第8話 賞金の行方

──ダスト視点──


「こちらが大物賞金首である死魔の賞金18億エリスです。おめでとうございます、ダストさん」

「おう、ありがとよ」


 ギルドの受付。死魔の賞金が準備出来たとやって来た俺は、ルナとそんなやり取りをして賞金の入った袋を受取──


「おい、こらルナ。賞金から手を離せ」

「……なんのことでしょうか」


──れず、無駄に強い力で賞金を掴むルナに阻まれる。


「とぼけてんじゃねーよ。どうせ渡さないといけねえんだから素直に渡せ」

「これだけのお金があれば物価の低い国でなら一生遊んで暮らせる……憧れのスローライフをしながら純朴な少年とのイチャイチャも……!」

「いいから放せ! お前がこれ以上ないくらい追い詰められてんのも分かったから!」

「裏切り者のダストさんに独り身の気持ちなんて分かりませんよ! いいですよね、あんなに綺麗な恋人ができた人は余裕があって!」


 この女めんどくせぇ!




「はぁ……はぁ……冒険者でもねえ女のくせになんでこんな力つええんだよ……」


 なんとかルナから賞金をもぎ取って。俺は荒い息を吐きながら辟易する。

 本調子じゃないとはいえ、体の方はほとんど元に戻ったってのに拮抗するとか…………行き遅れ女の執念やばいな。


「ああ……私のお金が…………それさえあればきっと私にも素敵な出会いがあるのに……」

「欠片もお前のお金じゃねえし、今のお前は模範的な地雷女だからお金持ってても男逃げるぞ」


 てか、なんで俺がこいつを諌めてんだろう……。俺が問題起こしたときの尻拭いするのがルナの役目だった気がするんだが逆になってんじゃねえか。


「…………、まぁ、私も分かってるんですよ。こんなことやってても婚期が遠のくだけなのは」

「分かってるけどやめられないと。…………、割とマジでお前もうだめなんじゃね?」

「そうかもしれません……。冒険者の方からのストレスやいい出会いがない事、バニルさんの相手だけでも精一杯でしたから……」

「冒険者は問題起こしてばっかで、お前はそれの対応で苦労してるもんな。いい出会いがないのは知らねえし、旦那の相手してんのはわりと楽しそうにも見えたが」


 出会いがないのは多分サキュバスの店のせいだが…………俺の知ったことじゃねえな。

 旦那の存在はむしろルナがなんとか正気を保ててた一因だと俺は思ってるが、本人にしてみれば確かに堪ったたまったもんじゃないだろう。


「何を他人事のように言ってるか知りませんが、冒険者の厄介ごとの半分はダストさんですからね」

「あん? 流石に半分はねえよ。マジで半分あるのはカズマパーティーの女たちの方だ」

「…………、そう言われてみればそうですね」


 あいつらが冒険者始めるまでは確かに俺が全体の半分くらい迷惑かけてたがな。


「それに最近はジハードのためにあくどい事は出来るだけ控えてるしな。むしろこの街の冒険者の中じゃまともな方じゃねえのか?」

「まともな方はギルドのウェイトレスのガーターベルトを脱がしたりしないと思うんですが……」

「そんな昔のことを掘り出されても痛くも痒くもねえぜ」


 何故か酒場の方からベル子がお盆持ってこっちを睨んでるが…………あいつも、大昔のことを根に持ちすぎだろ。


「昔も何も……いえ、ダストさんにお酒禁止令が出たからもういいですけど。確かにそれくらいだったらこの街じゃまともな方に入っちゃうんですよね……」

「だろ? 最近の俺はむしろ模範生…………って、待てなんで俺にまた酒禁止令出てんだよ! 最近店じゃ飲めてないしこの間飲んだだけじゃねえか!」

「その一回であれだけ問題起こせるんですからダストさんの酒癖の悪さは筋金入りですね……」

「……もしかしてこの間酒飲んだ時に何かやっちまったのか?」


 確かにベル子と酒飲み始めてからの記憶が飛んでるが……。


「とりあえずそろそろダストさんはフィー……フィーベルさんに謝って責任取るべきだと思いますよ」

「フィーベル? 誰だそれ?」

「…………、月のない夜は気をつけてくださいね。刺されても知りませんよ」

「いや、だからフィーベルって誰だよ」


 知らないやつに謝れとか責任取るべきとか言われても訳分かんねえよ。

 そんで、ベル子の視線が人殺せるレベルで冷たくなってんのはなんでだ。こっち睨んでないで仕事しろよ。


「…………、(本当、フィーは苦労するわね。こんな人が故郷の英雄だなんて)」

「おう、声が小さすぎて聞こえなかったが絶対今ろくでもないこと言っただろ」


 その呆れ顔と生ゴミを見るような眼は間違いない。



「とにかく、いろいろ苦労して大変だったのに、その上ダストさんに恋人ができて私ももう限界を超えました。最近は同僚に爆発ポーションを扱うように接してもらうレベルです」

