EX いつもどこかで

──キール視点──


「すみません…………、またあなたに不自由な思いをさせてしまって」

「もう……キール君? そんなことで謝らないでっていつも言ってるよね?」


 私の言葉に心外とでも言うように不機嫌そうな最愛の人。けれど、貴族の令嬢として育てられ、王の妾としての経験しかない彼女にとってこの逃亡生活が大変なことは疑うべくもない。

 今だって何度目かも分からない洞窟暮らしを強いてしまっている。街での暮らしが無理でも村での生活…………森奥の小屋でもいい。安定して生活ができる日がくればいいのだが。


「確かに、辛いことがないって言ったら嘘になるよ? でも、それ以上に私は今幸せで楽しいんだ」


 その言葉にはきっと嘘はないんだろう。確かに彼女は私が出会った頃の陽だまりのような笑顔を今も浮かべているから。


「だから、もしあの日をやり直したとしても、私はキール君に差し伸べてもらった手を掴むよ。それはきっと何度繰り返しても変わらない」

「…………物好きですね。王の側室として何不自由ない生活を捨て、こんな逃亡生活を選ぶんですから」

「だって、あそこには不自由じゃなくても自由なんてなかったし。不自由だけど自由なこっちの方が楽しいもん」


 …………そうだ。だからこそ私はあの日積み上げてきた地位を捨て、愛する人を攫ったのだ。


「それとも…………キール君は違う? 私との逃亡生活は大変なだけかな?…………楽しく、ない?」


 そこで少しだけ彼女は顔を曇らせる。


「まぁ、大変じゃないと言えば嘘になりますね。逃亡中の身では食料を集めるのは一苦労ですし、毎日お風呂を用意するのも割と大変です」

「お、お風呂は頑張って欲しいかなぁ…………。で、でも、キール君がそんなに大変だって言うなら二日に一回でも──」

「──ですが………………楽しいです。楽しくないわけがない」


 まるで昔語りのような愛する人との生活。少しばかり不謹慎かもしれないが、王国を相手にしての大立ち回りはやりがいがある。

 そして何よりも、彼女が笑ってくれるだけで私は幸せで楽しい気持ちになれるのだから。私の終わってしまった人生の中で今より楽しい時など存在しなかった。


「そっか。じゃあ、私はやっぱり後悔はないよ。だから、暗い顔は禁止!」

「ふふっ……はい。あなたにそう言われたら仕方ありませんね」


 引け目はある。だけど、それを気にしすぎるのは彼女の望む所ではないのだろう。

 ならば、私は笑おう。からからと。この小さくも何よりも尊い幸せを彼女と分け合おう。


 彼女が終わるその日まで。


「うん! それでこそ私の騎士だ」

「いえ、私は魔法使いですが……」


 クルセイダーはもちろんナイトの適性も全くない。


「え? でも私を守ってくれてるし、実質騎士じゃない?」

「そういう意味なら分からないでもないですが…………」


 どっちかというと貴族の令嬢を攫う悪い魔法使いと言った方が正しい気がする。実際世界中でそう指名手配されていることだし。


「…………ですが、やっぱり騎士はないですよ。リッチーとなった私にそんな資格はない」

「えー……不死の王が騎士ってのもなんかよくないかな?」

「いいか悪いかはともかく不似合いなのは確かですよ」


 魔法で彼女には隠しているがリッチーになってから私の身体は急速に朽ちてきている。骨だけになる日もそう遠くないだろう。

 世界には肉体をそのままにリッチーになる秘術もあると言うが、残念ながら私はそのような方法は知らなかったし、死にかけた私にその秘術を成功させられたかも微妙なところだ。


「私が騎士の真似事をしたらそれはただのアンデッドナイトだ。リッチーよりも格が下がってしまいますね」


 そもそも騎士の武器が杖では格好がつかないだろう。やはり私に騎士は似合わない。


「…………、ね、さっき後悔はないって言ったけど、一つだけ心残りはあるんだ」

「心残りですか? 私に出来る事であれば叶えたいですが……」


 彼女のためであればいくらでも無理をしよう。そしてリッチーとなった私が無理をすれば大体のことは叶えるだけの力があるのも確かだった。


「いいよ。キール君にしか出来ない事だけど…………キール君にはきっともう出来ない事だから」

「それは……」


 どういう意味だろう?


