第16話 なりたいのは最強の魔法使い

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「どう、ロリーサちゃん。いけそう?」

「この距離じゃやっぱり無理そうです。でも……この感覚ならいけます」


 そんなやり取りの後。迫りくる炎龍を前に出るのは幼いサキュバスの少女。

 村娘のような服を脱ぎサキュバスの正装に身を包むロリサキュバスは炎龍へと空を飛び近づいていく。


「あはは……これにダストさん本当に勝ったんですか……? ゆんゆんさんの魔法がなければ近づくだけで灰になってますよ」


 『ファイアシールド』。ゆんゆんが最近覚えた魔法には火属性の攻撃に対する耐性を上げる効果がある。その魔法をかけられていなければロリサキュバスは既に残機を減らしていたことだろう。


「でも、ここまで近づければ十分です。ダストさんが来るまでの間、一緒に踊ってもらいますよ、火の大精霊さん」





 手を前に出し自分の前に浮かぶ小さなサキュバスへ、炎龍は無感情に極熱のブレス吐く。


『……?』


「そんな攻撃じゃ私は倒せませんよ、火の大精霊さん」


 炎のブレスに飲まれたはずのサキュバスは、けれど炎が晴れた先で先ほどと同じように浮かんでいる。炎龍にとってそれは不可解なことだった。

 炎龍にとってみればちり芥に等しい存在が、そのブレスを受けて無事でいられるはずがないのに。


『……!』


 確かめるように、今度は灼熱の爪をもって小さな存在へと炎龍は攻撃を繰り出す。


「当たりませんよ。もっとしっかり狙ってください」


 だが、その攻撃は紙一重をもって避けられる。炎龍そう感じられた。




(大丈夫……この調子ならいけます…………気を抜いたらすぐに解けちゃいそうですけど)


 炎龍が攻撃を空振りしている横で。最初と同じように手を前に突き出しているロリサキュバスは、自分の術が炎龍へと効いているのに少しだけ安堵する。


(このまま後ろに……ううん、ダメですね。夢と現実が離れすぎたら覚めてしまう)


 サキュバスという存在は悪魔の中でもこと戦闘においては最下級の存在だ。例え、彼女たちの最上位存在サキュバスクイーンであっても、まともな攻撃手段を持たない。

 だが、ただ二つだけ。どのような存在よりも適性を持っていた。


(炎龍を眠らせるのは無理ですけど、現実から少しだけずれた夢なら今の私でも……)


 眠りへといざなうこと。そして夢を見せること。夢魔とも呼ばれるサキュバスはこの二つのことだけには他の追随を許さない。

 まだサキュバスとして幼く未熟なロリサキュバスでも、真名契約によって結ばれたパスを通してダストから潤沢な魔力を借りれば、大精霊相手でも白昼夢を見させるくらいにはその適正がずば抜けていた。




──ゆんゆん視点──


「凄い……炎龍相手に幻覚を見せるなんて……」


 ダストさんがなんでロリーサちゃんに時間稼ぎをしろと言ったのか、その意味を私は理解していた。

 魔力の塊と言われる精霊……そのなかでも最上位の大精霊相手に幻術をかけられるなら、ロリーサちゃんが幻覚を見せられない相手はほとんどいないと思っていい。

 ロリーサちゃんが誰かを倒す事は出来ないかもしれない。炎龍はもちろん、サラマンダー相手でも難しいだろう。でも時間稼ぎをさせるなら私なんかよりもずっと凄い。切り札、奥の手と言えるほどのものだ。


「あるじ、わたしたちも、いこう?」

「……うん、そうだね。私たちも出来ることをしないと、生き残れないんだから」


 ロリーサちゃんは凄い。でも、炎龍相手に……あの最凶の大精霊相手にずっと完封出来るはずもない。その時にどうにかするのが私の仕事だ。

 そして、それはロリーサちゃんを見守ってるだけで出来る事でもない。私とハーちゃんも出来ることを最大限やって初めてあの大精霊相手に時間稼ぎができるんだから。


「それじゃ、行くよ、ハーちゃん」

「うん、あるじ」


 ハーちゃんと一緒に私たちが対峙するのは地を這う火の精霊サラマンダー。炎龍に付き従う火の化身だ。その数は平原を埋め尽くすほどで、この国を初めて訪れた時に討伐した数も異常だったけど、それすらゆうに超えていた。

