第28話 地獄での生活2

──ダスト視点──


「ハーちゃん、これかき混ぜててくれる?」

「まかせて、あるじ」

「んー……スープだけだと少し時間あまりそうだし、デザートでも作ろっか、ロリーサ」

「デザートですか? それならプリンを作りたいです」



 厨房では女子がきゃっきゃうふふ(ゆんゆん並みの表現)と楽しそうに料理している。


「まだ出来るまでには時間かかりそうだな」

「なーに? やっぱりラインも一緒に料理してくる?」


 頭の上からのミネアの言葉。膝枕をしてくれている俺の相棒はいたずらな笑みを浮かべている。


「だからやんねぇって。……少し散歩してくるか。お前も来るか?」

「私はいっかな。あの子達眺めてる方が楽しそうだし」

「そうかよ」


 ミネアの視線の先にいるのはジハード、そしてゆんゆん。

 ゆんゆんのことをまだ認めきっていないミネアのことだ。この地獄滞在の間にあいつのことを見極めようとしているのかもしれない。


「あんまり遠くには行かないようにね。何かあったらすぐ駆けつけるから」

「心配しなくても館の外には行かねぇよ」


 流石にそこまで料理に時間かかる感じでもねぇしな。





「ダスト様、お客様をお連れしました」


 リリスの館。適当に歩いてそのロビーに着いたところで。館の主からそう声を掛けられる。


「客? って、ルナにベル子じゃねぇか。もう来たのかよ」


 招待していたとはいえ、こいつらとは一緒にで地獄に来ていない。飛ぶタイミングが向こうで1時間違えばこっちでは一日の差が出てくる。

 俺らが地獄に来てからまだ半日も経ってないのを考えればほとんど同じタイミングで飛んだのか。


「相談屋しているバニルさんにダストさんが飛んだらすぐ教えてもらえるように頼んでいましたから」

「私はそんなルナさんと一緒に来ただけですからね。別にお兄ちゃんに早く会いたかったからとかそんなことありませんから」

「お前ら二人揃ってツッコミどころある台詞会って早々言うんじゃねぇよ」


 どっちかというとツッコミ役はお前ら二人のはずだろうに。


「とりあえず、ルナは地獄というか若返り楽しみにしすぎてて引くわ。ベル子はなんでツンデレ妹みたいになってんだ」

「とか何とか言ってしっかりツッコんでるじゃないですか」

「べ、別にツンデレなんかじゃないですよ! お兄……ダストさんの事なんか全然好きなんかじゃないんだから!」


 はいはいツンデレツンデレ。

 前まではゴミを見るような冷たい表情してたのを考えれば、否定してるとはいえ顔赤くしてるのは割と感慨深い。


「というか、お前もしかして『お兄ちゃん』って呼び方気に入ってんのか?」


 嫌がらせか、からかってるだけかと思ってたんだが。


「そ、そんなことは──」

「──隣国から帰ってきたフィーは『私のお兄ちゃんが凄かった』って自慢話ばかりだったんですよ。そのせいか、ギルドでのダストさんの評価がかつてないほど上がってたりします」

