第23話「ハートのエースの可能性」


「……何か、やりたいことはないかい」

「やりたいこと?」

「君は僕にいいものをくれた。だから僕も、何か君にしようかな、って」

 銀髪の子供は、紅髪の少女にそう切り出した。

 何もない、ただ日々のプログラムを過ごすだけの、変わりない一日の積み重ね。

 わけのわからない施設に置かれ、与えられるものを機械的に行うだけ。そんな少女に、やりたいことなど浮かぶはずもなかった。

 

「わからない」

「わからない?」

「やりたいことって、何?」

 少女の言葉は機械的だった。ただ、求められることをするだけ。

「……それじゃ駄目だ」

「どうして?」

 銀髪の子は、少女の疑問に対して目を伏せて、必死に言葉を考える。

「……とにかく。やりたいことが駄目なら、後から何か思いつくかもしれない。

 外には此処にはないいろんなものがある。もしかしたら」

「外って、何?」

 銀髪の子の言葉を遮るように、首を傾げながら少女はそう言った。

 そもそも、外というものを彼女は理解していない。

 何かにせかされるように頭を掻く銀髪の子。

「外は、此処にはないものでいっぱい溢れてるところさ。

 訓練も殺人も必要ない。君のやりたいように生きられる場所だ」

「……ないもの……やりたいように……」

 銀髪の子の言葉を噛みしめるようにつぶやいた少女は、ふいにうつむいていた顔を上げて。

 

「……わたし、外に行ける?」

「行きたいのかい―――!?」

 少女の疑問に答えようとした銀髪の子、その言葉は、途中で途絶えた。

 少女を通して見た光景……それは、あれほど自身を縛っていた『施設』が壊滅し、後に少女一人が残される光景だった。



 Flamberge逆転凱歌 第23話 「ハートのエースの可能性」



 いつも子供たちの声で賑やかな孤児院、ポインセチア。

 しかし今日はいつもより騒がしい声が多い。なにせ、関係者を集めてみんなで旅行に行こうという話なのだ。

 

「ひなちゃーん、水着用意できた?」

「おう、バッチリ。ありがとな、いいの選んでくれて」

 準備を終えたひなたがアルエットの前に顔を出す。荷物を詰め込み終わったケースが、大型電気自動車の中に積まれていく。

「やー気に入ってくれてよかった。これでレイフォンくんも、イ・チ・コ・ロ……ね?」

「も、もう先に見てもらったからっ」

「待ちきれなかった?」

「そ、それどーゆー意味だよ!?」

 とてもシスター服着た女性が振れるような話題ではない。

 悪戯そうに微笑むアルエットに、ひなたはただただ振り回される。

 

「二人ともテンション上がってるなあ」

「多分それだけじゃあないと思うんスけど」

 その光景を微笑ましく思うレイフォンに、ついつい突っ込みたくなる総一。

 仕事が決まってから、会うことは少なかったが、大事な仲間として溶け込んでいるし、何より成人女性が増えても生活が成り立っているのはレイフォンが働いているからでもある。

「つーか、どーなんスか。ちゃんとひなさんに応えてやってんスか?」

「ちゃんとかは分からないけど、俺はひなたのこと好きだし」

 その一言で、多分アルエットがいなければ関係の進み具合遅いだろうなあ、と一人再確認する総一。

 だからといってやりすぎなのでは、と内心思ったりするが。


「えーなになに、羨ましい?」

「だーっとれ」

 考え込む総一の後ろから、少女がぼふっと抱き着いて声をかける。

 若草色の髪をカチューシャで纏め、中央で分けつつ額を出した少女……隣にいたレイフォンは少女のことも、二人の間の事情も知らず、聞いてみる。

「その子誰?」

「ああ、クラスメイトの藍澤春緋(あいざわ・はるひ)。見ての通り」

 見ての通り、というように、憮然とした表情から『そういう距離感なのだ』とある程度察することができる。このようなスキンシップは慣れっこなのだと……どうやら恋愛対象とは見ていないようで。