「本当にいいの。私には過ぎた願いだって分かってるし。…………ただ、キール君の子どもを産んであげたかったなって」

「…………すみません」


 その願いを叶えることは私にはもう出来ない。不死者となってしまった今の私には。だから──


「──ですが、いつの日か必ずその願いを叶えます。生まれ変わったその先できっと」

「…………本当に?」

「私があなたに嘘を言ったことがありますか?」

「割とたくさんあるよ?」

「それは冗談というものなのでノーカンです」

「…………じゃあ、約束しよう?」

「ええ、約束します」


 私は嘘つきだ。この約束が叶えることが絶望的なことを誰よりも知っていながら彼女に偽りの希望を持たせるなんて。

 確かに生まれ変わり…………転生は存在する。だが、今生の記憶を次に引き継ぐことは基本的にない。例外はチート持ちと言われる異世界からの転生者たちくらいだろう。彼女がこの約束を次の彼女へと引き継ぐことはないのだ。

 そして何より…………不死者となった私には転生する権利はない。この身は彼女が死した後も残り続け…………朽ちた後に待つのは完全なる無か地獄での日々か。そのどちらかだろう。


「えへへ…………楽しみだなぁ。私とキール君の子どもってどんな子になるかな?」

「私に似れば賢い子になるのは間違いないですね」


 私は嘘つきだ。彼女を悲しませないために、夢想してきたことを空虚に話す罪深い存在だ。それでも──


「それって、遠回しに私が頭悪いって言ってる? もちろん国一番の魔法使いだったキール君に比べたら負けちゃうけどさ」

「そして、あなたに似れば世界で一番可愛い子になるでしょう。間違いないです」


 ──この約束を覚えていよう。私という存在が終わり無に帰すその日まで。






──ダスト視点──


「ちっ…………やっぱ1対4は反則だろ」

「…………あんた、本当に人間? なんで私と私の親衛隊を相手にそんだけ粘れるのよ」


 槍を構える俺に魔王の娘は苛立ちと困惑を込めてそう言う。


「そりゃまぁ、粘らねぇと俺の大切な奴らが死ぬしな」


 市井のみんなや姫さん…………こいつらを通せば俺にとって大事な奴らに少なからず被害が出る。それでいて俺の嫌いな貴族たちは騎竜隊に守られて無事だろうってんだから救いがない。…………本当は姫さんも騎竜隊に守られるはずなんだが、あのお転婆な姫さんが市井の人間を見捨てて大人しく守られるような奴じゃないのは俺が一番よく知っている。


「粘っても勝ち目はないわよ?」

「どうだろうな。今のお前なら行けそうな気はするが」


 今回が初陣だという魔王の娘。味方を超強化する能力は狂ってるし、ステータス的にも魔王軍幹部を名乗っておかしくないだけの力があるのは確かだ。だが……それだけだ。強いだけの相手に簡単に負けてやるほど俺は諦めは良くないし修羅場もくぐってきていない。


「次期魔王である私に勝てるつもり?」

「次期だろ? 俺を確実に殺したけりゃちゃんと魔王になってから挑むんだな」


 まぁ、今でも十分殺されそうになってんだが。ここはとりあえず不敵に笑っとこう。


「…………本当に、いい度胸ね。最年少ドラゴンナイトは人格者だって聞いてたけど、こんなチンピラみたいな奴だったとわね」

「失礼な奴だな。チンピラじゃなくてろくでなしと言え」


 ろくでなしはシェイカー家の血筋だから否定しないけど仮にも騎士の俺相手にチンピラはないだろ。


「どっちも同じようなもんでしょ」

「同じじゃねぇんだよ。姫さんと会って俺はシェイカー家のろくでなしに戻れたんだ」


 チンピラってなるとちょっと意味が違ってきちまうからな。


「それで? その無駄口は時間稼ぎと考えていいかしら?」

「さぁな。そう思うならさっさとかかってくればいいだろ」

「…………そうさせてもらうわ」


 息を大きく吸いゆっくりと吐く。来ると言いながらも魔王の娘はすぐに襲いかかってくる様子はない。俺の粘りと大口に警戒をしてるんだろう。それに怒っている様子はあっても冷静さを失ってる感じはない。