「ルナさん!?」


 えぇ……マジかよ。あのベル子が俺のことを素直に褒めてるとか想像つかねぇんだが……。


「だからこそ、最近は複雑そうな表情が多くて心配だったんですけどね」

「ふーん……なんだよ、ベル子。お前なんか悩みでもあんのか」


 まさか、ルナと一緒で行き遅れを心配してるとかじゃねぇよな。こいつもゆんゆんやリーンと同じくらいの年だし、確かに悠長にしていられる時期は過ぎてるんだが。


「…………、悩みなんてないですよ。あの時、私はちゃんと答えを見つけたんですから。だから、は悩みなんかじゃ決してないんです」

「そうかよ。……ま、なんだ。悩みにしろ困ってることにしろ、俺に解決できることならさっさと相談しろよ。何しろ俺はお前の『お兄ちゃん』らしいからな」


 地獄に来て時間だけは余るほどあるんだ。妹みたいな相手の相談に乗るくらいの時間は作ってやれる。


「……前はそう呼ばれるの嫌がってたのに、今は大丈夫なんですね」

「大丈夫っていうか……今もむず痒いのは変わんねぇんだがな。だが、前も今も嫌っていう訳じゃねぇ」


 そりゃ、ギルドみたいないろんな奴らがいる場所でそう呼ばれたらいろいろ困るだろうが、近しい奴らしかいないないなら不都合があるわけでもない。

 そのうえで、ベル子のことを妹みたいに思っているって言葉に嘘はないのだから。この場で肯定する理由はあっても否定する理由はない。


「それに、未だに自覚はねぇが俺は『父親』になるみてぇだからな。『お兄ちゃん』にくらいなれなきゃ話にならねぇよ」


 本当にそうなれるかは分からない。でもそうなろうとしないといけない。



 子は親を越えなければいけないのだから。



 父親としてのあの背中に追いつき、追い越さないといけないと考えれば、兄貴分になるのに躓いてる暇はないだろう。



「なんていうかあれですね。ダストさんがまともなことを言ってると凄い気持ち悪いですね」

「おいこらルナ。気持ちは分かるがそんなはっきり言ってんじゃねぇよ」


 自分で言ってて何言ってんだこいつってちょっと思ったけど。


「でも、まともなダストさんって普段のダストさんを知ってたら気持ち悪いですけど、客観的に見ればやっぱり良物件なんですよね」

「なんだよ、今日のお前らは。お前らからまともに誉められると怖いんだが」


 特にルナはいろいろ前科あるし。


「いえ、これだけの良物件を台無しにするんだから日頃の行いって大事なんだなって話ですよ? 誉めるどころか逆の話です」

「行き遅れ受付嬢のお前にだけはそんなこと言われたくないがな!」


 見た目だけならアクセルの街でもトップクラスのくせに、笑えないくらい行き遅れてんのはそういう所も問題なんじゃねえーか。

 ……一番の原因は間違いなく行き遅れたくないと焦ってる事だろうが。


「ふふっ……その煽りも今日までですよ、ダストさん。何て言ったって私は今から若返りしてくるんですから」

「お、おう……そうか、良かったな」


 さっきのルナの言葉じゃないが行き遅れ言われて焦ったり怒ったりしないルナってのも気持ち悪いな……。


「という訳で、ダストさん。早く私を経験を食らう悪魔の元へ連れていってください」

「俺がその悪魔がいる場所知ってるわけねーだろ。連れていってくれんのはここにいるリリスだ」


 話自体はもちろん通してあるが、案内とか出来るほど地獄マスターになった覚えはない。


「案内するのはもちろん構いませんが…………その前に荷物を置いてこられてはどうでしょう? その間に私は準備をしますので」


 控えていたんだろうか。リリスのその言葉を合図するように、普通の格好をしたサキュバスが出てきて、ルナやベル子の荷物を持つ。


「てことみたいだぜ? とりあえずそいつらについて行け。お楽しみはそれからだ」

「仕方ありませんね」

「……分かりました」


 ルナはそうでもないが、ベル子は少しだけ不安そうにしながらサキュバスについていく。

 ここが地獄ってのを考えればベル子が不安がるのも仕方ねぇか。ゆんゆんも最初来たときは結構怖がってたしな。

 リーンは地獄になれてるゆんゆんや地獄出身のロリーサと一緒だし、テイラーやキースは普通の悪魔はともかくサキュバスには慣れ親しんでるから今の所大丈夫そうだが。

 むしろそういう要素がないのに全く平気そうなルナがおかしいのか。あいつ絶対若返る事しか考えてねぇわ。


「よろしかったのですか? ダスト様」

「あん? なんだよいきなり」

「若い方の娘……ダスト様の事が好きなのでは?」


 ……欠片もそう思ってないくせによく言うぜ。嘘をつけない悪魔が人を騙そうとするには、今みたいに質問を使って思考を誘導するのが基本なのは分かっているが。