「この前アルエットさんが言ってた子か」

 絡むことが多いからか、よくアルエットが話をしていたことをレイフォンは思い出す。今回の話も、先んじてアルエットと約束を交わした春緋の方から乗り込んできた形になる。

「お世話なってまーす」

「おめーの台詞じゃねェだろ」

「にひひー」

「おいやめろ」

 悪戯そうに微笑みながら、後ろをとりながらぷにぷにと頬をつつく春緋。

 その様子が微笑ましく、ぷっ、と思わず噴き出してしまうレイフォン。

「なーにかー」

「いやなんでも」

「言っときますがね、アンタも人の事言えるような立場じゃねーっスから。聞いてますよひなさんからあれやこれや」

「え、ちょ何のこと?」

 困惑するレイフォン……直後、悪寒がしてびくっと跳ねる。

 振り向いた方向に居る総一の背後、というか背中にひっつきながら、獣のような鋭い眼光を光らせる少女が居た。

「ほうほうほうそれでそれで。そこんとこ詳しく」

「えぇ……」

 ノリについていけなくて狼狽するレイフォン。

 助けを求め総一の方をちらっと見る。

 ……抜け出そうとして首にぎゅっと手を廻されていた。諦めた。


 それらの光景を道路近くの中庭で見ながら。

「随分賑やかになったんだな」

「ええ。ここのところ、だいぶ雰囲気明るくなって」

 涼が微笑みかけるのは、常人よりかなり大きな男。

 孤児院ポインセチアの管理人である『チョー』は、先日から帰宅しており、旅行に行く間子供たちの面倒を久しぶりに見てくれることになっていた。

「話は聞いてるんだな。そっちは随分大変そうじゃないか」

「ええ、まあ。これから。でも充実はしていますし」

 別の都市でプロドライバーとして成果を挙げているチョーの元にも、涼の話は飛び込んでいた。

 良くも悪くも目立つ仕事。

 しかし、厳しい業務に対する言い訳として意味が変わり風化した『やりがい』という言葉の真の意味を彼女は感じていた。だからこそ。

「涼が頑張っているから、みんな賑やかになってる」

「その逆も然り」

 実際、涼は何度も仲間たちに助けられた。一人でも欠けていたら、彼女はこの世にいなかったとすらいえる。

 代役の世話係を呼ばず、チョーが子供たちの世話を引き受けたのも、仲間たちと羽を伸ばしてもらいたいという彼の思いやりでもあった。

「ゆっくりしてくるんだな。こっちの話は帰ってからでもできる」

「ご厚意に甘えて。ありがとう、チョーさん」

 恩師への挨拶を終え、涼は仲間たちのもとに歩いていく。

 既に荷物も準備万端、準備のできている大型のレンタル車に涼も乗り込み……サマーバケーションの始まりである。



 ―――――

 ―――

 ――



「……で。君は何だってこんなところに?」

 エルヴィンの行きつけのバーとはいえ、昼間からトーマスもパーシィも居るのは珍しい。

 しかし、この日は自発的にではなく、メールで呼ばれてのことだった。

「君たちに仲介したい依頼があってね。此処が行きつけと聞いて」

 バーのテーブル席、二人の前に居るのはエドワード。

 直接会うのは初めてとなる二人とエドワードだが、接点があるとすればただ一つ。

「あの嬢ちゃんのコトかい」

「僕とあなた方の接点はそこですからね」

 広瀬涼と交流を重ねた二人、広瀬涼と一戦を交えたエドワード。

 エドワードとの一戦で涼は二人にBMM戦の師事を仰いでおり、エドワードを倒すまでに至っていた。

 そのこともあり、エドワードは二人に話を持ちかけたのであった。

「今回の話は……眉唾モノでしょうが、既にメールの文面にある通り」

「了解。これくらいならまあ、金は出してくれるっていうし。ちょちょいのちょいよ」

