第19話 小っちゃくても勝てるんです!②

 ストリートバスケのコートで、滝沢先輩たちは相手チームの猛攻に一方的な試合展開を強いられていた。

 相手チームとの身長差はほとんど無い。しかし、パワーとスピードの差は歴然で、相手チームがインサイドへ切り込んできて得点を重ねていく。技術では滝沢先輩のチームが勝っているように見えるが、相手チームの高い身体能力と強引なプレイに圧倒されていた。

 フットワークの軽い相手チームには余裕が感じられる。対して滝沢先輩のチームは動きが固く、かなり呼吸も上がっていた。

 滝沢先輩のマークしている相手が鋭いドライブを決めた。

「ナイッシュー! ゲームセット。イエーイ、財布ゲットー」

 ゴールの後ろで試合を見ていた女の子が甲高い声で叫んだ。

 ハーフパンツに長袖Tシャツ姿、どうやら滝沢先輩の相手チームのメンバーらしい。

 勝利した3人は「フーッ!」とか「ヒュー!」といった声を上げながらゴール後ろに駆けて行き、女の子とハイタッチをかわした。

「クソッ。ほら」

 横井先輩が置いてあったバッグから財布を取り出して相手チームの1人に手渡した。

 お札の抜き取られた財布が無造作に投げ返される。

「シケてんなー。お嬢様校のわりにこれっぽっちかよ」

「ハア、ハア、ハア……もう満足だろ。さっさとうせな」

 苦しそうに息を切らし、滝沢先輩が相手を睨みつけた。

「ハア、ハア……ダメだよっ。だって秀美の――」

「私のことは、いいから」

「あれ? こんだけボロボロにされてまだやる気? やっぱ育ちのいいお嬢様は現実を知らないって感じー?」

 滝沢先輩は相手の挑発を無視して、悔しそうに顔を歪める横井先輩と井上先輩の肩にそっと手を置いた。

「ギャルのネーちゃん、早く助けてやってよ。あのお姉ちゃんたち、お金取られちゃったよ」

 小学生がウメちゃんの袖をグイグイ引っ張る

「やめろって。伸びるだろー。あんなん、ほっときゃいーんだよ。賭け試合で負けて、自業自得だっつーの」

「違うんだよ。あのお姉ちゃんたち、俺らのために戦ってくれたんだ」

 私たちの周りに、以前ウメちゃんとバスケをしていた小学生5人が集まってきた。

「それはどういうことかしら?」

 持田さんが小学生に目線を合わせて優しく尋ねた。

「俺たちが3on3やってたら、あのハーフパンツの姉ちゃんたちがやってきてコート横取りしたんだ。それで『コート使いたかったら勝負しろ』って言われて、ハンデもらって俺たち5人で試合したんだけど全然勝てなくて、お金取られちゃったんだ……」