 分かっているからこそ、その自然な様子には薄ら寒いものを覚えるしかない。


「仮にそうだとして、何が『よろしくなかった』んだよ?」

「私に任せていただければ、あの娘を堕とせますよ? ダスト様にとって都合の良い存在に」

「…………、旦那に言われてんじゃなかったか? 招待した客に危害は加えないって」

「危害とは心外です。少なくともあの娘が幸せを感じられるようになるのは間違いないのですが」


 実際本当なんだろうなぁ……。悪魔が嘘をつけないのもあるが、リリスは出来ない事を言うやつでもない。


「そうであれば、欲望に正直に生きるダスト様に断る理由はないのではありませんか?」

「一昔前の俺なら確かに断る理由がねぇんだが…………今の俺には二つほど理由があんだよなぁ」


 歪んでしまったその先にも多少の幸せがあるのは知っているから。だから昔の俺なら受け入れただろうし、今の俺もその幸せを否定しようとは思わない。


「その理由とは?」

「一つはお前も気づいてる通り、別にベル子が俺のことそう言う意味で好きじゃないって事だ」


 本当にそう言う意味で好きだってんなら少しは考えるんだがな。


「多分あいつはまだ『ライン』への憧れを昇華しきってねぇんだよ。そこに親愛……家族みたいな関係が加わってあんな態度になってんだろうよ」


 多分それは恋愛感情に極めて似てる。リリスみたいな奴が干渉すれば簡単にそう変わってしまうくらいには。

 でも、それでも今は違うのは間違いないから。


「今そうじゃないってんなら、変える必要はねぇ。……俺みたいな奴好きなってもあいつが不幸になるだけじゃねぇか」


 あいつのこと傷つけたくないってくらいにはベル子のことは大切だから。

 どっかの野菜好きなまな板と違ってまだ手遅れじゃないから。


「ダスト様が受け入れれば不幸になどならないのではありませんか?」

「それが無理なのが一番の理由なんだよ。……俺の一番大切な女を泣かせたくねぇから」


 もしも俺がベル子……いや、別にベル子に限らず他の女を自分の女にするとか言いだしたら、あいつはきっと俺のことをボコボコにするだろう。多分本来の実力以上出して本気の俺すらぶっ飛ばすに違いない。

 だが、もしもそれが冗談じゃなく心の底から本気で言ってるなら。きっとあいつは笑ってその選択を許しちまう。心の底では寂しくて泣いてるくせに。


「俺の好きなあいつは、たぶん誰よりも心が強い女なんだよ」


 少なくとも俺なんかとは比べ物にならないくらいには、あいつの芯は強い。


「でも、きっと誰よりも傷つきやすい女でもあるから」


 泣くのが悪いとは思わない。むしろあいつの泣き顔はすげぇ好きだ。だが、顔は笑ってんのに心で泣いてるのは勘弁だ。


「てことで、余計な事すんのはなしだ。とりあえずはルナのこと案内してやってくれ」

「承りました。…………少しだけつまらないですが」

「なんだよ? 俺のこと見限ったか?」


 少しだけ残念な気もするが、リリスに興味の対象にされてるのはそれ以上に心が休まらないからな。俺のこと過剰評価してる感じもあるし、程よい距離感になってくれるならいいんだが。


「そういうことは別に。確かに私としてはつまらない展開ですが、それは私の欲望の話です。ダスト様が心の底からそう思ってるのなら……欲望の結果としてそう望むのなら私に否する理由はありません」

「…………、本当リリスって生粋の悪魔だよなぁ……」


 バニルの旦那やゼーレシルトの兄貴が温く感じるくらいだ。これで爵位持ちの悪魔じゃないってんだから悪魔の世界はよく分からん。

 親玉とはいえリリスがロリーサと同じ夢魔だっての全然信じられねぇわ。色んな意味でロリーサが成長したからってリリスみたいになるとは思えねぇ。


「私などバニル様に比べれば可愛いものですよ。今でこそ普段は温くなったバニル様ですが、かつてのあの方は地上どころか地獄すら恐怖に陥れた大悪魔ですから。今でも、逆鱗に触れられればその片鱗を見せますが」


 ふーん……旦那がねぇ。俺やゆんゆんにはそういう所全然見せねぇけど。


「七大悪魔の第一席。序列一位の大悪魔。マクスウェル様のような例外を除けば同じ七大悪魔の方すら、あの方の本気は今なお恐れられています」

「七大悪魔ねぇ。公爵級悪魔がそれに該当すんだっけか。旦那やそのマクスウェルって悪魔のほかにも五柱もいんのか」


 リリスがこんなに持ち上げる旦那と同格の悪魔がそんなにいるのか。多分関わることはないんだろうが…………というか関わりたくねぇなぁ。侯爵級悪魔の『死魔』ですらあんなに面倒だったんだから。