「その扱いを客観視出来るのは地獄だな……。狂いきっちまえば楽になるぞ」

「……それは経験談ですか?」

「さあな」


 昔の……親が死んでから姫さんに会うまでのことはもうあんま覚えてないが……。

 常識に囚われて、悩みやストレスを発散することが出来ない姿は、なんとなく昔の自分を思い出す。いや、昔の俺は行き遅れて出会いがないなんて言う馬鹿みたいなことで悩んでないが。


「にしても、そんなに俺に恋人ができたのがショックだったのか。いやー、本当モテる男は辛いぜ」


 まさかルナも俺のことが好きだったとは……。


「いえ、流石にダストさんにだけは先を越されないと思ってただけですよ? むしろ一生独り身だと思ってた人にあんな素敵な恋人ができてるのが許せなくてストレスが酷いことになってるんです」


 はいはい知ってた知ってた。




「はぁ……欠片も俺は悪くねえ気がするが……ま、お前には世話になったからな。ほんの少しだが骨折ってやるよ」


 こいつがこのままだとギルドもやばいことになりそうだしな。


「…………、そう言いながらセクハラするつもりでしたら本当にギルドでダストさんに賞金懸けますからね。『ストレス解消すんなら気持ちいいことすんのが一番だぜ、その大きな胸俺が揉んでやるよ』とか言わないでくださいね」

「言うわけねえだろ。俺を何だと思ってんだ」

「以前に同じような話をした時にダストさんに言われた言葉ですけどね。3年くらい前でしたか」


 …………、なんでそんな昔のこと覚えてんだよ。


「前にも言ったが今更お前みたいな行き遅れの胸に興味なんてねえよ。揉んでほしいなら仕方なく揉んでやらねえこともないが」


 今の俺はそっち方面はわりと満足してるってか充実してるからな。わざわざ各方面を怒らせてまでルナの無駄にでかい胸を揉みたいとは思わn──


「…………、揉んで欲しいか?」

「死ねばいいと思います」


──まぁ、うん。思わないことはないが、現実的じゃねえよな。今度ロリサキュバスに頼んで夢で揉ませてもらおう。


「とにかくだ。ルナお前ちょっと昼から休みとれ」

「あのですね、ダストさん。冒険者みたいなその日暮らしな仕事と違って、半公務員なギルドの職員は簡単に休めないんですよ?」

「それでも騎士とかに比べれば融通聞くだろ。なんとかなんねえのか?」


 どうしても無理なら今日じゃなくてもいいが、こんなめんどくせぇ女はさっさとどうにかしときたい。


「……まぁ、最近は上司に頼むから休んでくれと言われているので、多分休めるとは思いますが」

「休めと言われてんなら休めよ、なんでストレス溜まる仕事に来てんだよ」

「仕事ないと家で寝てるだけなんですよね…………。そして一日が終わったら、無駄にした時間と取った歳を思って死にたくなるんです」

「聞いてるこっちがいたたまれなくなる話はやめろ!」


 そういう話はゆんゆんのぼっち話だけで十分だっての。


「とにかく! 休みは取れそうなんだよな? だったら午前の仕事が終わったら……そうだな、ギルドの前でいいか。そこで待ち合わせだ。あ、あと飯は食わないどけよ」

「待ち合わせって……一体全体何を企んでるんですか?」



「待ち合わせって言ったら決まってんだろ? 行き遅れ受付嬢にデートさせてやるよ」









「旦那ー、いるかー?」


 ウィズ魔導具店。いつもなら相談屋をやってる時間に探し悪魔びとのバニルの旦那の姿がなかった俺は、旦那がバイトをしているこの店までやってきていた。


「……って、なんだこの惨状……」


 旦那の姿があるのはいいんだがその足元にある二つの黒焦げの物体…………多分ウィズさんとゼーレシルトの兄貴か。そのうちおそらくはウィズさんの方を旦那はゴミでも掃くように箒で外に追いやり、ゼーレシルトの兄貴の方は放置され、アリスは我関せずと言った感じで普通に紅茶飲んでる。


