を軽く叩いた。

瀬戸「だって日向ちゃんの話、すげー眠くなるんだよねー...。」

晃晶「分かるわw」

斗々「はは...❪笑❫」

日向「おいおい、子守唄でも歌ってんのか俺は。」

そう言って、ふと、絢へと目を向ける。

日向「小豆沢、耳鳴りするって...」

絢「何でもないです、大丈夫なので。行こ。」

詩緒「えっあ、日向ちゃんまたね〜。」

日向「......❪手を振り乍ら❫俺って小豆沢に嫌われてんの?」

晃晶「嫌ってましたよ。」

日向「にこやかに言うな、藤本。」

瀬戸「見た目が入学当時から嫌いだそうで。プププ。」

瀬戸の首を締める日向。

日向「...金髪にしようかな、俺。」


○大学内食堂 昼休み

瀬戸が学食の乗ったお盆を持ち乍ら席に着く。

瀬戸「やーやーお疲れ〜。午後は物理化学だよ〜❪今日は出る❫。」

五人全員が集まった所で瀬戸が言った。

絢「...げ。」

瀬戸「絢、顔ww」

詩緒「絢さー、何でそんな日向ちゃん嫌いなの?何かあった?」

絢「ちゃん付け止めて。外見から無理でしょ、アレ。まずさ、パーカーに白衣って何!?有り得ない!ダサい!!気持ち悪い!!」

瀬戸「ぶはっwww」

晃晶「言い過ぎw」

詩緒「凄い言われよう...日向ちゃん聞いたら泣くぞー。」

絢「きも...❪スープを飲む❫」

斗々「まぁ、そんな嫌ってあげないで。良い人じゃん、彼。」

絢「...(って言ってもなあ...)」

斗々の方を見る。

絢(少しクセのある茶髪で、セーターが似合う...斗々みたいな大人っぽい人がいいし。)

「やっぱ見た目から無いね。」

詩緒「背は高いけどねー。」


○大学内講堂 午後

瀬戸「❪頬杖をつきながら❫日向ちゃーん、何で化学なのにこんな文系みたいな文書書かなきゃなんないのー!!詐欺じゃん!レポートもほぼ赤いし!!」

日向「❪見向きもせず❫瀬戸ー、少し静かになー。」

ドッと笑いが起こる。

日向を見つめる絢。

絢「...(生徒に何言われてもヘラヘラしてるし、後ろ指を指されても気にしない。ただ、ずっと笑ってる。何で...そんなに笑っていられるの...?)」

日向「小豆沢、そんな熱心に俺を見てくれるのは嬉しいけど、モニターの方見てくれる?照れるからさ〜。」

講堂内で再び笑いが起こる。

絢「...はっ!?見てないから!!(こういう所が嫌い!!)」


講義が終わり、廊下へと出ていく学生達。それに交じってバイトに行く四人。

瀬戸「誘惑すんなよ絢〜。」

絢「うるさい、しつこい!してないし、しないから!!」

日向「え、しないの。」

絢「...!?......お疲れ様です。」

鞄を肩に掛け、立ち上がる。

日向「耳、大丈夫?」

絢「大丈夫です。これから病院行くので。」

日向「あ、そう。付いていこうか?」

絢「結っ構っですっ!(何なのこの人!!)」

日向「そう?気をつけてね〜色々。」

手を振る日向を、無視して講堂を出ていく。


○近所の病院 夕方

先生「んー...特に何の異常もないし、自覚的耳鳴りかな。一応薬は出しておきますね。」

絢「ありがとうございます。」


一階の薬局で薬を受け取り、出口へと向かおうとした時、二、三歳位の男の子とぶつかり、薬の袋を落とす。体勢を崩した。

絢「わっ」

男の子も少しよろけるが、絢の落とした薬の袋を拾う。

男の子「ごめんね。」

絢「❪笑い乍ら❫ううん、大丈夫。ありがとう。」

母親の元へ戻って行く男の子を目で追う。

絢「......❪ゆっくり笑みが消えていく❫。」

不意に、キィンと耳が鳴った。目を瞑る。

絢「い.........った...。」

絢の後ろに回るカメラ。ボウッとフィルターのかかる後ろ姿が映る。





......つづく

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