第22話 新拠点

「お前ら、何騒いでたんだ?」


 リーンさんとの話を終えて。帰ってきた私たちにダストさんは気になってたのかそう聞いてくる。

 隣国から帰ってからこっち、ダストさんとリーンさんは距離が離れてたし、私も似たようなものだった。

 そんな私とリーンさんが二人きりで内緒話したり騒いでたりすれば気になるのは当然だろう。


「気にしないでください。ダストさんには全然関係ある事ですから」

「そうそう。ダストには全然関係あることだから」

「そうか、ならいい……って、関係あんのかよ! なら教えろよ!」


 でも、さっきの話を今話せるかと言われたらダメなわけで。そう遠くない日に話すつもりだけど、すぐすぐ話せることでもない。


「べーっ。乙女の内緒話をダストなんかに教えられるわけないでしょ」

「はっ……乙女って面白い冗談だな。お前ら二人とももうそんな年じゃねえだろ」

「…………、ゆんゆん、こいつやっちゃって」

「気持ちは分かりますけど実力差で無理です。代わりにハーちゃん接触禁止の刑にしましょう」

「すみませんマジで謝るんで許してください」


 一瞬で土下座するダストさん。

 多少はマシになったといってもこのチンピラさんには相変わらずデリカシーと言うものがない。


「どうする? ゆんゆん。許してあげる?」

「そうですね、もう乙女の年齢でからかわないって約束するなら許しましょか」

「約束する約束する。………………どうせルナはもう乙女って言えないだろうしあいつはからかっていいんだよな?」

「別にいいですけど、ルナさんに酷い目にあわされても知りませんからね」


 今のセリフをバニルさんはばっちり聞いてるみたいだけど…………バニルさんがこんな話を黙ってるわけないよね。

 まぁ、酷い目に遭ったとしても完全に自業自得だから私は知らないけど。


「あーもう……服、思いっきり汚れてるじゃない」

「あん? これくらい汚れてるうちに入らねえだろ。冒険者には日常茶飯事だっての」

「せっかくの新居に砂まみれで入るなんてやめて欲しいって言ってるの。……もう、ほんとあんたって仕方ないんだから」

「お、おい……リーン?」


 ぱんぱんと自然なしぐさでダストさんのズボンを払うリーンさんは、


「ほら、手も出して? んー……この際だから髪も少し整えよっか」


 戸惑うダストさんをよそに、次々とそのだらしない恰好を整えていく。


「…………、リーンさん? ちょっとやりすぎじゃないですか?」

「別に仲間内でこれくらい普通でしょ? それともさっきの話はなかったことにするの?」


 言ったけど! 遠慮しないでってそういう話だったけど! それにしてもいきなりこれは距離が近すぎるというか……。


「むぅぅぅぅ…………じゃ、じゃあ私もダストさんのお世話します! 髪は私に任せてください!」


 このまま見ていることは出来そうにないと思った私は強引に二人の傍による。

 ないとは分かっていてもこのままダストさんを取られてしまうんじゃないかって…………それくらいには二人の距離は近くて、リーンさんが自然な姿だったから。


「はいはい。櫛は持ってる? あ、それとハンカチ濡らしたいから『クリエイト・ウォーター』お願いしていい?」

「もちろん持ってますよ! はい、『クリエイト・ウォーター』!」

「ありがと。…………ほら、ダスト、顔こっち向けて?……って、なんであんた不満そうなのよ?」

「いや、お前らが俺の話と言うか意思を完全に無視してる気がしてな」

「そりゃ、ダストみたいなろくでなしの意見なんて考慮するわけないじゃん?」

「一理ありますね」

「優しさは欠片もねぇな!」


 なんて、ダストさんがしてるのはきっと不満顔じゃなくて戸惑ってる顔だと思うんだけど。