 男の子の声は徐々に元気がなくなり、うつむいてしまった。

「そしたら隣のコートで練習してたお姉ちゃんたちが来て、『お金とコート取り返してあげるから』って。それでお姉ちゃんたち、俺らの代わりに3on3を……」

 別の男の子が代わりに話しを続けた。

「そう、そういうこと。もう心配いらないわ。あなた達も、あのお姉ちゃん達も」

 男の子2人の頭をそっと撫でて微笑むと、持田さんはコートに向かって歩き始めた。

「お、おいブン吉っ。ちょ、ちょっと待てよ」

 ウメちゃんが呼び止めても、持田さんは振り返ることなく直進していく。

 私たちも慌てて後ろを追いかける。

「失礼。ちょっといいかしら?」

「なに? アンタら誰? あ、もしかしてこいつらの友達とかあ」

 相手チームの子の声に滝沢先輩が振り返り、持田さんと顔を合わせたがすぐに視線をそらしてしまった。

「こいつら友達とかじゃないから。もう用は済んだろ。早く行けよ」

「えー。でも、コウジョの制服着てんじゃーん。ホントは知り合いなんでしょ?」

 さっきまで試合を見ていた子が私を指差し、滝沢先輩に問いかける。

「友達ではないけれど、知り合いというのは間違いではないわね。一番しっくりくるのは……腐れ縁かしら?」

「チッ! 余計なところに首つっこみやがって」

 とぼけた感じで話す持田さんを横目で睨み、滝沢先輩は舌打ちをした。

「で、その腐れ縁のアンタが何の用?」

「試合をしましょ。私たちが勝ったら、奪ったものを全て返しなさい。もしあなた達が買ったら、所持金すべて差し上げるわ」

「フーッ! いいねー! 乗った」

 挑発的な態度を見せながら、女の子4人の盛り上がりが加熱する。

「バカが! よめとけ文香。チームメイトにまで迷惑かけるつもりかっ」

 滝沢先輩から意外な一言を聞き、私は少し驚いた。

「あら、小学生のために試合に挑んだ滝沢さんが言えることかしら? プフフッ」

「クッ。言ってろ、バカ」

 持田さんが手で口元を押さえて失笑すると、滝沢先輩はすねた子のようにプイっと顔をそむけた。

 持田さんが振り返り、真っ直ぐに私たちを見つめる。

 私は笑顔で頷いた。

「少し準備してもいいかしら?」

「ウチらはいつでもいけるからさ、準備できたら声かけてー」

 相手チームの承諾を得てからコートの外に移動した。

 滝沢先輩たちはタオルで汗を拭き、スポーツドリンクをガブガブとすごい勢いで飲み干した。息遣いがまだ荒い。試合の疲労は相当の様子だ。

 相手チームはさっきと同じ3人がコートに入っている。

「――というわけで、試合やるよっ」

「どういうわけだよっ! キャプテン」

「う~ん、この流れでいくと見過ごすわけにもいかないじゃん。だって小学生からお金巻き上げたんだよ、あの子たち」

 コートの中の3人に向かってビシッと指差すと、ウメちゃん不満げな顔で滝沢先輩たちにチラッと視線を送った。

「私も陽子ちゃんに賛成。持田さんに1票」

「賛同してくれて嬉しいけれど、私に選挙ネタをブッこまなくて結構よ、飛鳥さん」

「正義感気取るのは自由だけど、あいつらマジでうまいよ。かなり慣れてる感じ」

 滝沢先輩がマジメな声で忠告する。

「テクニックはすごい荒削りだけど、パワーあるしスピードも……」

「あいつら多分バスケ部だよ。普段練習してなきゃ、あんなに動けないって」

 横井先輩と井上先輩はすっかり意気消沈していた。

 おそらく滝沢先輩たちは、この公園にときどきバスケをしに来ていたのだろう。

 滝沢先輩はミニバス経験者だ。横井先輩と井上先輩は、中学時代バスケ部で東部大会に出場した経験もある。そんな3人が、力の差を見せ付けられて完敗したのだ。私でも相手の実力がどれほどかは想像できる。

 高さとパワーで比較すると、私たちは到底及ばない。でも、スピードとシュート力では負けていない。相手に勝てるイメージが持てる。

「3on3だから、3人しか出られないよね? 陽子ちゃん、どうしよう……」

 マユちゃんが気弱な声で尋ねた。

 マユちゃんは実に臆病だ。心配性だし上がり性だし神経質だし。でもそれは、コートの外にいるときだけ。コートの中にいる時の彼女は持田さん並みに冷静で、しかも勝負強い。集中力を最大限まで研ぎ澄まして正確な3ポイントシュートを沈める、本当に頼もしい存在なのだ。