 私一人ではそれを1割も討伐できないと思う。でも、ハーちゃんと一緒なら──


「──『カースド・クリスタルプリズン』!」


 イメージするのはウィズさんの魔法。『氷の魔女』と呼ばれた稀代の魔法使い。その魔法を自分の持てる力を全てを持って再現する。


「やった、……ハーちゃん、いけそう?」


 ウィズさんの魔法にはやっぱりまだまだ遠いけど、それでも広範囲を氷漬けにした私は、ハーちゃんを連れて固まったサラマンダーに近づく。


「……ん、まだいきてるよ、あるじ。うん、いける……はず」


 生物とは正確には言えないサラマンダーを生きていると表現していいのか微妙なところだけど、氷漬けになってるだけでその活動はまだやめていないらしい。そしてそうであるならハーちゃんはその固有能力を発揮できる。

 ドレイン能力と回復能力……ハーちゃんのその固有能力さえばどんな大群相手でも戦い続けられる。問題はサラマンダーを倒しきるまで気力が持つかだけれど……そんな先のことを考えてる場合でもないよね。


「?……っ!? あるじ、おかしい、よ?」

「どうしたの? ハーちゃん」


 魔力の塊であるサラマンダーからその魔力を吸い出していたハーちゃんが驚いたような声を上げる。


「おもったようにすえない……どこかにながれてる? はんぶんくらいしか、すえないよ」

「よく分からないけど効率が落ちてるって事?」

「うん……りょうもすくない、じかんもかかる……ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ。でも、そうだとすると、ギリギリ……かな」


 ハーちゃんによる魔力や体力の回復を当てにしすぎてはいけないらしい。もともと人化していてハーちゃんのドレイン能力は竜化している時より落ちている。そこに何か阻害される要因があればそうなることを予想していないわけでもなかった。


 もともと無茶目な戦いが無理目な戦いになったけどそれはそれ。炎龍相手に可能性があるだけでも十分すぎるはずだ。


「うん……大丈夫。これくらいのピンチで泣き言言ってたらダストさんに笑われちゃうもんね」


 いや、笑われるならまだいいか。それはきっと私ならできると思ってくれてる証拠だ。

 後ろに下がってろと言われるくらいなら笑われる方が100倍いい。


「ハーちゃんはそのままそのままドレインしてて。ハーちゃんには絶対にサラマンダーたちを近づけないから」


 効率は悪くても魔力を溜めなければ勝ち目はない。サラマンダーの相手も炎龍の相手も魔力の有無が生命線だ。

 魔力があっても、私が失敗したら一巻の終わりだけど……失敗するつもりは欠片もなかった。




「ゆんゆんさん、広範囲ブレス、来ます!」

「分かった! ハーちゃん!」

「んっ!」


 ロリーサちゃんの合図に、私は身体強化した体で走る。ハーちゃんを腰に抱き着かせ、魔力を補給してもらいながら降りてきたロリーサちゃんと合流する。


「『ライト・オブ・セイバー』!!──」


 時を待たずして迫る一面を埋め尽くす炎のブレス。ロリーサちゃんがいくら幻惑しようと避けきれない広範囲のブレスへ、私はすべてを切り裂く魔法をぶつける。

 極熱の炎のブレスは私の魔法を受けて一面に一線の空白が出来た。


(ここまでは練習でもいつも行けた……問題はここから……!)


 でも、極熱のブレスは直撃を避けようと、私たちの体を燃やし尽くす。切ったくらいで無事でいられるのは炎のブレスを使う上位ドラゴン並の耐性を持った人くらいだろう。『ファイアシールド』で耐性を上げていると言っても、それくらいで無事でいられるブレスじゃない。


「──『カースド・クリスタルプリズン』!」


 だから、私は続けて炎と相反する氷の魔法を私たちの周りに展開する。


「っっ……か…『カースド・クリスタルプリズン』!!」


 息をつく暇もない上級魔法三連発。練習では試すこともできなかった魔法の展開は、魔力を大きく消費するという代償を払ったけど、炎龍のブレスを防ぐことに成功する。


「はぁ…はぁ……、ハーちゃん、ロリーサちゃん、無事?」

「ん、だいじょうぶ」

「私は大丈夫です。……次のブレスまではまだ時間があると思います。ゆんゆんさんは回復を急いでください」


 そう言ってまた炎龍の前に飛ぶロリーサちゃん。炎龍には今のブレスもロリーサちゃんには防がれたと思っているんだろう。さっきよりも激しい攻撃を空振りしている。


「回復……ハーちゃん、どこまで回復できる?」

「ん……わたしのまりょくがあるから、あるじのまりょくはだいじょうぶ」


 それはつまり、サラマンダーから回収した魔力だけじゃ足りないって事?