 軽い口調で受け答えするパーシィ。しかし口先だけの男ではないのは、これまでの実績で証明されている。


「それより。今回の依頼の際に、君は依頼主からこちらに、伝えておきたいことがある、って聞いたんだケド」

 割って入るトーマス。二人の疑問はそこだった。

 仕事だけならば難しいことではない、そして依頼金も破格。

 そんな状況で『伝えたいこと』という話を持ち出されれば、否が応でも警戒せざるを得なくなる。

 最悪、それ次第で破談になる可能性もある―――そう踏んでだが。

「別に気を張らなくていい。ただ、これから何が起こるか、依頼主にも分からないからね。

 これはある意味で前金みたいなモノさ」

 言い終えて、先に出された水を飲み干し、一息入れて……エドワードが切り出す。


「―――広瀬涼の秘密、知りたくはないかい?」

 エドワードは、真剣な表情で言ってのけた。


「そんなコト、ここで言っていいわけ?」

「下手に防犯の効いたところで喋るのもまずい……それに、どうせ聞いたところで眉唾物だ。

 広瀬涼の顔も割れているなら、知ってる人間はとっくに知ってる」

 エドワードの様子に、切り出したトーマスは一つの疑問を持った。

「そんな話なら、何故君はそれを信じている?」

「依頼主が依頼主だからね。信じるしかない、そう思い込まされたよ」


 表情を変えずに呟くエドワードの脳裏には、あの黒銀の翼の威容が今でも離れないでいた。

 自分の得意のカスタマイズで黒銀の機体の挑戦を受け、一発も当てられずに敗れた。

 未来を読まれた―――その実体験が、現実を重んじる彼に、非現実的な事象を信じさせるに至っていた。


「まあ、カノジョのデタラメさはこっちも嫌と言うほど知ってるしネ」

「とりあえず、話を聞いてみましょうか」

 パーシィの言葉を引き継ぐように、トーマスもエドワードの話を聞いてみることにした。



 ―――――

 ―――

 ――



「きゃほ―――っ!」

 ざっぷん! 派手な水音と共に、岩場から飛び降りるひなた。

 リゾート地に到着し、荷物を宿泊する部屋に置いてきた。あとは遊ぶだけであり、ひなたは人生初の飛び込みを勢いよく決めた。

 

 海水浴場はきちんと整備され、十二分に泳ぎはしゃげるような砂浜が、真っ二つに分割されている中央を除いて一面に広がっていた。

 この中央の部分は、エルヴィンを形成するきっかけとなった飛来物が地球に墜落したことで引き裂かれた地点だった。

 百年単位で時間が経過した今、こうして整備され、海水浴場として多くの観光客が押し寄せるスポットとなっていた。

 

「つめた―――っ!」

 顔を上げたひなたの第一声。

 海に生身で入る事自体が初めての彼女は、知識や戦いではなく、海というありのままのものを身体で感じていた。

 髪を後ろで纏め、布地のやや少なめな赤の三角ビキニに身を包んだその姿は、片足片腕が義肢になっていることも忘れさせるほどで。

 きちんと防水防塵がされていることを、これほどありがたいと思ったことはなかった。

「……で、これどーやって遊ぶんだ?」

 しかし、遊ぶことは決めても、遊び方自体はまだまだ知らなかった。

 首を傾げるひなた、その顔面に……ぱしゃ、と突如海水が振りかけられる。

「わぷ、ちょ、しょっぱ!?」

「あははー。ひなたちゃんこっちー」

 声のした方を向くとアルエット。

 身体にぴっちりと張りついた、紺を基調に白のポイントが入った、競泳水着に似たワンピースの水着は、普段着ているシスター服とは違ってその豊かな起伏を強調させていた。

「なんだよもー」

「ほらあっちあっち」

 突然水をかけられたことで頬を膨らませながら近づくひなたの肩をぽむと叩いて、指で示す先には。

 

