[3] 崩壊

 11月19日、白い迷彩服に身を固めたソ連軍の工兵隊は夜を徹して雪原に埋められた対戦車地雷を撤去していた。攻撃の3時間前、前線に命令が伝達された。赤軍部隊は敵の後方深く襲撃を行うと伝えられた。包囲については一言もなかった。

 午前7時30分、南西部正面軍の砲兵隊に「サイレン」という暗号が送られた。視界は不良だった。南西部正面軍司令部は攻撃時刻をさらに遅らせるか思案したが、ついに決断を下す。4348門の火砲とカチューシャ・ロケット砲が一斉に火を噴いた。深い霧の中から、砲の轟きが不気味に響き渡り、大地が小さく震えた。

 スターリングラードにいる第62軍の守備隊にも、遠くうなる砲弾の音が聞こえた。兵士たちは上官に戦況をたずねるが、指揮官も「分からない」と答えるしかなかった。

 砲撃がやむと同時に、白い迷彩服を着た歩兵が前進する。その横をT34が凄まじい勢いで後方に進撃した。どうにか砲撃をやり過ごしたルーマニア兵は必死に応戦したが、手元にある対戦車兵器は馬に曳かせた数門の37ミリ対戦車砲のみだった。その砲弾はT34の装甲を撃ち抜くことが出来なかった。ルーマニア第3軍の防衛線はたちまち突破され、部隊はパニックに陥った。

 午前9時45分頃、カラチの北に位置するゴルビンスキーの第6軍司令部にルーマニア第3軍の戦区でソ連軍の攻撃があったとの報告がなされた。しかし、この段階の情報では攻撃の規模が不明だった。パウルスはさして重要なものとは捉えず、第6軍のスターリングラードへの攻撃を続行させた。

 午前10時を過ぎた頃、雪原を覆っていた霧も晴れる。ソ連空軍の爆撃機が野戦飛行場から離陸し始めた。ルーマニア第3軍の戦線を崩壊させた第21軍の第4戦車軍団と第3親衛騎兵軍団は縦列を組み、南へ進撃した。

 雪に覆われた荒野に目印がほとんどなかったため、ソ連軍の戦車部隊は地元住民を案内役として斥候部隊に編入させた。しかし、深い霧のため、指揮官たちはいちいち方位磁石を使って現在位置を調べる必要があった。

 進撃は容易ではなかった。戦場一帯は小川が入り組んだ複雑な地形をしていた。吹きだまりの雪で深い谷やくぼみが隠れてしまい、戦車乗員は激しく揺さぶられた。車体や砲塔の中で手足や頭をぶつけて骨折する兵が続出したが、隊列は止まらなかった。

 この日の午後、ペレラゾフスキーに布陣していた第48装甲軍団(ハイム中将)の第22装甲師団(ロト大佐)とルーマニア第1装甲師団(ラドゥ少将)はペスチャヌイで第5戦車軍の第1戦車軍団(ブトコフ少将)に襲いかかった。

 しかし、第22装甲師団は装備する104両の戦車のうち約70両の戦車は待機中に寒気を避ける目的で車体に被せていたワラの中がネズミの巣となり、車体内部の電線のゴム皮膜を噛み切られてショートするという事態で動かなかった。稼動車両が20両で装備も十分にない装甲部隊では、ソ連軍の進撃を食い止めることは絶望的だった。ルーマニア第1装甲師団は100両近い三八(t)戦車を所有していたが、これはドイツではすでに一線級の戦車ではなく、T34の敵でもなかった。

 ソ連軍の攻撃開始から17時間も経過した午後10時になって、第6軍司令部はようやくB軍集団司令部から、スターリングラードでの戦闘を打ち切るよう命令を受けた。

「ルーマニア第3軍地域における戦況の変化により、出来得るかぎり迅速に移動兵力の目標を抜本的に変更して第六軍の後方を援護し、後方連絡線確保の措置を取るほかない」

 11月20日、第5戦車軍の第26戦車軍団(ローディン少将)は最初の目標に設定していたペレラゾフスキーの占領に成功した。

 ルーマニア第1装甲師団と第22装甲師団の残兵は南西に脱出路を開いた。幸運にもソ連軍の戦車部隊と遭遇することなく、チル河流域まで撤退することができた。しかし指揮系統が分断された状態では、戦況を満足に把握することが出来なかった。残兵たちはそれから数日間、チル河西岸で彷徨うことになった。

 第5戦車軍の東翼を進撃する第21軍の第4戦車軍団は第11軍団(シュトレッカー大将)の後方で進路を南東に変えた。孤立したルーマニア兵は前線があった地区でなおも抵抗を続けたが、第5戦車軍と第21軍に挟まれて壊滅してしまった。

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