 ハーちゃんが本来持ってる魔力が尽きるまでは大丈夫だけど、今のペースで広範囲のブレスを吐かれたらそう遠くないうちに限界が来そうだ。


「でも、ハーちゃんが大丈夫っていうことは……なんだ、ダストさんもう来てるんだ」

「うん。らいんさま、もうすぐ、くるよ」


 まったく……もう少し私たちの出番を取ってくれてたらいいのに。あの人は本当、自分一人で何でもしようとするんだから。


「それだったらもう少しだね。先が見えない戦いじゃないなら……あと2、3回くらいなら成功させて見せる」


 練習じゃミネアさんのブレス相手に全然成功しなかった……というか最後の一回だけだったけど。自分以外の命を預かってると思えば不思議と失敗する気はしなかった。

 そして、ダストさんが合流するというのなら負ける気も。




「なんだよ、だいぶ余裕ありそうじゃねえか。これならベル子落としてくる必要なかったか」

「落とすって……空からですか? 女の子になんてことしてるんですか……って、あれ?」


 ミネアさんに乗って。風のような速さで私たちの前に現れたダストさん。ミネアさんから降りて子竜の槍を抱えるダストさんの姿に私は何か違和感を感じる。


「? どうしたよ、ゆんゆん。変な顔して。なんか俺におかしいところでもあんのか?」

「いえ、おかしいところはないんですけど、違和感がないのが違和感というか……」


 本当なんだろう? ダストさんの服はいつもどおりだし、目はいつもと同じ赤ととび色の中間のような色。髪もいつもと同じくすんだ金──


「──あ、何でダストさん髪の色黒から元に戻ってるんですか?」

「はぁ? 戻ってるわけねえだろ。紅魔の里で変えてもらったから向こうで解除してもらうまで…………ってあれ? マジで戻ってんな」


 本当に不思議そうな顔でダストさん。てことはダストさんの知らない間に髪の色を元に戻ったってこと? 単なる偶然か誰かの思惑か。思惑だとしたらいったい誰が何のために──