「バランスを考えると、ボール運びのできる持田さん、アウトサイドからシュート打てるマユちゃん、インサイドの強いハルちゃんって感じかな」

「なんでアタシ省くわけ? っていうかキャプテンが出ないのかよ!」

「だってウメちゃん、さっき嫌そうな顔したじゃん。ちなみに私は制服なので。跳んだらパンツ見えちゃうわ。イヤン」

「キャプテン、マジ死ね」

 ウメちゃんが冗談で私の首を絞める。

「ちょっといいかしら? この試合、私と飯田さん、それから米山先輩で出るのはどうかしら?」

 持田さんから意外なオーダーを聞き、みんなが少し戸惑った。

 理由は、チームで得点力のあるウメちゃんとマユちゃんの2人とも除外したこと、そして最も驚かされたのはマネージャーの米山先輩の名前を挙げたことである。

 米山先輩は中学時代、ケガで引退するまではエースとして活躍していたプレイヤーだ。今でもバスケセンスや総合的なテクニックでいうと、私たちの誰よりも優れている。そう考えると、試合経験豊富な先輩をメンバーに入れるのは得策に思える。

「いいんじゃない。でも私、制服だからあんまり走れないよ。パンツ見えちゃうわ。イヤン」

「陽子は、パンちらネタから頭を離せっ!」

「持田さんと先輩なら、中と外どちらからでも攻められるね」

 ハルちゃんの話に、マユちゃんが『なるほど』といった様子で頷いた。

「米山先輩は3ポイントも打てますし、インサイドで勝負もできるオールラウンダーでしたね。ホントすごいですよー」

「真由子さん、ありがとうございます。さっきの試合を見る限り、私でも十分に対応はできますが1つだけ不安なことが……」

「何ですか?」

「……スタミナです。2人の動きに最後まで合わせられるか、正直言うと自信がありません」

 先輩が苦笑いしながら持田さんに答えた。

「それは心配ありません。時間をかけるつもりはありませんので」

 キッパリ言い切った持田さんに「ヒューッ」とウメちゃんが口笛を吹いた。

 かくして、私と持田さんと米山先輩の即席チームで試合に出ることとなった。

 まあ、先輩とは試合形式の練習で何度も一緒にプレイしているから、即席でもないんだけどね。

 コートに入り相手チームと向かい合う。

 相手は米山先輩よりも全員背が高いから、おそらく170センチくらいはありそうだ。

 三島南高校との練習試合で自分達より背の高い選手を相手にしたせいか、今はそれほど臆するこのともなかった。

「ルールはジュース無しの5点マッチ。ジャンプボールで試合スタートなんで、よろしくー」

 ゴールのそばに立っていた長袖Tシャツの子がボールを抱えてコートに入ってきた。

 米山先輩がジャンプボールの相手と対峙して構える。

 コート上の皆が集中する静寂の中、ボールが真上に上げられた。

 ジャンプボールはほぼ互角。しかし、相手が力でもぎ取るような形で主導権を握った。

 ボールを拾った白色Tシャツの子がゴールに向かって走り出す。持田さんが素早くコースをふさいで足止めした。

 私も、あらかじめマッチアップを決めたピアスの子をマークする。

 米山先輩のマッチアップの相手、一番長身の子にパスが通った。

 パワーでゴール下へ入って来ようとする相手に対し、重心を低く構えた米山先輩が好きにはさせない。強引にターンして相手が放ったシュートはリングに当たって跳ね返った。

 米山先輩がリバウンドを取って私たちのオフェンスへ。

「無理に攻めんなっ! 苦しいときはパス戻して立て直せ」

「はいっ」

 ゴール近くで腕を組んで観戦している子から忠告され、一番長身の彼女は素直に返事をした。

 さっきまでのチャラチャラした様子とは一変し、まるで部活の先輩後輩みたいなやり取りが意外だった。

 米山先輩からパス受け、間髪入れず持田さんへパスを出す。