 後ろから髪をすいて顔が見えない私でも想像がつくのに、真正面から顔を拭っているリーンさんがそれに気づかないはずがない。


「……やっぱり、リーンさんは素直じゃないですよね」

「なんか言ったー? ゆんゆん?」

「いてててっ! おいこらリーン! 拭くならもっと丁寧に拭け!」

「別に何も言ってないですよ? あ、白髪発見」

「いてぇ! おまっ、いきなり人の髪の毛抜く奴があるか!」


 本当、私の好きな人たちはどうしてこう素直じゃない人ばっかりなんだろう。




「? 珍しいな。いつものお前なら『ダスト死ねよ』言ってる頃だろうに」

「言えるわけねえだろ。最近のリーンの様子見てて」

「…………、そうだな。確かにあんなに楽しそうに笑っているリーンを見るのは久しぶりだ」

「ま、ダスト死ねよと言いたい気持ちはあるし、何の解決にもなってないのも分かってるんだが…………それでもな」

「ああ。これからどうなるか分からないが…………それでも笑っていられる『今』があることはいいことだ」






「さて、イチャイチャは済んだかチンピラ冒険者よ。そろそろ話の本題に入りたいのだが」

「いや、欠片もイチャイチャなんてしてなかったろ。雑に扱われてただけだっての」

「ふむ……この場にあった悪感情はぼっち娘の嫉妬心くらいだったように思うが…………まぁ、汝がそういうのであればそういうことにしておくか」

「だから人の感情を勝手にばらすのはやめてくれって何度も言ってるよな!」


 むしろ私の感情を勝手にバラされてるんだけど。バニルさんはある意味ダストさん以上にデリカシーというものがない。

 バニルさんが好む悪感情が羞恥心やがっかりしたときの感情だからそうなるのも当然なのかもしれないけど。


「……で? 旦那、その本題の『空飛ぶ城』はどこなんだ? 上見ても全然そんなの見えないし、ここからまた移動か?」


 ダストさんと同じように空を見上げるけど、宙を浮かぶ城の姿は見えない。


「いや、移動する必要はない。位置にはすでにいるのだ」

「? んー…………あー、なるほど。そういうことか。流石は旦那。本当いろいろ考えてんな」

「むしろ『空飛ぶ城』などというものを作るにあたってそれは真っ先に考慮するべきことであろう。そこを住居にするとなれば猶更である」

「?? ダストさんは何を得心してるんですか? いったい何の話を……」


 上下左右周りを見渡すけどやっぱり城の姿なんて見えない。


「お前は変なところは鋭いのに変なところで鈍いよな。むしろ魔法使いのお前の方が真っ先に気づきそうなもんだが……」


 なんで私呆れられてるんだろう……。


「ヒントはお前が使える魔法だ」

「…………、あ! 魔法で城を見えないようにしてるんですか!」


 私含め、紅魔族のほとんどが使える光を屈折させる魔法。紅魔族ならきっと死ぬまでにめぐみん以外は覚える魔法だ。

 普通は建造物を隠すほどの規模じゃ発動させられないけど、そこは浮遊魔法と一緒でコロナタイトとウィズさんの才能がなせる技なんだろう。


「うむ。『空飛ぶ城』など目撃されれば大騒ぎ間違いなしであるからな。基本的にはその姿が見えぬようにしておる」

「『空飛ぶ城』を自慢したい気持ちもあるが、不特定多数に知られたらぜってぇ面倒だからなぁ…………基本的には隠されてた方がいいわな」

「なるほど」


 言われてみれば頷くしかない。ちょっとくらいならともかく空高く浮く巨大な建造物とか前代未聞の存在だ。その存在が公になれば周りがうるさくなるのは想像できた。

 とてもじゃないけど普通に住んでいる事は出来ないと思う。


 まぁ、それはそれとして……


「空飛んでいるだけでもかっこいいのに世間から隠された城とかかっこよすぎません?」