「──ちょっ、ダストさーん! 合流したなら早くこっちにきてくださいよー!」

「っと、こんな話してる場合じゃねえか。俺らからロリーサもかなり魔力持ってってるからな。俺も炎龍から補給しねえと」


 ロリーサちゃんの悲鳴のような声に、しょうがねえなとばかりに炎龍の元へと向かうダストさん。

 ダストさんの持つ子竜の槍。その槍を使えば炎龍から魔力をドレインすることも可能だろう。私はこのままハーちゃんと──


「──って、ダストさん! ハーちゃんを竜化させてから炎龍の所へ行ってくださいよ!」

「っと、悪い悪い。じゃ、ジハードと一緒にサラマンダーは頼むぞ、ゆんゆん」


 今度こそ炎龍の元へ向かうダストさんの姿を見て。もうこれで大丈夫だと私はなにも疑っていなかった。




──ダスト視点──


「さーてと……完全に予想外なんだが…………なんで炎龍がドレイン耐性持ってんだ?」


 ロリーサを下がらせ、そのまま幻術を掛けさせながら。炎龍へと何度か槍を食らわした俺はその手ごたえに冷や汗を浮かべる。


「だ、ダストさーん? なんか嫌なつぶやきが聞こえたんですけど、気のせいですよね?」

「残念ながら気のせいじゃねーなー。ジハードがサラマンダー倒しながら魔力吸収してる何とかなると思うんだが…………ん?」


 そう思いながらも相対する相手に違和感を感じて。俺はその違和感の正体を観察して見極める。


「なぁ、ロリーサ。さっきより炎龍大きくなってる気がするんだが気のせいか?」

「気のせいです気のせいです! 絶対気のせいだから気にしないでください!」

「その反応だと俺だけの気のせいじゃねえのか。てなると原因はジハードに倒されてるサラマンダーか?」


 倒されたサラマンダーの魔力……火の精霊が炎龍へと集まってると考えればこの現象に説明がつく。

 ジハードもサラマンダーから魔力を吸収して強くなってるはずだが……この感じじゃ炎龍が強くなるペースの方が速そうだな。


「なあ、ロリーサ。お前このまま炎龍が強くなっていっても変わらず幻術かけられるか?」

「み、密着すれば……?」

「したらお前燃え尽きるだろ。いや、ゆんゆんの『ファイアシールド』と俺の『炎耐性増加』使えば何とかなるか?」

「すみません、無理ですから本気で考えないでください」


 だよな。そもそも密着すればどんなに強く魔法をかけようと、夢と現実の差に覚めちまうだろうからな。


「てなると…………しょうがねえか。ロリーサ、ちょいと炎龍の相手を頼む」

「え、あ、はい。どうするんですか?」

「決まってんだろ。お前らいたら勝てそうにねえから逃がす。ゆんゆんのテレポートでお前ら二人は逃げろ」


 本当はゆんゆんにも炎龍倒した時の光景見せたかったんだがな。流石にこの状況じゃあいつら守り切れねえし仕方ねえだろ。

 そんな俺の考えは、



「嫌です」


 ゆんゆんの満面の笑みに断られた。


「いやいや、お前状況考えろよ。お前らいたら炎龍勝てねえんだって」


 このまま強くなる相手にゆんゆんやロリーサを守りながら戦うのは無理だ。死魔みたいに契約してどうにかできる相手でもないし。


「話は分かりました。簡単に勝てないってのも分かりましたし、ダストさんが私たちを守りたいからそう言ってるのも分かります」

「だったらだな……」

「そのうえで聞きます。……私は足手まといにしかなりませんか? 本当に私たちがいたらどうにもなりませんか?」





──ゆんゆん視点──


 本当は分かってる。こんなことを言ってる場合じゃないって。ダストさんを困らせるだけだってのは痛いほど。

 でも、ここで逃げたらいつまでもダストさんに追いつけないんじゃ…………また、遠くに行ってしまうんじゃないかって思ってしまって。


 きっとダストさんは私たちさえいなくなれば勝つんだろう。今回はそれでもいいのかもしれない。でも、そんなことを続ければこの人が独りになってしまうんじゃないかと、そう思う。

 『他人ひとよりも強い力を持った人は誰だって孤独なんです。だから、ゆんゆんさん。強くなってください。ダストさんの隣に立てるくらいに』

 思い出すのはウィズさんの言葉だ。きっと誰よりも強いこの人は、大切な人を守り続けるんだろう。でも、今のままじゃ誰よりも強いこの人を守ってくれるがいない。いつまでも独りだ。


「…………手はある。だが、手が足りない。ロリーサが幻術をいつまでかけられるかが分からない。強くなった炎龍のブレスをお前が防げるかも分からない。ミネアも一人じゃ炎龍の相手は無理だ。そんな不確かな状態で俺が動けなくなる手は打てねえんだよ」

「なら、私が最強の魔法使いになります。そうすればダストさんが手を打つまでの時間を稼げます」


 一人だけでは難しいかもしれないけど、ミネアさんと一緒なら何とかなるはずだ。


「最強の魔法使いになるって……そんな簡単になれれば苦労しねえだろ」

「そうですか? その方法はもう持ってるし、ダストさんも知ってるはずですよ」

「お前……まさか……!」


 そう、その方法は前にも話した。ダストさんには私にはできないって言われたし、自分でも無理だと思ってるけど。



「はい。私が今、リッチー化すれば炎龍相手だって戦えます」



 自分一人生きて……ううん、死に続けて。ダストさんやめぐみん、リーンさんを見送らないといけないと考えると胸がつぶれそうなほど苦しい。

 でも。それでも。この人を独りにしてしまうよりはずっとましだ。


 この人が私たちを守りたいと思ってくれてるのと同じくらいに。私だってこの人を守りたい。その気持ちはだれにも……この人にだって否定できないはずだ。


「『最強の魔法使い』なんていらねえよ……俺には『最優の魔法使い』がいればそれで十分だ」

「それはダストさんの気持ちですよね? だったら私は『最強で最優の魔法使い』になりたいんです」


 ダストさんが優秀な魔法使いが欲しいというならそうなろう。でもそれ以上に私はダストさんの隣に立てるような魔法使いになりたい。

 それに、最強の魔法使いを自称する天才な親友にも勝ちたいという気持ちはずっと小さいころからあったものだ。



「もう一度聞きます。ダストさん。本当に手はありませんか? なら私はリッチー化します」





──ダスト視点──


 なんでこいつは……こんな真っすぐな目ができるんだ。

 その目を見れば、一つも引く気がないのは疑いようもなくて。全部本気で言ってるのが分かる。

 そしてその言葉に込められた意味も考えるまでもなくて…………本気で俺みたいなチンピラを守ろうなんて馬鹿なことを考えてる。


(…………最後の『奥の手』を使うか?)