「こらー待てーっ!」

「待てと言われて待つ奴があるか」

 追われている聞き覚えのある声は総一。追っているのは、ひなた達の水着を選んでくれていた春緋だった。

 流石に中学生故に、周囲と比べると酷だが、それでも桃色のチューブトップで膨らみかけの果実を強調、主張していた。

「普通は待つわよ」

「しらねー」

「隙あり!」

 浅瀬で追いまわしていた春緋が、総一に狙いを定め、手に持っていたショットガンめいた水鉄砲を思いきり放つ。

「ぶえっぷ」

 会心の一発。

 

「ほら、じゃれあいみたいなモンよ」

 といいつつ、ぐっとサムズアップするアルエット。

 したところで、何か足りないものがあると気づいて。

「それじゃあ……っと、あれレイフォンくんは?」

「あそこ」

 ひなたに言われて気づいたアルエット。近くの浅瀬で、まだ海の感触に慣れず四苦八苦しているレイフォンの姿が見えた。

 そもそも彼は水場自体が初めてである。

 赤のトランクス状の水着を用意してきたまではいいが、泳ぎの訓練自体は受けていたひなたと違い、本当に初めてな様子で。

「……こりゃ慣れるまで時間かかりそうねー」

「だなー。ちょっと行ってくる」

 心配になってレイフォンの方に向かって行った途中。

 

「いい加減にしろー!」

「わーっ!!」

 距離を詰めた総一が、反撃とばかりに春緋にばしゃばしゃと水をかけていたところに出くわし。

「ガードベントっ」

「え」

「は」

 春緋が通りがかったひなたを盾にしたところで、ひなたに全力の水かけが直撃し。

 

「……おーまーえーらー!!」

「近くにいたアンタが悪いんでしょっぷ!?」

 とばっちりの水かけを、何倍にもして返していたのだった。



「おーおー、やってるやってる」

「ひなた達にとっては初めての海だしね」

 ビーチにパラソルやゴザといった拠点を立て、一息ついたところで、涼と俊暁はその光景を眺めていた。

 髪色の赤との対比か、濃い蒼のビキニをクロスホルターネックにした水着。

 肌の淡い色と対照的になり、露わになっている胸元の膨らみの上部のみならず、布地を押し上げ収まりきっていない尻たぶの上から覗けるような、強調される谷間がさらに目立つようになっていて。

 言葉に振り向いた俊暁は一瞬目のやり場に困ったが、別のことに気づいた俊暁は、そちらの方が気になっていた。

「何よ」

「……そういやお前、大丈夫なのか、肩」

 温泉の時は周囲に知人以外がいなかったからよかったのだが、今回はそうも言っていられない。普通の客も利用する海水浴場だ。その状態で明らかに異質な印を見られたら、どんなことになるか。