「否定はしないが…………お前ってやっぱり紅魔族なんだなぁ……」

「次期族長の私に何を今更なことを……」


 里のみんなみたいな頭おかしいセンスはないだけで、私だって立派な紅魔族なんだから。


「でも、お城が隠れてたら入るの大変じゃありませんか?」


 どこが入り口とかそういうの全然分からないと思うんだけど。


「心配せずともこの持ち運びできるスイッチをポチっと押すだけで透明化は解除できる」

「無駄にハイテクですけど解除方法に情緒が欠片もありませんね」


 紅魔族的には減点です。こう、所有者が指を鳴らすとか、解除の呪文を詠唱するとか……。


「では、文句のあるぼっち娘に見通す悪魔である我輩が素晴らしい解決方法を授けよう」

「聞きましょう」

「指を鳴らした後や適当な呪文を詠唱した後にこのボタンを──」

「──馬鹿にしてますよね!? そうなんですよね!?」


 少しでも真面目に聞こうとした私がバカだった……。



「落ち着くがよい、どこまでも面倒な一族の血を引く娘よ」

「それ遠回しに私も面倒くさいって言われてるような……」

「旦那が遠回しに言うまでもなくお前が面倒ぼっちなのは分かり切ってんだよなぁ」

「我輩としても別に遠回しに言ったつもりもないが」

「とりあえず二人は後で覚えててくださいね」


 ウィズさんやリーンさんに協力してもらってでも絶対に仕返しするから。


「とにかくだ。解除方法はともかく、空飛ぶ城が姿を現す様子は人には絶景に映るであろう。楽しみにしているがよい」

「それは確かに楽しみですね」



 うん。空中に隠された城が徐々に姿を現す、もしくは突然出現する……それは想像するだけでも紅魔族的にポイント高い光景だと思う。


「という訳で、ポチッとな」


 なんて心踊らせている間に。バニルさんは本当にあっさりと持っていたボタンを押してしまう。

 そして、そのバニルさんが見上げる先には空飛ぶ壮大な城の姿が………………姿が……?


「あの……バニルさん? 全然城が見えないんですが」

「おっと、これはしまったことにボタンが壊れているようだな。城が姿を現す光景はまた今度であるな」


 ……………………


「絶対わざとですよね?」

「否定はせぬ」

「少しくらいは誤魔化してくださいよ!」

「そんなこと悪魔の我輩に言われても。契約主義の悪魔が基本的に嘘をつけぬのは汝も知っておるだろう」


 欠片も悪びれてないあたり、やっぱりバニルさんは悪魔だ。


「さて。美味しい悪感情も頂けたことだ。そろそろいくがよい」


 そう言ってバニルさんはパチンと指をならす。

 するとさっきまで何もないように見えていた場所に古城のような荘厳な雰囲気を持った城が──


「──って、出来るんじゃないですか! ボタンって本当なんだったんですか!?」

「指パッチンで透明化を解除できるのは城を作った我輩と寝込店主のみである。ポンコツ店主は指パッチン出来ぬゆえ実質我輩だけだな」

「ずるい! 私も指パッチンで透明化を解除したいです!」


 そしてめぐみんに自慢したい。


「では、登録料として追加の二千万エリスを頂こうか」

「払います!」

「払えるかアホ」

「いたっ!?」


 頭部に痛みを感じて振り返ってみればジト目で私を見ているダストさん。


「何するんですか、ダストさん。いきなり人の頭を叩くなんて常識知らずにもほどありますよ?」


 暴力的なところは最近はなくなったと思ってたのに……やっぱりダストさんはまだまだ更正が必要だなぁ。


「なんで逆に俺が困ったちゃんみたいな反応してんだこのぼっち娘は。常識知らずはお前だお前」

「ふぇ?」


 常識知らずって……いったい何が?