 ディフェンスは持田さんのドライブを警戒して少し離れている。ゴールは持田さんの射程距離だ。

 迷いのないスムーズな動作で、持田さんの得意な角度である45度からのジャンプシュートが決まった。

「ナイッシュー! 持田さん」

 持田さんと先輩とハイタッチをかわす。

「ブン吉、イエー! フーッ!」

「持田さーん、フーッ!」

「フミカちゃーん、もう1本!」

 コートの外で3人が叫び、万歳しながらウェーブしている。

「ほら、お前らも応援しろ。今シュート決めたのがブン吉だ」

「うん、分かった。ブン吉ネーちゃん、がんばれー!」

「ブン吉ネーちゃん、ナイッシュ!」

 ウメちゃんに言われた小学生たちも、一緒になってウェーブを披露する。

「……あ、ありがとう。頑張るわ」

 胸の前で小さく手を振って声援に答える持田さんの顔は、火が出そうなくらい真っ赤になっていた。

「プッ、フフフ。米山先輩、聞きました? ブン吉ネーちゃんって。ハハハ」

「飯田さん、笑ったら失礼ですよ。プフッ」

 そう言う米山先輩もツボだったらしく、笑いをこらえるのに必死だ。

「飯田さん、次のオフェンスでパスを出すわ。走ってもらおうかしら。そして大いに跳んでもらおうかしら」

「あうっ。ご、ごめんなさい」

 殺気に満ちた目つきの持田さんに平謝りして、ディフェンスにつく。

 私は、ドリブルしている相手との間合いを詰めてプレッシャーをかけた。スティールを狙いつつ、張り付くくらいにピッタリとマークする。

 私のマッチアップの相手はドリブルが上手い。さっきの滝沢先輩たちとの試合では、自らドライブやペネトレイトするシーンが多く見られたけれど、基本的にポジションはポイントガードだと思う。

 私より20センチ近い高さには対処できないが、平面の動きには十分に対応できる。

 いつも部活で相手にしているウメちゃんの方が、ずっとスピーディでエッジの効いた切り返しをする。持田さんの方がもっとすごいドリブルを見せる。

 私の執拗なまでのディフェンスに、ドリブルを止めてボールを手にしてしまった彼女は苦し紛れのパスを出した。

 ボールを受け取った相手も、持田さんのディフェンスを前にして身動きが取れない。

 米山先輩のマークしていた子が、カットインしてパスをもらいインサイドへ切り込んできた。米山先輩が振り切られずにピッタリついて行く。

 強引に放たれたランニングシュートはボードに当たって跳ね返り、リバウンドを制した私たちのオフェンスへ切り替わった。

 ドリブルする私に少しずつ相手がにじり寄ってくる。

 レッグスルーでボールを左手に移すと、それにつられて相手の重心が右へ移動する。すかさずクロスオーバーで右手にボールを戻して、一歩で相手と並ぶ。二歩目で相手を置き去りにしてゴールに向かって疾走する。

 米山先輩をマークしていた長身の子がヘルプに入り、私の前に立ちはだかった。

 彼女を十分引き付けてから、素早くパスを出す。

 ボールをキャッチした米山先輩がゴール下からシュートを決めた。

 2対0で私たちのリード。

 シュートも外と中から1本ずつといいバランス。これで相手も、インサイドとアウトサイドの両方を気にしないといけなくなるから、私たちは攻めやすい。

「米山先輩、イエー! フーッ!」

「米山センパーイ、フーッ!」

「米山先輩、もう1本!」

 ウメちゃん達の応援に合わせて、小学生達もバンザイしながらウェーブする。

 米山先輩は嬉しそうに手を挙げて声援に答えた。

「おい、1年。ディフェンス手抜くなっていつも言ってんだろ! 集中しろっ!」

 ゴールのそばから怒鳴り声が飛ぶ。

 長袖Tシャツの彼女は眉間にシワを寄せ、いかにも不機嫌な表情をしている。

「森先輩、すみません」

 あの子、先輩なんだ。ますます部活っぽい会話になってきたな。やっぱりこの子達もバスケ部なのかなあ?