 ちらりと、サラマンダーを相手に戦うジハードを見る。あれを使えば炎龍とサラマンダー、そのどちらも倒せる可能性はあるかもしれない。

 だがそれはある意味『切り札』よりも切ることを躊躇う手だ。『切り札』よりも確実性に欠け、それでいて危険を伴う。なしだ。


(ゆんゆんがリッチー化……は考えるまでもねえな)


 そんなことは絶対に許さない。たとえこいつに嫌われようと、それだけは認められない。ゆんゆんの気持ちも分からないではないが、だからって認められることと認められないことがある。


(そんで、ゆんゆんが俺に求めてることは…………それも考えるまでもないか)


 ゆんゆんは俺がこいつを強くする方法があるって確信している。そしてそれは正しい。

 それがどんな方法でなんで俺が躊躇ってるかまでは分かってないんだろうが……。


(…………仕方ねえか)


 俺がこの方法を嫌う理由はリッチー化とある意味一緒だ。ただ、リッチー化ほど決定的ではなく、『切り札』が今以上に切りにくくなるというだけで。


「ダストさん? この指輪は何ですか?」

「『双竜の指輪』。効果は……つければ分かるだろ」


 首をかしげるゆんゆんに俺はただそう返す。

 両親の形見。シェイカー家に代々伝わる二つで一つの役割を果たすマジックリング。


「えっと……どこにつけるとかあるんですか?」

「好きなところにつけろ」


 俺は右手の…………小指はぶかぶかで無理か。親指はもちろん入らない。人差し指は槍持つときに気になるな。中指……きつい。薬指しかねえか。くそぅ……ぴったりでやんの。


「じゃあ好きにして…………えへへ、ぴったりです」


 俺がしぶしぶ指輪をつけてるのに比べて、ゆんゆんは本当にあっさりと薬指……それも左手につける。


「そうか。……で? 自分が今どうなってるかわかるか?」

「ええと…………あれ? 私の中に私以外の魔力がある? え? これもしかしてダストさんとハーちゃんたちの……?」

「『双竜の指輪』……付けた者同士の魔力や生命力を共有するマジックリングだ」


 今ゆんゆんの中には俺の魔力や生命力、そして俺と契約するドラゴン二頭のもの。ついでにあるかないか分からない程度のロリーサのものがあるはずだ。俺にも同じようにゆんゆんの魔力や生命力が自分の中にある。


「今のお前は疑似的に俺と同じようにドラゴンの魔力や生命力を宿している。固有能力は流石に使えないだろうが火属性への耐性は問題なくあるはずだ」

「え? え? こんな簡単に強くなれるんですか? なんでこんないい方法をダストさんは嫌がって……」

「…………今は気にするな。実際今の状況に気づいてないだけで問題があるとかでもねえ」


 実際、俺が『切り札』を切らない限りは、何も問題はねえんだ。ただ、『切り札』を切った時にこいつを巻き込んじまうだけで。


「とにかく、頼んだぞ『最強の魔法使い』。ミネアと協力して時間を稼いでくれ」

「まだその称号は暫定ですけどね。めぐみんをちゃんと倒さないと」

「バーカ。ドラゴンの……最強の生物の力を借りてんだ。頭がおかしい爆裂娘はもちろんウィズさんにだって負けねえよ」


 今のゆんゆんは『最強の魔法使い』だ。爆裂娘もウィズさんもそりゃ凄い魔法使いだが……ドラゴンってのはそれ以上に凄いんだからな。


「ふふっ……そうですね。ダストさんの大好きなドラゴンの力を借りて……それで負けたら嘘ですよね」


 だから負けないと。ゆんゆんは一つの怯えもなく炎龍の元へ向かう。


「ふぇぇ……死ぬかと思いましたー」

「ん、ロリーサか。ちょうどよかった。俺一時動けないからその間守っててくれ」


 ゆんゆんと入れ替わるようにこっちにきたロリーサに俺はそう頼む。


「それはもちろんいいですけど……私に説明はないんですか? さっきまでテレポートで逃がすとか言ってたのに……」

「そんな暇はねーなー。頼むぞ使い魔」

「はぁ……はいはい。分かりましたご主人様。命令だったらちゃんと従いますよー」

「この戦いが終わったら思いっきり精気吸っていいぞ」

「死ぬ気で頑張ります!」


 ビシッと敬礼する現金な使い魔に心を軽くしてもらって。俺は自分の手の中にある子竜の槍に意識を向ける。



 そもそも。どうして子竜の槍を通してジハードの固有能力が使えるのか。その理由は少し考えれば分かる。

 『共有』の能力……『双竜の指輪』と同じ力が子竜の槍にも宿っているからだ。

 そしてその力がどこから来ているのか。そこまでくれば考える必要もない。


 この子竜の槍に宿る幼いドラゴンの魂たち。その中に『共有』の固有能力も持った幼竜がいるのだ。


 現状、その力を発揮してくれているが、なぜかドレイン耐性を持っている炎龍相手にはその能力が足りていない。

 じゃあどうすればいいか。その答えも簡単だ。


(俺はドラゴン使いだからな。……ドラゴンがいるなら契約してその力を引き出してやるのが役目だ)


