3.黒い髪の少年

 母に手を引かれて、少女は家に帰った。母は家で温かいご飯を作って、少女の帰りを待っていたが、あまりに遅く、迎えにきたのだと、帰りの道中聞いた。

 机の上には、少女の好物の料理も、苦手な物も。様々な物が置かれ、白い石塊せっかいを彩っている。

 いつもの様に、母と少女が向き合って座る。二人しかいない家族だから、机も広く使える。

「いただきます。」

 手を合わせ、母は呟いた。それを聞いた後に、少女も手を合わせ、「…いただきます」と一瞬の沈黙の後に呟く。

 今日の食事もおいしい。母はとても料理が上手だ。料理は少女にとって誇りに思える、大好きな母の特技だ。人を笑顔に出来る魔法の様なそんな物を母は掛けられるのではないか、少女はそう考えた事が何度もある。

 口下手な母と不器用な少女。あまり会話は無いし、他人から見れば不仲な親子に見えるだろうが、それでも少女と母は、幸福を感じていた。


 食事を終え、少女は空になった食器を流しに置いた。かたん、と空っぽの音がする。

「私、部屋にいるね。」

 そう告げ、ダイニングを後にした。母は瞬きと頷きで返事をして、食後のお茶を楽しんでいた。

 少女は自分の部屋の戸に手を掛けた。少し押せば、自分の部屋に入れる。

 少女は、何か考える様な、そんな物憂げな表情を一瞬見せ、戸を押した。

 普通の部屋だ。少女が一番と言える訳では無いけれど、大好きな場所。ベッドの近くでかわいらしい魚が泳いでいる。ふらり、夢遊病の様にベッドに倒れ込んだ。白い壁にはまった窓から白い砂の地面が見える。白い風景をキャンバスに、己の手を赤い瞳に映す。皮膚が薄そうな手だ。考えてみれば椅子よりも重い物を持った事が無いかも知れない。そんなどうでも良い事を考えてしまう事も、きっと暇潰しの為だけだろう。また今日も変わらない。ずっと同じ毎日を過ごしていた。…今日までは。


 白いキャンバスの端に、黒い異物が写った。変わらない日々の小さな変化に、少女は思わず目を剥いた。


 ———人だ。人が倒れている。


 恐ろしく興奮した。こんな大きな変化に。窓を開け、そこから少女は飛び出した。

 二階にある少女の部屋から飛び降りても、怪我をすることは無い。ふわり、と海月くらげの様に地に舞い、白い砂を散らす。

 黒い髪の少年に駆け寄った。少女とは正反対の少年だ。


 ———私とは違う、黒い、短い髪。私とは違う、黒い瞳。可愛い顔をしているけれど、きっと男の子だ。


 少女は、幼い少年の額を撫でた。すると、少年は小さく呟き、昏々と眠りこけてしまった。


「おかあさん…ごめんなさい…。」

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