(…………こいつが経験積んだらやばいだろうな)


 俺なんかよりもずっと強くなるのは目に見えている。


「それでも…………俺の相棒を負かせるつもりはないけどな」


 ドラゴンは最強の生物だ。そして俺は、ドラゴン使いはその力を最大限引き出す。たとえどんなに相手が強くても俺が一緒にいる限りドラゴンを敗北させるつもりはなかった。負けるとしても同じドラゴン相手以外は認めない。


「…………この状況、勝算があるの?」


 相棒であるミネアは魔王軍の一般兵たちと戦い、俺と分断されている。そして俺は魔王軍幹部クラスのステータスを持った相手を4人も相手しないといけない。冷静に考えれば勝機はないだろう。


「まぁ、一つだけはあるな」


 だが、それは裏を返せばその状況さえどうにかできれば勝機が生まれるということだ。そして、それはそろそろじゃないかとも思っている。


「なるほど、この国……いえ、人類最強の部隊『騎竜隊』が機を見てるってことね」

「いや、そういうことは全くない」


 騎竜隊は欠片でも部隊員損失の可能性があれば出ないからな。王族や貴族に危険が及ぶような状況じゃなきゃそれは変わらないだろう。


「だが、惜しいな。『人類最強』ってのは間違ってねぇ」

「『騎竜隊』以外の『人類最強』……? まさか──っ!?」


「──『カースド・ライトニング』。…………ふむ、今のを避けますか。始めてみる顔ですが魔王軍の中でも相当上位の実力者のようですね」

「黒い髪に紅い瞳…………なんで紅魔族がこの国に」

「…………間に合ったか」


 さんきゅ、フィールの姉ちゃん。紅魔の里への伝令助かったぜ。

 と、世話になってる騎士の先輩に俺は心の中で礼をする。

 謎の命令で騎竜隊はもちろん普通の騎士や兵士もこの戦いに参加することを許されていない。だからって他国の紅魔の里に援軍呼びに行くなんて勝手な行動どう考えてもアウトなわけだが…………まぁ、その辺はセレスのおっちゃんや姫さんがどうにかするだろう。屁理屈を勢いよく言わせたらあの姫さん以上の人なんてこの国にいないし、セレスのおっちゃんほど胡散臭いのに優秀な人もいない。