「大丈夫。由希子からいいの貰ってるから」

 そう言って、自分の肩をぽんぽんと叩いてから、俊暁にその場所を見せる。

 本来、肌に出来た傷が外気に触れないようにするためのテープは、既に薄く丈夫で、肌に張ればほぼ地肌と見分けがつかない程になっていた。

 そのテープを使うことで、こうして過去に刻まれた傷を隠すこともできていた。

「それならいいんだが……」

「何? セクハラしたいの?」

「いいかげんそこから離れろ」

 視線に気づいた涼は冗談めかして言葉を漏らすが、俊暁にとっては割と洒落になっていない言葉でもあり、難色。


「まあ、せっかくだしお前も泳いでみたらどうだ?」

「そうね。ちょっとしたら」

「乗り気じゃないのか?」

「だって、ねえ」

 俊暁の提案に消極的な涼。

 言葉を濁しながら、ふいに視線は……由希子とナルミに移る。


 いつの間にか春緋とひなたの二人に海水で集中攻撃を受けていた総一の近くで、呆気にとられていたレイフォンが、ふいにナルミの様子に気づいていた。

「どうしたんだい、ナルミちゃん」

 声をかけられても、ナルミは少し様子がおかしかった。

 未熟な身体を紺色ワンピースの水着に包み、今にも泳ぎたそうなのだが、あまり動きが積極的でない。

「朝からあんまり調子よくないんですよ」

 眼鏡の位置を直しながら由希子。

 まだ泳ぐ気がないのか、オレンジを基調とした、紐を用いないセパレートタイプの水着の上から、白の上着を羽織っていて。

「何かあったのかい?」


「きのうねー、ねてたんだけど、おねーちゃんとおっさんがよるおへやでうるさくて」

『えちょ、ちょ、ちょま、ちょ、ちょま、ちょまーっ!?!?!?』


 周囲が知人で固まっていたとはいえ、空気が一瞬で凍りついたのを感じた二人が、それまでの雰囲気は何処に行ったとばかりに駆けてくる。

 ストップをかけるように割って入る涼と俊暁。


「……どうしたんですか二人して」

「え、あ、ちょっと今そこにチョマが居てだな」

 汗の吹き出すのを感じて声の震える俊暁。

 やばいとしか思えずこわばって声の出せない涼。

 呆れ果てる由希子を上手いことかわすことができない。

 

 凍りついた周囲、混乱する者が多い中で。

 ふと二人が同時に気づいたのは、ひときわ強い好奇の視線で目を邪な方に輝かせていた春緋の、とても女の子がやっていいとは思えないスマイルだった。



 ―――――

 ―――

 ――



 バーで呑むときに、アルコールを注文しない。ソフトドリンクだけで済ませる。

 トーマスやパーシィは、重要な仕事の前に来るときは意図的にアルコールを自重するのだが、それをこのタイミングで行うのは本人たちも考えたことのなかった事態である。

 客の少ない夏の昼間のバーで、ノンアルコールドリンクを飲み干したトーマスとパーシィの口が開く。

「……で、具体的に秘密って何の話?」

「俺達、もう本人からある程度聞いちゃってるんだケド」

 温泉旅行に同行した際、二人は他の仲間と共に、涼自身の口から彼女自身の出自を聞いていた。

 広瀬涼が話せる範囲は、既に正直に打ち明けていた。

「本人も気づいていない、依頼者当人くらいしか知らないような話さ」

「へえ」

 それでも、憮然とした表情になりながらエドワードは続ける。

「広瀬涼が幼少期に居た施設は、人間に後付けで能力を付与しようという研究をしていた。

 その研究に通常の人間は使えないから、事故などで行方不明になっていた子供を秘密裏に身請けしていた」

「そこまでは知ってる」

「実際、カノジョが信じられない身体能力持ってるのは事実だし」

 ひなたの経緯を本人が語る場面に居合わせていた以上、同じ経歴の涼も同様に人並み外れているのは、既に知っているところだった。


「―――身体能力だけだと思うかい?」

 それでもエドワードは続ける。むしろ、そこからが本題と言わんばかりに。

「他に何かあると?」

「あのパワーだけで十分だと思うケド」

 二人の言葉に、自分でも信じられないと逡巡するような素振りになりつつも、エドワードは続ける。

「そもそも身体能力は、彼女の持つ能力の副産物らしい。あの身体で常人を凌ぐパワーが普通に出ているわけじゃない。

 広瀬涼の意思が、結果的に彼女の能力にブーストをかけているだけだ」

 そこから一呼吸置いて……本題。

 