「飯田さん、ちょっといいかしら? 米山先輩もよろしいですか?」

「ほい?」

「はい、何でしょう?」

 持田さんが小声で話しかける。

「相手はやはり、インサイドから攻めてきています。滝沢さん達との試合でもそうでしたが、中距離や3ポイントシュートはありません。中にさえ入らせなければ怖くありません」

「そうですね。ドリブルも不安定なところが見られますし。ディフェンスは離れずピッタリ張り付いてプレッシャーかけていきましょう」

「はいっ」

 先輩の指示に従い、さっきと同じように厳しいディフェンスで相手にプレッシャーを与える。

 ボールをキープするのがやっとといった様子の相手は、カットインしてアウトサイドに出てきた白色Tシャツの彼女にパスを出し、自分もカットインしてインサイドへ走りこむ。

 白色Tシャツの彼女からリターンパスを受けて、ピアスの子がミドルポストからジャンプシュートの体勢に入る。

 抜かれた私の代わりにヘルプに駆けつけた米山先輩が、ピアスの子の正面を捉えて高く跳躍する。

 米山先輩のブロックショットが炸裂してボールは叩き落された。

「先輩、ナイスブロックです」

 ボールを拾った持田さんが駆け寄る。

「米山先輩、イエー! フーッ! 陽子、抜かれてんじゃねー!」

「米山センパーイ、フーッ! 陽子ちゃん、ブーブー!」

「米山先輩、ナイスブロック! 陽子ちゃん、ドンマイ!」

 米山先輩への声援と共に、私への野次と慰めが飛んできた。

「チェッ! 見てらんねーな。いつまでも中で張ってんなよ。切り込んできた奴の邪魔になるだろ。外へ切れろって。ったく……」

「すみませんっ」

 森先輩は不機嫌になる一方である。相手チームの雰囲気はますます悪化していく。

 その後も私たちは順調に得点を重ねた。

 速いパス回しとキレのあるカットインでフリーの状態をつくり、持田さんと米山先輩がそれぞれ1本ずつ、ミドルレンジからシュートを決めた。

 相手チームも粘りを見せ、ひたすらインサイドから力押しで攻めてきた。強引かつ無理やりなシュートで1点を返されたものの得点は4対1。私たちのリードでマッチポイントを迎えた。

 相手チームの息はすっかり上がっていた。

 滝沢先輩たちと試合をしていたときと一変し、1人も声が出ていなければ笑顔も無かった。

 すでに、敗北を予感する絶望の色が顔に表れていた。

「飯田さんっ」

 カットインして中へ切り込む持田さんに名前を呼ばれてパスを出す。

 ゴールすぐそばで構えていた米山先輩が外へ走り、スペースを空けた。

 長身の彼女がヘルプに入り、持田さんのコースを塞ぐ。

 持田さんがパスを出し、3ポイントラインで米山先輩がボールを受け取り、シュートフォームに入る。

 私をマークしていたピアスの子が、米山先輩に向かって走る。

 よし! 私フリーだ。

 ゴールへ向かって走る。

 シュートの体勢で真上にジャンプした先輩が、私にパスを出した。

 しっかりボールをキャッチして、右側からのランニングシュートを放った。

 ボールはボードの的確な位置に当たってリングを通り抜けた。

「陽子、イエー! フーッ!」

「陽子ちゃん、フーッ!」

「陽子ちゃん、もう1本!」

 マユちゃん、ありがとう。でも、もう試合終わりだよ……。

「小っちゃいネーちゃん、ナイッシュ!」

「小っちゃいネーちゃん、かっけー!」

 小学生のみんな、ありがとう。でも、小っちゃい言うなっ!

 5対1、私たちの勝利!