「お久しぶりですね、ラインさん」

「ああ、確か紅魔の族長だったか。…………ん? なんだよネロイドに逃げられたような顔して」

「いえ…………以前会った時と大分雰囲気が違うもので」


 ああ、そういや前にあったのはベルゼルグの対魔王軍最前線でだったか。その時はまだ姫さんに会ってないから…………堅苦しく生きてた頃だな。


「気になるなら一応前見たいにも出来るが……」


 一応今も公的な場じゃ真面目に繕ってはいるし。


「いえ、いいですよ。以前のあなたはどこか追い詰められた雰囲気があった。今の方が親しみが持てます」

「そうか、じゃあこのままで頼むわ」


 あの頃は普通だったが、今真面目騎士モードになると肩がこるんだよな。


「さて、そろそろ向こうの痺れを切らす頃ですか。私はどうしましょうか」

「それなんだが…………他の紅魔族と一緒に一般兵の方の対応頼んでいいか?」


 遠目だが派手な魔法が魔王軍を襲っているのが見える。族長以外の紅魔族が援軍に来てくれているのは間違いないだろう。


「あなたの実力はよく知っていますが…………一人じゃ厳しいと思いますよ?」

「勝算なしにこんなこと言うほど死に急いでもねぇよ」


 絶対に勝てるとも言わないが負けるとも思わない。


「……そうですか? 前に会ったあなたはいつ死んでもいいような、そんな雰囲気がありましたが」

「…………昔はともかく今は死ぬわけにはいかねぇよ」


 姫さんを守らないといけねぇんだから。


「それに、そもそも一人で戦うつもりもねぇ」


 魔王軍の一般兵を紅魔族が受け持ってくれるなら。状況は大きく変わる。



「知ってるか族長。ドラゴン使いと一緒に戦うドラゴンは最強の存在なんだぜ?」








──ゆんゆん視点──


「うむ。間違いなくおめでたであるな」

「本当ですかバニルさん!」


 周期的に可能性が高いと思っていたけど、最近はちょっと不定期だったこともあって半信半疑だった。こうしてバニルさんのお墨付きをもらって私はやっと心から喜ぶことができる。


「それで男の子と女の子どっちですか?」


 あおいとハーちゃんは女の子だし次は男の子がいいかな? でも三姉妹というのも悪くない気もする。


「両方であるな」

「…………え? それはあれですか? 両性具有とかそういう?」

「基本的に汝は面白一族にあるまじき常識的な人間であるのに何故たまにいきなりぶっ飛んだ発想になるのだ」

「え? でも両方ってそういうことじゃ……」


 男の子で女の子ってそういうことだよね?


「双子である。…………少し普通の思考を走らせれば分かるであろう」

「…………あ」


 …………いや、うん。本当は気づいてたけどちょっと冗談を言ってただけなんだけどね。


「心の中まで別に言い訳は必要ないぞ。我輩は大体の事を見通している」

「………本当嫌な友達だなぁ」

「では、友達をやめるか?」

「それはそうとしてバニルさん。バニルさんのお目当ての子はどっちかだったりしますか?」


 ありえない事を言うバニルさんの話を変え、私はバニルさんの夢に関することについて聞く。私とダス君の子どもか子孫がバニルさんを滅ぼすらしくて、バニルさんは私たちに子どもを作れといつも口うるさかったんだよね。


「うむ。男の赤子の方はほとんど未来が見えぬ。間違いなく当たりであろうな」

「そうですか。それはおめでとう…………って言っていいんですかね?」


 バニルさんの夢が叶うということはつまりバニルさんが滅ぶということで。それを喜んだり祝福したりするのはなんか違うような気がする。


「うむ。おめでとうで問題ない。それに…………恐らくは我輩の夢の叶えるのは汝の息子ではあるまい」

「そうなんですか?」


 てことは、私の息子の子孫が滅ぼすって事なんだろうけど。何か根拠があるのかな? ほとんど未来は見えないって言ってたけど。


「まだまだ我輩が死ぬダンジョンが完成するのは先の話であるからな。それまでは我輩は死んでも死なぬ」

「言ってること相変わらず滅茶苦茶ですね」


 でも、この悪魔さんが夢半ばで倒れるなんてこともあり得ないか。それくらいにはこの大悪魔は規格外の存在だ。


「けど、実際にバニルさんを倒すわけでもないのに全然未来が見えないものなんですね。それだけ未来が確定したって事なんでしょうか?」


 私やダス君のことは結ばれる運命以外の事は見通せてたみたいだし、結ばれた未来でも重要なこと以外なら気合次第で見えたらしい。それなのに、まだ生まれてもいない私の息子は既にほとんど見えないという。