「彼女の能力は、一言で言えば『1の可能性を100にする』力。絶対に望んだ結果を掴む、そんな感じだ」

「……どういうこと?」

 理解できず口を出したパーシィの疑問に、エドワードは懐からプラスチック製のトランプを取り出す。

 4枚を抜き出し、残りを裏向きにしてシャッフルして、山札として置く。

「此処に4枚のカードがある」

 彼が抜き出したカードは、ハートのK、Q、J、10。

「ポーカーで最強の役を完成させるならば、あと一枚を引き当てなければならない。『可能性は0ではないが、まず不可能』な状態だ」

 試しに、話をしているエドワード自身がめくる。

 ……出たのはスペードのJ。ノーペアではなかっただけ、幸運なほうである。

「確かに、いきなりやろうとしてもね」

「だが、これが彼女なら―――」

 スペードのJを脇に除け、再び山札を開いたエドワードは、ハートのAを取り出す。

 このカードが揃えば、ポーカー最強の役・ロイヤルストレートフラッシュが揃う……というカードだった。

「負けられない勝負の時、これを素で引き当てる」

 そう言いながら、4枚のカードとともに並べ、実際に役の並びを完成させる。

「おお……」

「絶対に勝利できる札を素で引くのは夢物語だ。だが、彼女はそれを素で引き寄せる。これを戦いで行うのが彼女だ。どんな状況に置かれても、絶対にその中から残った勝利の一筋を引き寄せる」

「それズルじゃない?」

「誰がズルだとできる?」

 パーシィの疑問に、憮然とした表情を崩さず答えるエドワード。

 彼女が素で行える。ということは、イカサマも何もあったものではなく、素の力で僅かな勝利の可能性を掴み取ったようにしか見えず、糾弾する材料がない。

 エドワードの指摘に、パーシィは言葉が詰まってしまう。


「……なら逆に、『そういう能力を付与できた』とんだい?」

 そこにトーマスの方から指摘が飛ぶ。

 言葉を並べながら、トーマスはハートのAと、除けられていたスペードのJを手に取り、山札をシャッフルする。

「能力があること自体も、その精度自体も、今の話ではどうやったって説明できない。この山札には役完成の札が必ず一枚あり、それが能力を使わなければ絶対にめくれない……なんて話はないんだろう?」

 完成させた山札をテーブルに置くトーマス。その上にカードを置き、それをめくれば、ハートのA。

「シャッフルされた山札の上がこうなっていました……なんてものが、ごく低確率で常人が実際に起こすこともあるわけだ」

 トーマスの言葉をエドワードは否定せず、頷く。

「だからこその『眉唾物の話』さ。誰もそれを証明できない。造った組織でさえも、単に身体能力が向上しただけでしかないという可能性を否定できない。

 結局組織は、意志に応じて身体能力以上の力の発揮が可能だったのは証明できたが、可能性の操作という本分の検証はできなかった。故に彼女は、能力を得たと判断できない失敗作として断定され、あとの結果は知っての通り」

 失敗作を処分できていたら、こうはなっていない。

 何らかの形でトラブルが起きたか、或いは処分に抗う為に能力が発動したか……誰もわからないし、証明できない。

 結果として、施設は壊滅し、『少女達』は生き残った。それだけである。

 