 魂だけのドラゴンと契約したことなんて当然ない。出来るかどうかすら分からない。

 でも、出来るとしたら俺以外いないだろう。なんてったて俺は最年少ドラゴンナイトだ。その称号は英雄の称号と一緒に捨てたが事実はなくならない。

 いつの日か俺以上のドラゴン使いが生まれるかもしれない。でも少なくとも今この世界で俺以上のドラゴン使いはいない。

 なら、出来るはずだ。どうしようもないチンピラの俺だが……それでもドラゴン使いで、口の悪いウェイトレスの英雄でもあるのだから。

 そして……


「『最強の魔法使い』の恋人だからな。……だから、こんな所で出来ないなんて泣き言言ってるわけにはいかねえ。力を貸してくれ、名もなきドラゴン──」


 そこまで言って気づく。今から契約しようとするドラゴンの名前がないなんてそんな締まらない話はない。死魔の話からすればきっと名前すら付けられず殺された幼竜だろう。だとすれば……。


「──いや、リアン」


 『共有』の力を持つ幼竜に……そう名付ける。本当にぱっと思い浮かんだ名前だが、その力を持つドラゴンにはぴったりな気がした。どっかの胸が寂しい魔法使いの名前に似てるような気もするが……まぁ、ただの偶然だろう。


「ダストさん? その左手の痣は……?」

「ん……成功したみたいだな。契約印……ドラゴンと契約した証みたいなもんだ」


 ミネアと契約したときは青の。ジハードと契約したときは赤の。それぞれ手や額に紋様が出来た。今回の契約印は白色……全てを包み込むようなそんな光を発している。『共有』の力を持つリアンらしい色だ。


「よし、準備も整ったことだ。そろそろ反撃と行くか。ロリーサは……」

「……分かってます。私は素直にここで待ってます。……ダストさんの隣はゆんゆんさんのものですから」

「……悪いな」

「別に謝ることはないですよ? 友達として思う所がないと言えば嘘になりますけど……それでも今の関係で満足してますから」


 友達で使い魔で。そんな関係が心地いいとロリーサは言う。なら、俺が言うことは……。


「じゃ、今は使い魔でいてくれ。ご主人様が使い魔を守ってくるからよ」

「はい、お願いしますね。信じてますから」





「待たせたな。無事か?」

「……あんまり待ってませんよ? 本当ダストさんは私の出番を取るんですから……」


 炎龍を見上げる位置で。ミネアを援護するように戦っていたゆんゆんは、その言葉通り余裕のある様子だった。


「それで? 私はどうすればいいんですか?」


 ゆんゆんは大丈夫かとは聞かない。そして当然のように自分も戦うつもりだった。


「……本当、お前は強くなったよな」


 強さも、そして心も。出会った頃の引っ込み思案だったこいつからは想像がつかないくらいに。

 今のこいつは俺が安心して背中を任せられる……それこそミネアやジハード並の相棒になった。


「策とかはなにもねえ。真正面からぶつかって炎龍の魔力を奪う。そして必要な魔力が溜まったら……ジハードのブレスで消し飛ばす」


 炎龍のドレイン耐性。それは多分炎龍へと魔力が吸い寄せられてるから来ているんだろう。何が原因でそうなってるかは分からないが、槍で切り付けても吸収どころかダメージを与えて魔力を減らせた様子すらなかったのを考えれば間違いない。

 ドレインし続けてもいつか終わらせることもできるだろうが……サラマンダーは今も増え続けている。本当にその方法じゃいつか終わるかも……近くの村や町に被害がいくかも分からない。

 死魔の時同様、限界を超えて吹き飛ばす。


「だから、……頼む」


 何を、とは言わない。それはもうきっとこの場に至っては分かり切ってることだ。


「はい、任せてください!」


 そう言って笑うゆんゆんは、俺が今まで見た中で二番目くらいに幸せそうだった。








──ゆんゆん視点──


 そこから先のダストさんは圧倒的だった。私の援護なんて必要ないんじゃなかってくらい、ミネアさんと一緒に炎龍相手に危なげない戦いを繰り広げる。

 一度戦ったことのある相手というのもあるんだろう。でも、なんだかそれだけじゃないような……。

 いつものチンピラの後ろ姿。けれど、その背中にチンピラ以外の何かが……私の知らないダストさん……最年少ドラゴンナイト、ライン=シェイカーの姿があるような気がして。


(もしかして……フィーベルさんと何かあったのかな?)