「おい、リーン。このぼっち娘が何言ってるんだろうこの人、みたいな顔してるんだが、頭叩いていいか?」

「さっき叩いてたでしょ。これ以上おかしくなったら困るからやめときなさい」

「それもそうだな」


 なんでリーンさんまで私の事呆れたような目で見てるんだろう。


「さっさと城に行くぞ。旦那、そのスイッチの壊れてないのはちゃんとくれるんだよな?」

「うむ、サービスで夜なべ店主に直させておこう」

「頼むぜ、旦那。……あと俺の女から金巻き上げんのも程々にな」

「善処はしよう」

「……本当、悪魔ってのは正直者だな。ほら、何つったってんだ。行くって言ってんだろ」

「ダ、ダストさん? 引っ張らないでくださいよ。まだバニルさんとのお話が……」


 私を引っ張るダストさんに抗うけど、そこは男と女。戦士職と魔法職。抵抗むなしく私の体はずるずると引っ張られていく。


「しっかしよ、ダスト。城の姿が見えたはいいが、どうやってあそこまで行くんだ?」

「透明化の解除同様、城を地上まで下ろす方法があるのだと思っていたが……」

「そういや、お前らを乗せたことはなかったな。心配すんなよ、仮に下ろす方法がなくても、俺らなら問題ねぇ」


 バタバタと暴れる私をスルーしながら。ダストさんはキースさんとテイラーさんにそう言う。

 確かに、空飛ぶ城へ到達する手段と言われれば私たちの答えは一つだ。




「ミネア! 頼む! 俺たちを空飛ぶ城へ連れていってくれ!」



 その呼び声に応えて風のように飛んでくるのは美しい白銀のドラゴン。私やリーンさんを何度も空へと運んでくれたダストさんの相棒だ。


「ほれ、リーン。まずはお前だ」

「え? あたし?……う、うん」


 ミネアさんに飛び乗ったダストさんに続き、リーンさんが戸惑いながら手を引かれてその背に抱きつく。


「よっしゃ、次は俺だな!」

「なわけねーだろ。テイラー、手はいるか?」

「大丈夫だ、問題ない」


 次はテイラーさん。少しぎこちないけど、危なげなくリーンさんの後に乗れた。


「……何が悲しくて男の背中に抱きつかねぇといけないんだ……」

「そういう考えを持っているからそうなるんだ」

「あれ? でも、考えてみれば俺の後はゆんゆんになるのか? なんだよ、リーンみたいなまな板に抱きつくよりよっぽど良いじゃねーか」

「ダスト、キースは後で空から振り落としてね」

「そうするか」

「やましいこと考えないで大人しくするので勘弁してください」


 潔く謝るキースさん。……でも、キースさんに抱きつくのはやっぱり抵抗あるなぁ……。


「えーと……流石にこの人数一気にだと危ないですよね? 私とハーちゃんは待ってますから一旦先に行っててください」

「別に待っとく必要はないだろ」

「えっ……でも、正直キースさんの後に乗るのは……」




「なぁ、テイラー。死にたいんだが、どうすればいい?」

「知らん。さっきの発言を考えれば当然の反応だろう」


 まぁ、さっきの発言もだけど、そもそもダストさん以外の男性に抱きつくの自体あんまり気乗りしないというか。


「いや、テイラーならともかくキースの後には俺もお前を乗せたくねーよ。だから、お前は別の手段で一緒にこい」

「?? え? でもミネアさん以外に私たちに空を飛ぶ方法なんて……」


 アリスさんがいればグリフォンに乗せてもらうとかあったんだろうけど。


「いるだろ。俺たちにはミネア以外にも大空を駆ける最高に可愛くてカッコいい奴が」

「それって……」



 そう言われて思い浮かぶのは決まっている。ダストさんにも負けないくらい私にとって大切な存在。



「『竜化』。お前はジハードに乗ってこい」



 自分の子どものようにも思っている使い魔のハーちゃんだ。




「えっと……もう、ハーちゃんに乗って飛んでも大丈夫なんですか?」


 竜化したハーちゃんの大きさはもう成体のグリフォンと同じかそれ以上に大きい。アリスさんがグリフォンに乗って空を飛んでいるのを考えれば確かに十分な大きさかもしれない。


「ああ、一人ならもう負担は全然ないだろうよ。二人くらいなら問題なく飛べるはずだ」

「だったら、ダストさんも一緒に──」


 と、そこまで言って気づく。ドラゴンバカのダストさんがハーちゃんに乗って飛びたくないはずがない。


(……譲ってくれてるんだ)