「成程。それでエドワード君はずっと不機嫌なわけだ」

「僕は彼女と全力を尽くして戦い、負けた。その事実を能力だの何だのと言ってほしくはないですから」

 その話は彼にとって、プライドに泥を投げかけるようなものにしかならなかった。

 パーシィの言葉に、エドワードは正直な気持ちを吐き捨てた。

「……飲みなよ」

「失礼します」

 すすめられたことで、飲むのを忘れていたドリンクに手を付け、一気にコップ一杯分を飲み干すエドワード。

「……ふう。少し、気が楽になりました」

「あるさ誰だって、言われて嫌なコト」

 ようやっと、憮然とした表情を緩ませたエドワードに、笑いかけるパーシィ。

「依頼主に言われて納得いかず、誰かに聞いてほしかったワケね」

「そうかもしれません」

 エドワードの様子を自分なりに解釈したトーマスの言葉に、エドワードは自分自身の抱えていたもやもやとした感情に納得した。

「僕は彼女に勝つ。あんな話なんてないと証明するために、公の場で、正々堂々と。

 その為にも、依頼主の依頼には応えなければならない」

 先程までより、明確に意志の強さが感じられる瞳で、改めて二人を見て頭を下げるエドワード。


「謝礼はメールの通りです。ご協力をお願いします」

「勿論。そうとなれば、きっちり受けてやらないとね。なあトーマス?」

「そうだな。わざわざプロドライバーがプロドライバーに協力を要請するんだ。信じる価値はある」

「……ありがとうございます」

 二つ返事での快諾に、エドワードはただただ感謝をするしかなかった。



 ―――――

 ―――

 ――



「つかれた」

「お疲れ様です」

 翌朝、泊まっていたホテルで朝食に起きてきた涼は、リフレッシュの筈なのに溜息をもらしていた。

 食堂で皆が集まる中、向かいの席でその様子を見た総一が声をかける。

「いやアレに絡まれたら大変でしょう」

「流石に否定できない」

 遠い目をする涼。ナルミの証言の時点で春緋の質問攻めに遭い、大変な思いをしたのだが。

「だからって寝ぼけて、前も結んでないバスローブだけで応対するのはまずいと思う」

「先に起きなさいよ」

「無理」

 俊暁のツッコミに反論しようとする涼はばっさり切り捨てられる。

 というのも、起きるのが遅い涼達を起こしにいったのが春緋だったのだが。

 

「だってー? 起こしに行ったらバスローブしか着てない涼さんが出てきてー?

 ついでに同室だった俊暁さんも後ろから涼さん止めようと出てきてー?