 なんとなくそんな気がするのは気のせいだろうか。


「悪い、ゆんゆん!」

「『カースド・クリスタルプリズン』!」


 でも……うん。一番はやっぱり私がいるからだって信じたい。ダストさんが危なげなく戦えるのは、無理したときに私が援護すると信じているからだって。


 その背中を守る……隣に立てる魔法使いがいるからだって。


「よし、もう十分溜まったか。ジハード!」

『ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 ダストさんの呼び声に応じて飛んでくるハーちゃんは、既にミネアさんを超える巨体……上位ドラゴン並になっている。サラマンダーを倒してハーちゃん自身が集めた魔力と、ダストさんが炎龍から奪った魔力の影響だろう。


「それじゃ、一気に吹き飛ばすぞジハード。『ブレス威力増加』。……他はもういらねえな。『サンダーブレス』だ」


 ハーちゃんがブレスを吐くのと同じくして、炎龍もまた極熱のブレスを吐く。

 でもハーちゃんの『サンダーブレス』は……上位ドラゴン並の魔力を持ったドラゴンを、世界の限界すら超えて強化され放たれたブレスは。炎龍のブレスを一瞬でかき消し、その勢いのまま炎龍を無へ帰す。


「凄い……死魔を倒した時のミネアさんのブレスも凄かったけど……今のはそれ以上なんじゃ……」

「ブレスの威力だけ一点特化で強化したからな。満遍なく強化したときとはそりゃ違うさ。だが……ぐっ……」

「ダストさん!?」


 倒れそうになるダストさんの体を間一髪で支える。


「反動か……死魔の時よりひでーな。限界超えたらこうなるとは思ってたが……無理もできねえとは……一点特化は必要なけりゃ封印だな」

「というより、世界の限界超えるの自体やめません? その調子だと本当に人間やめちゃいますよ?」

「本当に人間やめるはめになりたくねえから無理してんだよ」


 ? どういう意味だろう。


「まぁいいです。後は私とミネアさんに任せてください。ダストさんとハーちゃんはもう無理ですよね?」


 反動自体はダストさん本人に来るだけみたいだけど、世界の限界を超えるほどの力を実際に出したのはハーちゃんだ。魔力をほとんど出し尽くしたのか大分小さくなってるし、負担はかなり大きいだろう。

 残ったサラマンダーたちを倒すのは私とミネアさんの仕事だ。


「……お前も、そろそろ無理だと思うぞ?」

「え? 魔力はまだまだあるし大丈夫です……よ?……って、あ、れ…?」


 不意に力が抜けて支えていたはずのダストさんの体に倒れこむ。ダストさんはそれを予想していたのか、尻餅をつきながらも優しく倒れた衝撃を吸収していた。


「他人の魔力……それもドラゴンの魔力をいきなり自分の中に宿して全力だったんだ。慣れてない体にそれはかなり負担だったろうよ」

「そういえば……めぐみんがマナタイトで爆裂魔法を連発したときも辛そうだったような……」


 そっか、今の私はあの時のめぐみんと一緒なんだ……。


「……って、今はそんな場合じゃ! ミネアさんだけじゃ手が足りないですよ!」


 ミネアさんがハーちゃんみたいな雷を操るドラゴンならブレスでなんとかなるかもしれない。でもサラマンダー、火の精霊は当然高い火耐性を持ってるわけで。いかに巨体といえどブレスなしの肉弾戦だけで平原を覆いつくすサラマンダーを倒しきる事はできない。


「まぁ、ミネアだけじゃ足りねえだろうな」

「じゃあ……!」

「でも、そろそろあいつらが来る頃だろ」

「え? 来るって……」





「『セイクリッド・エクスプロード』──‼」


 その疑問は空から降り立った綺麗な金髪の少女の一撃が、サラマンダーの群れを平原の先まで一刀両断することで答えられる。


「お待たせしました! ゆんゆんさん、ダストさん!」

「んー? 何よ、炎龍倒しちゃったの? せっかくいい腕試しできるって思ったのに」


 そっか……来てくれたんだ。アイリスちゃん、アリスさん。


「城にいたアイリスが遅れるのはしょうがねえが、アリス、お前は遅すぎるぞ」

「仕方ないでしょ? 私が炎龍の存在に気づいたときは山奥だったんだし。そっから急いで向かうためにグリフォン捕まえて調教して……で、城にいるあの子連れてかないと可哀想だし?」


 空から飛んできた時は何かと思ったけど……その場で捕まえて調教したんですかアリスさん……。


「ちなみにレインは?」

「戦いじゃそんな役に立たなそうだし置いてきた」


 レインさん……いや、うん。まぁ炎龍がいるかもしれない所に連れてこれるかって言われたら私も考えるけど。


「で? 何があったかは大体想像つくわね。あんたらはシルバードラゴン以外全員戦闘不能……あのサキュバスはもともと討伐にはそんな役に立たないと。ま、後は私たちに任せなさいな」