「いえ、今はバニル様含めても六柱ですね。七席目は長い間空席なので」

「六柱しかいねぇ七大悪魔って…………詐欺じゃね?」


 嘘をつかない悪魔のくせにそれでいいのか。


「そんなことを言われましても。それを決められるのは悪魔王様なので。……あの方の考えなど誰にも分かりませんよ」


 悪魔王って…………雲の上の話過ぎんな。神様サイドじゃ創造神に匹敵する正真正銘のトップだろ。

 …………、考えてみれば旦那はそのトップのすぐ下なんだよなぁ。わりと雲の上近かったわ。



「まぁ、旦那以外の七大悪魔やら悪魔王やらと俺が関わることはねぇからねぇだろうから気にすることでもないか」

「…………、さて、それはどうでしょうか? ダスト様の『切り札』を考えれば七大悪魔の方すら危険視するでしょう」

「切る気のねぇ『切り札』だけどな。『双竜の指輪』をあいつがつけてる限りどんな状況でも切ることはないだろうよ」


 あいつを巻き込むわけにはいかないから。もしもの時は『奥の手』の方使うしかねぇんだろうなぁ。それにしても使いたくはないんだが。


「? 切れないとは? 『双竜の指輪』の効果については伺っていますが、別にダスト様の方が指輪を外せばいいだけの話では?」

「…………、ま、そうなんだけどな」


 だが、俺は……。


「とにかくだ。『切り札』やら『奥の手』使わないといけない展開には勘弁だぜ」

「ご安心ください…………とは、弱肉強食の地獄では言えませんが、少なくともこの街のものはダスト様達を全力で守るよう厳命を受けております。多少の障害……それこそ七大悪魔の方が襲撃するような状況でない限りどうにか致しますよ」


 それは安心していいのか悪いのか。なんかすげぇフラグっぽいんだよなぁ……。





────


「あら? すっごい大きなドラゴン。ブラックドラゴンよりも凶暴そうで、それでいて濃い悪魔の気配。噂の魔竜ってやつかしら」


 瘴気ともいえる毒の沼の森。その奥深くへと襲い来る悪魔を適当に蹴散らしながらやってきたアリスは、そこで待ち受ける巨大な竜の姿に楽しそうな笑みを浮かべる。


『……魔族? 人間? 神々の玩具の気配にの気配。…………ふん、地上の魔王かその血族か』

「あら? 言葉が分かるのね。うちのグリフォンと同じくらいの知性だと思ってたわ」

『雑種風情が我を愚弄するか』


 牙をあらわにし、その凶暴性を唸らせる魔竜に対し、アリスは鞭を構える。


「あら? 怒った? 別に馬鹿にしてるつもりはないのよ? うちのグリフォンはすっごく賢いんだから」

『もう囀るな雑種。多少腕に自信はあるようだが、その自信ごと食らいつくしてやる」

「言うだけあって実際今の私と同じかそれ以上の強さはありそうね。…………そうじゃなきゃつまらないわ」


 見るものすべてを圧倒するような巨体と威圧を前に不敵な笑みを浮かべるアリスは、その影からグリフォンやマンティコアを呼び出す。


「こっちの世界に来て自分の力が上がってるのは分かってるけど『強化』の方はどうなってるかまだ試してないのよね。……試すにはちょうどいい相手そうね」


 魔王とその娘であるアリスの強化能力。ではゴブリン一体を中級冒険者のパーティーに匹敵させ、親衛隊を魔王軍幹部クラスに引き上げる狂った性能を持っていた。

 ではそのでは、どれほどの効果を発揮するのか。


「ああ、戦う前に一つだけ忠告してあげるわ。……どんなに強くてもね、簡単にキレる奴は噛ませ犬にしかならないのよ?」

『グルアアアアアアアア!』


 アリスの言葉に魔竜はもう言葉を返さない。綺麗なその体を八つ裂きにしようと叫び声とともに突進してくる。


「『魔竜』。どっかのドラゴンバカは可能性を捨てたドラゴンとか言ってたっけ? ふふっ、こんだけ強ければ可能性があろうとなかろうとどうでもいいわね。いい使い魔になりそうだわ」