 一緒に乗ればハーちゃんの初めては私じゃない。私になる。

 それは一緒のようで違う。素晴らしいようで、でも少しだけ寂しい。そんな結果だ。


「ん? どうかしたか、ゆんゆん」

「……いえ、なんでもありません。はい。じゃあ私はハーちゃんと一緒に行きますね」

「おう、それでいい」


 そう言ってどこか偉そうに、そして楽しそうに笑うダストさんは、やっぱり私よりも年上なんだなと改めて実感させた。



「それじゃ、よろしくねハーちゃん」


 ハーちゃんの頭を優しく撫で、私はゆっくりとその背中に乗る。硬いのに柔らかい。そんな魅惑の感触を楽しみながら、私はその時を待った。


「それじゃ、行くか。空飛ぶ城へ乗り込むぜ!」


 その言葉を合図にミネアさんが、そして私を乗せたハーちゃんが翼をはためかせ浮かぶ。




「な、なぁテイラー。なんか俺ドキドキしてきたんだが……」

「……悪いが、俺にそっちの気はないぞ」

「ちげーよ! いや、ほらドラゴンに乗って空飛ぶ城に行くんだぜ? こう、忘れた少年心をくすぐられるってーか」

「そういう意味なら分からないでもない。昔読んだお伽噺を思い出すな」



「お伽噺かぁ……。ねぇ、ダスト。もしも私が本当のお姫様だったらどうなってたのかな?」

「さぁな。少なくとも碌なことになってねぇ気がするが」

「そっか。……うん、そうだよね。だってお姫様だったら私は今ここにいないもん」

「ああ。だからまぁ、リーンがリーンで良かったって…………俺はそう思うぜ」

「……うん。ありがと」



 それぞれの想いを乗せてドラゴンたちは空を飛ぶ。その中にはきっと私の想いもあって。


「……大きくなったね、ハーちゃん」


 最初は大きな卵だった。それを魔力を込めながら温めてハーちゃんが生まれた。

 小さくてかわいかったハーちゃんがいつの間にか私よりも大きくなって……そして今私を乗せて力強く空を飛んでいる。


「本当にありがとね、ハーちゃん」


 私を乗せて飛んでくれて。私の使い魔になってくれて。そして何より。


「私の幸せになってくれてありがとう。これからもよろしくね」


 私の言葉に応えるように。ハーちゃんはスピードを上げ、ミネアさんも追い越して私を空飛ぶ城へと連れて行ってくれるのだった。







「やっぱ人数多いと不安定で速くは飛ばせねぇな。一番乗りはゆんゆんか」

「初めて人を乗せてあのスピード……やっぱりハーちゃんは天才かもしれません」

「今更過ぎることをなんでこいつはドヤ顔で言ってんだ」


 城の扉の前。ドラゴン二頭が悠々と着地できる空に浮かんだ敷地で。私の後に降りてきたダストさんとそんな話をする。


「そんなこと言ってるダストさんも妙に自慢げですよね?」

「そりゃ、娘が褒められたらうれしいに決まってんだろ」

「ですよね」


 やっぱりダストさんも私と同じ気持ちらしい。


「ねぇ、テイラー。あの二人既に親馬鹿になってるんだけど」

「それが今更な話なのはリーンが一番よく知っていたと思うが」

「それはそうなんだけど……はぁ……あれで本当の子ども出来たら更に親馬鹿加速しそう」




「ま、何はともあれだ。入るか。ミネアとジハードも『人化』っと」


 ミネアさんとハーちゃんも人の姿になって。城の大きな扉を開けて私たちはその中へと入る。そこにまず広がるのは大広間。そこから2階へと続く階段や奥へと繋がる通路が見えた。