 相手チームの3人は、苦しそうに呼吸しながら悲痛な表情を浮かべていた。

 体を引きずるようにして、森先輩のもとに集まる。

「先輩、すみませんでした……」

「あんた達のせいで、今日の稼ぎが水の泡じゃん。しっかりしろよ。何年バスケやってんだよ!」

 周囲を気にせず、お構いなしに声を荒げる。

「お取り込み中のところ、いいかしら?」

「あん?」

 森先輩はうっとうしそうに返事をして、持田さんを睨みつけた。

「約束通り、あなた達が奪ったものを全て返していただけるかしら?」

 無言で財布からお金を取り出した森先輩は、押しけるようにして持田さんに手渡した。

「……ありがと」

「あんた達のおかげで助かった」

 持田さんからお札を受け取り、横井先輩と井上先輩が頭を下げた。

「ブン吉ネーちゃん、ありがとう!」

「ブン吉ネーちゃん、シュートすげーカッコよかった!」

「……そ、そうかしら。どういたしまして」

 お金を返してもらった小学生たちは、嬉しそうにお礼を言った。

 さすがの持田さんも、子供相手に毒舌は吐けない様子。

 みんなで顔を見合わせてクスクス笑っていたら、持田さんが突き刺すような冷たい視線を送ってきた。

「ちょっと待ちなよっ! 時計……秀美の腕時計も返しなよ!」

 コートをあとにして歩き出した森先輩たちを横井先輩が呼び止めた。

「奪った全てのものを返すという約束ですよ」

 持田さんが前に出て森先輩の肩を掴んだ。

「試合に負けたらって話だよねえ? 私、今の試合は出てないし。約束は守ってるでしょ? それでも返して欲しいっつーなら、私と1on1で勝負してみる?」

「必要ねーよ! さっさと消えろ。うざいんだよ、お前」

 急に滝沢先輩が2人の間に入って大きな声を上げた。

「あっそ。じゃ、帰るけどさー、一応私らの学校教えといてやるわー。御殿場商業高校バスケ部。私は2年キャプテンの森佳代子。まあ、お嬢様校のあんた達と会うことなんて、もう無いだろーけどねー。バーイ」

 高く上げた手を振りながら、森先輩は公園を悠々と去っていった。

「やっぱバスケ部だったな。っていうか超感じワル。賭け試合で子供から金奪うとか、サイテーだし」

「でも、みんなにお金を返せて良かったよねー」

 ほっとした様子のハルちゃんが胸に両手を当てて笑顔を見せる。

「ブン吉ネーちゃんと小っちゃいねーちゃんと先輩ネーちゃんありがとう。あと、ギャルのネーちゃんも」

「ついでみたく言うなっ」

 ウメちゃんの口調は怒っていたけれど、小学生たちが自転車にまたがり、元気に帰っていく後ろ姿を見つめる瞳はすごく優しかった。

「私、先輩ネーちゃんなのですね。ハハハ」

 ポツリと呟いた米山先輩が面白くて、みんな吹き出してしまった。

 いつの間にか、滝沢先輩も背を向けて歩き出していた。

「あの、ちょっといいかな?」

 横井先輩と井上先輩はまだその場に残り、難しい顔をしている。

「実はさ、秀美の獲られた時計、返してもらってないんだ」

「あ、さっき言っていた腕時計のことですか?」

 マユちゃんが尋ねると、先輩2人は同時に頷いた。

「ちょっとさ、アンタらも図々しいんじゃねーの? アタシは話し聞いただけで見てたわけじゃねーけど、滝沢先輩やアンタら、ブン吉に嫌がらせしたりバスケ部の邪魔してたんだろ?」