 こんな話のネタにしかならないの放置とかもったいないでしょ?」

「こんなトコでそんな話振んな」

「いひゃいいひゃい」

 春緋の言葉は事実なのだが、不特定多数が居る食堂でそれを口に出すのは流石にまずい。

 見かねた総一が、隣の席の春緋の両頬を抓ってひっぱる。

「たーてたーてよーこよーこまーるかいててー」

「あひいいい!?」


 手慣れた様子で手綱を握る総一に、生暖かい目で隣の席から視線が飛んでくる。

「なーにかー?」

「えーだって、人にはそんなこと言ってて? 自分は春緋ちゃんと一緒の部屋で」

「部屋決めたのアンタでしょーが!?」

 思わず抓っていた手を離しながら、総一の力強い反論。

 今回の部屋割りは、二人部屋ということでアルエットが仕切っていたのだった。

 彼女の意図的な部屋割りは、涼と俊暁のみならず、ひなたとレイフォン、総一と春緋を同じ部屋にし、アルエット自身は由希子とナルミと同じ部屋にした。

 一言で言えば、道を誤らせる気満々である。

「そもそも子供の頃は抑圧して、大人になってハイ相手作れ子供作れってのが無茶なのよ。

 アルエットおねえさんはKENZENな男女交際を応援します」

「その健全って言葉の前にぜってー『不』が入るだろ」

 普段のシスター服の意味は何処に行った、と呆れ果てる総一。

「おかげで助かってます」

「「おかげでって何だ、おかげでって」」

 そして毎度の如く重ねられるレイフォンの言葉に、ひなたと被る形で同時に突っ込んだ。

「そりゃあ確かに、色々教えてもらってるけどさ……」

「ストップ」

「でもって、そんな御膳立てされて食わない男がここにいまして」

「ストッップ!!」

 続けてのひなたの言葉を止めては、春緋の追撃の言葉も止めて。

「なーによ総一。あたしはもう心のチ」

「ストップっつってんだろ!? アルエさんどーしてこんなん連れてきた!?」

 攻勢に耐えかねて。さすがに目の前でここまで雰囲気を壊されると恥ずかしい。

 元凶となったアルエットに声を荒げる総一だが。

「えーだって、春緋ちゃんの話ずっと聞いてたし。せっかくの旅行でチャンスだし。ねー?」

「ねー?」

「ぶっころ」

 味方などいなかった。


「ところで二人とも、何で一緒に居て騒ぎになってないんですか?」

 そんな中、ふいにレイフォンが疑問を挙げる。

 マスコミの広報では、有名人が何か問題を起こしたり、スキャンダルを抜かれたりすると騒動に発展させるのは基本事項だった。

 にも関わらず、涼の周りではそういう言葉はない。

「パイプ役が一緒に居て不自然に思う奴はいないからな」

「なるほど」

 実際初期の頃は、騒がれたことも多かった。

 が、それも『警察が涼と連絡を取らせている』という公式見解で、警察自身が沈静化させている。

 逆に警察が機密を守るために、マスコミを近づけさせまいと行動をとった結果、マスコミ内では広瀬涼のプライベートはタブーと化していた。

「おねーちゃんなにかあったの?」

「なんもないから」

 ナルミの疑問をシャットアウトしつつ……やけに静かな隣に目を向ける涼。

 

「……りょーちゃーん?」

 じとー……。眼鏡の奥から据わった瞳で涼を見つめる由希子が居た。

「どーして? どーしてこんなセクハラ男と一緒なの!?

 もっとちゃんとした男選びなさいよ!? 道理で最近セクハラ頻度下がってると思ったけど!?」

「ナチュラルに人をセクハラ扱いするのをやめろ。セクハラするもの扱いもやめろ」

 思わず涼に掴みがかる由希子。恐らく包み隠さぬ感情だと思うが、改めて言われるとさすがに俊暁も突っ込む。

「どーしてって……」

「お姉ちゃん認めませんからね、セクハラと結婚だなんて!」

「流石に話が飛躍してるから落ち着こうか」

 興奮しすぎて変な方向に話を進めようとしている由希子に、呆気にとられながら制止するが、涼の言葉が聴こえていない。

「っていうかセクハラそのものかよ」

 ぼやきながら、ばたばたしている中でも朝食は進み、ベーコンや目玉焼き、サラダで彩られたモーニングセットを各々完食していた。


「しかしこうなると、なんか前の温泉の時思い出すな」

「ああ、得備えるびんの湯」

 ふいに呟くひなたにレイフォンも相槌を打つ。

「あの時は確か、朝食の時に騒動が始まったんだっけ」

「縁起でもない」

「お前語彙力増えたなあ」

 思い出す言葉の相槌が、日に日に語彙力が上がっていくのを感じて、レイフォンが社会に順応しつつあるのを感じていた。

 しかし、レイフォンに突っ込まれていた通り、嫌な前例のあるタイミングでつぶやくのは不適切だった。

「でも確かに、子連れの探偵とかみたいなこと言っちゃいけないか」

 次回があったら反省しよう。見ていたテレビ番組を思い出し、ふと食堂備え付けのテレビに視線を移す。

 

 ―――そのテレビの画像に、突如砂嵐が混ざりはじめた。

「え、え? ……何だよその目、アタシのせいか!?」

 周囲の目に反論するひなたを他所に、その砂嵐は、先程まで映っていた報道番組のそれではなく、どこかの一室だった。

 ガラス張りの窓から覗いているのは……遠くから見た、『地球』。

 

『国際連合、ならびにエルヴィンとして区切られている地域の住民に告ぐ。私はチマン。可及的速やかに、無条件で全財産を放棄し、その周辺から立ち去れ。その場所は我々が受け継いでいた土地である』

 チマンと名乗る男の宣告。軍帽をかぶっており髪型の判別ができない、黒のサングラスと思わしきもので目元を隠した男。

 しかし、それだけでは単なる声明に過ぎない。

 立ち位置の関係上、武力の豊富なエルヴィンに脅迫など通じず、よほどの秘密兵器がなければ単なる自殺行為である。

『もし、要件が受け入れられない場合―――』

 言葉を区切るチマン。そのガラス張りの背景を、突如として『何か』が横切る。

 その巨大な何かに追随して、何機かの人型ロボットが宙間を飛び回る。

 これが合成映像でなければ―――

 

『我々は、この小惑星の質量をエルヴィンに落とす用意がある』

 そのよほどの秘密兵器を、チマンは持っていた。



 Flamberge逆転凱歌 第23話 「ハートのエースの可能性」

                         つづく。

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