「……大丈夫か? 思ったよりサラマンダーの数が多いぞ? この場にいる奴らだけならお前らだけでもどうにかなるかもだが……」


 サラマンダーは私が戦っている時も増え続けていた。炎龍を倒してからはその増加は止まっているけど……ダストさんの反応だと結構遠くまでサラマンダーが発生していたのかもしれない。


「なに? この国の英雄様は町や村に被害が出ないから心配?」

「……、別にそういう話じゃねえが……」


 そんなダストさんの素直じゃない反応に、アリスさんはくすくすと笑う。


「別に心配する必要はないわよね? アイリス」


 そして、ミネアさんと一緒に楽しそうに戦っているアイリスちゃんにそう声をかけた。

 ……というか、本当アイリスちゃん楽しそうに戦ってるなぁ。前々からずっと思ってたけど、それにしても今のアイリスちゃんは楽しそうだ。もしかして城でストレスでも溜まってたのかな。


「はい! 炎龍が倒されましたから! 『エクステリオン』!」


 アイリスちゃんの言う当たり前の事実。それから連想される大丈夫の理由。


「「あ……」」


 それに私もダストさんも同時に気づいたんだろう。自分ながら間抜けな声がある。


 炎龍……災厄級の存在が倒された。それが意味することは……。




「おっと……ここは輪にかけてサラマンダーが多いな。ここが最後だが流石は炎龍が発生したと思われる地点」


 平原を埋め尽くすサラマンダー。そしてその上空を埋めつくような巨体の群……軍。


「ふむふむ……ベルゼルグのお姫様が戦ってるな。で、謎の化け物クラスのお嬢さんに、紅魔族の嬢ちゃん。そして、誰だか知らないがシルバードラゴンを連れた金髪の槍使い。さてさて、誰が炎龍が倒したんだろうな」


 それを率いる男の人……何故かタキシード姿(もしかして結婚式の準備からそのまま出てきたのかな)の騎竜隊隊長は胡散臭い口調で楽しそうにそう言ってる。


「ん? ベルゼルグのお嬢さんと化け物クラスのお嬢さんはさっきまで城にいたのか。ならタイミング的に、倒したの紅魔族の嬢ちゃんか金髪の槍使いか」


 ……胡散臭いというか、凄い大根演技だなぁ。


「はぁ……もう来たんだ。まぁ、サラマンダー相手とかどんなに数多くてもつまらないから別にいいけど」

「私はまだ暴れ足りませんよ!?」


 つまらなそうなアリスさんと、なんか叫んでるアイリスちゃん。

 というかアイリスちゃん、やっぱり城でなんかあったんだろうか。


「たいちょー? 結婚式潰されたり義妹さんと上手くいってなくて不機嫌なのは分かりますけど、下手な演技してないでさっさと済ませましょうよー」

「うるせえぞ隊員一号。ま、宰相の野郎の企みに付き合うのはここまででいいだろう。……俺はドレス探すのとフィーちゃんの機嫌取るのに忙しいからな」


 空を埋め尽くしてたドラゴンたちは。私たちを囲むようにして陣を取る。


「はいはい、ベルゼルグの姫さん? うちの宰相にイライラしてるのは痛いほど分かるが、八つ当たりはそこまでにしといてくれ。危ないぞ?」

「うぅ……せめて一緒にセイクリッド・エクスプロードを撃たせてもらえませんか?」

「まぁ……好きにしてくれ」

「たいちょー? なんかサキュバスがいるんですけどサラマンダーと一緒にやっちゃっていいんですかね?」

「私はいいサキュバスですよ! だからお願いしますやっちゃわないでください!」

「あー……一応ベルゼルグからの客人だから助けてやれ」


 ドラゴンたちは陣の外を向き、四方全ての平原を埋め尽くすサラマンダー相対する。


「見とけよ、ゆんゆん。なんで俺がお前にブレスを切るなんて練習させてたのか」


 そして騎竜隊……そのフルメンバーにより放たれるのは炎・雷・氷・風刃・腐食といったドラゴン様々のブレス。


「それの理由がこれだ」


 アイリスちゃんの『セイクリッド・エクスプロード』と一緒に放たれたそのブレスは、一面全てを塗りつぶした。

 そしてブレスが晴れたあとには、あれほどひしめいたサラマンダーの姿が全てなくなっていた。





 それが炎龍復活から始まった戦いの終わり。

 騎竜隊は局地戦最強……その理由を理解した戦いの終わりで。


 そして私がダストさんの隣に立つための力を得た戦いの終わりだった。

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