 心底嬉しそうに。アリスは新たな使い魔を増やそうと、使い魔と一緒にその巨体に向かっていった。





──ゆんゆん視点──


「あ、見つけたダストさん。どこほっつき歩いてたんですか。もう夕ご飯できましたよ」


 ロビー。ソファーでボーっとしているダストさんを見つけて私は駆け寄る。


「ん? もう出来たのか。思ったより早かったな」

「別に早くはないですよ? ダストさんがいなくなってから一時間くらいは経ったんじゃないですかね?」


 あれこれ調理の方法凝ってたら思った以上に時間がかかってしまった。リーンさんとロリーサちゃんの方なんかデザートを2品作ってたし。冷やさないといけないから食べるのはまた後になるだけど。


「そんな時間経ったのか…………ってか、お前俺がいなくなったの気付いてのか」

「ダストさんのことですよ? 気づかないわけないじゃないですか」


 いつだって私はこの人のことを目で追ってるんだから。


「そうかよ。…………お前と結婚したら浮気なんて出来そうにないな」

「……したいんですか?」


 本気でしたいというのなら私もいろいろ考えないといけないんだけど。とりあえず、その場合は一発カスライカースド・ライトニング食らわせるとして。


「はっ……ばーか」

「ちょっ…! 頭ぐちゃぐちゃにしないでください! 三つ編みほどけちゃう!」


 というか普通に痛いんだけど!?



「うぅ……ダストさんに恥ずかしめられました……いたい……」

「……うん、やっぱお前はその顔がいいな」

「彼女を涙目にしてなに言ってるんですか!?」


 私の彼氏さんが鬼畜すぎる……。アクセル随一の鬼畜冒険者の称号をカズマさんから譲り受けるべきじゃないだろうか。


「お前は俺や爆裂娘にいじられて涙目になってるくらいがちょうどいいって……そんな話だよ」

「本当にダストさんが何を言ってるか分からない……」


 なんで私の大好きな顔でそんな酷いこと言ってるんだろうこの人……。


「で? 結局飯は何が出来たんだ?」

「えっとですね、私とハーちゃんが作ったのがイワシっぽい魚の香草焼きで、リーンさんとロリーサちゃんが作ったのがカエルっぽい肉のスープです」

「…………っぽいってなんだよ?」

「魔法で作ってるみたいでそうとしか言えないんですよ。一応ちゃんと味はイワシっぽかったですよ?」


 リーンさん達の方もジャイアントトードっぽい肉の味だった。


「…………普通の食材ねぇの?」

「えーと…………地獄の海で取れたサンマならありましたよ?」

「海で取れるサンマとかマジで食えるのか? ちゃんと畑で取れよ」

「私も流石に怖くて味見は出来ませんでしたね」


 サンマが海で取れるとか聞いたことが…………そういえばカズマさんがそんな世迷い事を言ってるってめぐみんが言ってたっけ?