「本当にお城なんですね。ベルゼルグのお城よりも魔王城になんだか雰囲気近いですけど」

「本物の城よりかはまだ住みやすそうだがな。そのあたりは旦那かウィズさんが気をきかせてそうだ」


 言われてみれば、外から見た時の中身の想像よりも温かいイメージというか、あまり堅苦しさを感じない。

 ベルゼルグのお城や魔王城には感じなかった人が住むための場所という感覚があった。


「ところで、ゆんゆん。こういう城の住む部屋で一番大きくて豪華な部屋ってどこだと思う?」

「えっと……一番上の奥の方の部屋ですかね? 王様が寝るような場所だと思います」

「だよな。……てわけで、部屋割りは早いもん順な! おい、ゆんゆん行くぞ!」

「了解です!」


 ダストさんの意図を理解した私はハーちゃんの左手をつかむ。ダストさんもハーちゃんの右手をつかみ、そのまま私たちは一気に走り出した。


「お、おいダスト! お前それはずりぃだろ!」

「はっ、家主権限で無理やり決めないだけありがたく思うんだな!」


 フライングのような私たちにキースさんが不満の声を上げるけど、そこはダストさん。どこかの悪魔さん同様に欠片も悪びれた様子はない。


「ダストー? お姉ちゃんは一緒じゃないの?」

「誰が姉だ! てか、姉ならなおの事一緒の部屋なんて嫌だっての!」

「むぅ……じゃあ適当に景色がよく見えそうなところ選ぼうかな」


 ミネアさんの言葉にも予想通りの反応。というか、ミネアさんと一緒は私の方が気まずそうだからちょっとだけ助かった。




「うぅ……あるじ、ぐるぐるする……」

「わわっ、ハーちゃん大丈夫?」


 そうこうしているうちに、お目当ての部屋の前までたどり着く。追い付けないと思ったのか、私たち以外にこっちに向かってる人はいないみたいだ。

 そして私たちに引っ張られたハーちゃんは目が回ったのかふらふら。ちょっとだけ悪乗りし過ぎたかもしれない。


「部屋で休ませた方がいいかもな。早速中に入る…………か……」

「どうしたんですか、ダストさん。いきなり固まって」


 扉を開けたダストさんが何故か硬直している。部屋の中に何かあったのかな?

 そう思って部屋の中を覗いてみると、



「あら? いらっしゃい。それとも、お帰りなさいが正しいかしらね」



 そこには優雅に紅茶を飲む魔王の娘、アリスさんの姿があった。




「…………、お前何してんの?」

「? 見ての通り紅茶飲んでるけど」

「それは見りゃ分かる。聞いてんのは何でここにいるのかってことだ」

「それこそ見れば分かるでしょ?」


 アリスさんの言葉は確かに正しい。アリスさんがなぜここにいるのか。そんなの部屋の中の様子を見れば一目瞭然だ。


「…………、一応俺の勘違いの可能性もあるし一応答えてくれ」

「分かり切ったことを答えるのも面倒ね。見ての通りここに住んでるんだけど」


 それ以外ないでしょとばかりのアリスさん。うん、思いっきり部屋が装飾されてるし確かにそうとしか考えられないけど。


「なんで家主より先に住んでんだよ! 訳分かんねーよ!」

「別にいいじゃない。いい加減バニルの所に居るのもストレスで限界だったから引っ越し先探してたのよ」

「旦那の所から引っ越したかったってのは分かったが、引っ越し先が何でここになったのと、何がいいのかが欠片も分からねぇ……」


 私も本当に分からない……。この人確かダストさんのライバル的な人で人類種最大の敵対者のはずなんだけど……。


「なに? もしかして私がここに住んでるのに文句があるの?」

「ないわけねえだろ。文句しかねえよ」

「一応私はそれなりに容姿が整ってる女のつもりなんだけど?」

「それを否定するつもりはねえが、だからなんだよ」


 だから、ダストさん。彼女の前で他の女性、しかも魔王軍の親玉みたいな人褒めるのはやめません?


「『らっきーすけべ』だっけ? チート持ちの連中がよく言ってる。私がお風呂入ってるところに間違って入るとか、寝間着姿の私が間違ってあんたの部屋に入ってくるとかそういうのに遭遇できるかもしれないわよ?」