「なんだも何もこの店の日常でしょ」

「こんな日常ねえよ」


 紅茶飲んでるアリスがなんでもないことのように言うが、どこにバイトが店主を黒焦げにして箒で掃く店があるんだ。

 …………、まぁこの街じゃ割とどこにでもありそうな風景ではあるが。


「てか、あんたって、バニルと短い仲でもないでしょ? 今更これくらいのこと何を驚いてんのよ」

「ウィズさんが黒焦げになってるくらいならいつものことって言ったらいつものことだが…………ゼーレシルトの兄貴まで黒焦げになってんのは初めてみたんだよ」


 旦那は同朋には割と甘いし、ゼーレシルトの兄貴を巻き込むような攻撃をするとは思えない。ゼーレシルトの兄貴が旦那の邪魔をするはずもねえし……。


「ああ、ゼーレシルトが黒焦げになってるのは私が盾に使ったからだけど」

「お前何普通に言ってんの? お前に良心とか存在しねえの?」

「魔王の娘にそんなの期待されても困るんだけど」


 そりゃそうだけどよ。


「……ってか、ゆんゆんから聞いちゃいたが本当にお前ここに普通にいるのな」

「お金使わないで滞在出来るのがここしかないから仕方ないでしょ」

「いや、そういう問題じゃなく魔王軍が普通に人間の街にいるってどうなんだよ」

「ウィズとバニルがいるこの街で何言ってるのよ」


 …………、言われてみればそうか。女神に大悪魔、リッチー、爆裂魔、ドMと人外が揃ってるこの街だ。今更魔王軍の実質トップがいてもおかしk……いややっぱおかしいだろ。


「……まぁいいや。今日はアリスに用はねえし。それより用があるのは旦那だよ旦那」

「ん? なんだチンピラ冒険者ではないか。我輩に何か用か? ちょうど一仕事終えたところだ、儲け話や面白そうな話であれば聞こう」


 ウィズさんを箒で掃いて店の外に追い出した旦那は、何事もなかったかのようにそう言ってくる。

 ウィズさんがまたやらかしたんだろうが…………この二人の関係も過激だよな。


「儲け話ってわけじゃねえけど、まずはこれだ。死魔の賞金、旦那達の取り分を持ってきたんだ」


 ウィズさんがどうなったのか何をやらかしたのかとか、気になるが、ルナとの約束の時間までそうない。さっさと話を進めることにする。


「1000万エリスの魔金貨で100枚10億エリス。間違いないと思うけど確認してくれ」

「ふむ……確かに10億エリスあるようだな」

「? いいのか旦那、数えなくて……って、そっか見通す力使ったのか」


 本当便利だよなぁ。俺なんてわざわざ一枚一枚数えたってのに。


「その腰にある方が汝達の報酬である8億エリスか。ぼっち娘からはホームを手に入れるための資金にすると聞いているが、具体的な案はあるのか?」

「んー……今のとこはないんだよな。ゆんゆんはどっかの頭おかしい爆裂娘への対抗心でカズマのとこの屋敷より大きな屋敷を買いたいとか言ってたけど、8億エリスじゃあの屋敷以上に大きな家買えるわけねえし」

「そもそも、この街に限って言えばアクセル随一の鬼畜男の屋敷より大きく無人の屋敷など一つしかない。その屋敷もとはいえ、どこぞの自称チリメンドンヤの孫娘が所有してるゆえ、買い取るのは難しいだろう」


 なんだよなー。カズマのとこは幽霊屋敷ってことになってて実際の相場よりかなり安くなってるんだよな。借りてんのか買い取ってるのかは知らないが、仮に普通の相場で買い取るなら20億エリスでも足りないくらいの屋敷だ。そんな屋敷よりも大きな屋敷ってなると領主の館とか金持ち貴族の館とかそんなのに限られるだろう。


「さて、ここで汝に商談があるのだが。その8億エリスを全て我輩に投資せぬか?」

「旦那に投資? まぁ、旦那がそんな風に言ってきて損した記憶はねえから構わねえけど。でも何するんだ? 大きな屋敷買えるくらいの金になって返ってくれば言うことねえけど」


