第五夜【夜汽車】


 こんな夢を見た。

 

 よく揺れる汽車に乗っている。一人である。

 

 夜汽車の窓の外は真っ暗であり、景色は何も見えないが、自分はそこが生家の側を走るものであることを知っている。

 

 今しがた通路を通り過ぎて行った人の服が祖母のものとよく似ていて、思わずいつまでも目で追ってしまった。

 その人は通路の端に飾ってある花瓶を見て、


「今は花が少なくていけませんネェ」


 と、高い声で連れ合いに笑いかけていた。


 花瓶には二、三本の花が挿さっている。色は分からないが、鮮やかなものには思えなかった。それを眺めつつ、今の季節は何だったかをぼんやりと考える。春と夏ではないように思われた。


 ふいと目線を外して車窓に移すが、やはり外には闇が広がり、すぐ脇に平行する道路の街灯すら見えない。


 ――否、街灯は灯っていないのだ。


「この数日間は点灯試験のために点けられません」


 玄関先で来訪者が言った。太いネクタイが緩んでいるのが妙に気になった。

 ここいらの街灯はただでさえも少ないのに、と自分は文句をつける。眉を上げて怒った風にしても、来訪者は、それでも点けられません、と手を振るだけである。

 一昨日の晩にも子供が溝にはまったところだ――そう付け加えると、来訪者は考えるように黙り、しかし結局、緩んだネクタイを下げて帰っていった。

 

――そういう腹立たしいことが、過日にあったように思える。


 あの来訪者はどこの者だっただろうか。急にそれが気になった。


 財布を取り出し、貰った名刺を見ようとする。

 そこにしまったはずであるが、なかなか見つからない。ようやく見つけたと思ったら、手が滑って取り落としてしまった。しゃがみ込んで手を伸ばすが、通路の床にぺったりとくっついたそれに、取り上げるのを諦めた。


 席に腰を下ろし直した瞬間、ふと、自分はどこへ出かけなければいけなかっただろうか、と不安になった。

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