「…………、え? マジで──って、いてぇ! おいこらゆんゆん耳引っ張るのはやめろ!」

「何を本気で考えてるんですか!」


 流石に魔王の娘とそういうのを期待するとか正気の沙汰じゃない。確かにアリスさんが女である私の目で見ても美人さんなのは確かだけど……。


「……と、というわけだ。俺に色仕掛けは通用しねえ」

「別に色仕掛けした覚えはないんだけど…………あんた、色仕掛け使ったから簡単に倒せそうね」

「否定はしない」


 ……それはどうなんだろう? 誘惑には弱い人だけど、地獄で上位の夢魔であるリリスさん相手に私を守ってくれたし。

 一線はちゃんと引いてるし、それを簡単に越えるような人じゃない。仮に越えたら越えたでその大変さは私が身をもって知ってるし……。


「ま、とにかくあんたらは私がここに住んでるのが気に食わないわけね」

「気に食わないってかそれ以前の問題の気がするが」

「珍しくダストさんが非のない正論言ってますが、その通りだと思います」

「なんでお前は一言多いの?」


 出会ったころからのダストさんやバニルさんの悪行のせいじゃないですかね。


「ふーん……。ま、別にいいけど。どうせ私はここから出て行かないし」

「…………、まさか、ここでやる気か?」

「なわけないでしょ? まだ私はあんたに勝てないし。勝負が決まりきってる戦いをする趣味はないの」


 雰囲気を変えるダストさんにそれを何事もないように受け流すアリスさん。


「ゆんゆんの方ならいい勝負になりそうだし戦いたいけどね」

「訓練的な勝負ならむしろ願ったりかなったりなんですが、本気の決闘はお断りします」


 『双竜の指輪』である程度強くなった自覚のある私だけど、それでもまだアイリスちゃんやアリスさんに届いてないのは分かっている。

 私も負けると分かっている勝負をする気はない。するなら五分になってからだ。


「そ、残念ね。まぁ、一緒に住むんだもの。家賃代わりに訓練に付き合ってもいいわ。実戦的な模擬戦でよければね」

「むしろ望むところです」


 多数の魔法を覚えることはレベル上げなおしで出来ても、それを使いこなすには実戦かそれに近い特訓で鍛えるのが一番だ。

 ダストさんの隣に立つため、この世界でもトップクラスの実力者であるアリスさんと模擬戦が出来るのは正直ありがたい。


「いやいや。何普通に住む流れになってんだよ。一緒に住まねえよ。出て行けよ」

「ねぇ、あんたもしかして忘れてるんじゃない?」

「忘れてるって何がだ? 少なくともお前を俺の家に住ますなんて約束した覚えはないぞ」


 …………あ。そう言えば──


「──貸し。私、あんたには結構貸し作ってると思うんだけど?」


 アリスさんの貸し。こっちにしてみればアリスさんへの借り。

 死魔との戦いでも作ったし、それこそ今回空飛ぶ城を造れたのもアリスさんがコロナタイトと精霊石を持ってきてくれたからで……。


「それを考えればたくさん部屋の余ってる家に住ませるくらい安いと思わない?」

「…………、お前、絶対俺が拠点を作るって話を聞いた時から企んでただろ?」

「想像に任せるわ。それで? あんたは貸しの一つも返せない甲斐性なしなのかしら?」


 この返しは卑怯だ。ダストさんはどうしようもないろくでなしさんだった時ですら貸しとか借りには割と誠実だった。それが多少なりとも更生してきてる今ともなれば……。


「…………はぁ。しょうがねぇか。俺の仲間に手を出さない。その約束を破らないってんなら好きにしろ」

「そ。じゃあ好きにさせてもらうわね」


 こうなるよね。


「一緒のパーティーで旅しただけでも頭痛かったってのに、一緒に住むとかマジかよ……」

「ま、まぁとりあえず今のところは戦うつもりないみたいですし、本気で殺し合いするつもりになったらちゃんと出ていくんじゃ……」


 というより、そう願いたい。


「ところで、そっちのブラックドラゴンは大丈夫なわけ? さっきからなんかふらふらしてるけど」

「そうでした! アリスさんすみません、私たちの部屋が決まるまででいいのでハーちゃんを寝かせてもらえませんか?」

「好きにしなさい」

「ありがとうございます!」


 部屋の主の許可を得て、私はハーちゃんをベッドに横にする。


「なんか納得いかねぇ…………なんで俺らが礼を言わないといけないんだ……」

「あんたからお礼言われた覚えないんだけど?」

「ありがとうございます、アリスさん。…………これでいいか?」

「そうそう。あんたは貸しの事といい忘れてること多すぎるから、これから気を付けるように」

「…………、やっぱ納得いかねぇ……」


 気持ちは分かりますが、ここは我慢ですよダストさん。アリスさんを真面目に相手するのはセシリーさんを真面目に相手するようなものですから。



 こうして。私たちの新しい拠点での生活は始まった。





「しっかし、忘れてることねぇ……。そう言われるとなんか大事なこと忘れてるような気がするな」

「大事なことですか? だったら早く思い出した方がいいですよ」

「それで思い出せたら苦労しないがな。ま、大事なことだしそのうち思い出すだろ」

「そう言ってて大事なことが手遅れになっても知りませんからね」




 その日の夜。ロリーサちゃんが泣きながらやってきたのは言うまでもない。

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