 勝手に投資したってゆんゆんにバレたら怒られそうだが…………増えるなら問題ないよな。


「投資とは言ったが資金運用をするわけではない。正確には依頼と言ったほうが良いか。汝たちの住む家を8億エリスで我輩たちが作ろう、とそういう話である」

「あー……なるほど、そういう話か」


 ウィズさんの魔法を使えば確かに屋敷くらい作れるだろう。土地と資材さえあればどんな屋敷でも作れるはずだ。

 実際巨大なカジノをたった一週間で作った実績もあるし、旦那達の最終目標は世界最大のダンジョンを作ることなのだから、屋敷の一つや二つ作れないと話にならない。


「実際どの程度の屋敷が作れるかは現状は言えぬゆえ投資という言葉を使った。そしてここからが話の肝なのだが…………8億エリス以外にも我輩たちに投資をせぬか?」

「って言われても、流石に今の所8億エリス以上の金は用意できないぜ?」


 投資すればするほど屋敷を大きくしてくれるんだろうが。


「なにも金銭だけを要求しているわけではない。家を建てるための希少な資材などもも投資として受け入れよう」

「なるほど。こっちで資材を用意すれば旦那達の方の費用も抑えられるもんな」


 魔法で建てるってことは費用の殆どは土地と資材に消えるってことだ。


「汝は例の槍の件でいろいろな所に行くつもりなのであろう? そのついでに希少な資材を見つけてくればそれでよい」

「了解。そういう話ならゆんゆんも怒らないだろうしな。正式にその話受けさせてもらうぜ旦那」


 実際子竜の槍に宿った幼竜たちのために珍しい所に行きたいと思ってたことだ。そういう場所なら希少な資材もあるだろうしちょうどいい。


「ふーん……。あんた家作るの? 聞いた感じじゃ結構大きそうな」

「まあな。流石に魔王城ほどじゃねえだろうが」


 紅茶片手にしたアリスの質問に俺はそう答える。ウィズさんの魔法の実力を考えれば8億エリスだけでもカズマのとこの屋敷と同じくらいのはできそうだし、軽く自慢できそうなくらいの屋敷はできそうだ。


「そ。じゃあ私も修行のついでに希少な資材集めてあげるわ」

「お、おう? そりゃ助かるが…………金は出ねえぞ?」

「別にお金なんていらないわよ。ま、借りの一つだとでも思っていればいいわ」


 そう言って薄く笑うアリスの顔は幻想的なまでに綺麗で…………同時に嫌なめんどうな予感を思わせるものだった。








「さてと…………の時間まで結構あるな」


 旦那との話をとりあえず全部終わらせて。次の予定までの時間があるのを確認した俺はどうしようかと思案する。


(こういう時は前まではとりあえずナンパしてたんだが……あんま気乗りしねぇんだよなぁ……)


 色んな意味でゆんゆんのせいで。


 単純にあいつを裏切るのが後ろめたい気持ちが一つ。

 そしてそんな気持ちを振り切ってナンパしたとしても、ゆんゆん以上にいい女が捕まえられると思えないのが一つ。



「ま、たまには普通に街をぶらつくか」


 以前のように金目の物を探して歩き回る必要もない。今の俺は別に金に困ってるわけでもないから。






「見つけました。ダスト殿、お久しぶりです」

「ん? レインか。久しぶりだな。見つけたって、なんか俺に用か?」


 街をぶらつく俺に声がかけられたと思えば、この国の王女の従者のまともな方、レインが少しだけ息を切らした様子で傍にやってくる。

 けど、本当に久しぶりだな。アイリスの特訓が終わってからはほとんど会う機会なかったし、最後に会ったのは魔王の娘の襲撃があったのより前じゃねえか。


「はい、ダスト殿にどうしても依頼したいことがありまして」

「俺に依頼? まぁ、レインの依頼なら出来るだけ受けようとは思うが……」


 報酬も悪いものじゃないだろうし、何よりレインはいい女だ。可能であれば受けてやりたい。


「いえ、私からの依頼というわけではなく…………アイリス様から直々の依頼です」

「…………、なんかすげぇ嫌な予感がしてきたんだが」


 今すぐ回れ右して立ち去りたい気持ちに襲われるが、それをすればレインが苦労するハメになるだろう。

 姫さんと一緒にいた頃の俺と似たような気苦労を負っているレインのことは親近感というか、旦那やカズマ同様気に入ってるし、アイリス自体も多少の苦手意識はあれど好感をもっている。


 …………、話だけは聞くか。



「それで? しがないチンピラ冒険者に一体何の依頼だよ」

「謙遜もそこまで行けば嫌味ですよダスト殿。ダスト殿……最年少ドラゴンナイト様が四大賞金首の一角、死魔を討伐したことは報告を受けています」

「別に謙遜のつもりもないんだがな…………てか、死魔を倒したこと王都まで知られてんのかよ」


 あの国のことを思えばあまり広く知られたくはないんだが。


「市民の間ではそうでもありませんが、王族貴族の間では死魔の存在は大きすぎます。それを倒した人が知られるのは必然かと」

「まぁ、そうだよな……」


 死魔を倒さないという選択肢はなかったし、ミネアと一緒にいることを選んだ俺に今更隠蔽する意味もない。これくらいは多額の賞金を手にするための必要経費みたいなもんだろう。