「まぁ、海で取れたサンマよりかは魔法で出来た食材の方がなんぼかマシか」

「ですね」


 そういえばどっかの頭のおかしい教授も、なんでサンマだけ畑で取れるのかとか頭おかしいこと言ってたなぁ。そんなの当たり前の事なのに。あの人今何してるんだろう。


「とりあえずお前らが毒m……味見してるなら問題ねぇか」

「今なんか酷いこと言いませんでした?」

「気のせいだろ」


 もう……本当にダストさんはしょうがないんだから。


「あんまり酷いこと言ってると食べさせてあげないんですからね?」

「それは困るな。ロリーサは知らねぇがお前やリーンの料理の腕は確かだから結構楽しみにしてんだからよ」

「だったら、余計な一言言わなければいいのに……」

「一言多いのはお前も他人のこと言えねぇだろ」


 そうかもしれないけど、ダストさんほどではないと思う。


「ね? ダストさん。食べるとき『あーん』して食べさせてあげましょうか?」

「公開処刑かよ。他の奴らいる前とか死ぬほど恥ずかしいっての」

「いいじゃないですか。いるのはパーティーメンバーとかリリスさんくらいですよ?」

「だから嫌だって言ってんだよ……」

「…………、本当にダメですか……? 私、久しぶりにダストさんに自分の手料理を自分で食べさせたいなって思ったんですよ……?」


 ここですかさず涙目の上目遣い。


「口元笑ってんぞー、性悪ぼっち」

「あはは……やっぱりバレちゃいますか」


 私がこの人の嘘が分かるように。この人も私のことちゃんと分かってくれている。


「…………、やっぱりお前は涙目になってるくらいがちょうどいいな」

「なんでですか?」

「お前の心の底からの笑顔は俺にはまぶしすぎんだよ」


 そう言って恥ずかしそうにそっぽ向くダストさんはなんだか可愛くて。


「やっぱり、『あーん』しますね」

「なんでだよ!?」


 私はこの人の事が本当に好きなんだって。そう実感できた。






──ダスト視点──


「ひでぇ目にあった……」


 食事が終わって。ルナの要件が終わったと聞いた俺は、あいつがいる場所へとリリスに案内してもらっていた。


「酷い目……ですか? 私が食堂に着いた時、ダスト様はゆんゆん様に食べさせられて嬉しそうにしてたと思いますが」

「どう見ても嫌そうな顔してたはずなんだが。リリスの目は節穴じゃねぇの?」

「顔はそうですね。はい。顔は確かに嫌そうな表情を作っていましたよ」


 なんだその含みのある言い方は。



「しっかし、マジでルナの奴若返ったのか? 行き遅れじゃないルナとか想像つかねぇんだが……」

「はい。間違いなく受付嬢様は若返っておりますよ」


 本当何でもありだな、地獄。


「それで? 一応もう一度確認しとくが、特に問題はないんだよな?」

「ご説明したと思いますが、若返りは経験を食らう副次的な要素です。冒険者であれば魔法やスキルが使えなくなり、レベルが下がったりしますが、そうでないならあまり問題はないでしょう」


 レベルドレインと似たようなもんだと思ってたが、魔法やスキルが使えなくなるって事は根本的になんか違いそうだな。


「じゃあ、受付嬢のあいつならそんな問題ねぇのか」

「普段何気なくやっていた仕事に手間取ることなどはあるかもしれませんが、記憶を失うわけではありませんから。致命的な問題はないかと」

「ま、その辺りは地獄にいる間にリハビリすればいいだけか」


 記憶がそのままなら取り戻すのもすぐだろう。時間だけはたくさんあるしな。



「けど、行き遅れじゃなくなったルナかぁ…………あんま想像はつかねぇが楽しみだな」


 見た目だけは行き遅れてた今でも極上だったからな。ゆんゆんに比べたら落ちるが、それでもそそる体していた。

 それが行き遅れじゃなくなるってんだから、ゆんゆんほどじゃなくても最高の女になるだろうな。


「先ほど私の誘いを断った方のセリフとは思えませんね」

「それはそれ。これはこれ。……ってな。目の保養くらいはあいつも許してくれるだろ」


 多分。…………魔法一発くらいは覚悟した方がいいかもだが。


「そうだといいですね。──ここです」


 ルナのいる部屋に着いたのか。リリスはドアをこんこんと叩く。


「入ってもよろしいでしょうか?──大丈夫のようですね。入ります」


 ルナの返事を受けてドアを開け部屋に入るリリス。その後に続いて俺も入る。

 部屋の中にいるのは別に若返ってるわけじゃない普段着のベル子と、14、15歳くらいのルナの面影のある少女で──


「あ、ダストさん、見てください! 思い切って成人ギリギリの年齢まで──」



「──守備範囲外のクソガキじゃねぇか! 俺の期待返せよ!」

「!?」


 ダメだわ。確かに歳の割にはエロい体してるがそれだけだ。年下すぎて全然そそらねぇ。


「な、なんですか……なんでダストさんそんな心底がっかりしたような顔を……」

「心底がっかりしてるからそんな顔してんだよ」


 初めて会った時のゆんゆんと俺の歳の差でもギリギリ守備範囲外だったってのに。今の俺とあの時のゆんゆんと同じくらいの年齢とかどうしようもないわ。


「おかしい……普段ダストさんから感じていた性的な視線を全く感じない……」

「はぁ…………帰ろ帰ろ。なんか一気につかれたしさっさと寝るか。ガキンチョ受付嬢も子どもなんだからっさと寝ろよ。ベル子はそいつのこと頼むぜ」

「そんなに子供じゃないですよ!」


 なんか体だけじゃなく性格も微妙に子供っぽくなってる気がするし、なんじゃねぇの?


「えーと……はい。ダストさん。ルナちゃんの事は私に任せてください」

「ちゃん付け!?」


 何て言うかあれだな。旨い話なんてそうそうねぇんだな。


 騒ぐルナと宥めるベル子のやり取りを後ろにしながら俺はそんなことを思っていた。

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