「そ、それは……」

「今は、悪いことしたって、思ってる」

 先輩2人は視線を下に向け、声も小さくなった。

「分かってんなら、先に詫び入れろっつーの! そもそも自業自得なんだよ。あとは自分で何とかしろよ――」

「カヤさん、ちょっと言いすぎだよ」

 ハルちゃんが止めると、まだ言い足りない様子のウメちゃんは仕方なく言葉を飲み込んだ。

「……腕時計って、もしかして滝沢さんのお母様の?」

 思い出したように持出さんが質問する。

「そう、それ!」

「秀美のお母さんの形見なんだよ!」

 横井先輩と井上先輩が首を激しく縦に振った。

「おいっ、何してんだよー! 帰るぞー。余計なことだべってんなよ!」

 滝沢先輩が大声で2人を呼んだ。

「悔しいけど、私たちじゃ勝てないんだ」

「秀美の大事なモノなんだ。何とか取り返してください」

 先輩2人は最後に「どうかお願いします」と言って深く頭を下げ、真剣な表情で持出さんを見つめて走っていった。

「いやー、お願いされちゃったねえ」

「のん気なこと言ってんな、陽子。あんな奴らの言うこと無視すりゃいーんだよ」

 ウメちゃんの意見は一貫している。

 確かに滝沢先輩が中学時代、持出さんにしたことは許されないことだと思うし、横井先輩や井上先輩とバスケ部に妨害したことも忘れていない。

 でも滝沢先輩が困っていること、横井先輩と井上先輩がそれを心配していることは同情できるし、以前の件とは別の話に思えるんだ。

 ただ、一番大事にしたいのは持出さんの気持ちだから……。

「……あの、みんなにお願いがあるのだけれど――」

「滝沢先輩の腕時計、取り返すんだよね!」

 持出さんが話し始めたところで、ハルちゃんが先を述べた。

「フミカちゃんなら、絶対そう言うと思ったよ」

 マユちゃんがニッコリと微笑む。

「しょーがねーな。ブン吉に付き合うよ」

「ウメ吉、ありがとう」

「御殿場商業のデータ、集めておきますね」

「先輩、ありがとうございます!」

「ああっー!」

 私の声にみんながビクンと体を震わせて驚く。

「い、飯田さん、どうしたの?」

「試合のラスト、ランニングシュートで思いっきり跳んじゃったよー。パンツ見えちゃったよー。イヤン」

「陽子ちゃん、今さら?」

 マユちゃんが呆れた声で言う。

「っていうか陽子、スパッツはいてんじゃねーかよ!」

「そーだよ! あれなら陽子ちゃんだってオフェンスに参加できたじゃん。陽子ちゃんの嘘つき。スパッツのネーちゃん!」

 ハルちゃん、最後の悪口なんですか? スパッツのネーちゃんって……小学生じゃないんだから。

「そうだったわね。よくも私と先輩ばかりをさんざん走らせてくれたわね」

「悪気は無いよー。スパッツはいてるの忘れてたんだよー」

 責められる私を見て、米山先輩が笑い出した。

 笑いはみんなにも伝染し、昼下がりの公園に高らかで陽気な声が響き渡った。

「よーし、試合終わったらまた腹減ったし。さっきのたい焼き屋寄って帰ろうぜ」

「賛成! またクリームたい焼き食べたーい」

「あ、カヤちゃん、ハルカちゃん待ってー。私もー」

 3人とも、試合出てないじゃん……。

 ウメちゃんを先頭にして、3人は競争するように走り出した。

 その後ろ姿を見ながら、米山先輩が優しく微笑む。

「キャプテン、ごめんなさい。私の独断で……」

 持出さんにマジメな声でキャプテンと呼ばれて驚いた。

 そして、だんだん笑いがこみ上げてきた。

「クッ、クフフフ。き、気にしないでいいよ。プフッ」

「ちょっと、飯田さん。私、マジメな話をしているのよ」

「ごめん、ごめん。持出さんがマジメに『キャプテン』なんて言うからさ。つい可笑しくって」

「まったく、あなたという人は」

 ふくれた顔をする持出さんは子供っぽくて、ちょっぴり可愛かった。

「でも、ホントに気にしなくて大丈夫だよ。私も持出さんときっと同じ気持ちだから。それはみんなも一緒だと思うよ。ウメちゃんはちょっと反抗期だけどね」

 持出さんがクスリと笑った。

「先輩もつき合わせてしまって、すみませんでした。でも本当に助かりました」

「どういたしまして。私、一緒にプレイできて楽しかったです。皆さんはどんどん上達して、もうすぐ私の追いつけないところに行ってしまいますから。練習で私がお役に立てるのも、あと少しだけです。少し寂しい気もしますが、すごく楽しみでもあります。全国大会、連れて行ってくださいね」

「ガッテン承知のすけ!」

 元気良く返事した私を見て、米山先輩は口元を押さえて上品に微笑んだ。

 そうだ。私たちコウジョバスケ部は全国大会へ行かなければならない。3年生まで大好きな部活を続けるために。

 その前に、まずは前哨戦といったところかな。

 待ってろ、御殿場商業高校バスケ部。

 滝沢先輩の腕時計は、必ず私たちが取り返す!

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