「それでダスト殿、依頼の話なのですが……」

「おう、そうだったな。一体俺に何を頼みたいんだ?」


 ま、俺にわざわざ依頼ってなるとドラゴン関係か──



「はい、ダスト殿には隣国……ダスト殿の故郷に行かれるアイリス様の護衛を頼みたいのです」



 ──あの国関係のことに決まってるよな。



「とりあえずその依頼を受けるかどうかは置いといて…………、なんのためにあの国にアイリスは行くんだ?」


 別にあの国とベルゼルグは友好国じゃない。魔王軍のことがあったし形だけの援助はあの国もしてたが、それも本当に形だけのものだった。

 だというのにわざわざ一国の王女が向かう理由はそう多くないだろう。


「今度のアイリス様の訪問はいろいろな要素が絡んだものですが……、一言で言うのなら戦争を止めるためにでしょうか」


 ……ま、前に聞いたあの国の噂も考えればそんなところだろうな。

 魔王軍という共通の敵がいなくなった今、そう遠くないうちに人間の国同士で争う日が来るのは想像ついていた。


「訪問できるってことはそこまで緊迫してる状況でもないんだよな? でも、訪問しないといけないってことは楽観できる状況でもないと」

「はい……、予想では3、4年後に開戦するのではないかと」

「思ったよりは猶予があるな」


 ベルゼルグ……勇者の国は総戦力で見れば間違いなく世界最強の国だ。資金や資源の面では他の国に劣るがその分を武力で補っている。

 普通であればそんな国に戦争を仕掛けても勝ち目はないが、今は魔王軍との戦いで疲弊している。狙うなら今、遅くても1年以内だと思うんだが……。


「やはり、ダスト殿もそう思われますか?」

「ああ、時間を置いて奇襲するならこのタイミングで相手にバレるように動くはずないしな」


 となると、3、4年後っていう情報は偽報で、実際はすぐに戦争を仕掛けてくるのか?



(…………、もしくは3、4年後なら確実にベルゼルグに勝てるだけの戦力を揃える自信があるか……か)



 今でもあの国は騎竜隊という局地戦最強の戦力を持っている。総力戦になればベルゼルグに劣るだろうが、それでも戦略次第では勝ちを狙える程度の差だ。



「それでダスト殿。今回の依頼受けてもらえるでしょうか……?」


 …………、仕方ねぇ、か……。


「詳しい日程が決まったら早めに教えてくれ。俺はその日暮らしの冒険者だから、騎士みたいに王族に命令されたらいつでも出張れるわけじゃねえからよ」

「受けてもらえるのですか!? ありがとうございます!」

「本当は気乗りしねぇんだが…………ま、この国とあの国が戦争したら困るやついるからな」


 それを止めるために行くって言うなら、断るわけにも行かないだろう。


「本当にありがとうございます! もしもダスト殿が断られましたらアイリス様はきっとカズマ殿と一緒に行くと言って聞かなかったでしょう」

「そういや、普通に考えたらアイリスはカズマに頼むよな。なんで俺に依頼来たんだ?」


 お兄様言って慕ってるみたいだし。


「国王や王子含めて国の重鎮がアイリス様以外全員反対したからでしょうか……」

「あいつ一応魔王を倒した勇者だよな? なんでそんな扱いなんだよ」


 王女の護衛に勇者とか王道だろうに。


「魔王を倒した勇者になってしまったからこその扱いなんだと思いますよ」


 心底大きなため息を付いてレインは続ける。


「とにかく、日程については決まり次第すぐにお伝えします。おそらくは2週間後くらいに出発になると思いますから、旅の準備を進めておいてください」

「おう。ま、その辺りはゆんゆんが適当に準備すんだろ。…………って、聞き忘れてたがゆんゆんは連れて行っていいんだよな?」


 リーンたちを連れて行くかは悩むところだが、ゆんゆんとジハードは連れていきたいところだ。


「その辺りの采配はダスト殿にお任せしますよ。……では、近い内にまた」


 そう言ってレインはテレポートを唱えて姿を消す。俺が依頼を受けたことを報告しに行ったんだろう。

 今更なしといって後戻りすることは出来ない。


「里帰り……ってのもなんか違うが…………何年ぶりになるんだろうな」


 俺があの国に足を踏み入れるのは。10年は経ってない気がするがそれに近いくらいは経っているはずだ。



「何事もなく綺麗に収まればいいんだけどな……」



 それが何よりも難しいことは自分自身が一番良く分かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る