「さてな。当たりであるのは間違いないがそれだけでもない気がする。どこぞの駄女神やとある盗賊団を見通そうとした時のそれに似ているような気もするが……」

「?? よく分からないですけど、なんだか悪いことなんですか?」

「…………悪いことではない。我輩にとって忌々しいことではあるかもしれぬがな」


 相変わらずバニルさんは変に思わせぶりなこと言うよね。まぁ目を背けたくなる未来とか思わせぶりに言われないだけマシか。



「そうだ、バニルさんの夢を叶えるために子がいるんだったらお願いがあるんでした」

「ん? なんだ。友達には優しいと評判のバニルさんである。友達価格で何でもしてやるゆえ何でも言うがよい」

「…………なんだろう、嘘はないんだろうけど凄く納得がいかない」


 いや、うん。ウィズさんの扱いに比べたら凄く優しくされてるのも分かるんだけどね。


「それで、願いとはなんだ。生まれてくる息子に名前を付けて欲しいとかそういう話か」

「なんでそれを!? あ! 見通す力ですね!」

「いや? 汝の旦那と前にそんな話をしただけだが」


 あ、そういうこと……。まぁダス君と話し合って決めたことだしそう言うこともあるよね。バニルさんは私とダス君共通の友達だから。

 もしも、バニルさんの夢を叶えるための子どもが生まれるなら。その子どもにはバニルさんに名付けて欲しい。私もダス君も同じ気持ちだった。


「ふーむ…………しかしそう言われても困るな。多少でも未来が見えるのならそれにちなんだ名前を付けることもできるが」

「仮にできてもその方法でバニルさんが名付けたら碌なことにならない気がするのでやめてください」


 人をおちょくるような呼び方をすることにかけてバニルさんは間違いなく世界一の存在だから。


「心配せずとも悪魔にとって名前とは特別な意味を持つものだ。名づけをするのにふざけることなど決してない」

「それならいいですけど…………」


 確かにバニルさんが名前をちゃんと呼ぶときは真面目な時だ。それにバニルさんが認めた人でなければその名前を呼ぶことはない。

 そう考えればバニルさんに名付けてもらえるのって凄く貴重な事なのかな?


「ふーむ…………ん? ほぅ……そうか。そういうことか」

「? バニルさん? 何か見えたんですか?」

「いや、見えてはおらぬ。見えては、な」


 うん。この思わしぶりな台詞と顔。右ストレートでぶっ飛ばしたいな。


「物騒なことを考えてる凶暴ぼっちよ。生まれてくる汝の息子の名前だが分かったぞ」

「?…………分かった?」


 なんか表現がおかしいような……?


「その子の名は──」







──エリス視点──


「お疲れさまでした、キールさん」

「…………お世話になりました、エリス様」


 礼儀正しく頭を下げる魔法使いの青年。彼は今日、長き禊の日々を終えて転生をする。


(…………なんて、禊なんて必要ないし、別に長くもなかったですけどね)


 どこかの先輩女神が勝手に罪を許しちゃったから。リッチー化なんて大罪を犯したものを許すなら数千年単位の禊が必要だと個人的に思ってる。それなのに本当にあの人は……。


「あの…………エリス様? なんだか物騒なこと考えてませんか?」

「考えていませんよ? キールさんは本当に幸せ者だなと思ってるだけです」

「その割には説教してる時の顔をしていたような気がするんですが……」

「それの何が物騒なんですか?」


 本当キールさんは一言多いというか。まぁ青春を全て魔法の研究研鑽に費やし、その後の終生は逃避行や一人朽ちるの待つ生活なのを考えれば対人関係に問題あるのは仕方ないかもしれない。

 それにそれくらいであればどこかの鬼畜な勇者さんやろくでなしの英雄さんに比べれば普通だろう。

 …………うん、比べるのも本当に失礼なレベルでしたね。


「ごほん。……それでこれからの事の注意事項ですが……」

「はい」


 姿勢を整えるキールさんに私も一つ気合を入れて説明を始める。


「まずあなたの記憶ですが、基本的にはなくなると思ってください」

「それは…………そうです、よね」


 転生とはそういうものだ。そうでなければ世界は世界の形を保てず…………人もまたそれに堪えられない。彼の境遇願いは知っているが、例外として認めるわけにはいかない。


「ただ、人間の中には一部記憶を引き継いで転生するものがいるのも確かです。不死を経験したあなたの魂は普通とは違いすぎるため、もしかしたら記憶をある程度引き継ぐ可能性も否定はできません」

「…………、それは彼女も私の事を覚えている可能性があるということでしょうか?」

「いえ…………彼女はあなたと過ごした生から既に一度転生し、今また転生しようとしているところです。二度の転生をして記憶を保つことはまずありえません」


 そもそも、前世の記憶など夢のようなものだ。夢の中で見たあやふやな夢を覚え続けることは人の身じゃ不可能に近いだろう。

 だから、二度の転生を経験したキールさんの想い人がキールさんのことを覚えているということはまずありえない。


「そう、ですか…………」

「キールさんも例外になんて期待せず忘れた方が幸せだと思いますよ。人とはそういうもので、あなたは人として生まれ変わることを許されたんですから」


 まぁ、異世界転生者なんてものに頼ってた私が言えることでもない気もしますが。


「……そうですね。例え記憶を失おうとも彼女の傍にいれるならそれでいいのかもしれない」

「賢明ですね」


 望みすぎればそれが裏切られたときのショックが大きくなるだけだから。

 …………これから私が彼に伝えることを考えれば、なおさらだ。


「それでエリス様。私はどこに転生するのでしょうか?」

「キールさんは英雄さんの息子として転生してもらいます」

「英雄ですか? 今の時代の英雄はよく知らないのですが、私が知ってる人でしょうか?」

「ろくでしな英雄さんと言えばわかりますか?」

「ああ、最年少ドラゴンナイトですか」


 面識はないけれど何度か話をしているからキールさんも覚えているらしい。というよりあの地獄の日々(in天界)を思い出せばその原因の一人を忘れるのは難しいだろう。


「それは本当に楽しみです。人の身で公爵級悪魔を倒した規格外の英雄。その実績にもですが、どこか共感を覚える生い立ちにも興味がありましたから」

「ある意味、彼はあなたと違う道を選んだ存在ですけどね」


 キールさんは愛する人を攫い、その想いに殉じ続けた。

 ダストさんは愛する人を攫い、その想いを糧に新しい愛を選んだ。


「そう言ったところも含めて興味があるんですよ」

「なるほど」


 あのろくでなしさんと、どこかズレてるけど真面目なキールさんの話が合うとは思えないけれど。

 …………でも、ダストさんって根は真面目という話も聞いた事あるんですよね。実際お姫様に会うまでは真面目な騎士として有名だったらしいですし。案外相性がいいんだろうか?


「それでエリス様。彼女は……」

「ああ、はい。同じですよ」


 私は今普通に言えただろうか。出来るだけ何でもないことのように言ったつもりなんだけど。


「…………エリス様? 今、何とおっしゃいましたか?」

「同じと言ったんです。あなたとあなたの愛する人は双子として生まれます」

「それは、どういう意味で……」

「そのままの意味ですよ?」


 キールさんとその愛する人の魂は双子として生まれてくる。ここに嘘は一つもない。


「それは…………もう、変えられないのですか? 私には約束が……」

「無理ですね。一番上からの命令ですし」


 本当に悪趣味だと思うけれど。

 …………まぁ、救いがない訳でもないし、これはキールさんへの試練と考えるべきだろう。彼と同じような境遇な人たちの事を考えれば、彼は恵まれすぎているくらいだし。

 そう考えて私は罪悪感から目を逸らす。


「それではキールさん。そろそろよろしいですか?」

「…………はい」


 落ち込んでいる様子のキールさん。難しいとは分かっていても、それでも愛する彼女ともう一度恋仲になることをずっと夢見てきたんだろう。それが転生しても恋仲になることを許されない存在として生まれるといきなり伝えられたのだ。ショックを受けない方が難しい。


「キールさん、例え全てを忘れても、忘れないでください。あなたの幸せは決して一つではないということを。探してください…………きっとあなたならその幸せに気付けるはずですから」

「…………エリス様?」


 不思議そうな顔をしてキールさんはその姿を消す。ゆんゆんさんの元へと転生を果たしたのだ。


「…………少し、言いすぎましたかね」


 多分凄く怒られちゃうんだろうなと思いながらも後悔はなかった。


「どうか良い人生を。新たな命に祝福を」


 そう心の底から私は願うのだった。

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